シドの国   作:×90

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130話 水泡病

「私は認めない」

 

 沈黙が訪れたのも束の間。バリアが割って入るように力強く言葉を吐き出す。魔法で義手と義足を作り、今にも襲いかかって来そうな剣幕で彼女は続ける。

 

「イチルギが仲間になるかどうかの話は、世界ギルドでとっくについてた筈でしょ? それを今更蒸し返して、こんな割に合わない勝負を一方的にふっかけて、後出しジャンケンにも程がある」

 

 拳を固く握りしめるバリアを、ラルバが落ち着かせるように擦り寄って肩を組む。

 

「まーまー、いいじゃんいいじゃん! それにあの最初の勝負だってぶっちゃけ反則スレスレみたいなとこあったし、何より私がヨシとしたのでヨシ!」

 

 能天気な返事をするラルバを、バリアは叱責するように睨みつける。

 

「そんな悠長なこと言ってられないのは、戦ったラルバが一番良く分かってる筈だよ。 最初に出会った“燃え盛る灯火”のメンバーとか、ベルが育てたジャハルが弱かったから油断してたんだろうけど、それが愚かな蔑如(べつじょ)だったってことが今回の一戦で分かったでしょう? ベルは飽くまでも、“世界の担い手に相応しい優秀な部下”としてジャハル達を育てた。それに対して、イチルギは愚直なまでに“只管(ひたすら)に強力な異能者”を揃えた。個人でも使奴相手に十分戦える異能者達を、互いの長所短所を補うように組ませて、極力表舞台に出さないことで能力も秘匿にしている。治安維持とか、象徴とか、防衛とか、そんな人道的な理由じゃない。パジラッカ達は、イチルギに選ばれた“対使奴兵器”。いざという時に使奴を無力化する為に用意された殺戮システムだよ」

 

 イチルギが暗い表情のまま目を伏せると、ラルバがバリアの頭を鷲掴みにして持ち上げる。

 

「よく分かってんじゃんバリア。満点解答のご褒美に温泉連れてってやるよ」

「ちょっ……離して!」

「いい加減あたしゃ限界よバリアちゃん!! ずっと温泉巡りしたくてしたくてウズウズしてたんだから!! 少なくとも3日は付き合ってもらうかんなオメーよぉ!! ハピネェース!!」

 

 ラルバが大声を上げると、バリアとラプーの戦闘の余波で満身創痍のハピネスは酷く(やつ)れた表情のまま黙ってて首を振った。

 

「えー! パスぅー? じゃあ私とバリアだけで行っちゃうもんねー!! おーんせんっ! おーんせんっ!」

「離しっ、ラルバ! ねえ!」

「おーんせーんたーまごっにゆーっでたーまごー! ぎゅーうにゅーうおっさしーみ蟹

カーニ()()ほったてー!」

「ラルバ! 聞いてったら! ラルバ!」

 

 珍妙な歌を歌うラルバにバリアは乱暴に引き摺られていき、抵抗虚しく中心街の方角へと消えていった。その背中を見届けたジャハル達は、(おもむろ)にイチルギの方へと目を向ける。彼女は依然として影を背負ったまま俯いており、周囲の視線に気がつくと言葉を探してぎゅっと口を結んだ。

 

「ご、ごめんなさい……。貴方達を巻き込むつもりはなかったの……」

 

 月並みな形だけの謝罪に、カガチが呆れて言葉を返す。

 

「“つもり“が無いなら尚のことだ。同情を振りまく無抵抗なフリほどタチの悪いものも無い」

 

 そう捨て台詞を残してカガチが立ち去ろうとすると、ハピネスが片足に飛びついて引き摺られていく。

 

「カガチさんカガチさん。ゾウラ君のとこ行くんでしょ? 連れてってよ。悪いようにはしないからさ」

「離せ」

「おぶって」

「頭蓋骨踏み割るぞ」

「じゃあせめて回復魔法かけて。頭痛くて歩けないの」

「……クソが」

「あぁ〜カガチゃん優しぃ〜いででででで」

 

 カガチの手加減なしの回復魔法による治癒痛(ちゆつう)に、ハピネスは呻き声を上げながらも自分の足でカガチについて行く。それを残されたジャハル達は不思議そうに見送り、一軒家には再び湿った沈黙が訪れる。

 

 すると、奥の部屋の扉が静かに開き、中から酷く怯えた警備隊の1人が顔を覗かせた。

 

「あ、あの〜。も、もう出ても大丈夫ですか……?」

 

 ジャハルは小さく「あっ」と呟いてから、慌てて駆け寄る。

 

「す、すまない! すっかり忘れていた! 大丈夫だったか!?」

「あ、ま、まあ。隊長が念の為ずっと防壁を張ってくださってたので、そこまでダメージはありません……」

「申し訳ないことをした……。何せ、私もまさか仲間割れするとは思わなくてな……」

「あ、あの……これから私達はどうすれば……」

 

 警備隊の4名は互いに顔を見合わせる。自らの雇い主を裏切り、レピエン国王による徴税もボイコットし、彼彼女らにはこの国に居場所などあるはずもなかった。

 

