166話 爆走カーチェイス
〜三本腕連合軍 ダクラシフ街道 (シスター・ハピネスサイド)〜
「……見渡す限りの砂漠ですね。岩砂漠でしょうか」
「あれぇ、シスターさん砂漠見るの初めてですかぁ?」
運転手を務めるレシャロワークが、不思議そうに窓の外を見つめるシスターに問いかける。
「いえ……、診堂クリニックから随分南下してきたんだなぁと思いまして。
「コハクさん曰く別次元らしいですからねぇ。マイグラのネザポみたいな感じじゃあないですかね?」
「マイグラのネザポが分からないんですが……」
「嘘ぉ。シスターさんマイグラやったことないんですか?」
「それがテレビゲームの一種だということは知っていますが……」
「え、じゃあケモ牧は? 大闘は? モン狩は!?」
「トランプとチェスくらいなら……」
「ええ……じゃあ道徳とか文字とかどこで学んだんですか……」
「教科書……」
するとレシャロワークはバッグからゲーム機を取り出し、片手で器用にカートリッジを入れ替えつつ、助手席のシスターに渡す。
「じゃあコレ、どうぞぉ」
「え、結構です」
「ケモノ牧場2」
「結構です」
「ケモ牧は義務教育ですよぉ!」
「結構です……あ、ハピネスさんどうぞ」
そう言ってシスターが振り向いて後部座席を見ると、ハピネスはシートに寝転がったまま虚な表情で手を振った。
「無理。死ぬ」
「……そういえば車ダメなんでしたね」
「うぅ……気持ち悪い……」
「多分ですけど、それ異能でどこかを見てるから酔うんじゃないんですか?」
「そうだけど。何?」
「いえ、別に」
シスターは手にしたゲーム機をレシャロワークの鞄に戻そうとした時、カバンに縫い付けられたワッペンが目に留まった。冠を模したマークの真ん中に、”否が応でも思い出す目玉の紋章“。
「……そう言えば、レシャロワークさんの所属する団体。”キャンディ・ボックス“は、どういった団体なんですか?」
少し薄暗いトーンで訊くと、レシャロワークは特に顔色を変えることなく淡々と話した。
「あー……。別に何か目的があってつるんでるってわけじゃないんですけどぉ……幼馴染集団……ってとこですかねぇ? 色々あって、今は”シュガーおじさん“に面倒見てもらってますぅ。最近顔見ないけどぉ」
「シュガーおじさん?」
「”元先導の
シスターの心臓が、一瞬だけ締めつけられたかのように縮こまる。それは、キャンディ・ボックスの後ろ盾が笑顔の七人衆だったことではない。レシャロワークが、世界の元支配者であるシュガルバを馴れ馴れしく
「その……レシャロワークさん達は、元先導の審神者に会ったことがあるんですか?」
「何回も。いや、言わんとしてることは分かりますよぉ。笑顔の七人衆って誰も彼も鬼ヤバだから、馴れ馴れしくしたら鬼殺されるんじゃないかーみたいに思ってるんですよねぇ?」
「まあ、はい。世界最強の7人組ですし……」
「それがねぇ、自分も最初は鬼ビビったんですけどぉ、シュガーおじさんに関してはマぁジで鬼意味分かんなくてぇ。なんて言うか……フツーのおっさん? って感じぃ」
シスターは思わず後部座席のハピネスに意見を求めようとしたが、今はまだレシャロワークを信用する訳にはいかないと思い直し、
「元々自分らは“存在しない村”……あ、言っちゃっていいのか。ノーマさん達に言われて診堂クリニックの傭兵的なことをしてたんですけどぉ。5年前くらいかな〜? シュガーのおっさんが自分らに取り入ってきて、仲良くしてるうちに後ろ盾として名前を使わせてくれることになったんですよぉ」
「何故、シュガルバは貴方達と交流をしようと思ったんでしょうか?」
「さぁ〜……。最初はキャンディ・ボックスの1人がボッタクリに遭ってるおっさん助けたら、それがシュガーおじさんだったんですよねぇ。そこからは、お礼だとか何だとかでちょくちょく会ったりなんだったり的な?」
「笑顔の七人衆相手に、怪しいとは思わなかったんですか?
