シドの国   作:×90

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179話 国民の総意

 ヒナイバリ逮捕から一週間後。

 

 

 

 

 

〜三本腕連合軍 鳳島輸送 鳳島警察署 取調室〜

 

「こりゃあ……酷いものだねぇ」

 

 ヒナイバリの目の前に座る警察官の男が、調書を眺めながら溜息を吐く。

 

「ヒナイバリ工場長……、いや、今となっちゃあ元工場長、か。 アンタ、随分やらかしてたんだねぇ」

 

 ヒナイバリは小さく俯いて唇を固く結んでいるが、そこに反省や後悔といった念はなく、あるのは逆恨みによる激しい苛立(いらだ)ちと救済を願う薄っぺらい悲哀だけである。

 

「横領、恐喝、インサイダー取引に贈収賄。……いや、やったことそのものって言うよりは、その後が酷い。現に、アンタのせいでこの国は雨曝しのボロ雑巾かってくらいボロボロだ。こりゃあ、死刑程度じゃ国民は納得してくれねーだろうなぁ……」

「……なんで、私ばっかり責められなきゃいけないのよ」

「……アンタ、今何て言った?」

「えっ」

 

 思わず頭の中の愚痴が口に出してしまった。警察官の男は目一杯眉間に力を込め、親の仇ばりに睨みつける。

 

「ヒナイバリさん。アンタ、反省する気あるの?」

「……っ」

 

 ヒナイバリは途端にしゅんとして見せるが、当然罪を悔いる気持ちなど砂粒ほどもない。ただ叱られたことに対して上辺だけ反省したように見せているだけである。その情けない姿に、警察官は万引きを繰り返す反抗期の中学生を思い出し呆れて首を振る。

 

「っはぁ〜……。しかし……これじゃあ上になんて報告したらいいのやら……ん?」

「ハロー! 選手交代よー」

 

 そこへ、ノックもせずにひとりの大女が入ってくる。紫色の髪に赤い角を覗かせる使奴寄りと思しき女は、警察官の首根っこを引いて無理矢理退室を促す。

 

「な、なんだアンタ。どうやってここに」

「そんなことはどーでもいいから! ほらほら席変わって! こういうの一回やってみたかったんだよねぇ〜」

「ちょ、ちょっと! 待っ、押すな!」

「はいはい外で見ててね〜。吐くほど笑える最強のエンターテイメントを見せてやるよ」

 

 そのまま警察官は部屋を追い出され、ヒナイバリの目の前に女が腰掛ける。

 

「ご機嫌いかが? ヒナイバリさん。私は超グッド!!」

「……誰? アンタ……」

「私が誰かなんてのはどうだっていいだろ。どうせ知ったって意味ないんだ」

 

 女はニヤリと笑って両足を机の上に放り出す。そして、顎をしゃくって取調室の小窓の方を示す。

 

「監視室のスピーカーはオフにしてある。見てみろ、さっき追い出されたポリスメンのおじじが必死になって何か叫んでらぁ」

 

 取調室の小窓からは、女の言う通り警察官の男がこちらに向かって何か言い放っているが、その声は一切聞こえてこない。

 

「アンタ、助かりたいんだろ? 私に任せれば無罪にしてやるよ」

「えっ……? 私を……? ど、どうして……?」

「嫌なら結構」

 

 突然差し伸べられた救いの手に戸惑うヒナイバリを置いて、女が立ち上がって取調室の外へ出ようとする。それを、ヒナイバリは血相を変えて引き止めた。

 

「ま、待って!!! お願い!!! 助けて!!!」

 

 女はニィッと笑って振り返り、ヒナイバリにその怪しい眼差しを向ける。

 

「そうこなくっちゃ」

 

 女は再びヒナイバリの対面に座り、今度は神妙な面持ちで指を組み顔を寄せる。

 

「アンタの罪を軽くするには、私もある程度の事実を知っておかなきゃならない。正直に答えてくれ」

「う、うん……分かった」

 

 ヒナイバリは脂汗を浮かべて怯えながらも、千載一遇の好機を逃すまいと必死になって震える声と体を抑えつける。

 

