シドの国   作:×90

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129話 夫婦喧嘩を食う犬

〜爆弾牧場 宗教法人“大蛇心会“〜

 

「ボクは赤ん坊の頃の記憶を持ってるんだよ! そう、ボクは大蛇から生まれたのだよ……母は幾つもの腕でボクを抱え、涙を流し微笑んだ……!」

 

 大蛇心会の教祖“アファ”の与太話に、ゾウラは目を輝かせて耳を傾ける。

 

「わあ! 凄いですね! そんな古い記憶を持っているだなんて!」

「ボクは選ばれたんだよ。きっと。だからボクは伝えなければならないんだよ。ボクを産んでくれた大蛇への感謝を。育ててくれた母達。その連鎖の幸福を――――!」

「きっと大蛇さんも喜びますよ! ねえナハルさん!」

 

 隣で(いぶか)しげに話を聞いていたナハルは、ゾウラに話を振られ眉間の(しわ)をより一層深める。

 

「はぁ……。胡散臭いのは今に始まった話ではないが……大蛇から生まれたというのは無理がないか?」

「いいや!! ボクは確かに見たのだよ! 人の姿をしてはいるものの、腰から下に伸びる幾つもの足に支えられた体躯を!」

「それって、どっちかって言うと百足じゃないのか?」

「ムカデ? ムカデとは?」

「温暖な地域ではよく見る虫だ。こう、体長くて足がいっぱい生えてて……」

「むぅ……気味が悪いよ。大蛇ということにしておいてよ」

「お前はそれでいいのか……?」

「見えるものを見たいように見た結果が真実だよ! ぬあっはっはっは!」

「はぁ……」

 

 ナハルは呆れて溜息を零す。すると、爆撃のように凄烈な衝撃波が壁越しに3人を襲った。

 

「な、なんだ!?」

 

 ナハルは慌ててゾウラを連れて館から飛び出した。音がした方角には“真っ黒な巨大なドーム“が鎮座しており、そこから続けて破裂音のような爆音が鳴り響いた。

 

「ナハルさん。あれって虚構拡張ですか? 私、外から見たの初めてです!」

「暢気なこと言ってる場合じゃないぞ! この波導……そばにバリアがいる!」

 

 2人は未だ凄烈な爆音を響かせる虚構拡張の元へと駆け出した。

 

〜爆弾牧場 温泉街“まほらまタウン”〜

 

 ナハルとゾウラが到着すると、そこには人集りが出来ており、騒ぎの中心には鬼の形相でラデックの胸倉を掴むバリアの姿があった。

 

「お、落ち着けバリア……!!」

 

 ラデックが苦しそうに声を漏らすと、ナハルはすぐさまバリアに駆け寄ってその手を引き剥がす。バリアは興奮して肩で息をし、獣のように唸りながらナハルを睨みつけた。

 

「い、一体何があったんだバリア……! お前がそんなに取り乱すなんて……」

「…………ラルバが、ラルバが虚構拡張に閉じ込められた。世界ギルドの手先と一緒に……!!」

「え、そ、それが何か問題なのか?」

「相手は恐らくイチルギ直属の部下……!! ラルバに危害を加えられる手段を持っている筈……!!」

「……すまないバリア。私には何がそこまで緊急事態なのかが分からない……。ラルバがくたばるってことは良いことじゃないのか……?」

「もういい。どっか行って」

「どっかって言われてもな……」

 

 そこへ遅れて息を切らした教祖アファが到着し、声を張り上げて人集りに呼びかける。

 

「み、皆さ〜ん!! ここは、我々“大蛇心会”がなんとかしますので!! 皆さんは近寄らぬようお願いします〜!!」

 

 アファの呼びかけに住民達は顔を合わせ、人集りは次第にバラけていった。見事鶴の一声で野次馬を追い払ったアファに、ナハルは驚いて声をかける。

 

「意外と信頼が厚いな……。こういうのは普通、教祖がやるものじゃないだろう」

「ぬあっはっは。言ったでしょう? 我が大蛇心会の教義は“信頼”だと!」

「おみそれしました……」

「ぬあっはっは。そこのお二人はナハル君のお友達かな?」

 

 無言で敵意を剥き出しにするバリアを遮って、ラデックがアファに握手を求め手を差し出す。

 

