シドの国   作:×90

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141話 真相は未だ遥か彼方

〜爆弾牧場 星防人(ほしのさきもり)山〜

 

 時刻は正午過ぎ。一行は爆弾牧場を抜ける為、泣き喚くハピネスを引き摺りながら険しい山道を登っていた。ナハルにおぶさるようにしがみついているハピネスは、泣き疲れて尚鼻声混じりに不貞腐れている。

 

「おっ……おおっ……なんでっ……何でごんな過酷な道を選ぶのざっ……!! おっ……おっ……ばっ、馬鹿なんじゃないのっ……!! おっ……おっ……」

「背負ってやってるんだから文句言うな! 鼻水を髪につけるな!」

「おっ……おっ……おっ……寒いっ……!! ナハルの髪邪魔っ……!!」

「次文句言ったら崖から放り投げるからな」

「おっ……おっ……おっ……! ひぐぅ〜〜〜!!!」

「うるさいっ!!!」

 

 先頭を進むハザクラは、後ろから聞こえてくる情けない喘ぎ声を無視して呟く。

 

水疱病(すいほうびょう)……。恐らくあれは、ディンギダルの自爆の異能によるものだと思う」

 

 独り言のような呟きに、すぐ後ろを歩いていたジャハルが顔を上げる。

 

「警備隊を(かくま)う為に隠れた家の主人のことか?」

「ああ。一人暮らしなのに、家の中が随分と片付いていた。それに、不相応に広い……。多分、家族に出ていかれてしまったのだろう。だが、それにしたって生活の痕跡が少な過ぎる。もしかしたら、床に伏していたのかも知れない。ディンギダルは、辛い余生を断ち切る為に緩やかな自爆で命を終わらせた……。そう考えている」

「……警備隊も言っていたな。妹は産声も上げず、生まれて間も無く水疱病に罹って亡くなった。母親も、ショックで衰弱して2年後に水疱病で亡くなったと……」

「使奴も知らない病。波導の痕跡無し。内臓が破裂した遺体……。そして、水疱病に罹った者は、直前に死よりも苦しい絶望を抱えている。ディンギダルは、愛しい我が子達の苦しみに耐えられなかったんだろう」

 

 後ろの方から、2人の会話に混ざる為にラデックが駆け寄る。

 

「俺が出会った番台のヒヴァロバの話では、昔“溺死病(できしびょう)”という奇病が流行った時にも、同時に水疱病が流行したそうだ」

「溺死病か、確かに目を背けたくなるほど苦しい病気だ」

「ハザクラも溺死病を知っているのか?」

「ああ。“診堂(みどう)クリニック”を起源とする“大疫病(だいえきびょう)”の一つだ」

 

 聞きなれない言葉にラデックが首を捻る。

 

「んん? “診堂クリニック”? “大疫病”?」

「あ、そうか。ラデックは知らないのか。現代特有の事情だしな。旧文明には無かった疫病が、診堂クリニックと言う国を起源として広がっているんだ。故に、その国は世界でも有数の医療大国であるにも拘らず“疫病(えきびょう)の国”とも呼ばれている」

「医療大国なのに疫病の国なのか。皮肉だな」

「爆弾牧場ともそう距離が離れていないし、何かのきっかけで感染者と接触してしまったんだろう。流行ったのが溺死病だけだったのがせめてもの救いだな」

「ハザクラ達の戦ったディンギダルという男も、疫病の流行を抑える為に自爆を決行したんだろうか……」

「その側面もあるだろうな……」

 

 山の中腹まで登り、日も傾き始めた頃。一行の最後尾を辛うじてついてきていたバリアが、物静かな彼女にしては一際大きな声で全員を呼び止めた。

 

「皆、ちょっと待って」

 

 バリアはずっと読み(ふけ)っていた革の手帳を皆に向けて広げる。そこには、可愛らしい絵柄で数人の似顔絵が描かれていた。

 

「リィンディの館から盗んできた、昔在籍していた奴隷の手帳。持ち主は、仲間の顔を覚える為に似顔絵を描いていたみたい」

 

 そう言ってバリアが指差した場所にあった絵。そこには“スアンツァ”と言う名前と、額を黒痣に覆われた黒い白眼の使奴寄りと思しき女性が描かれていた。

 

「これは……使奴か?」

 

 ラデックは思わず疑問を口にするが、それに答えるようにハピネスが鼻で笑った。

 

「はっ……。ここまで来ると、どっちがストーカーか分からないな」

「ハピネス? 見たことあるのか?」

「ラデック君も見覚えがあるだろう。“神の庭の壁画”で」

「神の庭の、壁画……?」

「今回の描き手の画力が高くて助かったな。こいつが、ラルバお気に入りの通り魔。“ガルーダ・バッドラック”だよ」

「ガルーダ……!? バルコス艦隊で、ファジットの家族を惨殺した使奴か!?」

 

