シドの国   作:×90

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135話 地下迷宮の主

〜爆弾牧場 まほらまタウン西区 王宮内部 (ハピネス・カガチサイド)〜

 

「うっ旨いっ!! こんな旨いもの、数十年前にグルメの国に行って以来だっ!!」

 

 芸術作品のように美しく盛られた料理を、レピエン国王が餌を(むさぼ)る野良犬のように食い漁っている。その様子を、対面の席に座るハピネスが何かメモを取りながら流し目で観察している。

 

「それは何よりです。私も先日伺って来ましたが……。まあ、悪くはありませんでしたね。あの国の技術であれば、この国の枯れた土地の食材でも十分売り物として扱えるようになるでしょう」

「しかし……幾ら旨くても、これは猛毒の“紫煙薯(しえんじょ)”だろう? 分かっていても最初は躊躇(ためら)ってしまうな……」

「毒抜きの技術も日々進歩しています。今や河豚(ふぐ)もジャガイモも生肉も、安心して食べられる普通の食材になってきているんですよ」

「ううむ……、(にわか)には信じ難いが……。こんなに旨ければ納得せざるを得ないな!」

 

 そこへ次の料理を持ってきたカガチが、レピエンの前に皿を差し出す。

 

「……どうぞ。日暮蒟蒻(ひぐれこんにゃく)のスモークテリーヌです」

紫煙薯(しえんじょ)の次は日暮蒟蒻(ひぐれこんにゃく)か……。よもや、この俺がこんな虫の餌を喜んで食う日が来ようとはな!! んんっ!! これも旨いっ!!」

 

 カガチは何も言わず、再び厨房へと戻る。その後ろ姿をハピネスは目で追いながら、ほんの少し失笑して口元を抑える。

 

「んん? どうかなされましたかな? 先導の審神者(さにわ)様」

「いや、何でもない」

 

 レピエンの間の抜けた顔から、ハピネスは顔を背けて手で表情を隠す。

 

「悪趣味な友人の気持ちが少しだけ分かった気がしただけだ。確かに、これは愉快だな」

「……? はあ」

 

 レピエンはキョトンとして首を傾げ、また何事もなかったかのようにテリーヌを頬張り出した。

 

 そんな彼等の足元にいた1匹の小さな(はえ)が、床スレスレの低空飛行で部屋から出て行った。蠅は廊下を抜け階段を降り、大浴場のボイラー室まで来ると一瞬で霧になり、文字通り姿を消した。そのボイラー室の中で、地下配管からの侵入に成功したラデックとゾウラがナハルの手元を見て感嘆の溜息を漏らす。

 

「蠅の死骸を使った盗聴ラジコン? 高位の念動と検索の複合魔法か……。流石使奴、恐ろしく器用だな」

「私も似たようなことやったことありますけど、太い枝を引き摺るのがやっとでした! ナハルさん凄いですね!」

 

 ナハルは使奴としての自分を褒められたことを不快に思いながらも、あまり気にしていないような素振りで2人から目を背ける。

 

「何の悪ふざけか知らないが、ハピネスが笑顔の国の国王であるのを良いことにレピエンを(ほだ)してる。カガチも付き合わされているようだし……。私達は”舞台セッティング”に回った方が良さそうだな」

「何故だ? あの2人が先に接触してくれているなら都合がいい。今急襲した方が良さそうなものだが……」

「ラデックさん。それだと王宮の従事者とも敵対しちゃいません? ナハルさんが言うには、ハピネスさんはポポロさんの帰国を騙っているんですよね?」

「使奴なら何やかんや上手いことするだろう」

 

 完全に使奴の性能頼りの発言に、流石のナハルも下唇を噛んでラデックを睨む。

 

「な、なんだナハル。ヒヴァロバみたいな顔をするな」

「ラデック……。ラルバが甘やかしているせいかどうかは知らないが、もう少し自分で先を想像しろ。何でも使奴任せでは将来やっていけないぞ」

「使奴任せじゃない。俺より優秀な人任せだ」

「お前……。この旅が終わったらどうやって生きていくつもりなんだ……。幾ら何でも将来のこと考えなさ過ぎだぞ」

「やめろ。時々思い出して嫌な気持ちになるんだ。将来のことは将来になってから考えたい」

「…………私もシスターも面倒見ないからな」

 

 そう吐き捨てると、ナハルはボイラー室の扉を開けて堂々と廊下を進んでいく。

 

