シドの国   作:×90

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164話 人質の行方

(ちぬる)神社 中層 社務所〜

 

 着替えに袖を通しているカガチに、コハクが困惑した表情で尋ねる。

 

「取り敢えず無事で良かったよ。カガチ、でいいのかな?」

「お前は誰だ?」

「あ、ボクはこの(ちぬる)神社の管理をしてるコハクだよ。よろしくね」

「どうも」

「えっと、アッチで、生首の怪物には出会った?」

「会った」

「……それで、どうしたの?」

「倒した」

「…………倒した?」

「厳密に言うと閉じ込めた」

「………………どこに?」

「さあ」

 

 一問一答を続けるごとに、コハクの眉間の皺は一層深くなっていく。カガチは依然として自分からは何も言わず、着替えが終わってからはゾウラの斜め後ろに立って動かない。コハクはどうしたら建設的な会話をしてもらえるだろうかと頭を捻り、適当に話題を口に出した。

 

「えーっと。あ、そうだ。バリアが言ってたけど、カガチは”使奴部隊“なんだって?」

 

 使奴部隊。その言葉にカガチの眉間に皺が寄る。すると、ゾウラがあどけない顔で思い出したようにカガチを見上げる。

 

「そうそう! カガチ、バリアさんと同じ使奴部隊だったそうですね!」

 

 カガチは真っ直ぐにバリアの方へと歩いていき、目を細めて彼女を睨みつける。しかし

、バリアはキョトンとした顔で首を傾げた。

 

「何?」

「何故口外した」

「言うなって言われてないし」

「分かっていて言っただろう」

「うん」

「………………」

 

 中身のない会話の後、カガチはゾウラに向かって合図を出す。するとゾウラはすぐさま水魔法を展開し、水の塊となって溶けてしまった。直後、カガチが躊躇いなく詠唱を開始する。

 

「――――何せうぞ」

 

 その場にいる全員が状況を理解していない中、バリアが少しだけムッとした顔を見せる。

 

「ありそかねつる、世に掻きつきて」

 

 それから一拍置いて、ナハルが声を上げる。

 

「カガチ……!? お前何を……!!」

「物思わずして、死にあらましを――――」

 

 カガチは冷たくバリアを見下ろしてじっと睨む。バリアは若干唇に力を入れたまま小さくへの字に曲げ、文句を言いたそうにカガチを睨み返している。

 

「……孳の章、第11節。“聲は愚より湧き出ずる”」

 

 詠唱が終わり、数秒の沈黙が訪れる。傍観していた者達は、自分達には理解出来ない何かが始まり、終わったということだけを察する。続けてカガチが口を開こうとすると、慌ててナハルがバリアとの間に立ちはだかって仲裁する。

 

「――――振り()へて」

「待てカガチ!! ハザクラやジャハルにも巻き添えにするつもりか!?」

「どっちでもいい」

「ゾウラ君聞こえるか!? カガチを止めてくれ!!」

「無駄だ。すぐには帰ってこない」

 

 2人の押し問答の横で、ラルバがわらび餅を頬張りながらブーイングを飛ばす。

 

「バトんのはいいけどさー! どっかで虚構拡張でも張ってやってよー! わらび餅溢したら両膝からおっぱい生やすかんな!! ラデックが!!」

「やらないが」

 

 ラルバに文句を言われ、バリアはムスッとしたまま社務所を出て行く。それに続きカガチも外へ出ると、後ろ手で扉を閉めると同時に虚構拡張特有の波導の乱れが生じる。

 

「うわっ! あんにゃろ玄関でやりやがった! 性格わぁ〜っる!!」

 

 ラルバが慌てて出口の扉に手をかけるが、扉を含めた壁自体が虚構拡張の境界となっているため、溶接されたかのようにビクともしない。

 

「くっそーきめぇ〜! 窓から出ろってかぁ〜!?」

 

 ぎゃあぎゃあと喚くラルバを尻目に、ナハルがコハクの前に座り彼女を睨む。

 

「シスターはどこだ。何故あの方を誘拐した」

 

 その態度は静かながらも、瞳の奥にはぐらぐらと贄滾る怒りの炎が見え隠れしている。隠しきれないのではなく、隠しきらない。意図的に我慢の限界を覗かせる脅迫。コハクはナハルの意思を理解し、申し訳なさそうに深く頭を下げる。

 

「本当に申し訳ないことをした。ボクの知る限りを全て話させてもらうよ」でも……少し複雑になる。長話をさせてもらってもいいかな」

「それは誘拐した理由の方か? お前達の事情の方か?」

「どっちも。何せ、最初はただの“勘違い”だったから」

「……勘違い?」

「最初から話すよ。と言っても、昨日のことだけどね」

 

 

 

 

 

 

 

〜診堂クリニック 第三診堂総合病院 カジノバー“ 兎ノ鹿蝶(うのしかちょう)” (シスター・ハピネス・ラプーサイド)〜

 

