シドの国   作:×90

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149話 要らない人間

〜診堂クリニック 第一診堂中央総合病院 東駐車場 (ラルバ・バリア・ハザクラ・ゾウラサイド)〜

 

 バシルカンがハザクラの目を真っ直ぐに見つめて口を開く。

 

「イチルギ様から“破条制度”については聞いていますね? 私達“大河の氾濫”が提示する評価方法は、ラルバ・クアッドホッパーそのものではなく、手綱を握る者、協力している者、信頼されている者の振る舞いから推察する“善管注意義務の精査“です。ハザクラ様。貴方は、ラルバ・クアッドホッパーの手綱を握るに相応しい、善良なる管理者として注意義務を遵守出来るか。私達に見せて下さい」

 

 ハザクラが何か言い返そうとするより早く、ラルバが手を上げて発言権を求めた。

 

「どうしました? ラルバ様」

「いや、その善良なる管理者ってさ。飽くまでも“私に協力をしている、或いは信頼されている”ってのが最低条件なわけだよね? つまり、ラデックとかシスターとかの支配されてる側の意思は問わない、と」

「まあ、そうですね」

「じゃあアレも判定基準から除外してくんない?」

「アレ?」

 

 バシルカンがラルバの指差す方を見る。繁華街の方へと続く道路の先。病院を訪れる歩行者や、受診待ちの車が渋滞を作っている以外は、何の変哲もない日常の風景。しかし、その奥からは微かに黒い(もや)のようなものが見え、それは瞬く間に巨大な暗雲へと変貌していく。

 

「あーははは。めちゃおこデラックスじゃん。まあ、頑張って」

 

 暢気(のんき)に笑うラルバ。その視線の先には、暗雲の中にいる1匹の“白蛇”の姿が映っていた。暗雲の正体に気づいたハザクラは慌てて防壁を作り、バリアは溜息を吐き、ゾウラは喜びの声を上げた。

 

「なっ、ゾウラ!! どう言うことだ!?」

「はぁ……」

「ごめんなさい! カガチにここへ来ること言ってませんでした!」

 

 暗雲は次第に巨大なウツボの形状を模して、空を泳ぐようにして猛スピードで接近してくる。人々は悲鳴を上げて逃げ惑い、列を成していた車の渋滞は急発進して蜘蛛の子散らすように走り去って行く。ウツボの口腔で構えるカガチの姿が、常人でも視認できる距離まで近づいた時、その全身から溢れ出る憤怒の波にバシルカン達は全身の毛が逆立つのを感じた。

 

「これは……」

「マズいぜバシルカン!! あ、でも3対1なら勝てんじゃね!?」

 

 デクスの提案に、ヴェラッドが激しく首を左右に振って袖を引いて逃げるように促す。バシルカンは少し考えた後、ラルバに一言だけ言い残す。

 

「そうですね。彼女は除外しましょう」

「お、話わかるね。ほらクララちゃんもお礼言うの!」

「助かる」

 

 バシルカンは匹敵の異能を発動し、デクス、ヴェラッド共々消えるようにその場を離れた。ラルバ達の頭上を巨大な黒いウツボがバシルカン達を追って通り過ぎて行くと、上空からカガチが目の前に落下してきてアスファルトを踏み割った。

 

「カガチ!」

 

 ゾウラがカガチに駆け寄ると、カガチは膝を折ってゾウラに目線を合わせる。

 

「ゾウラ様!」

「聞いて下さいカガチ! 私、ラルバさん達と一緒に大河の氾濫に勝ったんですよ!!」

「それは……ご無事で何よりです。お怪我は?」

「ちょっぴり!」

「ちょっぴり……?」

 

 カガチがゾウラの側頭部に指を触れる。回復魔法の余波、その規模、術者の特定、逆算して、怪我の詳細、凶器の特定。それらを知った直後、カガチは手元に黒いナイフを生成してラルバに斬りかかった。それを予測していたバリアが、カガチの腕を掴んで斬撃を阻止する。

 

「放せバリア!!」

「八つ当たりにも程があるよ。今回ばっかりはラルバに非はない」

「“今回ばっかりは”って何?」

 

 ひとり不満そうな顔をするラルバを他所目に、カガチはバリアを睨みつけて牙を剥き出しにする。しかし、その後ろからゾウラが抱きついてカガチの怒りを収める。

 