「だ、大丈夫だ! そんな不安そうな顔をするな! 君達には人道主義自己防衛軍、“クサリ”総指揮官のジャハル・バルキュリアスがついている! あそこにいるのは“ヒダネ”総指揮官のハザクラだ! 何も不安はない! なあ! ハザクラ!」

 

 ジャハルにそう呼びかけられると、ハザクラはシスターに手招きして背を向ける。

 

「ジャハル、今は“こっち”が優先だろう」

「あ、ああ。そうか。君達、ちょっとこっちに来てくれるか?」

 

 ジャハルはハザクラの意図に気付き、警備隊の4名を一軒家の玄関近くの部屋へと連れて行く。玄関隣の寝室と思しき部屋の、ベットを取り囲むようにしてイチルギ、ハザクラ、シスター、ラプーの4人が寝ている人影を覗き込んでいる。そこへジャハルは警備隊の隊長を連れて行き、声のトーンを落として囁く。

 

「少しショッキングな物を見ることになるが、協力してくれ」

「え? は、はい……」

 

 警備隊長は少し戸惑いながらもベッドへと近づき、人影の姿を覗き込む。

 

「――――ひっ」

 

 そこには、見るも無惨に腐敗した人間の遺体があった。恐怖に顔を引き()らせる警備隊長を落ち着かせるため、ジャハルが肩を抱いて顔を寄せる。

 

「入った時には気付いていたんだが、君達の精神状態を悪化させないために黙っていたんだ。恐らく、この家の主人だろう」

 

 外傷とも病気とも違う皮膚の(ただ)れ方。まるで“体内から何かが食い破って出てきた”のではないかと思うような(おぞ)ましい遺体の原状に、警備隊長は“見覚え”があった。

 

「こ、これは……“水泡病(すいほうびょう)”です……!! ああっ……!!」

 

 “水泡病”。その単語を聞いた途端に、他の警備隊員達も青褪めた顔で後退(あとずさ)った。

 

「す、“水泡病”……!?」

「うつっ、感染(うつ)るっ!! 部屋から出ろぉ!!」

 

  警備員達は大慌てで家から飛び出て、庭木の影に隠れて窓越しにこちらの様子を(うかが)っている。1人取り残された警備隊長は、助けを乞うようにジャハルの目を見る。

 

「た、助けて……死に、死にたくない……!!」

「落ち着け……! そんなに危険な病気なら、シスターかイチルギがとっくに勘付いている!」

 

 同意を求めるようにジャハルがイチルギに目を向けると、イチルギは静かに頷いた。

 

「ええ。コレは病気ではないわ」

 

 遺体の傷口を指先でなぞると、検索魔法の青白い波導光が(きのこ)のように軌跡から伸びていく。

 

「死後3日は経ってる……。傷口はいずれも魔力を含まない外傷によって発生したもの……。分かりやすく言うなら、内側が風船のように膨らんで破裂したってとこね」

 

 警備隊長が涙目のままコクコクと頷く。

 

「水泡病は、そういう病気です……! 全身が(こぶ)で覆われて、それが泡みたく膨らんで破裂する……! ジャハルさんの国にはないんですか!?」

「私どころか、どこの国でも聞いたことないぞそんなの……! シスターは何か知らないか?」

「いえ、私も初めて見る症例です……。その水泡病という名前だって、噂で聞いた眉唾モノだと思っていましたから……」

「水泡病は存在します!! 私の母も!! 妹も!! それで死んだんです!!」

「では……異能の仕業……とかは、あり得ないのですか? イチルギさんが魔法の痕跡を辿れない以上、可能性はそれくらいしか……」

「まさか! 妹は産声すら上げず、生まれて僅か1週間ほどで水泡病に罹って亡くなりました……!! 母も出産に耐え切れず、妹が亡くなってからはショックで家から一歩も出ませんでした……!! そして、そのまま衰弱していって2年後には……!! 水泡病に……!! 私の家族だけじゃない、この病気で大勢の方が亡くなっているんですよ!?それを、誰かが異能でやったと言うんですか……!?」 

 

 ジャハル達は困惑して顔を見合わせ、警備隊長にかける言葉も見当たらず、しばし押し黙ることしかできなかった。1人遺体を眺め続けていたイチルギは、ずっと口元に当てていた手を下ろして大きく溜息を吐く。

 

「……悩んでいてもしょうがないわ。取り敢えず、この遺体を埋めてからここを出ましょう。警備隊を王宮まで送って行かないと」

 

 イチルギ達は一軒家の庭に穴を掘り、家の主人に別れを告げその場を後にした。

 

 

 

〜爆弾牧場 宗教法人“大蛇心会(だいじゃしんかい)“(ラデック・ナハル・ゾウラサイド)〜

 

「水泡病? 水疱瘡(みずぼうそう)ではなくてか?」

 

 ラデックがゲームボードの駒を一マス進めると、対面に座っていたアファが顎を摩りながら答える。

 

