〜三本腕連合軍 鳳島輸送 鳳島クロシオ工場 棚田5段目〜
「素敵な”お友達“がいるのね。羨ましいわ」
しかし、リイズは再び姿を変え、今度は巨大な縫い針に変身する。一瞬で体積を減少させたことで鉄線の隙間から拘束を脱し、軌道を曲げて再びステインシギルに襲いかかる。ステインシギルは咄嗟に防御魔法を発動させ、半透明の球体のシェルターを作り針を弾き飛ばす。リイズもこれに合わせて姿を変え、今度は掘削用ドリルとなって防壁を削る。
「ぐっ……!!!」
「ごめんなさい。貴女達に恨みは無いの。本当よ? でも、命令だから。ごめんなさい」
「じゃあ俺も命令してやるよ。今すぐ舌噛んで死ね……!!」
「うふふ。全く諦めていないのね。素敵だわ」
リイズの強化魔法を伴った一撃に、防壁は一瞬で
「ああ、貴女とはもっと、もっと早く会いたかったわ、ステインシギルさん。そうしたら、きっと素敵なお友達になれたのに」
「はっ。職人が仕事道具を友達だとか言い始めたら末期だぜ」
ステインシギルの強がりとは裏腹に、防壁は音を立てて砕け散る。ステインシギルはドリルを避けようと身を
その時、棚田の5段目に続く下り坂の方から、聞き覚えのあるスピーカー越しの音声が聞こえた。
「あれぇ〜!? 工場長ひとり!? 見捨てられちゃったの〜!?」
リヨットランカの操縦する巨大ロボットが、ステインシギルに追いついてしまった。その足元には大勢の工場従事者達がおり、再びどこからともなく頭に声が響く。
「殺してやる……!! 殺してやる……!! ふざけやがって……!! 殺してやる……!!」
ナガーバークの
「ランカさん、ナガーさん、ごめんなさい。ちょっと待っていただけるかしら? この方は、せめてワタクシが壊して差し上げたいの」
「あたしはいいよ〜。弱い奴には興味無いし〜」
「殺せ……!! 殺せ……!! 殺せ……!! 殺せ……!!」
「すぐ終わらせますね。ごめんなさい」
リイズが再び裁ち鋏に姿を変え、ステインシギルの方を向く。ステインシギルは数枚の紙を取り出し構えるが、頬を伝う汗を見てリイズが憐れんで呟く。
「……本当に素敵。ワタクシ達に勝てる可能性なんて一欠片も無いことは、貴女が1番よく分かってる筈」
ステインシギルは動かない。呼吸も乱さず、虎視眈々とリイズを見つめている。
「でも、死ぬ気なんて全く無いのね。ワタクシ、政治家の方ってどうしても好きになれなかったのだけれど、考えが変わったわ。誰かの為に嘘が吐ける人って、とっても素敵なのね」
「……誰かの為なんかじゃねぇ」
「あら? 誰かの為でしょう? さっきのお仲間や、魔法陣をくれたお友達、旦那さん。そして何より、亡くなられたお祖母様の為ではないの?」
「俺は、俺の為にしか頑張れねぇよ」
「……ああ、素敵。本当に、本当に残念だわ」
裁ち鋏の刃が、濡れているかのようにギラリと輝く。強化魔法を重ねがけした刃に、どこからか吹かれてきた木の葉が当たり真っ二つになる。
「どうか抵抗しないで。痛みも、苦しみもなく、綺麗に壊してあげるから」
月明かりも届かない、宵闇の路地裏。耳鳴りがするような暗闇を見ると、いつもあの臭いを思い出す。腐った
まだ7歳だった俺は、この苦しみから逃げる方法を知らなかった。
通りを行く奴らが、何の気なしに俺のいる路地に目を向ける。偶然車が通りかかって俺に光が当たると、皆けったいなものを見たように眉を
「お嬢ちゃん。そこは汚いから、こっち来なさい」
やたら綺麗な服を着た、優しそうな婆さんだった。
「お嬢ちゃん、お母さんとお父さんは?」
「……知らない」
「……そう。じゃあ、おばちゃんのお家に来ない?」