「カガチ、ラルバさんは私を助けてくれたんですよ? それに、加勢したのも私の独断です。そんな顔したらいけませんよ」

「…………………………………………はい」

「返事おっそ」

 

 遥か彼方に見えていた黒いウツボが霧散し、カガチの目から殺意が薄れていく。が、完全に戦意を喪失したわけではなく、薄らと湿った敵意が瞳の奥に(くすぶ)っている。

 

 カガチは下水から溢れた腐敗物を見るような目でラルバを睨むと、ゾウラの手を引いて足早に立ち去って行ってしまった。その背中を見届けるのもそこそこに、ハザクラがバリアとラルバに呼びかける。

 

「とにかくジャハルと合流しよう。先にホウゴウの元へ向かっている筈だ」

「うん」

「えー、疲れたしご飯食べて行こーよー」

 

 ぐずるラルバを無視してハザクラとバリアが病院へと歩みを進める。

 

「えぇ無視ぃ? んもうワガママなんだから……。自分の意見ばっかり聞いてもらえると思わないでほしいなぁ全く」

 

 一切耳を傾ける気のないハザクラに、ラルバも観念して後を追いかけていった。

 

 

 

 

 

〜診堂クリニック 第一診堂中央総合病院 “遺児(いじ)安置所”〜

 

「なんだ……? ここは……」

 

 ジャハルがホウゴウを探し回った末辿り着いたのは、“遺児(いじ)安置所”の札が下がった鬱屈とした廊下だった。昼寝をしていた管理者から盗んできたカードキーを認証機に(かざ)すと、淡白な電子音と共にロックが解除される。扉の先の専用エレベーターに乗って地下へ降りて行くと、そこは広大な地下倉庫が広がっていた。

 

 ジャハルの目に飛び込んできたのは、国立図書館のように広大な空間と、そこに敷き詰められたガラス製の直方体。その一つ一つは、ペットショップに並べられる熱帯魚の水槽のように規則的に並んでおり、中から微かに音がしている。ジャハルがその一つに近づくと、彼女は中を見て思わず飛び退いて尻餅をついた。“中にいたソレ”と目が合ってしまったのだ。

 

「な、な、な、な……何で、こっ……子供が……!?」

 

 ガラス製の直方体の中にいたのは、4歳ほどと思われる幼子であった。ガラスケースの中には丁度子供1人が収まる寝台が設置されており、幼子の枯れ枝のように痩せ細った腕が寝台に括り付けられている。そして、先程からジャハルの耳に微かに聞こえていた音声の正体は、幼子の顔の正面に取り付けられたモニターに映し出された“子供向けアニメ”の音声であった。

 

「な、何故……何故こんな真似を……!?」

 

 ジャハルは蹌踉(よろ)めきながら立ち上がり、再びガラスケースに歩み寄る。中に寝転がる子供は、ジャハルの方をじっと見たまま動かない。笑いも、泣きも、喜びも、叫びもしない。一切の反応をせず、日常に割り込んできた“異物”を、ただ珍しそうにじっと見つめている。他のケースにもバラつきこそあれど、幼い子供が同じように腕を縛られ閉じ込められている。ケース内側の四隅には散水栓のようなノズルがついており、子供の臀部(でんぶ)あたりに勾配のついた排水溝の穴が空いている。とどのつまり、子供の一日が全てこのガラスケースの中で完結するような作りになっている。

 

「これじゃあまるで……!! に、人間の栽培だ……!!」

「滅多なこと言わないで下さいよ」

 

 背後から投げられた返答。そこには、白髪に大きな眼鏡をかけた使奴。“ホウゴウ院長”の姿があった。

 

「人道主義自己防衛軍、クサリ総指揮官。ジャハル様ですね? 勝手に入ってきて何をしているんですか? 対談ならお断りした筈ですが……」

 

 ホウゴウの真っ黒な白目に浮かんだ赤い瞳が、警告灯のように輝く。

 

「ここは関係者以外立ち入り禁止……と言っても、迷い込むような場所ではありませんが。早々にご退出ください」

「ホウゴウ……!! この子達は何故閉じ込められているんだ……!? 出入り口にあった“ 遺児(いじ)”というのはまさか……!!」

「……そんな偏見(まみ)れの目で見ないで下さい」

 

