シドの国   作:×90

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184話 二時限目、追試

天邪終(デンジャラス)闇喰達(アングラーズ) アジト内部 (ジャハルサイド)〜

 

「手加減してたから負けじゃない。なんて言い訳、認めてあげないからね」

 

 ズィーヴラティが異能を発動する様子を、ジャハルは呆れ顔で黙って眺める。その直後、ジャハルの視界が瞬きと同時に一変する。

 

「……またか」

 

 辺りには誰もいない一本道。前方も、後方も、果てさえ見えぬ程に真っ白な廊下の景色が続いている。まるでここがこの世でないかのような異質感。ジャハルは、この感覚に覚えがあった。

 

「……だが、まるでなっちゃいない。所詮は子供の悪戯だな」

 

 

 

 

 

 

 

〜爆弾牧場 まほらまタウン北区 旧温泉街 地下配管内部 (ジャハル・ラプー・シスターサイド)〜

 

 暗く湿った温泉配管の中を、氷で作られた船が闇を切り裂き滑走して行く。

 

「次どっちだラプー!!」

「右」

「右だな!!」

 

 ラプーの合図でジャハルが配管の曲面に沿って氷のレールを這わせ、氷の船の勢いを殺さぬままウォータースライダーのように配管の壁を滑り抜けて行く。そして直線ルートに戻ると同時にラプーが炎魔法を後方へ噴射し、轟音を響かせ加速して行く。

 

「もう少しの辛抱だぞシスター!! ラプー次は!?」

「3秒後に左」

「3秒後に左だな!!」

 

 ジャハルが再び氷のレールを作り出して船を操作し、ラプーがジェット噴射に強弱をつけて最低限の減速でカーブを曲がって行く。

 

「ラプー!! 指示を!!」

「………………」

「ラプー!? 早く指示を!! おい!!」

「……このまま真っ直ぐでいいだ」

「真っ直ぐ!? 壁にぶつかるぞ!?」

 

 船の進む先、ジャハルの視界には、左右へと道が続くT字路の突き当たりが映っていた。

 

「ラプー!! どっちだ!!」

「真っ直ぐでいいだ」

 

 ラプーがジェット噴射を強め、船は突き当たりに向かって急激に加速する。

 

「ぶつかるぞ!!」

「平気だでよ」

 

 氷の船が配管に擦れ、摩擦熱で勢いよく溶け始める。

 

「ラプー!!!」

「舌噛むど」

 

 そして、氷の船は壁にぶつかり粉々に――――――――

 

「どわぁっ!?」

 

 激しい衝突音がしたと思いきや、目の前に立ちはだかっていたT字路はいつのまにか消え去っており、ジャハルとシスターはラプーによって再生成された氷の船で滑走を継続していた。

 

「な、何が……起こったんだ……!?」

「迷宮の異能だでよ」

「迷宮の、異能……!? 説明してくれラプー!」

「空間対象の変化系、ゴムを引っ張るみてーに通路を引き延ばす異能。飽くまでも引っ張っだけで、分岐は作れっけど行き止まりしか作れね」

「そ、それじゃあ、今壁が消え去ったのは、異能が解かれたからか?」

「んあ。ゴムみてーに引っ張って作った迷宮は、ある程度壊れっと迷宮の広さと現実の広さの矛盾が解消されちまって元に戻る。この調子で“次”も解いてくだ」

 

 

 

 

 

 

 

天邪終(デンジャラス)闇喰達(アングラーズ) アジト内部 (ジャハルサイド)〜

 

 爆弾牧場で聞いたラプーの言葉を思い出しながら、ジャハルは大剣を大きく振りかぶる。

 

「これじゃ、迷宮の意味がない」

 

 勢いよく振り下ろされた大剣が地面を叩き割ると、無限にも思えるほど先の見えなかった一本道は消え去り、目の前に先程の景色――――ズィーヴラティが姿を現す。

 

「なっ……!?」

 

 ズィーヴラティの作った迷宮と、爆弾牧場にいたディンギダルが作った迷宮の違いは、その“個数”と”配置“にある。

 

 ディンギダルの作った迷宮は、壊されてもすぐには出口に辿り着けないよう、本物の迷宮と異能による迷宮が折り重なるようにして互い違いに配置されていた。本物の迷宮に偽物の迷宮を繋げて水増しをすることで、複雑且つ無闇に破壊されても簡単には出口に辿り着けず、更には迷宮を破壊するたびに侵入者自身が帰路を封鎖してしまう二重の罠。

 

 対するズィーヴラティの迷宮は、単純極まりない延長に過ぎない。今でこそ同時に4つの迷宮を構築してはいるものの、それはジャハル達4人を分断させることが目的であって、踏破を困難にさせようなどという狙いは一切ない。地下壁の頑丈さに甘え、己の異能を過信したことによる思考の停止。初めて車やバイクに乗った子供が、まるで自分自身が強くなったと錯覚するように、その身に余る強大な力は(かえ)って成長を妨げることになった。

 

「どうした? 異能は使わないのか?」

 

 驚きに目を見開くズィーヴラティを、ジャハルが冷たい眼差しで挑発する。

 

