シドの国   作:×90

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153話 臓器ギャンブル“ダークネス・ポーカー”

”ダークネス・ポーカー“参加者用契約書。

 

 使用されるのはジョーカー1枚を含めたトランプ1組53枚。カードは数字が大きいほど強く、同じ数字の場合はスートの強さを参照する。また、ジョーカーの数字は39として扱う。

 

 まず互いに賭け金をディーラーに提出する。そして先攻後攻を決める。以降、先攻と後攻は一回ゲーム毎に入れ替わる。

 

 先攻が山札の上から一枚引き、手元にキープする。同じように後攻も山札の上からカードを一枚引き、キープする。そして同時にカードを見せ合い、カードの強い方の勝利。

 

 カードを引く時、そのカードの中を見ることが出来る。その数字に不満があった時は、それを後悔して追加でカードを引くことが出来る。これは何度でも行えるが、キープするカードは中を見る前にキープ宣言をしなくてはならない。

 

 勝者は提出された賭け金を総取り出来る。また、相手の出目の3倍以上の出目で勝利した場合、総賭け金の倍を徴収出来る。

 

 プレイヤーは互いに山札の一番上より下のカードに触れてはいけない。

 

 契約書に()ける“賭け金“は互いの臓器のことを指す。

 

 ゲーム中に扱われる臓器は全て“診堂クリニックの法律上移植可能な健康な臓器”でなければならない。

 

 臓器以外でのベットは出来ない。

 

 所持している臓器はゲーム開始前に開示しておかなければならず、開示されている臓器以外の臓器はベットに使用出来ない。

 

 臓器は全行程終了後にのみ現金化可能とする。またその時の臓器の買取価格は診堂クリニックに於ける適正価格とする。

 

〜診堂クリニック 第三診堂総合病院 カジノバー“ 兎ノ鹿蝶(うのしかちょう)”〜

 

「ま、こんなところだね。全部把握したら契約魔法を交わすよ」

 

 そう言ってニクジマはルールが書かれた紙をシスターに差し出す。

 

「ここに書かれているルール以外は、適宜話し合いかディーラーの判断で通す。契約魔法で縛るのは、飽くまでもアンタらの為だ。アタシらがルール違反だの買い取り拒否だのをしない為の信用作り。そんでもって、アンタらが途中でゴネないようにする為の契約魔法だ。分かったらさっさとサインしな」

「……分かりました」

 

 シスターとハピネスが契約魔法の書にサインをすると、続けてニクジマとレシャロワークもサインを書き込む。

 

「ん。これで互いに、違反行為が物理的に不可能になったわけだ」

 

 そう言ってニクジマが山札の下の方のカードを触ろうとすると、その直前で手が弾かれた。契約魔法が効力を発揮しているのを確認すると、ニクジマは背後にいるレシャロワークに目を向けて無言の合図を送る。しかし、当の本人は携帯ゲームに夢中になっており視線に気が付かない。

 

「おい!! 仕事中に遊んでんじゃないよ!!」

「え? ああ、何ですかぁ?」

「見りゃわかるだろう!! 早く”持ってきな“!!」

「あーはいはい。今行きますよぉっと」

 

 レシャロワークがゲーム機をポーチに突っ込むと、バーカウンター奥の厨房に姿を消した。そして、ワゴンカートに乗った精密機械と、小さめのクーラーボックスを持って再び現れた。

 

「はーい確認お願いしまぁす。……っつっても、自分が見りゃいいだけなんですけどねぇ」

 

 そう言ってレシャロワークは精密機械の上に載っているバインダーをシスターに渡す。バインダーに留められていた紙にはびっしりと埋められた表が印刷されており、一番上に少しだけ大きな太字で表題が刻まれている。

 

「……所持臓器一覧、ですか」

「安心しな。お前らの腹が空っぽになるまで勝負を強制するつもりは無いよ。それに、その内のほぼ全てがガキ共の腹ん中にある状態だ。奴らには人権も意思もない。生体ドナーの法律に於ける、“本人の同意”の項目を端折(はしょ)れるのさ」

