シドの国   作:×90

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185話 水の街

天邪終(デンジャラス)闇喰達(アングラーズ) アジト内部 (ラデック・デクスサイド)〜

 

「君は皆と一緒じゃなくて良いのか?」

「んー?」

 

 ハザクラの指示により、ラデックとデクスは天邪終(デンジャラス)闇喰達(アングラーズ)アジト内部の探索を任されていた。そこで、ハザクラは病気(シック)の異能者”ニト“を案内役として同行させた。

 

「なんかねー、アタシはまだ更生対象? ってのに当てはまらないんだってー。ま、アッチ大変そうだったし、ラッキーかなーって」

「そうか。……あ、不意打ちとかはしない方がいいぞ。デクスはその辺手加減しないだろうから」

「しないよー! アタシひとりで4人相手なんてムリムリーっ!」

「なら、まあ、いいか」

「あ、こっちこっち! あ、2人ともこれつけて! ウチの仲間の証なの!」

 

 ニトは真っ白な廊下を元気に走って行き、端に設置されていたロッカーから黒マントを2着、ラデックとデクスに差し出す。

 

「ああ、どうも」

「何だこれ。センスねーな」

「これ着てれば皆安心するから! 取り敢えず新入りって事で!」

 

 チョウチンアンコウの紋章が描かれたフード付きのマントを手に、ラデックは留め具の外し方が分からず手間取る。すると、ニトは笑顔でラデックの手を引いた。

 

「着せたげる! お兄さんこっち向いて! あ、ちょっとしゃがんでくれる? お兄さん背が高いから届かなくって」

「え、ああ」

 

 ニトはしゃがんだラデックの首の後ろに手を回してマントを着せる。どこか楽しそうに留め具を留める彼女を見て、デクスは渋い顔でぼやく。

 

「……オメー、女なら見境無しか? 聞いてた以上のスケコマシだなこりゃ……」

「い、いや、そんなつもりは……」

「ただ、オメーもう27だろ? 流石に14のガキ相手に欲情すんのはどーかと思うぜ」

「欲情なんか……え? 14!?」

 

 ラデックは驚いてニトを見る。

 

「ん? うん」

「え、と、とてもそうは……」

「なんか使奴の血が濃いんだってー。どうせなら角とか猫の耳とか欲しかったなー」

 

 使奴の血を継ぐ者の多くに見られる特徴、早熟急枯(そうじゅくきゅうこ)。ニトは顔つきや振る舞いこそ幼いものの、筋肉や体躯は決して未熟なものではなく、特に豊満な胸部はとても中学生とは思えないような大きさをしていた。ラデックは自分が何かとても不味いことをしてしまったような気になり、顔面蒼白のまま固まってニトの顔を見る。

 

「ん?」

 

 ニトは変わらず楽しそうにラデックを見つめている。その楽しそうでもあり嬉しそうでもある笑みは、意識して見れば恋する乙女そのもの。それに気づいた途端、ラデックの全身から脂汗が噴き出した。

 

「さ、先を急ごう。そうだ。早く行かないと」

 

 ラデックはあからさまに話題を変え、ギクシャクとした動きで足早に通路の先へ進んで行く。

 

「あ、ちょっとまってよー! 案内なくていいのー?」

 

 慌てて後を追いかけていくニト。デクスは渋い顔のまま暫し立ち止まり、眉にクッと力を入れて文句を溢した。

 

「……こりゃあ、無自覚に何回かやらかしてんな?」

 

天邪終(デンジャラス)闇喰達(アングラーズ) アジト深部 (ラデック・デクスサイド)〜

 

 奥は意外にも広く、目の前にぽっかりと空いた吹き抜けを見下ろせば、深さ10m近いショッピングモール以上に広大な空間が広がっている。壁や床は打ちっぱなしのコンクリート。剥き出しのパイプが毛細血管のように辺りを囲み、電線やロープがあちこちで絡まり蜘蛛の巣のように空間に巡らされ、廃墟とも工場とも似つかない異質な空間となっている。そこに若者達が自由にテントや小屋を敷き詰め、無秩序ながらも集落めいたものを築き上げていた。

 

「おお……本当にあった。”水の街“」

「すごいでしょー! これね、みーんな天邪終(デンジャラス)闇喰達(アングラーズ)の仲間なんだよ!」

「ぜ、全部か?」

「うん! じゃあどっから案内しようかなー。どっか見たいところある?」

「俺は特に……デクスは?」

「取り敢えず任せる。何があって何がねーのかもわからねーしな」

「だそうだ」

「おっけー! じゃあまずはー……」

 

 

 

 

 

「まずはー、ここ! “玄関”!!」

「玄関?」

 

 アジトに入ってすぐのところには、深緑の薄汚れたテントが設置されており、ニトが呼び鈴を鳴らすと中から半裸の青年が酷く眠そうに顔を出した。

 

「んあれ〜、ニトさん? 後ろのやつは〜?」

「えっと、新入り! 登録は……また今度で!」

「あいあい……あれ、ボスは〜?」

「今は私だけ! ……なんか眠そうだね?」

「ん〜……二日酔いかも……」

 

 青年は再び目を擦って奥へと消えていってしまう。

 

「ここで外に行った人と帰ってきた人を管理してるんだよ!」

「ふーん……。この受付に書いてある“赤3“とかって言うのは?」

「外に出るのに必要なチケット! 1日なら赤チケ3で、3日なら青チケ1! 次こっちね! ついてきて!」

「へぇ……チケット?」

 