「幸い私もゾウラもラデックも、レピエン側に顔がバレていない。大蛇心会の信者達とアファが上手く誤魔化してくれていたそうだ」

「さっきも言ったが、態々(わざわざ)ハピネスの悪ふざけに付き合う必要はないんじゃないか?」

「カガチがいなければそうしたんだがな……。彼女が我慢している横で好き勝手やるのも気が引ける。それに、上手いことやればヒヴァロバにイイ土産ができると思ったんだ」

「まぁ……そう言うことなら。それで、舞台セッティングというのは具体的に何をするんだ?」

「悪ふざけの内容にもよるが、イチルギやハザクラの手前、ハピネスとて全くの無正義とは行かない。最低限の正義っぽさは出す筈だ。それを、より盤石なものにする」

「どうやって?」

「この王宮は狭い割に人が多い。反乱を恐れてるのか権威をひけらかしたいのか、何にせよ逆効果だ。中途半端な隷属(れいぞく)は憎悪と不信を増長させる。衛兵に変装して軽く噂話を流すだけで充分だろう」

「……なんか陰湿だな」

「手段に陰湿も派手もないだろう。嫌ならラルバの温泉巡りにでも付き合ったらどうだ?」

「いや、いい。温泉坊主(アレ)と同じ湯で疲れが取れる気がしない」

我儘(わがまま)な奴だ……あれ、ゾウラは?」

 

 ナハルが振り向くと、ついてきている筈のゾウラがいつの間にか忽然(こつぜん)と居なくなっていた。

 

「さっきトイレに入ってたぞ」

「その程度で使奴が見失うものか」

 

 ナハルが通り過ぎたばかりの手洗い場に入ると、中には誰もおらず捻られた蛇口から勢いよく水が噴き出しているだけであった。

 

「ゾウラ?」

 

 ナハルが小さく呼びかけると、蛇口から噴き出る水が突如形を持って歪み、目の前で人の形になった。

 

「はい! 呼びましたか?」

 

 水はあっという間にゾウラの姿になり、いつもと変わらぬ朗らかな笑顔を浮かべた。ナハルは呆れて溜息を吐き、ゾウラの額を指で小突いた。

 

「黙って消えるな。お前に異能を使われると、使奴でも追跡が難しくなる」

「ごめんなさい! ちょっと気になることがあって!」

「何だ。気になることって」

「このお手洗いのお水って、温泉とは違うのかなーと思って」

「ん? ああ、そりゃそうだろう。生活水に使う細い水道管全てに温泉なんか流していたら、湯の華であっという間に詰まってしまう。交換費用が馬鹿にならないぞ」

「でも、根っこは一緒だったんですよ!」

「根っこ?」

「はい! 温泉の“根っこ”と、この蛇口の“根っこ”。2つとも同じ水源でした! なのに蛇口とお風呂で成分が違うなんて面白いですよね!」

「待てゾウラ。その“根っこ”ってなんだ。地下水脈のことか?」

 

 頭を抱え狼狽(うろた)えるナハルに、ゾウラはキョトンとした様子で答える。

 

「……? いえ? 地下深くにある施設です! 多分浄水場か何かですかね?」

「地下深くにある施設……? さっきの温泉用配管よりも深くにか?」

「はい! 多分距離にして……10km以上?」

 

 

 

 

〜爆弾牧場 まほらまタウン北区 旧温泉街 地下配管内部 (ジャハル・ラプー・シスターサイド)〜

 

 暗く湿った温泉配管の中を、氷で作られた船が闇を切り裂き滑走して行く。

 

「次どっちだラプー!!」

「右」

「右だな!!」

 

 ラプーの合図でジャハルが配管の曲面に沿って氷のレールを這わせ、氷の船の勢いを殺さぬままウォータースライダーのように配管の壁を滑り抜けて行く。そして直線ルートに戻ると同時にラプーが炎魔法を後方へ噴射し、轟音を響かせ加速して行く。

 

「もう少しの辛抱だぞシスター!! ラプー次は!?」

「3秒後に左」

「3秒後に左だな!!」

 

 ジャハルが再び氷のレールを作り出して船を操作し、ラプーがジェット噴射に強弱をつけて最低限の減速でカーブを曲がって行く。

 

「ラプー!! 次の指示を!!」

「………………」

「ラプー!? 早く指示を!! おい!!」

「……このまま真っ直ぐでいいだ」

「真っ直ぐ!? 壁にぶつかるぞ!?」

 

 船の進む先、ジャハルの目には、左右へと道が続くT字路の突き当たりが映っていた。

 

「ラプー!! どっちだ!!」

「真っ直ぐでいいだ」

 

 ラプーがジェット噴射を強め、船は突き当たりに向かって急激に加速する。

 

「ぶつかるぞ!!」

「平気だでよ」

 

 氷の船が配管に擦れ、摩擦熱で勢いよく溶け始める。

 