 

 ニクジマの道徳心の欠片も無い発言に、シスターがバインダーを支える指先に力が入る。しかし、それでも彼は平静を保ったまま臓器一覧を眺め、(おもむろ)に顔を上げる。そこへ、レシャロワークがもう一つのバインダーを差し出した。

 

「はいどーぞー。そこに、“ここまでなら賭けてもいい!”って臓器を記入してくださぁい。この紙に書いてない臓器はベットに使用出来ませんのでご注意下さぁい」

 

 シスターは続けて紙とペンを受け取ると、少し悩む素振りを見せながら記入を始めた。それをハピネスが顔を寄せて覗き込み、不満そうにしながら内容にケチをつける。

 

「いや腎臓はマストとしても胃袋はちょっとなー。食の楽しみは取っておきたい――――えっ!? 肝臓賭けちゃうの!? お酒飲めなくなるじゃん!!」

「ハピネスさん、ちょっと黙ってて下さい。……ニクジマさん。これ、腎臓や眼球、肺なんかの複数ある臓器はそれぞれ単体で1つと扱っていいんですよね?」

「ああ、流石にそこまで悪どいこと言いやしないさ。ただ、肝臓と小腸は2つで1つにしとくれ。その方が使い勝手がいいんでね。勿論胆嚢(たんのう)もだよ」

「分かりました」

 

 ハピネスが即答で了承したことに、ハピネスは血相変えて詰め寄る。

 

「いやいやいやいやシスター君!? じゃあ肝臓賭け損じゃん!! やめようよ〜態々(わざわざ)2個同時に失うこと無いってぇ〜!!」

「レシャロワークさん。これでお願いします」

「はいはい〜」

「お願いしないでっ!!」

 

 レシャロワークはシスターの記入した内容に目を通すと、眉を(ひそ)めてシスターを睨んだ。

 

「何か?」

「いやぁ……別にお二人がいいんならいいんですけどぉ……」

 

 レシャロワークがニクジマとハピネスにも見えるよう、バインダーをひっくり返して見せる。

 

「ハピネスさんが腎臓、胃袋、肝小腸、大腸、膀胱(ぼうこう)の5点を所持臓器として公開すると……。でも、シスターさんが所持臓器無しってのは、お二人の合意の上なんですかぁ?」

「ええええええっ!?」

 

 ハピネスはレシャロワークからバインダーを引ったくると、震えながら目を通し冷や汗を流す。そしてシスターの方へ振り返り、バインダーで何度も頭を叩いて抗議した。

 

「おいおいおいおいおいっ!! おいっ!! 何で私の身体からは消化器系ごっそり抜いておいて自分だけ無傷なのさ!! おかしいだろっ!!! おいっ!!」

「痛っ、痛いっ!」

「ちょっとくらい申し訳なさとか感じないのかよっ!! こんなにポコポコ抜きやがって!! 私の身体はジェンガじゃないんだぞっ!!

「だ、だってそもそも! 痛っ! 叩くのやめて下さい!!」

 

 シスターがハピネスからバインダーを引ったくる。

 

「そもそも、貴方の我儘(わがまま)でここに来ることになったんですよ!? 私とラプーさんを巻き込んで!! 貴方が支払うのは当然の道理じゃありませんか!!」

「やだやだやだやだ!! シスターもなんか賭けろ!! せめて腎臓の一個くらい賭けろよ!!」

「嫌ですっ!」

 

 シスターは再びレシャロワークにバインダーを差し出す。

 

「これで通して下さい」

「嫌だぁ〜!!」

 

 しかし、レシャロワークは泣き喚くハピネスに同情して、若干肩入れする様に説明する。

 