「俺はラデック。こっちはバリアだ。貴方は、“大蛇心会”の教祖、アファか?」

「如何にも! よろしくねラデック君、バリア君。ぬあっはっは」

 

 ラデックは挨拶を済ませると、合流したナハルとゾウラに今までの経緯を話した。リィンディ・クラブロッドという男の存在。温泉の湯に仕込まれたであろう異能。そして、今し方ラルバを幽閉したパジラッカという少女のことを。

 

 話を聞いたナハルとゾウラは、特に温泉の秘密に驚いて顔を見合わせる。

 

「温泉が、爆発の異能の根源……!?」

「わあ! 凄い方法ですね!」

「いや、しかし……それはちょっと考えにくいんじゃないか……?」

 

 ナハルの疑りにラデックが首を傾げる。

 

「そう言えばバリアも“多分心配ない”って言っていたな。どういう意味だ?」

「色々理由はあるんだが……。まず、自己対象以外の異能の主な発動条件は“接触、接近、直視”の3つだ。異能の三法則って聞いたことないか? 勿論例外はあるが、殆どの場合これらが条件に含まれる。だから、温泉を介して異能の発動条件を満たすというのは考えにくい」

「考えにくいだけで、出来ないわけじゃないんだろう?」

「う〜ん。例えば、異能者が使奴で自分の肉体を擦り下ろして温泉に溶け込ませているなら不可能ではない……が、私も昨晩温泉に入ってきたが、特に違和感はなかったな……」

「擦り下ろして……」

「そして何よりも、その“幸運にも奴隷の1人に命力を感じ取れる異能を持った者がいた“。と言うのが怪しすぎる」

「何でだ?」

 

 ナハルは一瞬だけ言い淀んでから、目を伏せて恐る恐る口を開く。

 

「”命力“と言うのは、魔力の対となる異能の力の源……。だが、それは旧文明で主に”オカルト“として扱われて来た概念だ。宇宙人とか、天動説とか、死後の世界とか……。そういう括りの概念なんだ。だから、それをこの旧文明が滅んだ世界で口にするって言うのは……多分……」

「……旧文明の生き残りに騙されている?」

「ああ。だがその真意が分からない。使奴ならこんなすぐバレる嘘は言わないだろうし、かと言って使奴研究員やなんかがこんなオカルトでリィンディを騙す意味もないし……」

 

 2人が頭を捻っていると、唐突に黒壁が解れて虚構拡張が解除された。

 

「――――っ! ラルバ!!」

 

 バリアが一目散に走り出し、見えた人影へと駆け寄る。そこにいたのは、身体中に黒痣を作って血塗れになっているラルバの姿だった。

 

「ラルバ!? な、何があったんだ!?」

 

 これにはラデックを始めとした他のメンバーも血相を変え、彼女の元へと走り寄る。しかし、ラルバの表情は全員が想像していたものとは大きくかけ離れていた。

 

「いや……特に。にひひっ」

 

 回復魔法の使い過ぎで息を荒げ未だ全身から血を垂れ流す彼女は、どこか楽しそうに、それでいて満足そうに笑った。彼女の安否を心配していたバリアでさえ、その異質さを訝しんで恐る恐る尋ねた。

 

「ラルバ……? パジラッカは……?」

「パジラッカ? ……ああ。私をコテンパンにしてどっか行ったよ」

「どっかに? 虚構拡張からどうやって!?」

「あー……そう言えばそうか。解かなきゃ出れなかったのか。うっかりうっかり」

 

 要領を得ないラルバの生返事に、バリアはかつてない恐怖を覚えて(うずくま)る。

 

「……ごめんラルバ……! 私のせいだ……私が、私がパジラッカのことをすぐに言わなかったから……!!」

 

 ラルバはバリアの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でて、ニカっと歯を見せて笑いラデックを見る。

 

「言ったってこうなってたよ。それより温泉入りたいな! 私まだ入ってないんだよねぇ〜。近くにいいとこある?」

「え、あ、ああ。ど、どうだろうか……」

「痣も治さなきゃ。ラデック頼んだよぉ〜」

「あ、ああ」

 

 不自然に機嫌良く笑うラルバに、ラデック達は酷く調子を狂わせた。“不覚”にも誰一人として消えたパジラッカを気にすることなく、アファの提案で大蛇心会へと戻ることになった。

