シドの国   作:×90

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187話 デッドエンド

天邪終(デンジャラス)闇喰達(アングラーズ) B区画〜

 

 空調の駆動音だけが響く研究室の扉が開かれ、1人の中年男性が入ってくる。

 

「ガキ共の様子はどうだ?」

 

 十数個のモニターをたった1人で監視していた比較的若い男は、回転椅子ごと振り向いて首を横に振る。

 

「ダメです。侵入者と相打ちするどころか、逆に懐柔されちゃってます」

 

 モニターの1つには侵入者である赤い髪の男と金髪の男が映っており、天邪終(デンジャラス)闇喰達(アングラーズ)の下っ端連中に囲まれている。その様子はどう見ても侵入者を捕らえに集まってきた戦闘員ではなく、新たな指導者の誕生を祝う群盲である。

 

「クソっ……役立たず共が……!」

 

 中年の男は八つ当たりに机を殴りつけ、鼻息荒くモニターを睨む。

 

「やっぱりあんなガキ共を番犬にするなんざ、無理があったんだ……! 時間壁が停止した直後に近くの街に逃げてりゃあ……もっとやりようがあった!!」

「けど、どの街もどうせ使奴が仕切ってますよ。この子達が運良く此処を発見しなかったら、オレ達全員飢え死にか使奴に殺されてたんじゃないですか?」

「フン、たられば言うだけなら誰にでもできる。それで、人質共の方はどうだ?」

「ああ、そっちは大人しくしてますよ。ほら」

 

 若い男はモニターのひとつを切り替える。そこには数名の拘束された人影と、2人の研究員の姿が映っている。画面の中の研究員は手に持ったスタンバトンで拘束された者達を脅し、もうひとりの研究員が鞄から薬品のようなものを漁っている。

 

「あいつら……また人質で実験してんのか。死んだら意味がないだろうに!」

「いや、今度のは死ぬようなやつじゃないらしいですよ。散布用の麻痺毒だとかなんだとか」

 

 画面の中で、拘束された女の腕に注射針が挿入される。すると、女はみるみるうちに顔色を変え、やがて血の混じった泡を吹いて倒れ込んだ。

 

「……なぁにが、“死ぬようなやつじゃない”だって?」

「まー……実験ですしね。それに、あの女の仲間ってもう死んだんでしょう? じゃあもう要らなくないですか?」

「そういう問題じゃないだろ! 人質だってそうポンポン捕まえられる訳じゃないんだ! もっと有効に使え!!」

「……この間は捕まえ過ぎたから減らせって言ってたくせに」

「何か言ったか!?」

「すみませんって言ったんです」

「ったく……。俺は“エンド”の起動に立ち会ってくる。何かあったら連絡しろ」

「……ちょっと待ってくださいよ」

 

 監視モニターを管理していた若い男は咄嗟に振り向き、険な顔で中年の男を睨みつける。

 

「オレも立ち会います」

「ああ? 何言ってんだ! ここを空にするつもりか!? お前が見ていなけりゃ、誰がガキ共を見張るんだ!」

「どうせもう見てたって、アイツらがここを攻めてくるのは確実でしょう!」

「いいから黙って従え!! もしものことがあったらどうする!!」

「このっ……もう騙されませんよ副部長!!」

 

 若い男は副部長の胸倉を掴み、力任せに壁に押し付ける。

 

「ぐっ……! 何しやがる……!! ぶん殴るぞこの馬鹿野郎!!」

「それはこっちのセリフだクソジジイ!! 表には脱走した“完成品”がわんさかいる!! “使奴研究所”どころか、外の誰とも連絡なんか通じない!! もうお前の副部長なんて肩書、何の意味もないんだよ!!!」

 

 若い男は副部長の首を締め上げ、恨み節をブツブツと呟く。

 

「どうせ“エンド”のオーナー登録だって、お前ら管理職の連中だけで済ませるつもりなんだろ……!! そんなことさせるかよ……!!! 武力までお前らに支配されたら、オレみたいな末端の研究員は一生小間使いだ……!!!」