「あのぉ〜……一応ルールに、“ゲーム中に扱われる臓器は全て“診堂クリニックの法律上移植可能な健康な臓器”でなければならない。”って項目があるんですよぉ。法律上、本人の同意は必須なんで、相方説得するか自分の腹裂くか選んでもらっていいですかぁ?」

 

 再びバインダーが手渡される。シスターはそれを手に取ると、湿った眼差しでハピネスを眺める。

 

「……いいですよね? 別に」

「良くないってさっきから言ってるけど?」

「私はこのまま刑務所直行でも構いませんが、ハピネスさんは困るんじゃないんですか?」

「チンタラくっちゃべってんじゃないよ!! さっさと決めな!!」

 

 ニクジマに怒鳴られると、ハピネスは眉間に皺を寄せながら苦しそうに歯を食いしばって唸る。

 

「ほら、早く決めないと、ニクジマさんの気が変わって勝負そのものが取り止めになりますよ」

「〜〜〜〜〜〜っ!! 分かったよ!! 賭ければいいんでしょ賭ければ!! 絶対返せよ!!」

「それはハピネスさんの努力次第です」

 

 シスターが再びバインダーを提出すると、レシャロワークは快く受け取り内容を確認する。

 

「じゃあ受理しますねぇ。それにしても、大腸やら何やらは抜くのに目ん玉は抜かないんですねぇ。2個あるのにぃ」

「目は痛そうじゃないですか」

「あぁ〜。ちょっと分かるかもぉ」

 

 その後、2人は簡単な問診と採血を済ませ、心身共に健康であることを証明し、無事に“生体ドナー”として認められた。そして、レシャロワークが仰々しい咳払いと共に高らかに告げる。

 

「え〜、ではこれよりぃ。ダークネス・ポーカーを始めます。なお、ギャンブルは適度に楽しむ遊びでぇす。熱くなってお腹空っぽにならない様に気を付けて下さぁい」

 

 眼前を飛び交う蝿を手で払いながら、ニクジマが顎をしゃくってレシャロワークに合図を出す。すると、レシャロワークは先程運んできた精密機械機械を操作し、その上に乗っている小さなクーラーボックスを持ち上げた。クーラーボックスはホールケーキが入るかどうかといった所の大きさで、精密機械から伸びた半透明の管が何本も差し込まれている。管の中は薄紅色の液体で満たされており、精密機械が小さなモーター音と共に液体を循環させている。

 

 レシャロワークがクーラーボックスの蓋を開けて、その中身をシスター達に見せる。そこには、薄く色付いた液体に浮かぶ黄味がかった赤色の物体が浮かんでいた。

 

「……膵臓(すいぞう)。ですか」

 

 泡立っているかのようにでこぼこした表面。左右非対称の棒状。しかし何より特筆すべきは、その大きさ。明らかに通常よりも二回り以上小さい。医者であるシスターの目には、それが子供のものであることは明白であった。この世のどんな言葉を使えば、この非道を不足なく言い表せるだろう。しかし、シスターは込み上げてくる激情をぐっと飲み込み、冷静沈着を保ったままニクジマに目を向ける。すると、ニクジマは小さく笑って煙草(たばこ)でシスターを指した。

 

「さ、次はアンタらだよ」

「……はい?」

「ルールにもあっただろう?」

 

 シスターとハピネスは契約魔法の書の写しを取り出し、再び目を通した。そして、ハピネスが静かに上から二つ目の文章を指差す。

 

 “まず互いに賭け金をディーラーに提出する。そして先攻後攻を決める。以降、先攻と後攻は一回ゲーム毎に入れ替わる。”

 

「まず、互いに賭け金をディーラーに“提出”する……」

 

 シスターが声に出してルールを読み上げると、ニクジマはしたり顔で煙草の煙を吐き出した。

 

「まぁさか“見てなかった”だなんて言わせないよ? 私はちゃんと、“全部把握したら契約魔法を交わす”って言ったからね」

 