「ここはラーメン屋で、あっちがパン屋! で、ここがフライドチキン売ってるとこ! バンちゃーん! フライドチキン3つちょうだーい!」

「あー、緑3」

「ここもチケットか……金は使わないのか?」

「誰も外で買い物しないからねー」

 

「ここは薬屋さん! ちょっとなら手術もできるよ!」

「ほぉ……うっ。薬品の匂いがすごいな……」

「あっらぁーニトさぁん。そっちの2人は……見ない顔っすねぇ」

「新入りなの! この人はカンガリウさん! 昼間はこんな感じでラリってるから、大事な用があるなら夜に来た方がいいよ!」

「おい新入りぃ。薬は安くても赤チケはするかんなぁ。それとぉ、奥の赤い棚は病人限定の薬だぁ。勝手に持ってくんじゃねぇぞ」

「わかった。……病人限定の薬?」

 

「あの赤い線の先は勝手に入っちゃダメなんだよ!」

「何があるんだ?」

「武器庫! なんかー、勝手に持ってく人が多いから注文制にしたんだってー」

 

「あっちは服とかアクセサリーとか売っててー、こっちが家具とか雑貨系!」

「君達が構えているテントや小屋も家具の内か?」

「そうっちゃそうだけど……勝手に建てると怒られるから、まずは地区長のところに行って場所買わなくっちゃ」

「……役所的なところもあるんだな」

 

 

 

 

 

「でねー、こっちが配達屋で、あの黒いテントが仲裁屋でー」

「仲裁屋? 裁判所のようなものか?」

「多分そう! そんでねー、その隣にあるのが――――」

「おい」

 

 楽しそうに案内をしていたニトを、デクスが威圧するように呼び止める。

 

「な、何? そんな怖い顔して……」

「インフラはどこで管理してる?」

「い、いんふら?」

「生活基盤管理設備、制度、機関。それに係る部署団体。テメーが話してる中に、その一切が出てきてねー」

「え、あ、えっと……アタシはその辺よく知らなくて……」

「知らない? そんな訳あるか。水どころか、こんな地下じゃあ電気だって生命線だろうが。それどころか、空調がちょっとでもイカれりゃ全員窒息死だ。なのに、よく知らねーだぁ?」

「あ、う……」

「おいデクス、あんまり脅かすな。相手は子供だぞ」

 

 あまりの剣幕にラデックが割って入るが、デクスはより一層眉間に皺を寄せてニトを睨む。

 

「蛇口を捻りゃー水が出る。ガスが出る。電気が通ってる。空気が吸える。暑くない。寒くない。そこに疑問を持たねー、不信感を持たねー、そんなイカれたことがあるか?」

「え、えーっと……」

 

 突然捲し立てられて狼狽えるニト。その姿にデクスは(いら)ついて舌打ちを鳴らし、手元で検索魔法を発動させ奥へと進んでいってしまう。

 

「あ、ちょっと! ひとりで先行かないでー!」

 

 足早に進むデクスを、ラデックは引き止めようと横に並んで説得を始める。

 

「おいデクス。ニトがいなければ俺達はただの不審者だ。案内はニトに任せよう」

「その心配はねーよ」

「……何か知っているのか?」

「知ってるんじゃなくて知ったんだよ。見てみろ」

 

 デクスは立ち止まり、(おもむろ)に振り返る。辺りは今までと特に変わらずテントや小屋が立ち並び、目ぼしいものは何一つ見当たらない。

 

「……見ろって、何をだ?」

「チッ。おいニト、この辺はいっつもこんな静かなのか?」

「えっ……? いや、そういえばなんか変に静かだと思う……」

 

 それを聞いて、デクスは再び何かを目指して歩き出す。

 

「おいラデック。テメーは平気なのかよ」

「な、何がだ? さっきから何の話をしてる?」

迷宮(ラビリンス)の異能で空間が輪ゴムみてーにビヨンビヨン引っ張られたんだ。大概の奴は加減圧の連打でダウンしてる。さっきの玄関にいた男も、フライドチキン作ってた奴も、薬屋でラリってた奴も、全員顔色腐ってたろ」

「あ、ああ。そう言えば」

「っつーことは、だ。この空間は、気圧変動が起こるぐれー密閉されてるってことだろ?」

「まあ。そうだな。俺達を襲った洪水も、その気圧変動で湖の水が吸い出されて引き起こされたと聞いている」

「――――で、お前はなんか気付かねーのかよ」

「……何に?」

 

 デクスは目的地に辿り着いたようで、目の前の鉄扉を魔法で無理矢理こじ開けて中に入る。中はパイプが天井を埋め尽くす狭い通路で、鈍い轟音が響く薄暗い通路が奥へと伸びている。そこをデクスは躊躇(ちゅうちょ)なく進んで行き、奥に扉が見えると再び口を開いた。

 

「この地下空間は密閉されてる。でも、空調がイカれりゃここにいる全員酸欠で死ぬ」

「あ」

 

 ラデックはデクスの言いたかったことを理解し、小さく声を漏らした。

 

「だから、密閉させんなら居住区の外の通路だけ密閉する筈だ。なのに、今は居住区の中の奴らまで気圧でダウンしてる。こんなこと何度もやってたんじゃ、俺らが来る前に天邪終(デンジャラス)闇喰達(アングラーズ)はとっくに潰れてる」

 

 デクスが錆びついた鉄扉をこじ開ける。その先には、金網で囲まれた広大な空間が待ち構えていた、目の前には大量の巨大なファンが数十基と敷き詰められており、その全てが微動だにせず静止している。

 

「やっぱし、通路の方じゃなくてこっちの空調が止まってる。誰かが、天邪終(デンジャラス)闇喰達(アングラーズ)と俺らの相打ちを企んでたんだ」

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