シドの国   作:×90

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154話 欲望という名の猛毒

〜診堂クリニック 第三診堂総合病院 カジノバー“ 兎ノ鹿蝶(うのしかちょう)”〜

 

 臓器ギャンブル”ダークネス・ポーカー“の第一回戦の結果は、シスターの引いたカードはクラブのキング。対するニクジマがジョーカー。出目の換算で、13対39。

 

 ”勝者は提出された賭け金を総取り出来る。また、相手の出目の3倍以上の出目で勝利した場合、総賭け金の倍を徴収することが出来る。“

 

 このルールにより、シスターが払うべき臓器数は総賭け金の倍の数。8になる。提出した3つの臓器の他に、総賭け金の倍を満たすよう残りの5を支払わなければならない。

 

 この勝負結果に誰よりも驚いたのはシスター達ではなく、意外にもディーラーを務めるレシャロワークであった。ニクジマはいつも通りなら態と1回目は負けるのだ。そうして相手に安心を与え欲を引き出し、アクセルを強めに踏ませる。成功体験という呪いをかけ、自ら死地に赴くよう操る。それがいつものやり口。しかし、今回は違った。ただ勝つどころか、シスターがキングを選ぶのが分かっていたかのようなジョーカーの先取り。イカサマの自白に匹敵する最短経路での勝利。初回から臓器を3つも賭けるシスターも異常だが、ニクジマの選択も劣らず狂っている。

 

 シスターも同じくニクジマの出目を訝しんで、ありったけの憎しみを込めた眼差しでニクジマを睨んだ。しかし、ニクジマは怯むどころか椅子の背もたれに体重を預けふんぞり返る。

 

「言っておくが、私を恨むのはお門違いだ。だって、“最初に私を嵌めようとしたのはお前”だろう?」

 

 シスターの指先が怯えるようにピクリと震えた。

 

「どういう方法かは知らないが、お前はその席に着いた時から私を殺すつもりだったーーーー!!」

 

 ニクジマは激昂して火のついたタバコをシスターの顔面目掛けて放り投げる。

 

「だってお前は、“臓器何個で無実を買えるのか聞かなかった”からね…………!!!」

 

 シスターの顔面から血の気が引いていく。それを追い詰めるかのようにニクジマは捲し立てる。

 

「今までここに来た奴らは全員そうさ!! そのために奴らはここに来るんだからな!! だが、お前は必要数を聞くどころか、追加で2個もの臓器を賭けた!! それも初回でだ!! お前の狙いは、最初っから無実じゃなかったってことだろうが!!」

 

 図星を突かれながらも、シスターは毅然とした態度でニクジマを睨み続ける。悪と対峙する英雄のような振る舞いは、ニクジマの怒りに油を注ぎ燃え上がらせた。

 

「その目……その顔……!! ああ、憎たらしい……!! お前ら正義人は、いつだってそうだ……!! お前の正義が世界の正義と信じ、それに仇為す正義を悪と罵り貶る……!! 願望と真実を混同して語るっ……!!」

「それは貴方も同じでしょう。貴方も、自分の正義を世界の正義と信じている」

「一緒にするな!! この世に正義なんてもんはない……!! あるのは、勝者と、敗者。この2種類のみ!! お前みたいな敗者には、正義が何かを考える権利すらないっ……!!」

 

 ニクジマは溜まりに溜まった怒りを拳に乗せ、勢いよくテーブルを殴りつけて怒声を上げる。

 

「さあ清算だっ!! 総賭け金の2倍っ!! お前の提示した賭け金は3……、総賭け金の倍額8には、あと5足りない……。追加で腹裂いて貰おうかっ……!!」

「…………私の公開した所持臓器で払えるのは、残った大腸と膀胱だけ。5は払えません。ルールにもありましたよね? ゲームに使える臓器は所持臓器だけだって」

「なぁに馬鹿なことを抜かしてる? もう一度ルールを確認しろ脳留守がっ!!」

 

 シスターは契約書の写しを広げ、再び文章を確認する。

 

 ”所持している臓器はゲーム開始前に開示しておかなければならず、開示されている臓器以外の臓器はベットに使用出来ない。“

 

「出来ないのは”所持臓器以外の臓器によるベット“だっ!! ゲーム全体で使えないなんて書いてないだろう!?」

 

 シスターは僅かに奥歯を噛み締めた後、ゆっくりとハピネスの方に振り返る。彼女はぐったりとソファに寄りかかっており、シスターを睨む目には生気が感じられない。

 