 バリアがラデックに手帳を渡して解説する。

 

「ガルーダが”偽名を使って純金の拠り所に奴隷として在籍していたのは20年近く前。そして恐らく、リィンディに出鱈目(でたらめ)を教えたのも彼女。爆殺処刑の発動条件は温泉にあって、その根拠は異能の力の源となる命力を感じ取れると言うものだった。けど、実際は親子矛盾を利用した自爆の異能によるものだったし、命力と言うのも胡散臭(うさんくさ)いオカルトが元ネタ。そして何より、そんなことをしてもガルーダには一切メリットがない」

 

 横からジャハルが口を出す。

 

「神の庭の時と同じじゃないか? ガルーダは、結界を維持しているパルシャを不死にすることで、あの地域全員の殺害を試みた。今回は、リィンディを騙すことによって爆弾牧場全域の人間を殺害しようとしたんじゃないか? リィンディはガルーダの嘘で爆殺処刑のトリガーを勘違いしていたんだ。そのままクーデターを起こしていた場合、多くの人間が国家反逆罪でディンギダルの自爆によって処刑されていただろう」

「それはポポロが居ないこと前提でしょ? だって、ポポロが生きてるならリィンディだろうと誰だろうと逆らわないだろうし」

「ま、まあ。それはそうだが」

「そのポポロを殺したのはラルバ。ラルバの行動が前提なのに、私達ラルバの同行者の行動が予定外ってのがしっくり来ない」

神鳴(かんな)り通り大量殺人の真相を突き止めたのはラルバだし、神の庭の人達を助け出したのはゾウラだ。ガルーダの目論見(もくろみ)は、全て我々によって阻止されている。どこも不思議じゃないだろう」

「ううん。充分不思議だよ。ハザクラなら分かるよね?」

 

 話を振られたハザクラは、そのタイミングから“今しがた脳内に浮かんだ結論”が正しかったことを確信し、歯軋りを交えながら口を開く。

 

「……200年前に人類を救う為活動を開始した、ヴァルガン、イチルギ率いる“ウォーリアーズ”。その誰もが、ガルーダを知らなかった。ベル、キザン、メギド、ハイア。世界経済、治安維持、医療、科学技術の発展に貢献し、身を粉にして世界を引っ張ってきた使奴達が、200年もの間ガルーダの存在を全く知らなかったなんてこと、有り得るのか。仮に有り得たとして、ハピネスの目撃証言。神の庭の壁画と手記。そして今回の似顔絵……。200年間ウォーリアーズの目を完全に掻い潜ってきたガルーダの情報が、ここ数ヶ月で3件も発見された。これを偶然と呼ぶには、(いささ)か思慮が浅過ぎるとは思わないか」

 

 苦しそうなハザクラの物言いに、ジャハルは口を(つぐ)んで目を伏せる。その視線の先を地に這わして泳がすと、足元にいたラプーと目があった。

 

「…………。な、なあ。イチルギ」

 

 ジャハルがラプーを見つめたまま口を開くと、イチルギは次の言葉を察して口を真一文字に結ぶ。

 

「ラプーに答えを聞くのは……ダメなのか? 正直なところ、2人の関係も聞きたいんだが……」

 

 大戦争終結直前。200年前から行動を共にしていたイチルギとラプー。その頃から今まで、イチルギはラプーの全知の異能を一切頼っていない。その理由を(いぶか)しんだジャハルの問いは真っ当なものであり、イチルギは返答を探すフリをして沈黙を貫いた。

 

「……答えたくないものを無理矢理問い正すのは気が引けるが、配慮だけでは立ち向かえない現実が迫ってきている。ディンギダルもそうだが……バルコス艦隊のファジット、神の庭のパルシャ、真吐き一座のシガーラット、グリディアン神殿のザルバス、なんでも人形ラボラトリーのスフィア……。運良く我々が助けられたから良かったものの、対処法を間違えれば、気付けなければ、皆命を落としていたかもしれない。ラプーの全知があれば、その不幸を回避出来るかも知れない」

 

 イチルギの表情がより苦しく険悪なものになって行く。その沈黙が、何よりの答え。イチルギが、人命救助よりも優先したい個人的な事情がある証明。ラプーの沈黙も、決して拒否ではない。ただ彼は、イチルギの返答を待っているのみ。そのラプー自身の気遣いが、イチルギの心をより強く締め上げた。

 

「――――っ……」

「イチルギ。どうか教えてくれないか? 貴方とラプーの間に、何があったのか。彼は何者なのか」

「わ、私……は……」

 

 イチルギが言いかけた途端、彼女の首をラルバが抱きついて締め上げた。

 