 ダークネス・ポーカーの真の恐ろしさは、臓器を賭けること自体ではなく、臓器を抜かれた状態でギャンブルを強いられること。契約魔法の支配下に置かれてしまった挑戦者は、ニクジマが臓器をベットした時点でこのルールから逃れる術はない。

 

「手術なら隣の手術室を使いな。ただ、ちょいとトラブルがあってね。いつもならそれなりに医療知識のある奴がお前の腹を掻っ捌くんだが……今はこのゲーム馬鹿しかいない。ま、下手くそだろうけど、死にはしない(はず)さ」

 

 レシャロワークは両手の指先を上に向けて甲を見せ、執刀医っぽいポーズを取る。

 

「任せて下さぁい。“狂医者(クルイシャ)目録(もくろく)”シリーズは無印セカンドORIGIN魔界編コスモアウト外伝と全作やってるんでぇ、(たこ)の心臓をエイリアンに移植するのも多分出来まぁす」

「だそうだ。コイツに腹裂かれるなんざ、私は死んでも御免だがね」

「因みに輸血システムは魔界編以降無くなっちゃってよく分かんないんで、今回はノー輸血でおなしゃぁす」

 

 シスターは露骨に嫌悪して睨み、2人に背を向ける。

 

「結構です。自分で出来ますので」

「はぁ?」

「手術室お借りしますね。ハピネスさん、服全部脱いでください」

「やあんシスター君のえっちぃ」

「ふざけてると麻酔しませんよ」

「殺す気か?」

 

 シスターが手術室の扉に手をかけると、後ろでニクジマが思い出したかのように声を上げる。

 

「ああ、言い忘れてたけどね。幾ら臓器摘出手術だっつったって、時間は限られてるんだ。巻きで頼むよ」

「……私だって可能な限り急ぎはしますが、最低でも4時間はかかりますよ」

「おい、レシャロワーク。お前ならどれくらいで済む?」

「んー。狂医者(クルイシャ)ORIGINの高難度クエ周回の平均が20分くらいなんでぇ、まあ20分ありゃいけるんじゃないですかぁ?」

「じゃあ20分だ。1つの臓器につき20分」

「にじゅっ……!?」

「それ以上かかるようなら、手術は強制中止。代打にコイツを入れて摘出()らせてもらうよ」

「任せてくださぁい。自分、心肺同時移植クエ15分でS評価周回余裕なんでぇ」

 

 余裕の表情でダブルVサインをするレシャロワークに、へらへらと悪どい笑みを浮かべるニクジマ。シスターは冷や汗を額に(にじ)ませ、重い足取りで手術室に入る。隣でハピネスが何か(わめ)いているような気がしたが、それが彼の耳に届くことはなかった。

 

 2人が手術室に入ると、ニクジマは鞄から電子パッドを取り出して画面をつける。それを後ろから、レシャロワークが興味津々で覗き込む。

 

「何すかぁ? それ」

「監視カメラ。見る意味はないが、ただ待ってるだけってのも暇だからね」

「ほえー。あ、なんか喧嘩してる」

 

 画面の中にいるシスターは、暴れるハピネスを思い切り手術台に押し倒し、紐で両手を縛り上げて拘束している。そして乱暴に服を剥ぎ取ると、消毒用アルコールの入った容器を逆さにして中身をぶっかけた。とても協力者同士とは思えない2人の協調性の悪さに、レシャロワークは思わず気の毒そうに眉を(しか)めた。

 

「……これじゃあどっちが悪者か分かりませんねぇ。ここだけ映像切り取ったらシスターさん、有無言わさずに死刑ですよぉ」

「音声が入ってないのが残念だね。そうすりゃもうちっと楽しめたのに……おや?」

 

 シスターの手元が淡く発光し、手術室全体に何十もの魔法陣が浮かび上がっていく。そこからは生き物のように真っ白な木が生え、ハピネスを取り囲む様に伸びて行く。

 

「こりゃ驚いたね。あの子、魔導外科医かい……!!」

「マジ? すっご」

 