「ラプー!!!」

「舌噛むど」

 

 そして氷の船は

 

 壁に

 

 

 ぶつ

 

 

 

 かり

 

 

 

 

 粉

 

 

 

 

 

 々

 

 

 

 

 

 

 

 に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜爆弾牧場 ??? (イチルギ・ハザクラサイド)〜

 

 ジャハル達が温泉配管に侵入する少し前――――

 

「……これは」

 

 ハザクラの視線の先。温泉配管が突如“解けたセーターのように(ほつ)れて“なくなり、先には真っ赤に光り輝く洞窟のような光景が広がっている。()だるような蒸し暑さの中、先の景色を見ようと一歩踏み出すと、突然呼吸が苦しくなって眩暈(めまい)と共に膝をついた。そこへイチルギが駆け寄り、耐圧魔法を施して彼を抱き上げる。

 

「高気圧障害よ。ここは恐らく地下10km近い。自己暗示を掛け直したほうがいいわ」

「地下10km? そんなに潜った記憶はないが……」

「私もよ。多分、あの地下配管自体が何者かの力の支配下にあった。私達は、その主に招かれたんじゃないかしら」

 

 洞窟の天井は見上げるほど高く、所々から温泉配管の外殻が岩肌を突き破って見えている。洞窟内を真っ赤に照らす光源は見えないものの、岩肌が照り返す光の揺らめきは、どこか近くで炎が燃え盛っているように見えた。

 

 2人が光源を探して洞窟を進んでいくと、気温が上昇するにつれ炎の燃え盛る音と異臭も強まり、じきに大きく開けた空間に辿り着いた。そこでは、巨大な台座のような岩山から炎が轟々と音を立てて燃え盛っており、その真上の天井には鉄の塊のような巨大な何かが埋め込まれている。

 

「何かしら……あれ」

「何だと思うかね」

 

 イチルギの呟きに、どこからともなく響いてきた声。2人が身構えて辺りを見回すと、巨大な岩山の影から1人の男が顔の半分だけを見せてこちらを覗いていた。

 

「何だと、思うかね」

 

 しゃがれて枯れ切った獣のような声。髪の毛もなく、血走った目をした壮年の男の問いに、イチルギは深呼吸をして答える。

 

「恐らくは、“温泉の(まが)い物”。ここは温泉を作り出す地下施設。そして、貴方がその番人」

「…………温泉は、どうだったかね」

「入ってないわ」

「そうか。それは、良かった」

「良かった?」

「”人で沸かした風呂“など、誰が入りたいものかね」

 

 イチルギはハッとして炎の方を見た。強すぎる火力のせいで臭いが分かりづらかったが、確かにどこか”獣の焦げるような臭い”が漂っている。

 

 ハザクラは憤怒の形相で男を睨み、恫喝するように(おもむろ)に歩み寄る。

 

「お前……!!! 一体ここで何を……!!!」

「何を? そんなの、ワタシが知るものかね」

 

 男が目を伏せながら岩山に姿を消すと、ハザクラは走り出して後を追いかける。

 

「待て!!!」

「ならば聞こう。正義の味方達よ」

 

 ハザクラが岩山の向こうを見るより早く、”男が立ち上がる“。

 

「君等はここに、何しに来たのかね?」

 

 壮年の男の裸の上半身が露わになる。そして、ハザクラの方へと歩み寄るごとに、その姿が鮮明に炎に照らされて行く。

 

 男の腰のすぐ下には、女性の乳房と人間の胴体が付いている。胴体には両腕もついているが両足はなく、剥き出しの女性器だけが然るべき場所についている。そして、そのすぐ下にも同じような女性の胴体が、その下にも女性の胴体が。女性の胴体が胸元と腰で繋がってどこまでも伸び、(おぞ)ましいムカデの化物が姿を現した。

 

「なっ……!?」

 

 ハザクラは突然の異形の姿に、怒りも忘れて数歩後退(あとずさ)る。男は胴体から生える無数の腕を足のように(うごめ)かして地を這い、上体を高く持ち上げて2人を見下ろす。

 

 年老いた男の顔も、よく見れば片目が3個ついており、そのうちひとつの目玉は繰り抜かれている。耳も2つ余計に付いており、顎から首にかけては口が4つ、半開きのまま(よだれ)を垂らし続けている。そして腰から下には首と足の無い女性の胴体が無数に連なり、その華奢(きゃしゃ)な腕で岩山にしがみついている。

 

「答えよ。正義の味方よ。君等はここに、何しに来たのかね?」

 

 化物が上体を(もた)げ、ハザクラに顔を寄せる。

 

「もしかして、ワタシに、殺されに来たのかね?」

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