シドの国   作:×90

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145話 大河の氾濫

〜診堂クリニック 第一診堂中央総合病院 待合室 (ハザクラ・ジャハルサイド)〜

 

「会えない? 一体どうして……」

「何分、院長はご多忙ですので」

 

 受付の男性に、ジャハルは半ば追い払われるように断られた。受付の男性はジャハルの要望を誰かに取り継ぐ素振りも見せず、子供の我儘を遇らうが如く拒絶する。

 

「どうぞお引き取り下さい」

「だが、せめて日程の確認だけでも――――」

「お引き取りを」

 

 取り付く島もなく、ジャハルはハザクラに手を引かれる。

 

「出直そう。ジャハル」

「……ああ」

 

 悔しさから足元にを向けるジャハル。その目をふっと上げると、こちらを睨んでいる看護婦と目が合った。そこでジャハルは思い出したかのように周りに目を向ける。病院を出るまでの間、患者も、従事者も、病院内の人間全員がジャハル達を差別的に睨み続けていた。その視線に、ハザクラがどこか寂しそうに呟く。

 

「……やっぱり、相当嫌われているな」

 

 診堂クリニックは、その医療技術の高さから数多くの患者が国外から訪ねてくる。その為に各国があの手この手で診堂クリニックのご機嫌を取ろうと躍起になっている。それは感謝やお礼と言うよりは、国を挙げての熾烈な病床争いと言えるだろう。

 

 しかし、当の診堂クリニック側はこのことを喜ばしく思っていない。それは、【疫病の国】と言う不名誉な蔑称が流行していることに他ならない。大疫病の感染源というだけで、大疫病の流行や、その全てが未解明という不都合の責任を、診堂クリニックは全て負わされている。加えて“医療大国”という言葉が、未だ大疫病の研究が進んでいないことへの皮肉としても語られることに強い憤りを感じている。その為、診堂クリニック国民は往々にして外国人に忌避的であり差別思想が強い。これらを象徴的に表している規則の一つとして、外国人の治療の際には入国から出国まで、”不慮の事故による医療ミス“を防ぐ為に、同じ国出身の医療従事者2名の同伴が義務付けられている。

 

「その大疫病も、診堂クリニック総合院長の使奴”ホウゴウ“の異能によって流行が抑えられている」

 

 病院の駐車場まで戻ってきたハザクラが、出入り口に立っている警備員に許可証を返却する。後ろを振り返ると、巨城のように聳え立つ診堂クリニックが太陽の光を反射してギラギラと輝いている。それは患者を優しく迎え入れる神殿のようでもあり、不躾な外国人を拒絶する要塞のようにも見えた。

 

「……異能の詳細が知りたいが、イチルギ達ウォーリアーズが旅をしていた200年前から、ホウゴウは復興派の使奴を嫌っている。だが、世界を統べる為には彼女の協力は必要不可欠だ」

 

 そう言ってハザクラが再び前方に視線を戻すと、遠くから見慣れた殺人鬼のシルエットがこちらへ歩いて来ているのが見えた。

 

「やっほークラクラちゃん! 悪い奴殺したー?」

「お前と一緒にするな」

 

 公共の場所にも拘らず躊躇なく物騒な発言をするラルバを、ハザクラが面倒臭そうに遇らう。ラルバの後をついて来ていたバリアは、何かを探すように辺りを見回して尋ねる。

 

「ハザクラ、イチルギは一緒じゃないの?」

「はい。彼女は一応まだ世界ギルドの重役扱いです。診堂クリニックは使奴に対して差別的ですし、どちらの意味でも自由の身ではありません。ここへ来たのは俺達2人だけです」

「ふぅん。やられたね」

「やられた?」

 

 バリアが周囲を睥睨してから一点に視線を送る。その視線の先には、こちらへ歩いてくる2人の人影があった。

 