 ホウゴウは近くのガラスケースに手を置き、撫でるように滑らせる。

 

遺児(いじ)……。意味合いとしては、“健全な社会構築にとって負担となる不要な子供”を指します。具体的には、先天的な精神病を患っている。知能指数が極端に低い。視聴覚等に著しい障害を抱えているなど。俗に言う、“障害児”を指す造語です」

「ふ、ふざけるな……!!! 何をそんな馬鹿なことを!!!」

「静かにして下さい。子供達が怖がってしまいます」

 

 激昂するジャハルに、ホウゴウが唇に人差し指を当てて黙るようジェスチャーをする。

 

「我が診堂クリニックでは、こういった遺児(いじ)達を一般社会から隔離し、保護しているのです。確か、グリディアン神殿でも男児に対して似たような政策を取っていましたね。アレとはまた少し違いますが、まあ(おおむ)ね理由は同じようなものでしょう」

 

 ホウゴウの言葉に被せて、ジャハルは拳を固く握り締めたまま語気を強めて言い放つ。

 

「生まれたばかりの子供を、障害児を、言うに事欠いて“不要な子供”だと……!? 何が保護だ!!! そんなの、虐待と何も変わらない!!! 貴様には道徳心が無いのか!!! 一体、どんな生活を送ればそんな発想に至る!?」

「その言葉、そっくりそのままお返しします。一体、どんな生活を送ればそんな発想に至るんですか?」

「黙れ!!! 貴様がこれ以上何を宣おうと、全て詭弁だ!!! 命を粗末に扱っていい道理など――――」

「うるせぇよ馬鹿女が!!!」

 

 

 吼えるジャハルの叫びを、より凄烈なホウゴウの怒号が掻き消す。

 

 

「一体……一体どんな恵まれた環境で育てば、“全ての命は尊く愛おしい”なんて真っ当な思想を誇れるんですか……? その思想に賛同してくれる、素晴らしい人間しかいない理想郷に住めるんですか?」

 

 打って変わって呟くようなホウゴウの声に、ジャハルは思わず押し黙った。

 

「ジャハル様……ジャハルさん。普通の人間はですね、貴方のようにマトモじゃないんですよ。足や腕を持たずに生まれてきた子供を指差して嘲笑(あざわら)ったり、気味悪がったり、人間として認めない(クズ)が大勢いるんです。そんな狂った普通の人間の中で、腐った世の中で、この子達にどうやって幸せを見つけろと言うんですか?」

「…………その世界を変えるのが我々為政者の役目だろう。職務放棄も(はなは)だしいぞ、ホウゴウ」

「はっ。温室育ちのサラブレッドのくせに、何を一丁前に世界を語っているんですかね。貴方が強く気高く美しく育ったのは、人道主義自己防衛軍の創始者の使奴、ベルのお陰に他ならないじゃあないですか」

「いいや、ベル様だけじゃない。フラム様も、イチルギやヴァルガン達も協力を――――」

 

 ふと、気付いた違和感。ささくれが指先に触れたような、ごくごく小さな疑念。しかし、それを辿れば辿るほどに疑念は膨れ上がっていく。

 

「待て、ホウゴウ。今、”創始者の使奴“と言ったのか?」

「………………」

 

 ホウゴウは答えない。ジャハルから視線を逸らし、ガラスケースに手を置いたまま動かない。

 

「人道主義自己防衛軍の創始者はフラム様だ。使奴じゃない。そんなこと、使奴どころか一般人だって調べられる。歴史書や論文だって何本も出てるし、義務教育で教える国も沢山ある」

「…………」

「ホウゴウ。どうして間違えたんだ? 使奴であるはずのホウゴウが、どうしてこんな単純なミスを…………」

 

 どうして、などと(のたま)いながら、ジャハルは真実に気付いている。ただ、その真実を自分の口から言うのがどうしても(はばか)られている。それを言ってしまえば、もう後戻りが出来ない気がした。しかし、同時に彼女は知っている。もうとっくに、それこそ人道主義自己防衛軍を出た時から、後戻りなんて出来はしないのだと。

 

「ホウゴウ……貴方はもしかして、“使奴ではない”のか……?」

 

 ホウゴウの目が微かに震え、指先が痙攣(けいれん)を伴って緊張して強張(こわば)る。

 

