シドの国   作:×90

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183話 一時限目、実践教育

天邪終(デンジャラス)闇喰達(アングラーズ) アジト内部 (デクスサイド)〜

 

「で、テメーらみたいな雑魚がどうやってデクスに勝とうっつーんだ?」

 

 武装した若者達に囲まれたデクスは、出そうになる欠伸を噛み潰して目の前の女、ハルカライシに問いかける。

 

「そりゃあこっちのセリフさね。お前、どうやってウチらに勝つつもりだい?」

 

 ハルカライシは売り言葉に買い言葉で両手の金槌を打ちつけて威圧する。

 

「……やりづれーなーオイ。ガキに説教すんのは趣味じゃねーんだが」

「ガキって……お前もそんな変わらないだろ。たった数年ぽっち早く生まれただけで上物気取りかい?」

「歳じゃねーよ。精神の話だ」

「精神の前におつむの心配をしなよ。どうせお前、ウチの組織のことそんなに知らないんだろう? さっき通路でべらべら喋ってくれたおかげで、こっちは随分やりやすいよ。それに……」

 

 ハルカライシが一歩デクスに歩み寄って、異能を発動する。

 

「油断してくれてんのも有難い。そこ、ウチの間合いだよ」

 

 ハルカライシの異能、読心(テレパス)は、接近と直視を発動条件とする他対象の異能である。対象者の直近5分間の記憶と思考を一瞬で経験、体感する、言わば思考盗聴の異能。発動条件を満たしている間は相手の思考と記憶を継続して盗み見る事ができるが、5分以上(さかのぼ)って記憶を読み取ったり改変することはできない、限定的な観測能力。

 

「異能は初見殺しがキモだけど、ウチの前ではそのアドバンテージを捨ててもらうよ」

「……やめとけ」

 

 デクスの小さな忠告などには耳も貸さず、ハルカライシは上機嫌で声を張り上げる。

 

「みんな!! コイツの異能は“手番(ルール)”の異能だ!! 行動対象の劣化系!! 出来れば魔法じゃなくて直接、一撃、で……仕留め…………」

 

 読心(テレパス)を続けるハルカライシの表情が段々と暗くなっていき、体から生気が抜けていく。

顔はみるみるうちに青褪(あおざ)め、額に脂汗が浮かび始める。

「ハ、ハルさん……? どうしたんすか……?」

「お、おい、どうしたんだよ……」

 

 若者達がハルカライシの身に何があったのか理解できず怪訝な顔をしていると、デクスは溜息をひとつ零してから心の声を直接口に出した。

 

「……ハルカライシ、19歳。心を読む異能者」

 

 デクスを囲んでいた若者達は、思わず不気味さに気圧され半歩退(しりぞ)く。

 

「出身は三本腕連合軍、東薊農園。8歳の頃に両親が離婚し、鳳島輸送へ転居。学校に馴染めず次第に素行が悪くなっていき、14歳の時に天邪終(デンジャラス)闇喰達(アングラーズ)に所属した。防御魔法や単純攻撃魔法といった基礎的な魔法を得意とする反面、炎魔法や風魔法等の自然魔法を苦手とする。点滅波導論的解釈に難あり」

「な、なんでハルさんのことを……!!」

「ア、アンタさっき、オレ達のことは知らないって……!!」

 

 デクスは軽蔑の籠った暗い眼で若者達を睥睨(へいげい)し、そのまま腰が引けているハルカライシに視線を移す。

 

「ひっ……!!」

「デクスが見るのは集団じゃなくて個人だ。有象無象の塊を見るより、厄介な奴らの顔だけ追ってりゃ次第に全貌も見えてくる……。ハルカライシ(テメー)がどこに尻尾振ってるかなんざ微塵も興味ねーが、テメー自体は知っとく意味がある。心を読む異能なんざ、使い方次第じゃ国を更地にできるからな」

「あ、あ……」

 

 全身の力が抜け地べたに尻もちをつくハルカライシ。デクスが一歩詰め寄ると、後ろにいた若者のひとりが長槍をデクスの背中に突きつけて吠える。

 