「……シ、シスター君」

「ハピネスさん。立って下さい。私も頑張りますから」

「こ、これは、決して罵倒だとか、嘲笑だとかの、比喩的な意味じゃない。純粋なそのままの疑問として聞くんだが……」

「立って」

「君、私を殺す気かい?」

「早く」

 

 シスターは満身創痍のハピネスの腕を掴んで、無理矢理引っ張って手術室へと歩かせる。

 

「あ! ちょい待って待ってぇ、見学希望ー」

 

 レシャロワークが慌ててシスターを追いかけ、先に手術室に入る。続いてシスターと、激しく咳き込んで血を吐くハピネスが手術室に足を踏み入れた直後、怪物が口を閉じるように勢いよく扉が閉められた。

 

 一面薄い緑の手術室。しかし、部屋の中央の手術台の真下には、殺人事件でも起きたかのように大量の血が広がっている。シスターはそこへ乱暴にハピネスを寝かせると、棚から消毒液の容器を持ってきて乱暴に中身をハピネスに浴びせた。

 

「ぐっーーーーーああああああっ!!!」

 

 手術痕に直接アルコールを浴びせられたハピネスが激痛に絶叫するも、シスターは顔色ひとつ変えずに詠唱を開始する。部屋を覆うように大量の魔法陣が現れ、白い閃光と共に唸りを上げる。レシャロワークが興味津々で近づくと、それを遮るように足元から白い触手が突き出る。

 

「そこ邪魔です」

「ごめんごめん、ここなら平気ぃ?」

「もう少し右。そこから動かないで下さい」

「あいあい〜」

 

 何本もの触手がハピネスを取り囲み、そのうちの数本がハピネスの腹部に針を刺し何かを流し込む。同時にハピネスの顔から苦悶の相が和らいでいった。すると触手は一斉にハピネスの縫合痕に伸びていき、一瞬で腹部を切り開いた。触手はそれぞれの先端が注射針やメスや鋏のようになっていて、ひとつひとつが1匹の生物のように独立して動いている。しかし、その根本はただの魔法陣であり、それをシスターはたった1人で動かしている。

 

「うわぁ……。コレ、めっちゃ難くないですかぁ?」

「話しかけないで下さい。気が散ります」

「あいあい〜。おっ、輸血システムだ。見るの久々ぁ」

「喋らないで」

「独り言もダメぇ?」

 

 不貞腐れるレシャロワーク等には目もくれず、シスターは全身汗だくになりながら魔法陣に魔力を注ぎ続けている。書かれたコード通りに触手達は形状を変え、どうせ殆ど取り除くのだからと半ば乱暴に腹部を大きく広げた。生体ドナーとは、健康な人間を傷付けるという通常では許されざる行為を前提としたシステムである。だが今のハピネスは死体より遥かにぞんざいに扱われ、最早元に戻すつもりなどないと言わんばかりに臓物を晒されている。そして鮮やか且つ残酷な程迅速に大腸が切り取られ、ついでと言わんばかりに膀胱と子宮が摘出される。空いた空間にはすぐさま白い魔導臓器が埋め込まれるが、血管の縫合を後回しにされたせいで手術室は血の海になりつつあった。

 

 敵ながら同情が湧いたレシャロワークは、靴を濡らす血溜まりから一歩離れ、思わず口元を強張らせて目を背けようとする。が、そこでとある”モノ“が視界に入った。

 

「あれ?」

 

 意図せず出た小さな声。その声に、シスターはピタリと動きを止めて固まる。

 

 レシャロワークが見た”モノ“によって生まれた疑問が、頭に刺さり、捩じ込まれ、脳細胞を掻き回しながら思考深くに侵入ってくる。しかし、幾ら考えても答えなど出てこない。出る筈がない。直感で理解し、理屈で納得し、感情で肯定する。しかし、それを全て打ち破る現実が、今目の前にある。現実を受け入れられないまま暫く硬直していたレシャロワークは、ハッとして顔を上げた。

 

 シスターがこちらを見ている。

 

 独り言さえ気が散ると言って許さなかった彼が、今まさに手術の山場とも言える時に、仲間の切り開かれた腹を視界の端で見ることもなく真っ直ぐにこちらを見ている。相変わらず触手によって手術は続けられているが、それが余所見をしながら行われていることに変わりはない。

 