「ん〜……。それがですねぇ。シュガーおじさんて、全くもって鬼フツーなんですよぉ」
「……それは、鬼なんですか? 普通なんですか?」
「普通普通。もうびっくりするぐらい普通のおっさん。なんでぇ、ぶっちゃけ身分明かされた後も半年くらい誰も信じてませんでしたからねぇ。ただただ愉快で、ちょっぴりドジで、オヤジギャグが好きで、好意が空回りするタイプの、変なおっさん。魔力も鬼凡だしぃ、ゲーム下手っぴだしぃ。だから、自分らキャンディ・ボックスも別に笑顔の七人衆一派って自覚ないんですよぉ。今思えば、診堂クリニックが平和だったのってシュガーおじさんが上手いこと何かしたりしてたのかなぁ」
要領を得ないレシャロワークの話に、シスターは
ふとレシャロワークがルームミラーに目をやると、背後から近づいてくる一台のガソリン車が目に留まった。
「あ、“
レシャロワークはアクセルから足を離し、緩やかに逸れて道を譲る。背後から近づいてきた平べったい黒塗りの改造ガソリン車は、レシャロワークと並走する瞬間に流し目でこちらを睨んだ後、何事もなかったかのように速度を上げて抜き去っていった。
「セーフっ。あれ、三本腕連合軍の雇われギャングですよぉ。怖かったですねぇ」
「雇われギャング? 用心棒みたいなものですか?」
「用心棒よりもうちょい緩いめの口約束的なぁ? グルメの国で言うところの“空腹の墓守”的な関係……。あ、そうそう。確か“百機夜構”の族長が“空腹の墓守”の元No.2でしたねぇ。“ピンクリーク”って言うムキムキマッチョのお姉さん。目と態度が怖いんですよぉ」
「三本腕連合軍の味方ならば、私達は襲われる心配はないんじゃありませんか?」
「いや、自分らの用事は“
「悪魔の国のコモンズアマルガムと悪魔郷のようなものでしょうか」
「いや、戦争するほどではないんで。そこまで悪くはないかなぁ……?」
暫くして、再び背後から改造されたガソリン車が近寄ってくる。しかし、今度は3台。
「あれ、これマズい?」
「どうしたんですか?」
ルームミラーを覗くことが出来ないシスターは、レシャロワークが何に気付いたのかをすぐに察することが出来ず振り向く。すると、ついさっきまで3台だった改造車はさらに2台増え猛スピードで近寄ってきていた。
「え」
「飛ばしますよぉ!!」
レシャロワークが慣れた手つきでギアを入れ替え、原動機に目一杯魔力を注ぎ込む。急加速によりシスターとハピネスは座席に体が張り付いて、内臓が圧迫される感覚に吐き気を催した。
「うっ……ハ、ハピネスさん大丈夫ですか!?」
「死ぬ〜」
レシャロワークの車が急加速した途端、後ろにいた改造車も一斉に加速して猛追する。レシャロワークはサイドミラーで後続車の挙動を確認し、ニヤリと
「砂漠のど真ん中で気炎万丈のカーチェイス……!! いいですねぇ!! “ラリカー”で鍛えたハンドル捌きっ!! とくと見よっ!!」
「レシャロワークさん……? まさか、運転技術もゲームで学んだんじゃ……」
「自分の知識の15割はアニメとゲームで出来ていますっ!!」
タイヤが路面に削られ煙を吹き、擦れる度に獣のような甲高い音を響かせる。捻じ切る勢いで回転されるハンドル。その度にシスターは右に左にと体を引っ張られ、後部座席のハピネスはゴム玉のように車内を跳ね回る。
しかしここは、幾ら広いとはいえ一本道の舗装された道路。それだけ乱暴にハンドルを切れば当然――――
「ちょっ、レシャロワークさん!? 前!! 前!! 道路から落ちます!!」
「道っつーのは!! 背中に伸びる軌跡でしかないっ!!」
車体が一瞬宙に浮き、何よりも喧しかった走行音が消え去る。エンジンの駆動音と風切り音が
「痛っ!! ハピネスさん生きてますか!?」
「死んだ〜」
「勝負はこっからですよぉ〜!! ミュージック・スタート!!」
レシャロワークは衝撃のダメージなど毛ほども気にすることなく、カーステレオを操作してゲームのサウンドトラックを大音量で流す。愉快なトランペットとドラムソロが車内に鳴り響き、重厚なビートが心臓を締め付ける。背後から追走する百機夜構の車両群も次々に道路から飛び出し、岩肌にタイヤを擦り付けて追跡を続ける。しかし、向こうは車高車幅様々な改造車群。対するこちらは実質4人乗りの小さなコンパクトカー。最高速度、トルク、操作性、どれを取っても走り屋相手に敵う代物ではない。それでも、レシャロワークは楽しそうにニヤニヤと笑いながら前方を睨む。
一台の追跡車が、一気に加速してレシャロワーク達を抜き去り左前方に構える。そして何かを仕掛けようと後部座席の窓から1人の人影が顔を出す。
「シスターさんハンドル持って!!」
「え!?」
「早く!!」
シスターはレシャロワークに言われるがままハンドルを握る。すると、全身を枯らす勢いで魔力が吸い出されていく感覚に襲われる。
「うっ!?」
「レッツラゴー!!」
複数人でハンドルを握り、エンジンの回転数を無理矢理上昇させ急加速する危険運転。やんちゃ盛りの若者の間で“ギャン飛び”と呼ばれる違法な走法である。
速度を示すメーターの針が、表示限界の時速120kmを振り切って揺れる。尋常ではない急加速によって目の前の追跡者を抜き去り、そのまま小さな上り坂をジャンプ台のように駆け上がって空中へと飛び出す。再び訪れた僅かな滞空時間を挟み、着地とともに凄まじい衝撃がコンパクトカーを襲う。
「いでっ」
「痛っ!」
「吐く」
しかし、衝撃が襲っているのは車内だけではない。当然車体にも着地のダメージは発生しており、それはサスペンションを挟まずダイレクトに伝わっている。その証拠に。
「あ」
バキン、という金属音と共に、車軸はあっさりと折れてしまった。こうなってしまってはエンジンの回転はタイヤに伝わらず、自走は不可能となる。そして、着地したところも悪かった。一見平面に見える大地は若干左方向に傾斜がかかっており、着地の反動やハピネスのいた位置によって重心が崩れ、車体は呆気なくひっくり返る。
突然天地が入れ替わるという貴重な体験と共に、シスター人生初のカーチェイスは幕を閉じた。シスターはシートベルトに引っ張られ逆さ吊りになったまま、ぼんやりと逆様の外の景色を眺める。四方を“百機夜構”の車が取り囲み、中から次々に構成員が降りてくる。
「……レシャロワークさん」
「何?」
シスターは特に慌てる様子もなく、いや、慌てる意味がないからこそ全てを諦め、同じく隣で逆さ吊りになっているレシャロワークに静かに問いかける。
「運転、下手くそですね」
「まあ、無免なんで」