〜氷精地方中部
陽はすっかり傾き、湖はオレンジ色の光を反射してキラキラと輝いている。影が細く長く伸び、突き刺すような冷たい風が吹き抜けていく。
「お姉ちゃーん!!!」
「姉ちゃん!!! 姉ちゃんだ!!!」
「お前ら!! 無事でよかった……!!! よかった……!!!」
ラルバを襲った盗賊達は、
「うんうん。よかったねえ、よかったねえ。ハザクラちゃん見てごらん。あれが家族愛だよ」
「最初は人質諸共水責めしようとしていたくせに」
「死別の悲劇もまた、家族愛の美しさだねぇ」
「もう喋るな」
「それはそうとさ、ハザクラちゃん」
「喋るな」
ラルバは眉間に皺を寄せて振り返り、先程到着した人道主義自己防衛軍の輸送隊の方へ目を向ける。そこでは、仮面をつけた大男が集団の先頭に立って声を張り上げている。
「いいかお前らぁぁああ!!! ハザクラの兄貴とぉぉぉおおお!!! ジャハルの姉貴にぃぃぃいいい!!! くれぐれもぉぉぉおお!!! くれっぐれもぉぉおおお!!! 迷惑かけるんじゃねぇぞぉぉぉおおおお!!!」
「「「おおおおおおおおおっ!!!」」」
「全員っ!!! 敬礼ぃぃぃいいいい!!!」
そして輸送が始まると同時に、ウォンスカラーの掛け声に合わせて
「ハザクラの兄貴ぃい!!! ジャハルの姉貴ぃい!!! 本当に!!! お世話になりましたぁぁああああ!!!」
「「「お世話になりましたぁぁあああ!!!」」」
大地を揺るがす感謝の雄叫びに、当のハザクラは蟹雑炊を啜って顔を背け知らぬフリを決め込む。
「ハザクラちゃん、返事してあげなよ」
「嫌だ」
「つーか何したのさ。危ないお薬でもぶちこんだ?」
「人道主義自己防衛軍の演習法にバルコス艦隊流を混ぜた、割と過激な鉄拳制裁だった筈なんだがな。普段から聞こえのいい説法だけを押し付けられてきた彼等には、杖で打った方が効き目があったらしい」
「ふーん……。あのハルカライシって子、
「絶対にやめろ」
「えー」
ラルバ達から少し離れたところで、駄々をこねるニトにラデックとデクスが別れを告げている。
「えー!! アタシも連れて行ってよー!!」
「残念だが、それは出来ない。危険な旅路だしな」
「それよかオメーは早く豚箱入ってこい。この犯罪者がよ」
「やだやだやだやだ!! だってアタシ皆とあんま仲良くないもん!! またひとりぼっちになっちゃう!!」
涙を浮かべ始めるニトの肩を、ラデックが優しく摩って優しく語りかける。
「大丈夫だ。君の
「誰からも好かれる……本当?」
「ああ、本当だ」
潤んだ目をラデックに向けるニト。デクスは下唇を尖らせて数歩離れ、わざと大きく溜息を吐いた。
そこから更に少し離れ、湖の岸辺では駄々をこねるレシャロワークにシスターとイチルギが説教をしている。
「やだやだやだやだぁ!! エンドさんも連れて行きましょうよぉ!!」
「ですから、レシャロワークさん。エンドさんは研究所から離れられないんですよ」
シスターの言葉も聞かず、レシャロワークはエンドに抱きつき鼻水と涎ごと顔を擦り付ける。それでもエンドは嫌な顔ひとつせず、優しくレシャロワークの頭を撫でる。
「申し訳ありません、マスター。当機の原動力は少々特殊で、研究所の魔導炉が必要なのです」
「持ってく持ってく!! そんぐらい持ってく!!」
「研究所と一体化しているので運搬は不可能です」
「じゃあ作る!! イチルギさぁん!! 何とかしてよぉ!!」
「無理。ってか嫌」
「また、当機のメインストレージの容量は非常に少なく、研究所のサブストレージ圏外に出てしまうと自動的にここへ戻るプログラムしか機能しません。システム上、ここから離れられないのです」
「やーだーぁぁあああ!!! なんとかしてよエンドさぁん!!!」
「ご希望に応えられず、申し訳ありません」
「イチルギさぁん!!」
「無理だってば」
「シスターさぁん!!!」
「消しましょうか? 記憶」
ぎゃあぎゃあと喚くレシャロワークを他所目に、ひとり研究所から戻ってきたバリアはカガチに向かって静かに首を横に振った。
「特に目ぼしいものはナシ。とっくに捨てられた使奴研究所の孫請けだね」
「何だと? 時間壁があったなら、それなりに大事なモノを抱えていた筈だ」
「その大事なモノが時間壁を構築する装置そのものじゃないかな。プロトタイプだったっぽいし、ちゃんと動いたのが不思議なくらい」
「大戦争で滅んでいればいいものを……。全く、運がいいのか悪いのか……」
「ラルバに見つかっちゃったんだから、幸運ではないだろうね」
「とんだ無駄足だった。寝る」
出会いと別れに涙する者。呆れる者。困惑する者。無関心な者。それらに時間は平等に流れ、喜怒哀楽混じる喧騒は、ハピネスの分の蟹雑炊と共に消え去って行く。
「あーっ!!! 私の分がない!!!」
翌朝、研究所の残骸は人道主義自己防衛軍の駐屯地として保全することになり、レシャロワークの猛反対を無視してエンドのオーナー変更が強行された。そしてラルバ達が出発した後、暫く経ってから人道主義自己防衛軍の応援が到着し、輸送隊も
ハザクラとジャハルの功績により、
〜人道主義自己防衛軍 1番輸送車内〜
「じゃあ、貴方のことを聞かせていただきますね」