「ハルさんの異能がバレるはずない!! 出まかせだ!!」

 

 デクスは背中に刃先の感触を確かに感じながらも、一切怯むことなく静かに舌を打つ。

 

「……バレるはずない? 甘ぇーんだよ迂愚畜生共が」

 

 そのまま(おもむろ)に振り向き、刃を突きつけられているにも(かかわら)らず前進して若者に詰め寄る。若者はその気迫に思わず長槍を引っ込めてしまい、デクスの接近を許した。

 

「暴走族なんつー甘ちゃんのテキトー集団が、そうそう秘密なんざ守れるわきゃねーだろうが。テメーらボンクラ共がそこかしこでご機嫌に武勇伝をべらべらくっちゃべってくれたお陰だボケ。そんでもって――――」

 

 デクスは振り向いて再びハルカライシに顔を向け、全身から殺気を放つ。

 

「そこのハルカライシ(バカ)が言ってたろ。異能は初見殺しがキモだってよ。テメーやデクスみてーな目に見えねー異能は特にな」

 

 ハルカライシは理解してしまっている。読心(テレパス)という圧倒的な支配力を持つ異能。普段であれば、恐怖に震える獲物の姑息な悪足掻きを無惨に打ち砕く無上の凶器。その優秀さで以って、デクスの思考を一片の不足なく鮮やかに読み取ってしまった。デクスの実力、秘密、覚悟。そして、今から自分がどんな目に遭わされるのかを。

 

 奴には絶対に敵わない。逃走も、反撃も、説得も、降参も、全てが無意味であると。己の最も信頼する異能が雄弁に語っている。

 

 デクスは異能を発動させずに魔法陣を展開し、若者達が行動を起こすより早く全方位に向け魔力の弾丸を放った。小細工一切無しの魔力任せな一撃。しかし、単純ながらも強力な攻撃魔法による衝撃波が若者達の全身を貫く。真っ向勝負だったが故に否応なしに感じてしまう、デクスと自分達の圧倒的な力量差を。立ち上がれぬほどの痛みと恐怖がその身を地面に縛り付け、ハルカライシが目の当たりにした絶望を、彼らは一手遅れて理解した。

 

 地面に這いつくばる若者達を睨み、デクスが溜息混じりに口を開く。

 

「……テメーらは知り過ぎた。デクスの平穏な日々の為に消えてくれ」

 

天邪終(デンジャラス)闇喰達(アングラーズ) アジト内部 (ハザクラサイド)〜

 

「俺達の拳は鉄より硬いっ!!!」

「「「応っ!!!」」」

「俺達の身体はどんな刃も通さないっ!!!」

「「「応っ」」」

「俺達の意思は決して折れないっ!!!」

「「「応ぉぉぉぉおおっ!!!」」」

 

 雄叫びを上げる集団に囲まれながら、ハザクラは冷静に周りを見渡す。しかし……

 

「……まるでなってないな。人道主義自己防衛軍(ウチ)の試験なら補習一択だ」

 

 罠かと警戒してしまうほど隙だらけの体制に、ハザクラは思わず緊張の糸を緩めかけた。だが、万が一を想定して気を引き締め、雄叫びに紛れてぼそりと呟く。

 

『……俺に従え。まずは静かにしろ』

「ぶち殺せぇぇえええええ!!!」

「「「応ぉぉぉぉおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………?」」」

 

 若者達は知らずのうちにハザクラの命令に承諾してしまい、身体の自由を奪われる。全身に激っていた闘志はみるみる(しぼ)んでいき、洗脳が解けたかのように脱力して唖然とする。ウォンスカラーの掛け声に声で返事をしていなかった者も2名ほどいるものの、彼らも突然静まり返った仲間達に困惑して狼狽(うろたえ)えている。

 

「な、ど、どうした……!? おい……!! おいっ!!! しっかりしろ!!!」

 