「ハ、ハピネスから聞いた。この国の医者に、私と同じ“負荷交換”の異能者がいると……。もし、ホウゴウが、私と同じ異能を持っているなら、答えは一つしか、ない。200年の時を生き、使奴と同じ見た目をしていて、私と同じ異能者……。貴方は、貴方が……」

 

 ジャハルは乾き切った唾と恐怖がへばりついた舌を無理やり持ち上げ、続きの一言を口にする。

 

「…………メインギア?」

 

 

 

 

 

 

 

「…………ふ」

 

 ホウゴウがガラスケースから手を離し、その手で顔を覆う。皮膚が剥がれんばかりの勢いで爪を立てて、顔を引っ掻きながら呼吸を乱す。しかし、彼女はすぐに冷静さを取り戻してジャハルに向き直った。

 

「そうです。私は負荷操作の異能者であり、“複製”のメインギア。“ミドー・ホウゴウ”と申します。本当はヒシメギ・ホウゴウと言うのですが、ヒシメギは旦那の苗字でして。離婚する予定だったのですが、使奴研究所に誘拐されてしまったので離婚届は出せずじまいでした。でも、どうせ彼は新しい奥さんと籍を入れていたはずです。ですので、今は旧姓の“ミドー”の方を名乗らせて下さい」

 

 先程の怒号が嘘のような軽い回答。当然、軽そうに見えるだけ。ホウゴウの精一杯の強がり、或いは諦観の境地。200年もの間使奴を退(しりぞ)け、単独で総裁の席を保ってきた孤高の王の正体は、旧文明生まれの不幸な一般人であった。

 

「こんなちょっとの言い間違いも許してくれないんですね。使奴ってそんな凄いんですか? 憧れるって言うより妬ましいですね。“コピー元“の私はこんな不出来なのに。やっぱり元々が人間だからでしょうか。こんなことなら私も使奴として生まれたかった」

 

 ホウゴウの一方的な自分語りは止まらない。立板に水で取留めのない怨み言を垂れ流し続けている。

 

「昔っからそうなんです。やること成すこと全部ダメで。今だってそう。使奴の身体は快適で、病気も怪我も疲れも軽い。腰痛とも肩凝りともまるで無縁だし、見た目が変なこと以外はまるで完璧です。それなのに、私はこの体を上手く使いこなせない」

 

 緊張、疑心、憤怒、嫌悪。脳の苦痛を司る部分に影響を与える感情の殆どが、ホウゴウの中に同居している。

 

「覚えれば覚えただけ成長するのは分かってる。でも続かないんですよ。頑張る自分に嫌気が差してくるんです。お前みたいな出来損ないが、何を一丁前に努力をしてるんだ? ってね」

 

 嫉妬、恐怖、焦燥。汚水に下水を流すが如く、それらは消えることなく累積して激しく飛沫(しぶき)を上げる。

 

「凄い人って、考え方からして凄いじゃないですか。使命感だったり、知的欲求だったり、悔しさだったり。自分を信じることに余念がない。なんて言うんでしたっけ……ノブレスオブリージュ? とか、当然のように挫折とか絶望を乗り越えるじゃないですか。アレ、どうやってるんですか? 自信ってどこで買えるんですかね?」

 

 悔恨、悲哀、羞恥。人間の頃ののホウゴウであれば、感情の濁流に耐え切れず意識を失っていたかもしれない。

 

「努力するのも才能ですよ。私にはそんな才能無かった。いや、分かってるんですよ。はたから見れば怠け者に見えるんでしょうね。実際そうですし。周りがどうしてあんなに頑張れるのか分からない。皆見えないところでゲロ吐いたり意味もなく泣き喚いたりしてるんでしょうか」

 

 しかし、今のホウゴウは使奴の肉体を得ている。その強靭かつ繊細な精神は、決して自我の崩壊を許さない。

 

「惨めな会社員としての自分から解放され、使奴の完璧な脳を手に入れて、肉体を手に入れて、メインギアという苦痛を経験し、そして自由を手に入れた。社会の(しがらみ)も、家族の一方的な期待も、友人からの(さげす)みも。全てから解放されて、恵まれた体を持って人生の再スタートを切った。それが、今ではこの様です」

 