「調子に乗っていられるのも……今のうちだっ!!」

 

 再びズィーヴラティが異能を発動する。何を思ったのか、今度はより大きく、複雑な迷宮を。だが、当然タネを知っているジャハルには通用せず、迷宮は一瞬で破壊され景色が戻る。

 

「また逃亡は失敗だな。次はどうする?」

「クソっ……!!」

 

 発動。破壊。発動。破壊。

 

「残念。失敗だ」

「黙れっ!!!」

「まだまだ」

「ぐっ……!!!」

「もう一回」

「うらぁぁああ!!!」

「もう一回」

「ぐぎぎぎっ……!! ぁぁああっ!!!」

「残念、もう一回」

 

 7回目の迷宮解除の時、ジャハルの目の前にズィーヴラティはいなかった。

 

「……迷宮をもう一つ作って逃げただけか……。無駄なことを」

 

 ジャハルは目の前に作られているであろうもう一つの迷宮を壊すために一歩前に歩き出す。するとその時、背後から重たい轟音が聞こえてくることに気がついた。

 

「……これは」

 

 数秒せずに理解する。ラルバから聞いていた湖の罠、迷宮の異能、凄まじい速度で接近してくるくぐもった音。ジャハルはズィーヴラティの“悪手”にがっかりして溜息を吐き、音のする方を見つめる。

 

「この“奥の手”は、今出すべきではなかったな」

 

 分かれ道の奥から“大量の水”が湧き上がり、巨大な壁となって押し寄せる。走っても到底逃げ切れぬような異常な速度で迫りくる洪水を、ジャハルは慌てるどころか欠伸が出そうなほど眠たそうな眼差しで見上げる。そして、洪水は立ち尽くしているジャハルを一瞬にして飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っはぁ……っはぁ……」

 

 ズィーヴラティは、眩暈(めまい)で揺れる頭を必死に持ち上げ、全身の痛みを堪えつつ身体を引き摺って前に進む。

 

「ふ、ふふ……ふふふふ……うっ……!! げぇ……!!!」

 

 込み上げる嘔気は飲み込みきれず吐き戻してしまうが、それでも不気味に笑い虚な目を細める。目に浮かぶのは、濁流に飲まれて溺れ死ぬ嵐帝の姿。

 

「か、勝った……うげぇっ……!! ふ、ふふふ……ぼ、僕の、勝ちだ……僕の――――」

 

 刹那。唐突に感じた異変。轟音。圧迫。体が傾き、視界がひっくり返る。それが、“濁流に飲まれた”からであるということに気付いたのは、大量の水を飲んで意識を手放す直前になってからであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――っがはぁっ!!! ゲホッ!!! ゲホッ!!!」

 

 水を吐き出すと同時に意識を取り戻すズィーヴラティ。酸素が脳に供給される間もなく、無意識に手を地に押し付け何かから逃げるように後退(あとずさ)る。

 

「おはよう」

 

 倒れていた上体を持ち上げたと同時に、背後からする声。バッと振り返ると、そこには袖口ひとつ濡れていない嵐帝(ジャハル)が立っていた。

 

「な、なん、で……!? 確かに洪水に巻き込んだはずじゃあ……!!」 

 

 ジャハルは混乱状態のズィーヴラティの理解を待たず、一方的に説教を始める。

 

「迷宮を作る際の減圧を利用して湖の水を吸い上げる……。注射器と同じ原理か。その応用自体は褒めてやる。だが、学校の勉強をサボったツケだな。この戦法には3つの致命的な欠点がある」

 

 未だ意識が朦朧としているズィーヴラティは、速くなる鼓動に合わせて激しく痛む頭を何とか持ち上げる。

 

「まずひとつ。今お前がひっくり返っているように、迷宮を壊されればお前自身も濁流に飲まれるということだ。せめて濁流が届かぬ場所で発動するべきだったな。逃亡時に使う技じゃない。そしてふたつめ。これは迷宮(ラビリンス)の異能そのものに言えることだが……お前が湖の水を吸い上げたように、空間を拡張しても空気自体は増減しない。今回みたいに密閉された空間で対策もせず何度も使えば、度重なる減圧と加圧で苦しむことになる。今だって軽く溺れかけただけなのに、意識を保つのがやっとだろう?」

 

 ジャハルが言葉を言い終わらないうちに、ズィーヴラティは懐からリボルバーを取り出して銃口を向ける。

 

「そして最後に――――」

 

 リボルバーの引き金が引かれる。凄烈な発砲音と共に発射された弾丸は、中学校で習うレベルの防壁魔法によって逸らされ明後日の方向へと飛んでいく。

 

「排水先と迷宮の出口を隣接させるのも良くない。折角迷宮で迷わせた獲物が、水の流れに乗って出口に辿り着いてしまう。どうせ、これだって罠じゃないんだろう?」

 

 そう言ってジャハルが足元に大剣を突き立てる。射出魔法で加速した大剣は深々と突き刺さり、迷宮が破壊されて空間が元に戻る。

 

「あぁ?」

「ん」

「おお、帰れた」

 