 魔導外科医。創造魔法によって医療器具を生成し、場所と道具に縛られず高いパフォーマンスを維持する外科医。しかし、魔導外科医というのは俗称的なものであり、公的に区別された分類ではない。実際は医療技術に魔導術式を持ち込むだけで魔導外科医を名乗れてしまうため、多くの外科医が肩書の嵩増しに形骸的に名乗ってしまい、魔導外科医という文字列自体のインパクトは薄い。

 

 しかし、世界には内視鏡や代替臓器を、果てには“自ら手術室そのものを造ってしまう“魔導外科医も存在する。医学の他にも魔導学やコンピューター科学などの知識を駆使し、超人的な思考能力と集中力と魔力にものを言わせ、一切の道具を使用せずに脳腫瘍を切除してしまうような技術を持つ人間が、この世には存在する。

 

 シスターもそんな超人達に及ばずとも劣らず、世界的に見ても上位10名に入るであろう技術を持っていた。

 

 監視カメラの映像は魔法陣が放つ波導光のせいで見えづらいが、部屋中に広がる魔法陣が現れては消えを繰り返し、膨大な量の処理を行っているのが素人目にも見てとれた。

 

「っかぁ〜気持ちの悪い奴だ……! こういう化け物みたいな奴がいることは知っていたが、実際に見るのは初めてだね……!」

「でも肝心の手元が見えませぇん。これ別視点とかないんですかぁ?」

(うるさ)いね。そんなに気になるなら直接見に行きな」

「鍵かけられちゃいましたぁ」

「あっそ。じゃあ黙って見てな」

 

 暫く手術が続くと、波導光は次第に消失していき収まっていく。そして手術室の扉のロックが解除され、中から汗で全身を濡らしたシスターが現れた。

 

「…………終わりました」

「早かったね。時間は……おお、15分かかってないじゃないか。やれば出来るもんだねぇ」

「出来る? …………これを“出来る”と表現するのは、少し褒めすぎだと思いますよ」

 

 そう呟いたシスターの後ろから、杖をついたハピネスがフラフラと姿を現す。

 

「おや」

「ひっ……」

 

 全裸に上着を羽織っただけのハピネスの腹部には、縦に大きく一本、その両端から垂直方向に二本、腹を“両開き”にした痕が巨大なみみず腫れのように残っている。ハピネスは生気のない眼をニクジマとレシャロワークに向けた後、今にも消えそうなか細い声で小さく笑った。

 

「…………ふ。へ、変だね、臓器、抜いたはず、なのに。やけに、かか、体が、重いよ」

「そりゃそうですよ。代わりに魔導臓器が入ってますから。差し引きプラス1kgってとこです」

 

 ハピネスが大きく血を吐き出す。しかしシスターは手を貸す様子など全く見せずに真っ直ぐニクジマの元へ向かい、手に持っていた大きめの白い箱をバカラテーブルの上に乗せた。

 

「どうぞ。“賭け金”です」

 

 創造魔法で生成されたをニクジマが開けると、中から淡い青色の波導煙がドライアイスの煙のように流れ出た。薄い煙幕が晴れ、その中身が露わになる。

 

「……あぁ?」

 

 中には、淡く発光する液体に浮かんだ肉塊が“3つ”。腎臓、胃袋、小腸と胆嚢のついた肝臓が、きらきらと光を反射して宝石のように輝いている。

 

「こちらの提出する賭け金は3です。では、早速勝負をしましょう」

「……気持ちの悪い奴だ」

 

 レシャロワークが臓器の状態を確認し、賭け金として受理する。トランプがシャッフル装置にセットされ、高速で並び替えられていく。その間、シスターはハピネスの背に手を当て微弱な回復魔法を発動させ延命に尽力している。

 

「はぁっ……はぁっ……。ま、全く、こんないっぺんに(はらわた)を抜かれるなんて」

「浅くゆっくり呼吸して下さい。少しですが痛みが和らぎます」

「おや、心配してくれるのかい?」

「いえ、意識を失うと魔導臓器への魔力供給が不安定になってショック死する可能性が出てきます。気絶したら指切り落としてでも起こしますから、そのつもりで」

「……なんてやつだ」

 