 中でも、唯一ハザクラに返事をしなかったウォンスカラーは焦って異能を連発する。しかし、既にハザクラに主導権を奪われてしまった若者達は微動だにせず、ウォンスカラーは仮面越しにも伝わるような焦燥感を全身から垂れ流す。

 

「お前、な、何をしたっ!! 俺の部下にっ!!」

 

 ハザクラは混乱するウォンスカラーに、一方的に説教を始めた。

 

「まずひとつ、異能の使い方が露骨すぎる。お前の異能は他対象の強化系で、トリガーは反応だな? 恐らくは、自信が対象とした人物の能力を底上げする異能……」

「ど、どこで聞いた……!? 誰が喋った!!」

「応援の内容が部下の行動と一致していない。故に命令を強制させるものではない。部下の中には声を上げていない者がいるにも関わらず、全員の魔力増幅割合が同一。故に、トリガーは返答や応答といった具体的な行為ではなく、反応や同意といった意思そのものだ。事前情報がなくても分かる」

 

 ウォンスカラーが一歩下がり、持っていたメガホンから巨大な斧に持ち変える。対してハザクラは、彼の殺意など全く気にすることなく説教を続ける。

 

「ふたつめ、発動条件が同一である異能に対しての警戒が薄過ぎる。異能の種類自体は多種多様だが、発動条件にそう複雑な種類はない。故に、直視を要する者は同じく直視を要する異能を、接近を要する者は接近を、会話を要する者は会話を、それぞれ自分と同じ発動条件、又は包含する条件の異能を警戒する。自分が条件を満たすということは、相手も満たしているということだからな。お前は反応が条件という優秀な発動条件だったにも拘らず、態々(わざわざ)部下に承諾を発言と行動で行わせ、俺への警戒を充分に果たさなかった。そしてみっつめ……と行きたいところだが――――」

「うぉぉぉぉぉおおおおおお!!!」

 

 ウォンスカラーが大斧を振り上げ、無抵抗のハザクラに斬りかかる。地面を大きく抉る一撃をハザクラは最低限身を逸らすことで(かわ)し、「仕方ない」と一言呟く。

 

「お前らやんちゃ者には、説教よりも拳骨の方がいいか。一応、実践教育は総指揮官の領分だしな」

「っがぁぁぁぁあああああああ!!!」

「だが……」

 

 ハザクラは追撃を大きく飛び退いて回避し、腰に下げていた短剣を手に取って構える。

 

「やるからには本気で来てもらうぞ」

 

 そして大きく息を吸い、大声で怒鳴りつける。

 

『命令だ!! 全員、出し得る全ての力を以て俺を殺しに来い!!』

 

天邪終(デンジャラス)闇喰達(アングラーズ) アジト内部 (ラデックサイド)〜

 

「な、なんでなんでなんでぇ〜!?」

 

 青髪の少女“ニト”は、半泣きになってラデックの顔面を鷲掴みにしてブンブンと前後に揺さぶる。拘束魔法で身動きを封じられたラデックは顔を真っ青にして弱音を吐く。

 

「く、苦しい」

「苦しいで済まないでよぉ〜!!」

 

 ニトがラデックに向け何度も異能を発動して攻撃を試みる。いつもなら、相手は呼吸すら出来ぬほどの苦痛の中血反吐を撒き散らし(うずくま)るのみであるが、今回の獲物は軽い船酔い程度にしか苦しんでいない。ラデックは苦痛に耐えきれずニトを体全体で突き飛ばし、拘束魔法を反魔法で打ち壊す。

 

「きゃっ!!」

「あー苦しかった。こんなに苦しいのは熊のレバ刺しを食べた時以来だ。後でラルバに診てもらわないと」

 

 病気の異能により複数の病気に罹患させられていたラデックは、生命改造の異能であっという間に全ての症状を寛解(かんかい)させてしまう。

 

「うぅ〜!! 何で死なないのよぉ〜!! そんな異能ズルでしょぉ〜!?」

「俺もそう思う。ファジットにコツを習っておいてよかった……」

 

 突き飛ばされた時に頭を打ちつけたのか、ニトは頭を抑えながら涙声で喚く。

 