「レシャロワークさん」

 

 名前を呼ばれ、レシャロワークは背筋に氷を押し付けられたように身体を強張らせる。

 

「……”コレ“をニクジマさんに告げ口するかどうかは、貴方の判断に任せます」

 

 怖い。この男が怖い。やろうと思えば、この2人を数秒で葬れる程の力と術がレシャロワークにはある。しかし、彼女の腕は震えるばかりでまるで持ち上がらない。無意味に泳がせた視線の先で剥き出しの内蔵をなぞり、勢い余って意図せずハピネスと目を合わせてしまった。彼女は笑っていた。雑な麻酔、乱暴な開腹、強引に生存を強要されているような身でありながら、彼女は楽しそうに笑っている。それも、“仲間”を見つけたような喜びの笑み。その時レシャロワークは気付いた。自分の震えが恐怖によるものではなく、好奇心によるものであると。

 

 ハピネスの笑みは問いかけ。この先を見ずに我々を殺す覚悟がお前にあるのか? レシャロワークは雇われの身である。今、この勝負に於いては誰よりも自由。しかし、同時に誰よりも不自由であった。好奇心は、猫をも殺す猛毒である。

 

 

 

 

 手術が終わり、シスターがタオル片手にテーブルに戻ってくる。そして、創造魔法で作られた白い箱を放り投げるようにニクジマに差し出した。ニクジマは黙って箱を開け、中身を確認する。

 

「……あんたらの臓物を再利用する気なんかさらさら無いけどね、もう少し丁寧に持ってこれないのかい」

 

 大腸、膀胱、子宮、膵臓、脾臓、そして二つ目の腎臓。箱の中に詰め込まれた臓器は清潔さ以外の全てに無配慮で、宛ら生ゴミバケツの中身のようであった。

 

「コレで追加徴収分は全て納めました。では、失礼します」

 

 遅れて手術室から出てきたハピネスの手を引いて、その場から立ち去ろうとするシスター。それを、ニクジマが静かに呼び止める。

 

「待ちなよ」

「……なんですか?」

「お前、こんな所で降りるのかい?」

「はい?」

「毟るだけ毟られて、尻尾巻いて帰るのかい? お前の正義はそんなモンかい?」

 

 したり顔で挑発するニクジマに、シスターは小さく舌打ちをして言い返す。

 

「……どうせまたさっき見たいなイカサマするんでしょう? 誰がやるものですか」

「イカサマ? はっ、何を根拠に。初手からジョーカーを出されたくらいで見っともない」

「それに、もう公開所持臓器がありません。勝負は続行不可です」

 

 “所持している臓器はゲーム開始前に開示しておかなければならず、開示されている臓器以外の臓器はベットに使用出来ない。”

 

 このことをシスターが指摘すると、ニクジマはまたしても不敵に笑う。

 

「追加の開示は禁止していないよ。続けたいなら続ければいい。幾らでも付き合ってやるさ」

「結構です。こんな勝ち目のない勝負、いつまでもやっていられません」

「ふぅん? 最初はやる気だったのに、何企んでんだい?」

「企む? 何を?」

 

 無意味な押し問答が続く。ニクジマが疑っているのは、シスターが外にいる遺児に何か細工をするのではないかという疑い。初手からジョーカーを出した暴挙の手前、シスターも何かしらの番外戦術を通してくる筈。そう読んでいたニクジマは、シスターを素直に見逃すわけにはいかなかった。

 

 “臓器を提出した時点で契約魔法の制限が発生する”。このカラクリをゲーム開始直後に明かしたことを、ニクジマは今更後悔した。今後シスターがどんな細工をしようとも、臓器を提出されれば自分は勝負を受けなくてはならない。ならば、どんな些細なことでもシスターに自由な時間を与えることは出来ない。

 

 その時、ハピネスが大きく吐血した。縫合が甘かったせいか、体内からの出血が逃げ場を失い口から漏れ出たのだ。それどころか股からも血を滴らせており、急激な出血で意識を失いかけている。それを見たニクジマは、してやったりといった様子で笑って見せた。

 

「あっはっはっは! 相方さんはおねむ見たいだよ! トランプゲームでもして、ちょっと休んで行ったらどうだい!」

 

 シスターは慌ててハピネスに駆け寄り回復魔法をかけるが、先の手術で疲弊した魔力では焼け石に水。ハピネスの出血は止まらない。

 