 バカラテーブルの中央にトランプの山札が置かれ、ニクジマが山札に手を伸ばす。

 

「じゃ、まず1戦目だし。私が先攻を貰おうか」

「ま、待って下さい!!」

 

 それを、シスターが血相を変えて制止する。

 

「なんだい、先も後も大して変りゃしないだろう」

「変わります! コイントスで決めましょう」

 

 シスターがポケットからコインを出そうとするが、財布を持っていないことに気づいて慌てて周囲を見渡す。見かねたレシャロワークがポケットからコインを取り出し、真上に弾く。そしてニクジマとシスターがほぼ同時に宣言をする。

 

「裏」

「表!」

 

 中を舞うコインは幾たびの回転を経て落下し、レシャロワークの手の甲に弾かれて床の上を転がる。

 

「あ、待って待って。どこいった? あ、あったあった。えー、裏ですねぇ」

「じゃあ変わらず私の先攻だ。残念だったね」

 

 シスターは唇を強く結んで食い縛り、それを愉快と眺めつつニクジマがトランプの山札を捲っていく。

 

 1枚目、オープン。ダイヤのエース。

 

「おお、危ない危ない」

 

 2枚目、クラブのジャック。3枚目、スペードの7。4枚目、5枚目……。途中2枚のキングと1枚のクイーンが公開され、18枚目でニクジマはキープ宣言をした。

 

「キープだ。これで行こう」

「……では、次は私が」

 

 シスターが山札に手を伸ばし、山札の一番上を僅かにズラして暫し動きを止める。僅かな思考の後、思い切ってそれを公開した。

 

 1枚目、オープン。ハートのクイーン。

 

「あらあ、残念だったねぇ」

「……いえ、まだです」

 

 続けてオープン。ハートのキング。

 

「あっはっはっは! ついてないねぇ!」

「………………ぐ」

 

 再び山札の一番上を僅かにズラす。その直後、シスターの手の甲に微かな違和感。ハピネスが思念体でシスターの手に触れたのだ。異能の発動条件に接触を要する者にのみ通じる、覗き見の異能者であるハピネスならではの合図。

 

「……キ、キープです。これにします」

「よござんすかぁ? よござんすねぇ? じゃぁ〜オープン!」

 

 シスターが勢いよくカードをひっくり返す。

 

 クラブのキング。既にキングが3枚公開されている以上、ジョーカーを除いて最強の手。

 

 しかし、その札を見てもニクジマは一切動揺を見せない。それどころか、粘度の高い悪意が悪臭を伴ってゆっくりと滲み滴っていく。安心と殺意を孕んだ異色の眼差しが、シスターの公開したトランプを舐めとり撫で回す。

 

「……お前は、何か勘違いしてないか?」

 

 ニクジマが徐に口を開く。

 

「正義に価値を見出している。そして、その価値に価値以上の力を感じている。正しい奴は報われる。最後に正義が勝つ。思いの強さが力になる。そんな幻想を、本気で信じている」

「……突然、何を言い出すんですか?」

「お前は何人もの腹を裂いてきたんだろう? なら知っている筈だ。病や凶弾は、悪者にだけ飛んでいくものじゃない。神様に慈悲の心はない。神様は悪者を殺すんじゃない。神様は、人間を殺すんだ。お前の正義は、お前だけに価値がある」

 

 ニクジマがキープ札を公開する。その柄を見て、シスターの瞳孔が一気に収縮する。

 

 ジョーカー。39として扱われる、キングに勝利する唯一のカード。

 

「神はお前を助けない。助けて欲しくば、私に祈り()(へつら)え」

 

【ニクジマ、39。シスター、13。シスター総賭け金の倍額の支払い。追加で5の支払い】

 

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