「ぐぐっ……!! おまっ……それについては何度も会議で話しただろうがっ……!! オーナーを団体で登録すりゃ……個人の武器のはならねぇっ……!!!」

「だからオレも立ち会うって言ってんだろ!!! やましいことがないなら、何の問題もないだろ!!!」

「ぐぐっ……わ、分かった……!! 分かったから……離せ……っ!!!」

 

 副部長は押し除ける形で拘束を解き、ぜえぜえと息を切らして尻をつく。それからよろよろと立ち上がり、水を飲もうと部屋の隅に設置されていたウォーターサーバーに近寄る。そしてコップに水を注ぎ――――

 

「……おらぁ!!!」

 

 若い男に向かって中身を撒き散らした。そしてすぐさま氷魔法を発動し凍らせる。顔に水がかかった若い男は、(まぶた)に氷が張り付いて視界を奪われる。副部長は若い男を突き飛ばし、逃げるように部屋を出ていく。

 

「クソっ!!! やっぱりかあの野郎!!!」

 

 若い男は反魔法で氷を水に戻し、全速力で副部長の後を追いかけていく。通路では他の職員達が雑務をしており、血相を変えて走り去っていく2人を見て暫し呆然とした。しかし、すぐに何が起こっているのかを理解し、手にしていた書類や工具箱を放り捨て、取り憑かれたように走り出す。

 

「な、なんだよオイ! 危ねーな!」

「“エンド”のオーナー登録だよ!! クソ上司共に持ってかれるぞ!!」

「はぁ? それなら前の会議で……」

「馬鹿!! あんなもん何の意味もねーよ!! 全部嘘に決まってんだろ!!」

「えっ、嘘っ、マジ!?」

 

 (どよ)めきと狼狽(ろうばい)は連鎖し、騒ぎを耳にした者が次から次へと駆けつける。職員の群れは“実験区画”と記された通路に(なだ)れ込んでいき、その群れから少し離れた先を走っていた中年の男は、最奥の厳重な隔離扉に辿り着くと認証機にカードキーを叩きつけた。

 

「ID認証しました」

「早く……!! 早く……!!!」

「解錠不可。権限がありません」

「へ? あぁ!?」

 

 男は機械音声の信じられない言葉に目を剥き、何度もカードキーを叩きつける。

 

「な、なんで、なんで!!!」

「解錠不可。権限がありません」

「あるだろ!!! 俺は副部長だぞ!!!」

 

 そこへ後を追ってきていた下級研究員達も追いつき、扉の前で狼狽(うろた)える副部長を睨みつける。

 

「はぁっ……はぁっ……!! 追いついたぞ……このクソジジイ!!!」

「お前らだけで登録なんかさせねーぞ!!!」

「オレらも立ち会わせろ!!!」

「ぐっ……クソっ……!!!」

「あなた達はいらないよー」

 

 頭上のスピーカーから放たれた音声に、その場にいた者たちは思わず顔を向ける。

 

「そ、その声は……所長ですか……!?」

「うん。副部長、“囮”ご苦労様ね。そこに“エンド”はいないよ」

 

 スピーカーの横にあったモニターに映像が映る。そこには、ふくよかな壮年の男性が立っていた。

 

「所長……!!」

「“エンド“のオーナー登録は私1人でやるから、あなたたちは達はそこで見ててよ」

 

 下級研究員達も副部長も、先ほどまでの敵対など忘れ一緒になってモニターに罵声を飛ばす。

 

「ふ、ふざけんな!! おい、あそこ何処だ!?」

「わ、わかんねぇ……多分、B区画の12通路とかか……!?」

「いや、通路の上の線が黄色い!! 16通路だ!!」

「16だ!! 急げ急げ!!!」

 

 研究員達が通路を戻ろうとすると、防災用の隔壁が降ろされ通路が塞がれてしまう。

 

「そもそもね、あなた達が来たって意味ないの」

 

 閉じ込められた研究員達を、画面の中の所長が嘲笑う。

 

「エンドは個人の波導パターンを識別して登録をするんだよ? 団体での登録なんて、できるわけないじゃん」

 

 所長はカメラを手に持ち、自分の顔を映しながら悠々と通路の先へ歩いていく。

 

「大丈夫。あなた達は外の連中と違って、最新技術を知る数少ない人材じゃないの。大人しく従えば、有効に活用してあげるからさ」

 