 地面に刺さった大剣が地面からひとりでに抜け、ジャハルの背後に、デクス、ハザクラ、そしてずぶ濡れのラデックが姿を現した。そして、その奥には気を失ったずぶ濡れの仲間達が、海岸に打ち上げられた小魚のように横たわっている。目の前で起きた出来事を受け入れられずにいるズィーヴラティに、ジャハルがダメ押しをする。

 

「大きな濁りも無い。瓦礫も無い。洪水と言うには(いささ)か優し過ぎる。配管工事等で一般的に使用される耐圧魔法で、充分に防げるレベルだ。但し、耐圧魔法には大学入試レベルの魔導知識が要る。君が思っているほど、この戦法は“奥の手”じゃあないんだ」

 

 何も言い返せずに固まるズィーヴラティ。敗北は今までもあった。だが、そのどれもが納得の出来る敗北だった。かつてこれほどまでに、惨めに、圧倒的に、尽く、打ち負かされたことはなかった。今まで自分の中を満たしていた全能感の喪失に、ズィーヴラティは何も思考することが出来なかった。

 

「ジャハル、乾いたタオル持っていないか? すごく寒い」

「……何で私に聞くんだ?」

「ハザクラとデクスは持っていても貸してくれなさそうだからだ」

「よく分かったな」

「たりめーだろ。防壁ぐらい張れよ」

「ほら」

「…………はぁ。まあ、ラデックにはラデックにしか出来ないことがある。そっちで頑張れ」

「頑張らなきゃダメか……?」

「ダメだ」

「本当に?」

「お前……ハピネスに似てきたな……」

「かもしれない」

 

 目の前でジャハル達が何かを喋っている。だが、ズィーヴラティの耳には、それは言葉となって届かない。虫や水の音と同じく、環境の音として鼓膜を素通りするだけである。

 

「ジャハル、相談がある」

「どうしたハザクラ」

「この後のことなんだが――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズィーヴラティが思考を再開した時、目の前にはハザクラが立っていた。

 

「全員目は覚めたか?」

 

 全員、と言われズィーヴラティは周囲を見る。隣には仲間のハルカライシとウォンスカラー。後ろには他の仲間達。皆何が起きたのか分からないと言った様子で困惑の表情を浮かべている。

 

「ま、覚めていなくとも問題ない。否が応でも目は覚めるし、状況も理解することになる」

 

 ハザクラの後ろにはジャハルが立っており、神妙な面持ちでこちらを見ている。その振る舞いは、敵意とも悪意とも取れない、不思議な雰囲気を纏っている。再びハザクラが口を開き、ズィーヴラティ達に説明を始める。

 

「お前達は今や凶悪な犯罪者だ。三本腕連合軍どころか、どこの国にも属していない、言わば、無法に生きる破落戸(ならずもの)の類。それを、我々人道主義自己防衛軍は正義の名の下に裁かなければならない」

 

 ズィーヴラティが逃げようと異能を発動しようとするが、その瞬間ジャハルの方から並々ならぬ殺気を感じ、思わず発動を中断する。更には、直後にジャハルの思考を読心(テレパス)で読み取ったハルカライシが、恐怖のあまりズィーヴラティの腕を握って青い顔を激しく左右に振った。

 

「だが、お前達は未成年だ。三本腕連合軍の少年法では無意味だが、人道主義自己防衛軍の少年法では特別更生対象扱いにできる」

 

 ハザクラがそこまで言うと、ジャハルが一歩前に進み、威圧するような物言いで語る。

 

「普段であればこんな贅沢なことはないが、我々総指揮官がお前達に更生プログラムの一環として実務指導を行う!! 通常であれば、士官クラスでないと個人演習の予定すら組めん。またと無い機会、心して臨むように!!」

 

 ジャハルの言葉も、ハザクラの言葉も、何を言っているのか若者達にはまるで理解ができない。しかし、読心(テレパス)の異能者であるハルカライシが終始青褪(あおざ)めて歯をカチカチと震わせていることから、恐ろしい未来が待っていることだけは予感している。

 

 そして、ハザクラが足元に(おびただ)しい数の魔法陣を展開すると同時に、咽せ返るほどの波導を放出して威圧する。

 

「ごちゃごちゃと小難しいことを言ったが、つまりは“本気で痛めつけるから耐えろ”って事だ。当然反撃もしていい。俺達も全力で応じよう。だが安心しろ。俺達は人道主義だ。今後の人生に支障をきたすような事はしない」

 

 続けてジャハルも焼けつく熱波の如く波導を放出し、わざとらしく明確に脅して見せる。

 

「その代わり、吐こうが泣こうが漏らそうが、腕が捥げようが目玉が取れようが、一切手は緩めん」

 

 若者達は理解した。これから待ち受けるのは、圧倒的な実力差による蹂躙(じゅうりん)。さっきの地獄の再来。その中でただ一つ、救いとも絶望とも取れる事実がある。

 

「俺達はプロだ。安全な恐怖の植えつけ方を知っている」

「治せるように壊す。心も、体も」

 

 目の前にいる2人とも、微塵の敵意も悪意も無いという事。

 

「これは授業だ」

「罰じゃない」

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