膿でべとべとの俺の手を、婆さんは何の
婆さんは、当時の三本腕連合軍ではちょっとした有名人だった。魔法屋“ミンディス”って言えば、魔法学界隈では知らない者は居ないっつーほど有名な学者だったらしい。婆さんは、病気で皮膚が剥がれて膿に塗れた醜く汚い俺を愛してくれた。
「ここがおばちゃんの家だよ。服は……作ってあげるから、先にお風呂入ってきなさい」
飯も毎食作ってくれた。
「今日はスパゲッティだよ! ……また豆のペーストのだけどねぇ」
回復魔法も毎晩かけてくれた。
「掻いちゃだめだよ。余計に痛くなるからね」
薬も沢山買ってくれた。
「大きい錠剤だけど、飲めそうかい? ……ちょっと待ってな。半分に割ってあげるから」
勉強も毎日教えてくれた。一緒に寝てくれた。隣を並んで歩いてくれた。髪を撫でてくれた。俺を捨てた両親とは大違いで、何の繋がりもない見ず知らずの
俺は子供ながらに思っていた。俺は“代わり”なんだろうって。婆さんは良い人だ。こんな良い人が、今も独りで暮らしているのには何か訳がある。婆さんは寂しくて、家族が欲しくて、俺を拾ったんだ。俺はきっと、どこかにいる子供か孫の代わり。婆さんの寂しさを紛らわせるための、偽りの家族。
でも、それでよかった。俺でいいなら、精一杯代わりを務めようと思った。元より野垂れ死ぬ定めの命。その程度で婆さんの幸せが買えるなら、こんなに安い買い物はない。俺は幸せだった。
だから、必死で働いて、必死で勉強した。子供らのイジメなんか気にならなかった。ただ、婆さんまで石を投げられるのは我慢出来なかった。大人達の誹謗中傷なんて相手にしなかった。ただ、婆さんが仕事を貰えなくなったのは絶対に俺のせいだ。婆さんは俺を幸せにしてくれたのに、俺は婆さんを不幸にした。だから、婆さんが失った幸せを俺が稼いでくる必要があった。
まずは見た目を整えた。ネズミの死体みたいに汚い体でも、中身はそれなりに正常だ。人は俺を無視しても、本は俺を無視しない。ありったけの知識を詰め込んだ。俺の病気は薬では治らないらしい。ならばと皮膚を剥がして人工皮膚を移植した。腐った腕は切り落とし、髪も植毛で整えた。皮膚が薄く人工皮膚では隠せない額は、真っ黒な入れ墨で覆った。
見た目がそこそこ良くなったら、今まで俺を差別してきた奴らが手を差し伸べてきた。下卑た笑みで、食いものにする気満々で。けど、そんなクソ共の数と同じくらい味方もできた。差別と戦う勇気はなくとも、陰ながら俺を見て来た連中が、俺と婆さんを守る盾になった。
もうすぐ、もうすぐで真っ当な人間になれる。そうしたら、婆さんを連れて診堂クリニックにでも引っ越そう。俺達を知らない人のところへ。今度は、俺が婆さんの手を引いて。
それから数週間後、婆さんが死んだ。
俺が出かけている間に、部屋を締め切ったままコンロを使い、スイッチを切り忘れての一酸化炭素中毒。事故死だった。
それから、世間が好き勝手騒ぎ始めた。多額の遺産目当てに俺が殺したとか、俺を拾った頃にはもう痴呆症だったとか、学会を追放されたショックで自殺したとか。クソッタレ共が。
でも、もしかしたら、もしかしたら婆さんは、ずっと後悔をしていたのかもしれない。俺と出会ってから、婆さんの生活はずっと苦しかった。金はあっても物は売ってもらえない。技術があっても雇ってもらえない。優しくても誰も相手にしてくれない。俺のせいで。俺が醜いせいで。
ごめん、婆さん。
「お願い。避けないで。貴女を妄りに傷つけたくないの」
「調子に、乗るなっ!!」