 そう言って所長はカードキーを取り出し、通路の先の認証機に(かざ)す。研究員達は、なす術もなくその様子を黙って見ていることしかできない。

 

「クソっ……!!! あの野郎……!!!」

「最初っからこうするつもりだったんだ……!!!」

「どっからか迂回路ねぇのか!?」

「武器庫……実験棟の先に武器庫がある!!! この壁壊すぞ!!!」

「行け行け!!! 早く!!!」

 

 再び走って行く研究員達を、所長は何食わぬ顔でせせら笑う。

 

「全く、間に合うわけないでしょうよ。諦めが悪いねーほんとに」

「ID認証しました。解錠します」

 

 機械音声と共に扉のランプが赤から緑に変わり、分厚い金属の扉が左右に割れていく。所長は上機嫌に鼻歌を歌いながら足を踏み入れ、化学薬品の臭いが立ち込める室内で満足げに深呼吸をする。

 

 部屋の中央、魔法陣と霊光パイプで造られた円形の台座に、1人の大柄の女性が一糸纏わぬ姿でしゃがみ込んでいる。長い茶髪に、薄く色付いた肌。男の欲望を満たすために再現された擬似脂肪層と豊満な胸部パーツ。完成品としては認められなかったものの、この“魔導ゴーレム研究機構”の誇るべき集大成、無上の名を冠する最高傑作“エンド”が――――

 

 謎の金髪女と並んで座っている。

 

「エンドさんガーキャン上手いですねぇ。うわ、そのコンボ鬼エグい」

「お褒めいただき光栄です。“マスター”」

 

 魔導ゴーレム研究機構の誇るべき集大成は、何故か謎の金髪女とモニターに繋げたテレビゲームに興じている。全く予想していなかった奇天烈な光景を前に、所長は思わず声を漏らす。

 

「………………は?」

 

 すると、エンドは侵入者の存在に気が付き振り向いた。

 

「敵対存在を確認。排除します」

「と、止ま――――!!!」

 

 所長の声を掻き消して凄烈な爆発音が鳴り響く。その様子をスピーカーから流れる音声でしか聞いていなかった研究員達は、顔面から血の気が引いて冷たくなっていくのを感じた。

 

「に――――」

 

 そして、1人が大声で叫ぶ。

 

「逃げろおおおおおおおおお!!!」

 

 今まで全速力で駆けていた筈の集団は、今まで以上の速度で通路を先へ先へと走り抜けて行く。

 

「やばいやばいやばいやばいやばいやばい!!!」

「武器っいや逃げっいや武器!!!」

「何でロックパスが分かったんだよ……!!! 誰だよ漏らした奴!!!」

「嘘だよこんなん!!! 嘘!!! 嘘だって!!!」

 

 使奴が蔓延(はびこ)る変わり果てた世界で、職員達の唯一の希望だった兵器が、自分達以外の人間の手に渡った。当然銃火器などがエンドに通用する筈が無いのだが、今は丸裸にされた絶望に堕ちないために武器を求めずにはいられなかった。

 

 そしてやっとの思いで武器庫に辿り着くと、職員達は辛うじて繋いだ最後の希望も()し折られる。

 

「やあ、邪魔してるよ」

 

 額に大きな火傷痕を残す金髪の女が、扉が破壊された武器庫の中に立ってこちらを見ている。足元には粉々に破壊された武器の残骸が散らばっており、残された最後の一丁は火傷の女が担いでいる。

 

「このスナイパーライフルだけ貰うね。マニアに高く売れるんだ」

 

 絶望の底に叩き落とされ、頭の中が真っ白に塗り潰される。しかし、ドン底は更に口を開けてより深いところに彼等を飲み込む。

 

 職員達の通ってきた通路の先から爆音が響く。

 

「ひっ――――!!!」

「な、なんだ!?」

 

 通路の先には爆炎が燃え盛り、その中を悠々と歩く長髪女性のシルエットを照らし出す。シルエットは両手を左右に広げて威圧し、高らかに笑い出す。

 

「あーっはっはっはっは! 最強の人造人間、”使奴”!! 見っ参!! さあ逃げろボンクラ共!! 最後尾の奴から臓物引っこ抜いて丸焼きにしてやる!!」

「あ、あ……わあああああああああああっ!!!」

「助っ助けっ――――――――!!!」

「どけ!!! 邪魔だオイ!!! どけ!!!」

 