 

〜爆弾牧場 宗教法人“大蛇心会“〜

 

 ラルバとラデックが浴場に向かっている間、客間でナハルとバリアは互いに押し黙っていた。一言も喋らぬ2人に挟まれたアファは気まずそうに目を泳がせ、助けを求めるようにゾウラへと目を向ける。

 

「ゾ、ゾウラ君……。この2人は、あんまり仲がよろしくないのかい?」

「はい? いえ、とっても仲良しですよ!」

「そうは見えないんだけど……」

 

 再び重苦しい沈黙が訪れ、やがてラデックとラルバが戻ってきた。

 

「あースッキリ! やっぱ風呂はデカさだな! うん!」

 

 額の黒痣以外の黒痣が消えいつも通りの姿になったラルバは、瓶牛乳片手に機嫌良く鼻歌を歌っている。しかし、それをバリアはジロリと睨みつけて唸り声混じりに口を開いた。

 

「何があったの。説明して」

「んー……そうさねぇ」

 

 ラルバは虚構拡張内であったことの一部始終を語った。パジラッカの異能。怪物の洞穴のもう1人のメンバー、ラドリーグリスとその異能。破条制度。それらを聴き終わった時、バリアは全身の毛を逆立てて静かに怒りを露わにした。

 

 そして、唐突に粉状の魔法を撒き散らし、その粉の一粒一粒は“何かを探すように”霧散していった。バリアは乱暴に席を立って、ラルバ達に背を向け屋敷の外へと歩き出す。それをラルバが慌てて立ち上がって追いかける。

 

「ちょっとちょっと! まあ落ち着きなよバリア。お芋食べな?」

「いらない」

「もっとクールに行こうよクールにさ! あらやだ、ちょっと、この子止まらないんだけど。ナハルぅー! これどうやったら止まんのぉー!?」

 

 通路の奥から響いてくる声に、ナハルは小さく俯きながら「私が知りたい」と呟いた。ラルバの困惑する声はどんどん遠ざかっていき、それから2人が戻ってくることはなかった。

 

〜爆弾牧場 温泉街“まほらまタウン”〜

 

「ちょっとバリアぁー。機嫌直してったらぁー。ていうか何をそんなに怒ってるのさ」

「…………」

「私のこと心配してくれたの? いやあ嬉しいなぁ〜。私のこと心配してくれるのなんかバリアちゃんしかいないもんねぇ〜」

「…………」

「ねぇ帰ろうよぉ〜! 温泉卵とか食べたいのにぃ〜」

「…………」

 

 バリアは一言も発さないまま早足で街を抜け、とある一点を目指して歩みを進める。撒き散らした粉状の“検索魔法”に引っかかった波導の歪み。その境界。そこは、ジャハルが虚構拡張で身を隠している一軒家だった。家からはジャハルが周囲の様子を観察するために外へ出ており、2人に気がつくと大きく手を振った。

 

「あ! やっと戻って来た! 遅いぞラルバ!」

 

 ジャハルがラルバとバリアに話しかけようと前に出るも、バリアはジャハルに目もくれず素通りして家へと入って行く。

 

「バリアの方は大丈夫――――って、あれ?」

 

 バリアは半ば乱暴に家の入り口を開ける。中にいたカガチ達は一斉にバリアの方を向いたが、いつもと違うバリアの雰囲気に無意識に身構えた。異変を察知したハザクラが、真っ先にバリアに駆け寄り尋ねる。

 

「先生? どうかされましたか?」

 

 しかし、またしてもバリアは何も言わずハザクラの隣をすり抜け、そのまま真っ直ぐイチルギの方へ進んで行く。

 

「せ、先生?」

 

 肩で風を切って歩く彼女はイチルギの正面に立つ直前、小さく踏み込んで思い切り拳を振りかぶった。物理法則を無視する異能と、使奴の膂力(りょりょく)から放たれる渾身の一撃。岩盤をも薄氷の如く容易く叩き割る必殺の一撃は、割り込んできたラプーの掌によって軽々と受け止められた。

 

「――――っ!!!」

 