「国の金、全部男遊びに使っちゃったって、マジ?」

「……し、仕方なかったのよ……! だって、カヅトが……!」

「男遊びに使うっていったって限度があるでしょ。国を傾けるほどの大金、具体的にはどう使ったの?」

「……す、好きなキャストをお店で1番にする為に、その、毎つ、毎週……1番高いお酒開けたりして」

「誤魔化すなよ」

「――――っ! あ、う、ま、毎日……、キャストのみんなにお小遣いあげて……」

「いい加減にしろよ?」

「ひっ――――」

 

 女はヒナイバリにグッと顔を寄せて、(いぶ)し殺す勢いで殺気を放って脅迫する。

 

「お前が思ってるよりも、金を使うってのは難しいんだ。特に大金ってのはな。金は皆大好きだが、限度がある。それこそ国家予算レベルの金なんか、持ってるどころか近寄るだけで命の危険を孕む。誤魔化せる額じゃねぇんだよ」

「あ、あ、あ、あ……」

「どうやって使った?」

「ダ、ダクラシフ、商工会の、裏パーティに、さ、参加して……そこで……」

「他には」

「お、お金目当てで寄って来た、ヤクザに、みかじめ料払うときに、ぎゃ、逆に買収して……」

「他には」

「ブラック、マーケット、で、薬買ったり、買ってあげたり……」

「違うだろ。もっとでかい買い物があるだろ。そんな並の金持ちの火遊びじゃなくて、大富豪にしかできない馬鹿みてーな悪ふざけが」

「う、ううっ……ううううっ……!!」

 

 目から鼻から口から、服の色を変えるほどの体液を垂れ流し、震える体が倒れないよう椅子に足を絡ませて、ヒナイバリは決死の思いで口を開く。

 

「ま」

「ま?」

「――――っ毎晩何人も男買ってたのよっ!!!」

「ひひっ。マジ?」

 

 恐怖と羞恥の断崖を飛び越えた拍子に、ヒナイバリはタガが外れて逆上し声を荒らげる。

 

「毎晩毎晩別の男共(はべ)らせて!!! 最低でも一度に4人は買ったわ!!! ダクラシフ商工会だけじゃなく、診堂クリニックも!!! ベアブロウ陵墓も!!! 愛と正義の平和支援会だって!!! キュリオの里にだって行ったわ!!! 文句ある!?」

「うひゃぁ〜。一晩で4人を毎日? それを3年やってたとして、ざっと4000人以上?」

「態度の良い子にはプレゼントだって沢山買ってあげたわ!! 車だろうが時計だろうが家だろうが土地だろうが!!」

「へぇ。でも、まだ国が傾くほどの額じゃないよね。他には?」

「裏パーティに参加したって言ったでしょ!! そこでやってるカジノでぜーんぶスったわよ!!」

「そんなことしたらダクラシフ商工会側がめちゃめちゃ肥えるでしょ。流石にそんな額が国外へ流れたら他の役人が気づくんじゃない?」

「はっ。私達がやってたのはそんなお飯事みたいなヤツじゃないわよ。あそこで試すのは真の度胸! 得られるのは名誉!! 焼却炉に現ナマ突っ込む“名誉ギャンブル”よ!!!」

「うわぁ〜頭悪りぃ〜!!」

「一回で何億も溶かしたわ……。比喩じゃなく、本当に溶かしたのよ。ふふ。でもね、そのお陰で私はダクラシフ商工会のプラチナボードに名前を刻むことができた。世界でも数人しかいないあの中のひとりに!!」

「それ、なんか意味あるの?」

「意味? はぁ……。貧乏な人ってすぐそれよね。意味だの、理由だの、下んない。真の豊かさは言葉で説明できるところになんかありはしないの」

「お、馬鹿の発言じゃん」

「もういいでしょ? 早く私を助けてよ」

「う〜ん。思ってたより結構ショボかったけど、まあいいか」

 

 女は肩から下げていた薄いポーチの口を広げ、中から1枚のタブレット端末を取り出す。

 