リイズの刺突を避けるのと同時に、ステインシギルがカウンターの掌底を叩き込む。その手に握られていた紙の魔法陣が光り輝き、雷魔法の稲光がリイズの身体を駆け巡る。
「ごめんなさい」
しかしリイズは一切怯むことなく、カウンターで姿勢が崩れたステインシギルの腹部を突き刺す。
「がっ――――!!」
続けてもう一撃、更に一撃。血飛沫がコンクリートを彩り、羽虫のように宙を跳ねる。ステインシギルが身を
「ああ、ごめんなさい。ごめんなさい。避けないで。貴女も苦しいのは嫌でしょう?」
「クっ…………ソがぁっ!!」
ステインシギルはリイズが大きく鋏を開いたタイミングで上体を回旋させる。渾身の一撃を叩き込もうと足を踏み込み、カウンターのストレートパンチを放つ。だが、カウンターを狙い過ぎたせいで動きを完全に読まれ、攻撃の軌道を変えたリイズの一撃をもろに受けてしまう。
小枝のように剪断されたステインシギルの右腕が、血飛沫も上げずに空を舞う。真上に飛んで行ったステインシギルの腕の断面を見て、リイズは思わず呟いた。
「あら……」
精巧な義手の中から金属片が落ち、それと一緒に幾つかの紙切れが光を放つ。
「くたばれ」
土魔法の魔法陣が
「ぐっ……!?」
「リイズちゃん何遊んでんの〜!? 仕事遅いとまた怒られるよ〜!?」
リヨットランカの乱入により、ステインシギルの決死の一撃は呆気なく虚空へと消えていった。リヨットランカの巨大ロボットによる殴打を受け、ステインシギルは全身をコンクリートに叩きつけながら転がる。しかし、同じく殴打を受けたはずのリイズは、人間の姿に戻ると何事もなかったかのように真っ直ぐ歩き出し、リヨットランカに深々と頭を下げる。
「ごめんなさいランカさん。すぐに終わらせるから、もう少しだけ待ってくださる?」
「んも〜。早くしてよね〜。エンファさんキレると怖いんだから。あ、怖いのはいつもか」
リイズはステインシギルに近づき、憐れむように見下ろす。
「お願い、降参して? 貴女が苦しむ姿を見たら、亡くなられたお祖母様も悲しむわ」
「だ、黙れ……!!」
「大丈夫。貴女は、とても美しいわ」
「うるっせぇ……!! お前らに、お前らに何がわかんだよ……!!!」
朦朧とした意識の中で、ステインシギルは
「間違ってんのは俺なんだ……!! 俺さえ間違わなきゃ、俺さえ間違わなきゃいいんだ……!! 俺ひとりさえマトモなら……!!! 婆さんが惨めな思いをすることはなかった……!!!」
自分を奮い立たせるような覚悟を、半ば無意識で口にする。
「立派な、立派な人間になるんだ……!!! どいつも、こいつも、好き勝手言いやがって…………!!! 婆さんが、間違ってたなんて言わせねぇ……………………!!!」
しかし、半ば無意識であるからこそ、その叫びが威勢がいいだけの命乞いに他ならないことに、本人は気付かない。
「拾い損だったなんて思わせるか!!!」
限界まで声を張り上げたことで、疲労困憊のステインシギルは大きく咳き込んで怯む。その哀れな姿を、リイズは静かに眺め、
「ステインシギルさん。貴女はとっても素敵よ。そう悲観しないで」
リイズの姿が、巨大な鉄斧へと変容していく。
「うるせぇ……!! 何も、何も分かっちゃいねぇクセに……!!!」
鉄斧が宙を泳ぎ、ステインシギルの頭上で大きく刃を持ち上げる。
「さようなら。どうか、安らかに……」
そして、真夜中の工場に凄烈な金属音が響き渡った。
同時に、
「あら、貴女どこかで見た気が……」
「うん? 私を知ってる? そりゃ光栄だね! “役者”冥利に尽きるよ!」
乱入者はビシッと片足立ちでポーズを決め、高らかに名乗りを上げる。
「