 拳を受け止めたことで発生した衝撃波は、ラプーの防壁魔法によって家屋内部に反響する。隣の部屋にいたシスターとハピネスをカガチが庇い、近くにいたジャハルとハザクラは互いに防壁魔法を張り合ってなんとか意識を繋ぎ止める。しかし、バリアは味方への被害もお構いなしにラプーを蹴り上げる。サッカーボールのようにはね上げられたラプーは涼しい顔で回転して威力をいなし、両手に紫色の波導光を纏わせて拘束魔法を発動する。中空から発生した紫色の触手がバリアの腕と足に絡まり、その身を空中に固定する。バリアはすぐさま絡め取られた右腕と左足を切断し、残された左腕を軸にラプーへ回し蹴りを放つ。防御が遅れたラプーの側頭部をバリアの踵が捉え、バリアの異能で空間に固定された家具に叩きつけた。水風船が割れたように血が吹き出して部屋中を濡らし、ラプーの頭部は砂糖菓子の如く粉々に砕け散った。が、バリアが(まばた)きのために(まぶた)を下ろした次の瞬間。開いた目には砂粒になって崩れる“砂の人形”が映っており、視界の端に五体満足のラプーが見えた。ラプーは胸の前で手を突き出し、同時に紫色の光の球を数個放つ。バリアは身体を捩って光球の直撃を回避するが、光球は接近しただけでバリアから気力を奪い、バリアは受身に失敗して地面に這いつくばった。

 

「はいは〜い。そこまで〜!」

 

 ラルバが手を叩いてバリアとラプーの間に割って入り、互いの戦意を落ち着かせる。

 

「強いとは思ってたけど、やっぱラプーやるねぇ! そんなに動けるなら碌でもないことやらせたいなぁ〜」

「んあ」

「んあ?」

「んあ」

「んあ〜」

 

 ラプーの気の抜けた返事にケラケラと笑い揶揄(からか)うラルバ。しかしバリアは未だ戦意を失っておらず、力の入らない四肢の代わりに血溜まりを舌先で引っ掻いて魔法を発動する。

 

「やめろっつーに! アイス買ってやんないぞ!」

 

 ラルバが血溜まりを爪先で擦り、魔法陣を掻き消す。バリアは恨めしそうに、それでいて問いかけるようにラルバを睨んだ。それはハザクラやジャハル。シスターとカガチも同じで、皆一向に見えないラルバとイチルギの間にあった“何か”の正体を問いただしている。ラルバは唸りながら髪を掻き毟り、イチルギの方を見ながらそれに応える。

 

「イっちゃん。さっきさあ、世界ギルドの刺客っつーの? 怪物の洞穴ってのに襲われたんだけど、アレ何?」

 

 イチルギはどこか申し訳なさそうに目を伏せて、ラプーに軽く頭を下げてから口を開く。

 

「…………私は、ヴァルガンの手伝いをしているだけ。ラルバ・クアッドホッパーをダークヒーローとして扱う……。言わばその教育係。でも、世界ギルドに残して来た子達は決して受け入れなかった」

 

 イチルギが懐から一枚の紙を取り出す。それは、ヴァルガンが世界ギルドの5部隊に見せた宣誓書の原本であった。

 

「燃え盛る灯火、怪物の洞穴、大河の氾濫、太陽蜘蛛、繋がれた執行人。以上の5部隊に所属する者に、“破条権”の行使を許可する。これから、行く先々で私の育てた精鋭部隊が、ラルバ。貴方をあの手この手で試すわ。果たして”ラルバ・クアッドホッパーは世界ギルドに必要か?“。あの子達のうち、過半数の賛成票を得られなければ、私は世界ギルドの法律に則って帰らなければならない。いや、もう少し正確なことを言うなら、ラルバ・クアッドホッパーを”総帥誘拐の侵略者として排除しなくてはならない“」

 

 宣誓書が「クシャッ」と乾いた音を立てる。イチルギの宣誓書を持つ握りしめた拳が、少しだけ震える。

 

「勝負よラルバ。私の育てた精鋭部隊。あの子達から私を勝ち取って見せなさい」

 

 堂々とした宣戦布告に、ラルバは小さく失笑してギラリと歯を輝かせる。

 

「……いいよ。最後までお前のお遊びに付き合ってやる。私が勝ったら焼肉奢れよ」


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