「そ、の、ま、え、に〜。じゃん! こちらをご覧下さぁい」

「何?」

 

 ヒナイバリが言われるがままにタブレットの画面を覗き込む。そこには、“非常に見覚えのある部屋”のカメラ映像が映し出されていた。

 

「えっ?」

 

 ヒナイバリは思わず“この画角が撮れる”であろう部屋の隅の天井を見上げる。そこには、取調室を監視するためのカメラが一台ぶら下がっていた。

 

「え、え? え?」

「え、え? え?」

 

 タブレットから少し遅れてヒナイバリ自身の声が音声出力される。その画面には上下左右にカラフルなテロップが挿入されており、信じられないような文言が(つづ)られている。

 

 “緊急生放送! 極悪工場長ヒナイバリの裏の顔!”

 

 “三本腕連合軍を暗黒期に陥れた女の真意とは!?”

 

 “なんと!! 国民の血税は男遊びに使われていた!?”

 

 “視聴者アンケート実施中! 無罪? 死刑? 判決を決めるのは、テレビの前の君だ!”

 

「完全独占生中継! ゲリラ番組、“ラルバの部屋”!! 今の所視聴率は6割超だよ〜! 多分」

 

 ヒナイバリは未だ状況を飲み込めておらず、目を白黒させて言葉を失っている。ラルバは笑いを堪え切れずに体を震わせ、どこからか取り出したマイク片手に監視カメラの方を向く。

 

「ククククッ……。さぁて! こちら取調室より、現場に中継が繋がっております! 現場のラデックさ〜ん?」

 

 タブレットの映像が切り替わり、鳳島輸送の首相官邸付近の光景が映し出される。そこへ、台本片手にラデックが現れる。

 

「はい。こちら鳳島輸送しゅしゅう……首相官邸前。現場には、生放送を見たであろう国民達が大挙して押し寄せ、壁やら彫像やらをすごい壊しています」

「うわぁ〜皆元気ですねぇ! 誰かにインタビューとか出来ますかぁ?」

「誰でも来るんじゃないか? おーい。そこの赤髪ツインテールの子。バット持った君。ちょっといいか」

 

 ラデックが呼びかけると、今まさにバットを放らんとしていた女性が眉間に皺を寄せたまま近寄ってくる。

 

「ぁによ!! 何んか用!?」

「ヒナイバリ()き下ろし生放送のインタビューしてるんだが、ヒナイバリに対して言いたいこととか無いか?」

「これ、あの馬鹿女に届いてんの?」

「届いてる」

 

 女性はカメラにぐっと顔を寄せ、画面越しにヒナイバリを脅迫する。

 

「おいコラヒナイバリ!!! テメーふざけやがって!!! まともな死に方出来ると思うなよ!? 耳から針金突っ込んで脳味噌スクランブルエッグにしてやるからな!!!」

 

 その様子を見ていた他の連中も、生放送の中継と知るや否や詰め寄ってきて、口々にカメラに向かって怒号を吐きかける。

 

「出てこいヒナイバリ!!! 国民の前で土下座して死ね!!!」

「いいや!!! (はりつけ)にして餓死させてやる!!!」

「蜂蜜塗って蟻に食わせろ!!!」

「全身の皮剥いで引き摺り回してやる!!!」

「誰が死刑なんかにさせてやるもんかよ!!!」

 

 画面の右下に「アンケート結果」の表題とともに円グラフが表示され、ほぼ青色一色に染まったエリアに「無罪:97.6%」と文字が浮かんでいる。ヒナイバリは必死に声を絞り出し、訴えるような目でラルバを見る。

 

「な、なん、で……マ、マイクは、オフにしたって……」

「いやいやいやいや。何を勘違いしてるのさ。私は監視室のスピーカーはオフにしてあるって言ったのよ。そんなことよりもぉ、良かったねヒナイバリさん! 念願の無罪だよ! 国民の皆許してくれるって!」

 

 ラルバは満面の笑みで画面右下の無罪一色に染まったグラフを示す。

 

「ち、違う……違う……!!!」

「いやあきっと真面目に罪を認めたことが良かったんだねぇ。ウンウン」

「嫌、嫌……!!! 死刑に、死刑にして……!!! 殺して!!!」

「人って捕まえるのも殺すのもお金かかるしね! 税金いっぱい使っちゃったんだから、少しは節約しないと! さ、判決も下ったことだし、チェックアウトのお時間です! さあ、シャバにお帰り!」

「嫌!!! 嫌ぁ!!! やめて!!! やめてぇぇぇえええええ!!!」

 

 

 

 

 

 

〜三本腕連合軍 鳳島輸送 貧民街〜

 

 どうしてこんなことになった?