「……っ。ニクジマさん。わかりました。続行しましょう。その代わり……手術時間を下さい。確か臓器1つにつき15分、でしたよね? ならまだ1時間近くは余っている筈です」

「断る……と言いたいところだが。ま、そいつが死んだら元も子もないか。しょうがないね」

 

 シスターはハピネスを担ぎ、急いで手術室に駆け込む。

 

「レシャロワークさん! 手伝ってください!」

「うぇぇ? マジぃ?」

「今はゲーマーの手でも借りたいんです! お遊び程度には医療知識あるんでしょう!?」

「ごめんアレ忘れて欲しいわぁ。マジモンの命かかっちゃうとちょっとぉ……」

 

 

 

 

 

 ハピネスの緊急手術を経て、2回戦が始まる。シスターが賭け金として提出したのは、ハピネスの肺の片方。対するニクジマは遺児の肝小腸。先攻はシスター。しかし、連続して魔法を使い過ぎたせいで、椅子に座っているだけでも肩で大きく息をしている。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 そしてトランプに手を伸ばそうとすると、ニクジマが突然大きく叫んだ。

 

「待った!!!」

 

 ビクリと体を震わせて硬直するシスター。ニクジマはじっとりとした目でシスターを睨み、乾いていた唇を舌で湿らせる。

 

「…………覗き見か?」

 

 シスターの表情は変わらない。しかしそれは肝が据わっている訳ではなく、疲労によって反応が鈍くなっているだけである。心臓は緩やかに脈動の速度を上げ、焦燥が一拍遅れて押し寄せる。

 

「何を言ってるんですか。覗き見だなんて」

「知り合いにね、そういうのが出来る奴がいるんだよ。私はともかく、お前だって初手でラスト一枚のキングを引き当てたんだ。疑えるとこは疑わせてもらうよ」

「……馬鹿馬鹿しい」

「次からカードを引くのはレシャロワークだ。私らは宣言のみでオープンとキープを行う。いいね?」

「…………お好きにどうぞ」

 

 シスターは首を掻くフリをして、後ろのソファに横たわっているハピネスを見る。彼女は虚に目玉だけをこちらに向けたまま浅く呼吸をしており、会話をする体力などない。シスターは目線をニクジマに戻し、心の底で焦燥を推し殺す。そして、羊煙村(ようえんむら)での出来事を思い出した。

 

 診堂クリニックには、ハピネスと同じ覗き見の異能者がいた。ニクジマ程の地位の人間であれば、あの人物の詳細を知っていても不思議ではない。ましてやこんな命懸けのギャンブルで、異能による不正を疑っても不思議ではない。不用意な接近や接触は警戒される。それを、後がないこのタイミングで指摘されたのは痛恨であった。

 

 しかし、シスターの表情が曇っているのは、少し別のところに理由があった。

 

「……オープン」

 

 シスターの指示通り、レシャロワークが山札の一番上を公開する。

 

「続けてオープン」

 

 もう1枚。

 

「オープン」

 

 もう1枚。

 

 3枚、4枚、5枚とカードが捲られていき、山札はみるみる減っていく。

 

「……オープン」

「え、マジっすかぁ……?」

「はい」

 

 レシャロワークが訝しげに山札の上を捲る。ハートの2。

 

「オープン」

 

 シスターの宣言。しかし、レシャロワークは捲らない。

 

「あのー……もう最後の1枚なんですけどぉ……」

 

 シスターは、あろうことか全ての山札を公開させた。ニクジマは苛立ちを抑えながら、静かに口を開く。

 

「何の真似だい?」

「カードを同時に見せ合い、数字の大きい方の勝ち。見せたのは私だけ。貴方の分のカードはありません。今カードの強さを提示出来るのは私だけです」

 

 シスターは毅然として言い張る。それに対し、ニクジマは全身をわなわなと震わせて歯を軋ませる。

 

「な、に、を、言ってんだい……!!!」

 

 ニクジマが勢いよく立ち上がって、杖で地面を殴りつけ激昂する。

 

「そんな屁理屈が通るか下郎者がぁ!!! 普通に考えて、最後は私のカードに決まってるだろう!!!」

 

 ニクジマは最後の山札を手に、テーブルにひっくり返して叩きつける。最後のカードは、スペードのクイーン。

 

「お前のっ!!! 負けだよっ!!!」

 

【ニクジマ、12。シスター、2。シスター総賭け金の倍額の支払い。追加で3の支払い】

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