 風邪、眩暈(めまい)、耳鳴り、胸焼け、肺気腫、筋膜炎、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)、尿管結石、E型肝炎、舌癌、赤痢、破傷風、類鼻疽(るいびそ)……。ニトが異能でラデックに及ぼした病気の数は、20種類を優に超える。しかし、ラデックは自己改造によりその殆どを無害化。軽い眩暈が残る程度まで回復していた。

 

「食べ歩きが趣味でな。変なもの食べて病気になるのは日常茶飯事なんだ」

「何よそれぇ!!!」

「しかし……病気を操る異能か……。上手く鍛えれば大疫病への有効打になりそうなものだが……そうでなくとも多くの人間を救うことができるのに。勿体無い」

「あーうるさいうるさいうるさいっ!! えらそーに説教しないでよ!! 異能の持ち腐れはお兄さんも一緒でしょ!!」

「うっ」

 

 痛いところを突かれたラデックが怯んで隙を見せると、ニトは背中に抱えていたマシンガンを構え、ラデックに向かって連射した。しかし、弾丸はラデックに当たることなく不自然に軌道が逸れ、一発たりとも命中しない。

 

「うそっ……なんでっ……なんでっ!?」

「この魔法社会じゃあ銃より剣の方が強いぞ。何の魔法も帯びていない弾丸なんか、簡単な防弾魔法で簡単に逸らせる。今でも大抵の学校で習うと聞いていたんだが……知らなかったのか?」

「うっ……うるさいうるさいうるさーいっ!!! 説教しないでって言ってるでしょっ!!! どーせアタシのことなんか分かんないくせにっ!!!」

 

 ニトはマシンガンを投げ捨て、両手に風魔法の刃を纏わせ突進を始める。半ば自暴自棄になったニトを、ラデックは寂しそうに見つめて反撃の構えをとる。

 

「……分からなくも、ない」

 

 ニトの両腕を、ラデックは風魔法で腕が裂けるのも(いと)わず握りしめ、そのままニトを壁に押し付けて退路を封じる。

 

「他人の身体をいじくる異能は、きっと相当嫌われただろう。暴走族という団体は仲間意識が強いと聞いていたが、君の周りには誰もいない。君は、学校でも、ここでも、ひとりぼっちだったんじゃないか?」

 

天邪終(デンジャラス)闇喰達(アングラーズ) アジト内部 (ジャハルサイド)〜

 

 天邪終(デンジャラス)闇喰達(アングラーズ)七代目総長にして、迷宮(ラビリンス)の異能者。ズィーヴラティは、背後から聞こえてきた凄烈な轟音に笑顔で振り向く。

 

「……流石“嵐帝”と呼ばれるだけある。雑魚じゃ足止めにもならないか」

 

 そこには、通路を塞ぐように巨大な氷塊を背景に、威風堂々としたジャハルが大剣を手に立っていた。氷魔法で生成された氷塊は光をギラギラと反射させ、(さなが)らジャハルに後光が差しているようだった。ズィーヴラティの部下達は、何が起きたのかも分からないまま凍らされ、下卑た笑みで武器を構えたまま氷塊に閉じ込められている。

 

 しかし、その圧倒的な実力を目の当たりにして尚、ズィーヴラティは怪しく笑う。

 

「光栄だよ。貴方みたいな強者と手合わせできるなんて」

「残念だが、これは戦術ではなく逮捕術だ。分からないか? 手加減されているんだよ。君は」

「手加減してたから負けじゃない。なんて言い訳、認めてあげないからね」

 

 ズィーヴラティが異能を発動する様子を、ジャハルは半ば呆れ顔で黙って眺める。その直後、ジャハルの視界が瞬きと同時に一変する。

 

「……またか」

 

 辺りには誰もいない一本道。前方も、後方も、果てさえ見えぬ程に真っ白な廊下の景色が続いている。まるでここがこの世でないかのような異質感。ジャハルは、この感覚に覚えがあった。

 

「……だが、まるでなっていない。所詮は子供の悪戯(いたずら)だな」

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