「レシャロワークさん。ひとつ、頼みがあります」

「えぇ? 帰りの護送とか嫌だよぉ? 早くお家帰って鎧核4やんなきゃ」

「異能の詳細を教える。これがどれほど致命的な自殺行為かは分かっていますよね? 私はそれを教えたんですよ?」

「えぇ〜……勝手に自分で喋ったんじゃん……。それを交換条件には――――あっ」

 

 レシャロワークはシスターの言葉の意味に気付き、半身の姿勢で出口の搬入出用エレベーターの方に目を向ける。

 

「察しが良くて助かります……。レシャロワークさん。さっき、ニクジマさんの持っていた電子パッドのカメラ映像で、地上へのエレベーターが一瞬見えました。階数表示は地上階なのに、扉が半開きになっていました」

「……ニクジマさんの通信機にも連絡ありませんねぇ。あの辺は警備員がカメラで鬼見張ってる筈なんですけどぉ」

「誰かが、エレベーターを使わずにここまで降りて来ています」

 

 シスターが横目でハピネスを見る。彼女は何も言わずに横たわっており、シスターの方には一瞥もくれず押し黙っている。その態度が、ハピネスの異能をも掻い潜る思わぬ強敵の接近を物語っている。部屋の入り口を塞ぐ鋼鉄の扉の向こうから、存在しない怪物の吐息が流れてくるような錯覚を感じる。部屋を飛び回る蠅の羽音と、弱々しく脈打つ心音を、凄烈な銃声が切り裂いた。

 

 強化魔法が施された弾丸が鋼鉄の扉をベニヤ板のように貫き、そのままレシャロワークの喉に命中する。

 

「う――――――――」

 

 シスターは一瞬レシャロワークの負傷に怯むも、すぐさま扉の向こうに意識を集中させる。しかし、その一瞬の余所見が命取りであった。

 

 視線を戻した先に輝く光弾。シスターがそれが何かを理解する前に、光弾は額に命中し脳を揺らす。既に瀕死寸前だったシスターは気を失って倒れ、残るは半分寝たフリの重症のハピネスを残すのみとなった。

 

 搬入出用エレベーターの鋼鉄の扉がこじ開けられる。そして、中から出てきた“透明の何者か”が、ヴェールを脱ぐようにして姿を現す。

 

 淡く発光しているような藍と白のウェーブ髪。黒い白目に赤い瞳。更には、狼のような獣の耳と牙。顔の左半分を覆う赤い罅割れ。服装は厚めに巻いたサラシとショートパンツのみという動き易さを重視した軽装。明らかに使奴、或いは使奴寄りではあるが、ハピネスの目にはどこか拭いきれない違和感があった。その違和感を探るため、ハピネスは寝たフリをしたまま覗き見の異能で使奴の様子を窺い続ける。

 

 狼のような使奴は、呆れたように鼻を鳴らしてレシャロワークに近づき、軽々と担ぎ上げた。そのまま踵を返して立ち去ろうとするが、唐突に立ち止まり振り返る。

 

「何見てんだよ」

 

 目が合った。

 

 “覗き見の異能で作り出した、知覚不能な思念体”の自分と。

 

 予想だにしていなかった反応に、ハピネスは思わず本体の方で身動ぎをしてしまう。狼の使奴はハピネスの思念体をじぃっと見つめた後。ハピネスの本体の方を向いたかと思うと、間髪を容れず首を踏み砕いた。ハピネスの口から大量の血が噴き出し、狼の使奴の靴を濡らす。

 

 狼の使奴はハピネスとシスターの2人を服ごと片手で引きずり、レシャロワークを担いだまま文字通り”姿を消した“。

 

 

 

 

 

(ちぬる)神社 中層 社務所〜

 

「ん…………」

 

 カタカタと何かが揺れる音が聞こえる中、シスターは目を覚ます。辺りは明るく、何やら誰かの声のような音も聞こえる。

 

 そうだ。と、シスターは心の中で叫んだ。気を失う直前のことを思い出し、心臓が跳ね上がるのを感じる。飛び起きたくなる気持ちをグッと堪え、今自分がどこでどういった状態にあるのかを把握するため薄目を開ける。

 

 目の前は薄い緑のクッションの壁。恐らくは、自分が今寝かされているソファの背凭れ部分。そして、今自分が包まれているベッド。柔らかな枕と、手触りのいい乾いた布団。そして、背後から漂ってくる料理の香りと、煮えた鍋が蓋を揺らす音。恐らくは、ダイニングキッチンに置かれたソファに寝かされている。そして、背後で鼻歌を歌う女性の気配。

 

「ふんふふ〜ん……らら〜……ら〜……」

 

 そしてシスターは、現状になす術があるかを確かめる為、手の中でほんの僅かな魔力で幾何学模様を描く。

 