「はーいそこまでー! ネタバレ厳禁っつったよねぇ?」

「ラ、ラルバ!?」

「イっちゃん良いねぇ。良い感じに悪者オーラ出てきてるヨォ? 正義側の大物が悪堕ちすると、小悪党とはまた違った旨味が生まれるからねぇ! ラルバちゃん楽しみだなぁ!! たくさん(こじ)らせて立派なヴィランに育つんだよ!!」

 

 ラルバはそのままイチルギの首の骨をへし折ると、すぐさまジャハルに蛇の如く絡みついて締め上げる。

 

「お前も興味本位で人様の事情詮索してんじゃねぇ!! デリカシーの無いヤツだなぁ!!」

「痛ででででででっ!!! ラ、ラルバには関係ないだろう!!」

「関係大ありですぅー!! 第一お前ら貧乏主義なんちゃら軍は私の許可で同行させてもらってる立場だろうが!! 金魚の糞が金魚より前を泳ぐんじゃねぇ!!」

 

 ラルバの完璧にキマったコブラツイストを、ラデックが(なだ)めながら解く。ラルバは子供のように頬を膨らましながら怒りを露わにし、全員の目の前で高らかに宣言をする。

 

「はい!! ラルバ一家家憲第43条!! ラプーに全知を使用してもらう時、その内容はハピネスでも回答可能な情報に限定するものとする!!」

「おい待て!! 42条まではなんだ!! あとラルバ一家ってなんだ!!」

「違反者は頭蓋骨没収の刑だぞ」

「死罪じゃないか!!」

 

 ジャハルとラルバが言い争いをしていると、遠巻きに眺めていたシスターは背後の何かを引き摺るような音に気付いて振り向く。

 

「……カガチさん? なんですかその背中のは」

「お前らが馬鹿みたいに騒いでるせいで寄ってきた熊だ」

「仕留めたんですか……」

「凄いですカガチ! 私、熊初めて見ました!」

 

 身の丈4mはあろう巨大な熊に、ゾウラが喜んで飛び跳ねる。

 

 すっかりガルーダのことを忘れ去られてしまったことにバリアが溜息を小さく吐くと、首を治療したイチルギが隣に並んだ。

 

「大丈夫?」

「ええ。平気」

「首じゃなくて」

「うん。大丈夫よ」

 

 イチルギは首を摩りながら顔を伏せ、眉を(ひそ)めながらぎこちなく微笑んだ。

 

「……ジャハルの言い分が(もっと)もなのは分かってる。悪いのは私」

「そうだね」

「……いい加減、整理つけなきゃね」

「全くだよ。200年間何してたの?」

「色々やってきたつもりだったんだけど、何もしてなかったみたいね。気付かなかったわ」

 

 イチルギの視線の先には、熊の解体に(いそ)しむ面々と、毛皮を被って遊ぶハピネスとゾウラが映っている。だが、その瞳には依然として黒い(もや)のような影がかかっている。

 

「不思議ね。使奴の力さえあれば何でも出来ると思っていたのに、実際は出来ないことばかり。私には、この力は不相応だったみたい」

「そうだね。なんか色々反省してるみたいだけど、どうせならもう一個追加してもいい?」

「え、何?」

「イチルギ達はさ、ディンギダルの迷宮の異能の力で地下から出て来られたらしいけど、パジラッカとラドリーグリスもそうなの?」

「………………」

「ラドリーグリスは不覚の異能者らしいけど、もしかして配管の迷路にいるときは周囲目一杯を不覚の対象にしてたんじゃないの?」

「………………」

「もしそうだったらさ。実はイチルギも異能の対象になっていて、2人のこと思い出したの、今だったりする?」

「………………するわ」

「あちゃあ」

 

 

 

〜爆弾牧場 まほらまタウン北区 旧温泉街 地下配管内部〜

 

「せんぱぁい……こっちも行き止まりだよぉ!!」

「うっせーな! 見りゃ分かる!」

「ここさっきも通った気ぃするぅ……。出口どこぉ……?」

「お前が闇雲に走り回るから分かんなくなんだろうが!!」

「だって怖いじゃん!! あんな生首の化け物に追われたらさあ!!」

「はぁ〜……。お前ホントなんで怪物の洞穴に入隊出来たんだよ……」

「あー!! また溜息吐いた!! へこむからやめてって言ったのに!! やめてって言ったのに!!」

「うっせー!! 数年ぶりの国外任務でテメーと組まされる私の身にもなれ!」

「あーまた悪口言ったぁー!! 次言ったら泣くかんな!!」

「お前の悪口なんざ幾らでも出るわ! このヘンテコパイナップル! ポンコツパンダ!」

「あー!! あー!! あー!!」

「壊れた目覚まし時計! 白紙の辞書! 酒拭いた雑巾!」

「うあー!!!」

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