 背の高い女性の方は、真面目そうな黒髪ロングに縁の細い眼鏡、黒を基調としたセーラー服に似た衣服を身に纏っており、額には衣装に似合わぬ黒いレンズのゴーグルが水泳選手のようにかけられている。キリッとした顔立ちにピンと伸びた背筋、ただ前に歩いていると言うだけで、彼女の思想と育ちの良さが窺える。

 

 背の低い男性の方は薄い紫の長髪で、目元までを前髪が深く覆っており素顔は窺えない。しかし、緊張で歪んだ口元と不安そうに丸めた猫背から、隣を歩く黒髪の女性とは正反対の気弱な性格であろうことが容易に読み取れる。服装は魔術師の着るローブによく似た、白と紫のラインが入った分厚い生地のコート。そして両手で握り締めた金属製の杖。この二つが、彼が後衛術師であることを物語っている。

 

 2人はハザクラ達の方を向いて真っ直ぐと歩いて来ている。ハザクラは自分に用があるのだろうかと彼女らに向き直るが、ラルバがハザクラよりも前に出て見下すように笑って見せた。その敵意丸出しの笑みに、ハザクラはこれから起こるであろう一波乱を想像し、瞼に力を入れた。

 

「こんにちは」

 

 黒髪の女性が機械のように無機質な動作で腰を45度傾け会釈をする。ラルバはニヤニヤと不気味に笑ったまま首を傾げる。

 

「使奴を視界から外すたぁいい度胸だ。酔狂の間違いかもしれんが……」

「初対面の相手には挨拶をするのがマナーです。ヴェラッド」

 

 ヴェラッドと呼ばれた背の低い男性は、ラルバに酷く怯えた様子で震えながらも小さく頭を下げた。ヴェラッドの震える背中を、黒髪の女性が優しく摩る。

 

「どうか気を悪くされないで下さい。彼は優秀ですが、コミュニケーションは得意ではありません」

「コミュ障を優秀とは呼ばんだろ」

「不適切な評価です」

「使奴に口答えするか」

「発言者の地位や能力で、反論の価値は変動しません。ヴェラッドに謝罪を」

 

 黒髪の女性の毅然とした態度に、ラルバは不機嫌そうに眉を顰めた。これ以上の挑発は無意味と判断し、ラルバは一歩前に足を踏み出そうとする。そこへ突然、上空から雄叫びが降って来た。

 

神速の邪牙(ソニック・ファング)!!」

 

 センスは無いが威勢のいい技名と共に落下して来た人影。これをラルバはひょいと後ろに飛んで躱す。さっきまでラルバの立っていた場所に雷魔法の刃が樹木にように広がり、ひび割れて粉々に砕け紙吹雪のように舞い散った。その紙吹雪の中から、術者の男は顔に手を当て格好良いと思い込んでいる決めポーズで言い放つ。

 

「悪党共よ、懺悔と恐怖に打ち震え、膝突き赦しを乞い願え!!! デクス!! ヴェラッド!! バシルカン!! 3人合わせて、我ら”地獄の特急列車“!!!」

 

 先程露天商の女性達と揉めていたデクスとの思わぬ再会に、ラルバは炭鉱夫の靴の臭いでも嗅がされたかのように顔を顰めて口先を尖らせる。そして、それは奇遇にも相手方も同じであった。

 

「デクス、嘘を吐かないで下さい。それと、その自己紹介は控えて下さいと言った筈です」

 

 黒髪の女性の冷淡な否定に、ヴェラッドが何度も小さく首を縦に振って同意を示す。しかしデクスは聞く耳を持たず、ラルバに向けて指を突きつける。

 

「まさか、こんなに早く再戦の機会が訪れるとはな!! だが安心しろ!! デクスは弁当食って満腹だ!! 今度こそ灰になるまで焼き尽くしてやる!!」

「近所迷惑になるからもう少し静かにしろよ思春期野郎」

「静かな場所がご希望か!? なら、早速墓場に案内してやるぜ!!  絶対征服の魔手(インペリウム・オーバーロード)!!」

 