 ホウゴウがその場に尻餅をつくように座り込み、ガラスケースに寄りかかって中にいる子供を見つめる。

 

「手遅れ。手遅れだったんです。人間を辞めても、私は辞められない。きっと、最初から間違いだったんです――――――――」

 

 ホウゴウは力無くガラスケースに寄りかかったまま、譫言(うわごと)のように昔話を語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう今では、誘拐された日のことも、それからのこともよく思い出せません。思い出せるのは、“素体のメインギア”からコピーした“使奴細胞”とやらを、物言わぬ人形に与え続ける毎日。

 

 最初は苦痛でした。真っ白な肌だけ移してしまったり、素体のメインギアから使奴細胞そのものをコピー出来なかったりして、管理の人に何度も殴られました。でも、会社員の頃よりマシでした。暴力よりも言葉や態度だけで責められる方がずっと苦痛だったから。

 

 何度も異能を使ううちに、コピーも上手くできるようになってきました。肌の白さや黒痣が私のせいで発生しているものではないことがわかると、管理の人たちの態度も甘くなっていって、軽い雑談なんかもするようになりました。

 

 誘拐されておいて変な話ですけど、あの時ぐらいなんですよ。生まれてきてよかったなって思えたのは。クソみたいな人生だったけど、今は私にしかできないことがあって、それを必要とする人がいる。生まれて初めて自分を肯定出来た瞬間でした。

 

 先の大戦争で世界が滅んだ時、正直少し残念だなって思ったんですよね。折角念願の安寧を手に入れたのに……って。

 

 この国も、別に作ろうと思って作ったわけじゃありません。気まぐれで怪我人を助けたら、他の人が「私も、私も」って集まってきて。この異能と使奴の魔力があるからそこそこどうとでもなったんですが、言うことを聞いているうちに“診堂クリニック”なんて通り名が出来て、集落になっちゃって、私は医者兼村長として扱われました。いい迷惑です。

 

 集落は町になって、町は国になって、政治に無関心だった私をいいように扱う連中が大勢集まってきて、いつのまにか医療大国なんて呼ばれるようになった……。

 

 

 

 

 

 

 

遺児(いじ)隔離に関する法案や、この国の殆どの法律は支部長達が考案しました。私は、それに(もっと)もらしい意見を添えて肯定するだけの役……。私は惨めな会社員の頃から何も変わっていない。他の人の意見に反論でもしようものならば、その場にいる全員が険悪そうに私を睨む。反論と反撃の区別がつかない普通の狂人達が、普通の狂った世界を作り上げていく。私みたいな少数派に、口を出す権利はない。私はただへらへら笑って、波風を立てぬように顔色を(うかが)い続けるだけ……。経験ありますか?」

 

 ホウゴウの(うつろ)な眼差しが、ジャハルの首筋を舐める。高熱に(うな)されているかのような悪寒を覚えながらも、ジャハルは顔色一つ変えずに口を開く。

 

「ホウゴウ。それに私が何か、反論の余地のない正論を言ったとして、満足するのか? それが貴方の求めているものなのか?」

「……いえ。多分満足しないでしょうね。分かってるんです。矛盾したことを言っているなというのは。答えを欲しがっているくせに、いざ答えが提示されると不服そうにそっぽを向く。もう自分が何に不満を持っているのかも分からない。だけど、やっと、やっと自分の居場所が手に入ったんですよ」

 

 ホウゴウが(おもむろ)に立ち上がり、腰から下げていた魔袋(またい)に手を突っ込む。そして、中から太く短い鞭、ナガイカを取り出した。

 

「もうこれ以上、私の居場所を奪わないで下さい。私をこれ以上可哀想な人にしないで」

「ホウゴウ……」

 

 ジャハルは戦いたくなかった。当然の話である。一般社会で爪弾きにされ、異能目当てで誘拐され、突然大戦争の渦中に放り出され、再び一般社会の歯車に組み込まれた不幸な人ならざる者。そんな彼女を打ち負かす大義など、ジャハルの中にはない。だが――――

 

「……場所を変えよう、ホウゴウ。ここでは子供達に被害が及ぶ」

 

 ジャハルが背負った大剣に手を伸ばし、その柄を握り締める。その手にはもう、先程までの迷いも震えも無い。しかし、それを成長と呼ぶには少し歪み過ぎているのかもしれない。

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