 

 研究員達は互いを押し除け、我先にと駆けていく。行き先など微塵にも考えていないが、此処以外の場所であれば、何処に向かうかなど些細な問題であった。

 

「た〜べ〜ちゃ〜う〜ぞ〜!! おいハピネス、何見てんだよ」

「別に?」

 

 

 

 

天邪終(デンジャラス)闇喰達(アングラーズ) C区画〜

 

「はぁっ……はぁっ……」

「も、もう……だめだ……追い、つかれる……!!!」

 

 普段から地下に引きこもっていた研究員達は、無いに等しい筋肉の悲鳴をひしひしと感じつつも、未だ燃え尽きぬ生への欲求と希望の幻覚だけを糧に歩みを進める。無意識に動く足は通路最奥の“ゴミ処理室”へと向かう。

 

「あっ……」

 

 彼等もそこに足を踏み入れてから気がついた。この地獄から唯一抜け出す方法に。だが、それは決して天から降りてきた啓示などではなく、可能であれば本人達も思い出したくなかったあまりにも細過ぎる可能性である。

 

「な、なあ……これ……」

 

 この事実に気がついた1人が、倒れて埃まみれになっているロッカーから“赤錆色のスーツ”を取り出す。それを見た職員は、喜びとも恐怖とも取れる震えた声を発した。

 

「お前……それ……」

「うん……だ、脱出用の、潜水スーツ。…………30年以上、昔の……」

 

 魔導ゴーレム機構建設時、このゴミ処理場室は元々襲撃時の“緊急避難口”として設計されていた。何者かの襲撃を受けた際に、湖のブルーホール”偉大なる墓場“を通じて湖面まで浮上する少々無謀な逃走用通路。しかし、使奴研究所の末端組織がそうそう避難を迫られるような大規模襲撃を受けることはなく、早々に改築してゴミ処理施設として運用されることになった。

 

 そしてこの潜水スーツは設計当初に用意された、誰一人として実際に使用したことのない安物である。

 

「大丈夫…‥な訳、無いよな……」

「でも、これ着ないと俺達殺されるぞ……!」

「溺死か……虐殺か……」

「俺は着るぞ!! 寄越せっ!! こんなところで死んで堪るかっ……!!」

 

 1人の職員が古びた潜水スーツを引ったくると、それに続いて他の職員もスーツを手に取り始めた。

 

「俺もっ!!」

「オレもだっ!! 急げ!!」

 

 全員スーツを見に纏い、埃を被っている赤いボタンを殴りつける。すると赤色灯が激しく回転し、けたたましいブザー音と共に隔壁が出口を封鎖した。そして、いつもであればゴミを湖に放出する排出口が水魔法の陣を起動させ、水の壁を剥き出しにする。

 

「耐圧魔法かけ直したか? い、行くぞ……?」

「ま、待ってくれ……足が、震えて……」

「なら最後尾頼むぜ」

「あ、や、やっぱ平気!! 行く!!」

 

 職員は次々に水の壁をすり抜け、水深1000mのブルーホールへと飛び込んで行く。尻込みしていた臆病な研究員も最後の1人になるや否や、孤独と恐怖に背中を押され真っ暗な水の中へ飛び込んで行く。

 

 すると、通路を封鎖していた分厚い隔壁がギリギリと金属音を上げて変形し、空いた隙間から真っ白な手がのぞいたかと思うと、ダンボールのようにぐしゃりと潰された。

 

「あ、よいしょお! うーん、パワー!! バリアちゃーん? どうなったー?」

 

 隔壁を破壊したラルバの呼びかけに、ゴミ処理機の隙間に隠れていたバリアがひょっこりと顔を出す。

 

「ん。全員出て行ったよ」

 

 バリアの報告にラルバはわきわきと指を動かして鼻を鳴らし、歯をぎらりと輝かせて笑う。

 

「んひひひひひぃ〜。私みたいな超強マンに殺されるより、そのへんの雑魚キャラに殺された方が面白いよねぇ〜! ラルバちゃんプレゼンツ、冥淵(めいえん)シーパラダイス! 楽しんで行ってね!」

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