 デクスが胸の前で両手の指を組み合わせ、勢い良く左右へ弾き広げる。すると、周囲の景色が“塗料が溶ける”ようにして緩やかに消え去って行く。虚構拡張の気配を感じたハザクラは、自己強化を挟んでから虚構拡張の範囲外へと飛び出した。同じくバリアもジャハルを抱えて飛び退き、範囲外へと脱出する。次第に虚構拡張による漆黒のドームが形成されて行き、間も無く巨大な球体が完成した。

 

 虚構拡張の内部では、ラルバがこの上なく嫌そうに顰めっ面に皺を寄せている。辺りは何処までも続く闇が広がっており、目を凝らせば薄らと大量の巨大な目玉や人間の顔がこちらを見つめているのが分かる。足元は古びたコンクリートのようで、大量の虫の死骸が転がっている。光源は一見存在しないように見えるが、辺りはスポットライトで照らされているかのように明るくなっている。

 

「……絶対もう少しマシなネーミングあるよなぁ。“めちゃ怖お化け屋敷”とかどう?」

 

 ラルバの文句に、デクスは舌を出して笑う。

 

「言葉には気をつけたほうがいいぜ? 何せ、いつそれが遺言になるか分からねぇんだからな!! ヴェラッド!!」

 

 ヴェラッドはデクスに名前を呼ばれ、ビクッと体を震わせてから防御魔法を詠唱し始める。それを阻止しようとラルバが地面を蹴って走り出すが、その動きはとても使奴とは呼べない程緩慢であった。一切不自由を感じていないにも拘らず速度を落とした自分の体に、ラルバは舌打ちをして呟く。

 

「ちっ……またコレか」

 

 謎の力、恐らく異能による影響を受けてラルバの先制攻撃は大きく減速した。常人にしては充分速い動きではあるが、デクスがカウンターを繰り出すには申し分ない余裕だった。

 

「くくく、隙だらけだぜ!! 灼熱地獄の煤煙(ヘル・スモッグ・バーニング)!!」

 

 デクスの手から放たれた炎魔法の弾丸は、毒々しい紫の尾を引いてラルバに真っ直ぐ飛んで行く。ラルバは迎撃しようと反魔法と水魔法を同時に発動するが、どちらも波導が不自然に乱れて不発となる。そのまま炎魔法の弾丸はラルバの頭部に命中し、治療されたばかりのラルバの角を破壊した。

 

「あー!! 治したばっかなのに!!」

「安心しろ!! すぐに全身ズタボロになって気にならなくなるぜ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 虚構拡張の外。隔離を免れたハザクラは、ジャハルに向かって唐突に言い放った。

 

「ジャハル、走れ」

 

 ジャハルは一瞬言葉の意味を考えるも、すぐに状況を理解して出来る限り素早くその場を離れた。残されたハザクラとバリアの2人は、自分達と同じく虚構拡張の隔離を免れた黒髪の女性の方を見る。

 

「バシルカン……と言ったか」

 

 ハザクラは黒髪の女性、バシルカンに向かって一歩近づく。しかし、バシルカンは穏便な対応をとる様子もなく、長い髪を束ね始めた。セーラー服のロングスカートに入った大きなスリットを広げ、邪魔にならぬようスカート全体を尻尾のように腰の後ろで結ぶ。

 

「待て、バシルカン。俺達は貴女と戦いたくない」

「私もです。そして、それは概ね全人類に言えることです」

「俺達は敵同士じゃない。協力し合える筈だ」

 

 バシルカンは眼鏡を外して代わりに額のゴーグルを装着して構える。

 

「話し合いによって建設的な結果が得られるのであれば応じます。しかし、この場ではファイティングポーズこそがマナー足り得ましょう」

 

 緩やかに吹いた風に、バシルカン束ねられたの髪とスカートが靡く。彼女は、人道主義自己防衛軍総指揮官と使奴部隊を相手に、単独で宣戦布告をした。

 

「我ら世界ギルド。”大河の氾濫“所属、バシルカン。着任します」


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