 

「そっち行ったぞ!!! 逃すな!!!」

 

 私の罪って、ここまでされるようなこと?

 

「足の骨折れ!!! 絶対殺すなよ!!!」

 

 そんなわけない。ありえない。間違ってる。おかしい。おかしいおかしいおかしいおかしい。

 

「捕まえろ!!!」

「殺すな!!!」

「追え!!!」

「どこへも逃すな!!!」

 

 腐敗臭とゴミに満ちた路地裏を、ヒナイバリは必死に走り抜ける。幾度も転び膝や肘が擦り剥け、手の平に尖った何かが刺さる。泥のような腐った何かが傷口に染み、悪臭に誘われた羽虫が絶え間なく周囲を飛び交っている。

 

 しかし、彼女は立ち止まるわけにはいかない。すぐ後ろには、憤怒に顔を染めた貧民の群れ。その雄叫びが、決して離れることなくヒナイバリの視界際にぴったりと貼り付いている。

 

「誰か……!! 誰か助けて……!!!」

「今だっ!!!」

 

 ヒナイバリの頭上から、柔らかい固形物を含んだ不透明の液体が落下する。ヒナイバリは思わず足を滑らせ、盛大に転倒した。それからだった。その液体が大量の糞尿であると気付いたのは。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」

 

 独特の悪臭と感触に怯んだのも束の間。あっという間に周囲を囲まれてしまい、ヒナイバリは汚物に塗れたまま尻這で壁際に背をつける。薄汚れた衣服を纏う貧民達は、今にも自分を殺さんと各々手にした鉄パイプやスコップで地面を小突いている。その時、ヒナイバリは視界の端に警察らしき人影を見つける。

 

「た、助けてっ!!!」

 

 反射的にヒナイバリは叫んだ。しかし、警察官は黙ってじいっとヒナイバリを見つめたまま動かない。貧民達はヒナイバリが助けを求めた先を(おもむろ)に見つめ、ヒナイバリと交互に見やる。すると、警察官は深い溜息と共に呟いた。

 

「………………なんで?」

「………へ?」

 

 警察官は集団リンチの現場を目の前にしながら、眉を(ひそ)めて缶ビールを(あお)る。

 

「っあー……。見てわかんねぇかな。ストライキ中なんだよ」

「スト、ラ、イキ……?」

「どっかの馬鹿がよぉ。税金使い込んじまったせいで、俺の給料もダダ下がり。酒でも飲まねぇとやってらんねぇ」

「お、お金なら、はら、払う……から……」

「ふーん。じゃ、今月の給料楽しみにしてるわ」

「た、助けて……」

「被害届が出たらな」

 

 警察官は隣にいた貧民の女の肩をポンと叩き警告する。

 

「殺しちまうなよ。アイツに復讐してぇ奴はごまんといるんだ。勿論、俺もな」

「わかってる……わかってるさ……!」

 

 女はスコップを力一杯握り締め、血走った目でゆっくりとヒナイバリに向け歩き出す。

 

「嫌……助けて……誰か……!!!」

 

 それに続き、他の者達もゆっくりと前に進み、ヒナイバリに近づいて行く。

 

「許して……!!! なんでも、なんでもするから……!!!」

 

 警察官は貧民達の後ろ姿を眺めながら、缶ビールの残りを一気に飲み干す。

 

「っあー……。なんでも、か。そんなこと言われなくたって、元よりなんでもさせるつもりだぜ」

 

 地面に落下した空き缶が、ボロボロの革靴に踏まれ乾いた音を立てて潰れた。

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