「ららら〜……ん? 目が覚めましたか?」

 

 羽虫が放つような極僅かな人為的波導。その気配を気取られた。相手は使奴、若しくはそれに準ずる強者だということを理解して、シスターは抵抗は無意味だと思い上体を持ち上げる。

 

「…………ここは?」

 

 そう尋ねるのと同時に顔を上げると、目の前には1人の使奴が空の食器片手にこちらを見つめていた。

 

 色彩を持たない肌。赤と黒が入り混じるセミロングヘア。長い前髪のせいで目元は見えずらいが、微かに髪の隙間から見える目玉の網膜は黒く、瞳は髪と同じ真紅。両方のこめかみからは赤い巻き角が下向きに生えている。ナハルを連想させる比較的ふくよかな体型には巫女服のような衣装を纏い、内気な性格を代弁するかのような猫背で膝を内側に曲げている。

 

「こ、ここは(ちぬる)神社の社務所……って、これ言って良かったのかな……。あ、私の名前は”サンゴ“……。あ、今ご飯作ってるんですけど……食べられそう? あ、スープなんだけど、野菜の」

「…………ありがとうございます。サンゴさん。私の名前はシスター。スープ、頂いても宜しいですか?」

 

 シスターが優しく微笑むと、サンゴは安心したように胸を撫で下ろす。

 

「あ、はい! 今準備しますね! 今年の人参はすっごい甘いので、とっても美味しいですよ!」

 

 シスターは差し出されたキャロットスープを一匙口に含み、その優しい甘さに頬を緩ませる。

 

「ど、どう、ですか?」

「とっても美味しいです。どうもありがとうございます」

「よかった……あ、もしお腹に入るようでしたら水団(すいとん)もありますよ!」

「すいとん……? それはどう言った料理……」

 

 ふと、シスターは気付く。違和感がないことへの違和感。腹部を摩っても、全く痛みを感じない健康体。

 

 スープ皿をサイドテーブルに置き、恐る恐る上着を捲る。腹部には、ハピネスに裂かれた開腹手術の痕などどこにもなかった。それどころか衣服にも血の跡などは見られない。困惑して額に手を当てたところで、両目があることにも遅れて気が付いた。

 

 ニクジマとの戦いで失った臓器が、目玉が、全て何事もなかったかのように戻っている。

 

「これは……治療は、貴方が……?」

「え、あ、いや、まあ。半分は、私が……」

「半分? もう半分は――――」

「やだあああああああああああああああああ!!!」

 

 そこへ唐突に聞き覚えのある幼稚な悲鳴が響いた。

 

 シスターとサンゴが声のする方、隣の部屋に向かうと、そこには簀巻きにされ泣き叫ぶハピネスの姿があった。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!! げっほ!!! がはっ!!!」

「うるっさいな……!! おいレシャロワーク!! いい加減コイツ黙らせろ!!」

「無理でぇす」

 

 部屋の中にはハピネスの他に、シスターとハピネスを誘拐した狼の使奴と、暢気に携帯ゲーム機で遊んでいるレシャロワークの姿があった。

 

「あ、シスターさんチッスチッス。今ボス戦なんでもうちょい待って下さいねぇ」

「シスターくぅん!!! コイツ酷い奴だよ!!! ちょっとの散歩も許してくれない!!!」

「貴様のは散歩じゃなく覗き見だろうが!! 大人しくしてろ!!」

「やだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 シスターの体感では、つい数十分までハピネスは満身創痍だった。それが今は、芋虫のように体をくねらせ、鼓膜を破る勢いで泣き叫ぶほど回復している。サンゴの言っていた「半分は」の意味を理解し、恐らくは“もう半分”の治療をしてくれたであろう狼の使奴に頭を下げる。

 

「貴方が治療して下さったんですよね? ありがとうございます」

「あ? ああ。一発喰らわせてしまったからな。これであいこにしろ」

「はい」

「やだああああああああああああああ!!!」

「ハピネスさん静かにして下さい」

 

 シスターはハピネスに触れ、3秒ごとに3秒前の記憶を消し続ける。

 

「やだああああ!! やだああ!! やだああああ!! やだああああ!!」

「ああ、余計にうるさくなってしまった……」

「もう記憶全部消しちまえよ」

「検討しておきます……」

 

 サンゴが持ってきたタオルでハピネスの頭部をぐるぐる巻きにした後に、狼の使奴が不貞腐れた様子で自己紹介をした。

 

「……私の名前は”ヒスイ“。後で紹介するが、もう1人”コハク“ってのもいる」

「私はシスターと申します。こっちのは……ハピネス。覚えなくても結構です」

「助かる」

「ふごご〜!!」

「サンゴさん。タオルもう2枚くらいお借りしてもいいですか?」

「あ、はい」

「ふごごごご〜!!」

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