「うん。この国特有の病気なんだけどね。この大蛇心会も、それで何人も命を落とした」

「全身の節々が腫れ上がって死ぬ……か。異能の仕業じゃないのか?」

「う〜ん。ところが異能者っぽい人も見当たらないし、何よりこの病気、この国ができる前からあるらしいんだよねぇ。その駒もーらいっ」

「この国ができる前……と言うと、40年以上前か」

「まだ盗賊団“邪の道の蛇”がいた頃だねぇ。ま、その頃にはボクはこの国には居なかったからよく知らないんだけどね」

「アファは今何歳なんだ?」

「ボク? ボクは今年で69歳。邪の道の蛇を18歳くらいの時に出て行ったから、爆弾牧場が建国されたのはボクが出て行って10年も後だねぇ」

「アファの頃には水泡病はあったのか?」

「いんや? ボクもおったまげよぉ。人が目の前でいきなり破裂するもんだから。最初見た時はあんまりにも怖くて上から下から漏らしまくったよ! ぬあっはっはっは」

「普通の反応だ。この駒取って……はい、俺の勝ち」

「盤面よく見なさいよ。これで……ボクの勝ち!」

「あ。……いや、こうすれば俺の勝ちだ」

 

 ボードゲームの盤面をラデックがひっくり返すと、アファが怪訝(けげん)そうにラデックを見上げる。

 

「……負けを素直に認められないのは良くないよ」

「悪いが、こういうの割とムキになるタイプなんだ」

「意外」

 

 すると、遠くの通路から段々と喧騒が近づいてきた。

 

「……さい! ……引き取りを! ……どうかお引き取りください!」

「入り口でお待ちください!! すぐに対応いたしますから!! どうか!!」

 

 数人の信者の静止を振り切って、肩で風を切って力任せに通路を進む人影が1人。その姿を見て、アファは目を丸くして声を上げた。

 

「だ、だだだだ、“大蛇(だいじゃ)様“!!!」

 

 アファは笑顔で駆け出して、大蛇もといカガチ前で膝をつき信者を追い払う。

 

「お前たち! 下がっていなさい! ああ大蛇様!! 園路はるばる、よくぞお越し下さいました!」

「黙れジジイ。おいラデック。ゾウラ様はどこだ」

「その辺」

 

 そこへ、丁度ゾウラとナハルが部屋に入ってきてカガチの姿に気が付いた。

 

「ゾウラ様!! ご無事で何よりです。どこかお体の調子がおかしいところはありませんか?」

「大丈夫ですよカガチ! そちらも無事で何よりです!」

 

 膝をついて話すカガチを、ゾウラが満面の笑みで抱擁(ほうよう)する。ゾウラから表情が見えなくなった途端、カガチは眉間にグッと(しわ)を寄せてナハルを睨んだ。しかしナハルはカガチの無言の文句を無視して自分の質問を投げかける。

 

「カガチ。シスターは無事か? 今はどこにいる?」

「………………」

「カガチ。ナハルさんの質問に答えてあげてください」

「………………無事だ。今はイチルギやハザクラ達と行動を共にしている」

 

 シスターの無事に、ナハルはホッと胸を撫で下ろした。するとゾウラはラデックの元へ駆けていき、袖を引いて出口を指差した。

 

「ラデックさん! 私達はリィンディさんの依頼の続きに行きましょう!」

「リィンディ……って誰だっけ」

「さっき話してたじゃないですか! ラデックさんがバリアさんと一緒に依頼を受けてた人ですよ! ほら、人材派遣会社のオーナーさん!」

「ああ、俺が温泉卵食べちゃった人か」

「アファさんは悪い人じゃないみたいですし、ここはカガチに任せてレピエン国王のところに行きましょう!」

「レピエンって誰だっけ」

「ナハルさんも行きましょう! カガチ! アファさんをよろしくお願いしますね!」

 

  そう言い残してゾウラは屋敷の外へと駆けていき、その後ろをラデックのナハルが追いかけて行った。途中ナハルが気の毒そうにカガチの方へ振り返ったが、カガチの形容し難い表情にギョッとしてすぐに視線を前に戻した。そこへカガチの後をついてきたハピネスが合流するが、すれ違いざまゾウラがハピネスに向かって笑顔で手を振った。

 

「あ! ハピネスさん! カガチをよろしくお願いしますね!」

「ん? ああ」

 

 一瞬何のことか分からなかったハピネスだが、すぐに事情を察しカガチに微笑みかけた」

 

「置いてかれちゃったねぇ”大蛇“さん」

「殺す」

「よろしくお願いされちゃったんだが? よろしくお願いされなさいよ」

「殺す」

「えーっとアファさんでいいんだよね? ”こんなの“信仰するのやめてさ、金髪スレンダーな盲目のお姉さんを信仰しない?」

「ぬあっはっは」

「愛想笑いならもう少し上手くやってよ。宗教乗っ取っちゃうよ?」

 

 

 

 

 パーティ現在位置

 まほらまタウン イチルギ、ラプー、ハザクラ、ジャハル、シスター

 温泉街 ラルバ、バリア

 中心街 ラデック、ナハル、ゾウラ

 大蛇心会 カガチ、ハピネス

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