車内に設けられた机と椅子のみが配置された狭い個室で、生存者は女軍人の目の前で身を縮こまらせ目を伏せている。その怯え切った姿に、女軍人は和かに微笑んで語りかける。
「そう緊張しなくても平気ですよ。えっと……“所長さん”、だったんですよね?」
「あ、ええ……まあ、はい……」
“魔導ゴーレム研究機構”の所長は、不安そうに視線を泳がせながら小さく返事をする。
「では、昨日の騒ぎ……そうですね。その、エンドと言う魔導ゴーレムが起動した辺りから、お聞きしましょうか。あの騒ぎの中、貴方はどうやって助かったんですか?」
「え? あ、はい……。その、私がエンドを起動させようとした時には、既に金髪の女がエンドを起動していて……。私は侵入者と判定されて殺されそうになりました。その金髪女が直後にエンドを止めてくれはしたんですが、魔法で吹き飛ばされた私はそれ以上動くことができず、気が付いたら貴方達に保護されていました……」
「成程。助かってよかったですね。怪我の規模は強めの打撲に骨折が数箇所……まあ、帰国までに何度か霊的治療を受ければ、2週間ほどで完治するでしょう」
所長の腕にはギプスはめられ三角巾で首に吊るされている他、右足と首にも固定用のギプスが、頭には血が滲んだ包帯が巻かれている。その表情は痛がっているというよりは、寝かせておいてほしいという抗議に近い苦しみを抱えていた。
「そんな顔しないでください。我々も、怪我人相手には少し無理のある事情聴取だとは承知しています。ですが、相手が犯罪者かどうかで施せる治療には差があるんです。迅速な治療のためにも、どうかご理解下さい」
女軍人の弁明に、所長はむすっとした表情のまま再び目を伏せる。
「さて、状況の確認は取れましたので、次は
「……彼等は、時間壁が解除されてから我々のところに来て……われ、我々は利用されたんです。そう、彼等は我々に――――」
そこまで言いかけると、所長は女軍人がこちらをじっと睨んでいる事に気が付いて言葉を止めた。
「あの、所長さん。
「そ、そんなつもりは……」
当然そんなつもりがあった所長は精一杯被害者ぶって落ち込み、仕方なくなるべく正直に語り始める。
「ご、5年ほど前、時間壁が解かれた時、彼等は既に研究所の避難通路に侵入していました……。そこで我々は
「……人質の件は? 弱者を虐げる悪辣な行為だと認識していますが」
「あ、あれは
「世話をしていたんですか?」
「うっ……あ、い、いや……。奴等が人質を解放することはありませんでした……。それで、基本的には世話と言うよりは処分する役目でした……。だ、だって、人質を逃す方法なんかありませんし、それがもし
「ふむ……。確かにそうですが……うーん……」
正当性を誇張された詭弁に、女軍人は頭を悩ませて唸る。所長はわざと痛む体に鞭打って立ち上がり、興奮気味に机を叩いて詰め寄る。
「だ、だって、しょうがないじゃあないですか!! 我々は生き残りたかっただけ!! 使奴研究所に加担した我々が使奴相手に交渉なんかできるはずない!! 今回の騒動だって、
「ちょ、ちょっと落ち着いて! そうとも限らないんじゃあ……」
「いいえ!! 奴等はいつもそうでした!! 世間に名を売る事ばかり考えて、ひっそりと生きている我々のことなんか何も考えていない!! 我々がどんなに奴等の為に色々世話してやっていたか!! これっぽっちの感謝の気持ちもないんですよ!?」
「待って、落ち着いて! 落ち着いて!!」
興奮して息を荒らげる所長を、女軍人は必死に宥め座らせる。
「あ、貴方の言い分は分かりました。ええ。貴方達は
所長は不満そうに
「…………ええ。奴等、我々が外に出られないのをいい事に、物資も金もちょろまかし放題で……」
「金? 金銭のやり取りがあったんですか? 外に出られないのに」
女軍人の指摘に、所長はハッとして答える。
「え? あ、ああ。いや、我々の間だけで使えるトークンのおもちゃみたいなものですよ。ほら、貨幣が全く無いと交渉が不便でしょう?」
「貨幣が無い世界を想像できないので何とも言えませんが……まあ、不便は不便でしょうね」
「そうなんですよ。別に変な事じゃないでしょう」
「そうですね……。ん? でもちょろまかすって、
「い、いや、ほら、我々も彼等に少しの授業とかしたりとかで貢献をね……。べっ、別にこの話はいいでしょう! 私も詳しくは知らないんです! 担当じゃないし!」
「はあ」
早口で捲し立てる所長に押され、女軍人は不信感を抱きながらも少しだけ納得する。
「と、ところで! その……あっ! わた、私の仲間はどこにいるんですか? 私だけじゃないんですよね?」
「えっ? えっと、あ、あの……」
唐突に話を変えた所長の発言に、今度は女軍人が表情を曇らせて目を伏せる。
「ど、どうしたんですか?」
「それが……。実は……。残念ながら、行方は……未だ分からず……」
「そんな、そ、そんな……!!」
所長は目を震わせて唾を飲み、口をギュッと結んで声を上げる。
「ああっ……!!! そんな……!!! わた、私がいけなかったんだ……!!! 私が、もっと早くエンドを起動していれば……!!!」
「……申し訳ありません。尽力を尽くしたのですが、恐らくは……全員……」
「私は……私は、これからどうすれば……!!! 私を慕っていてくれた部下達が、もういないなんてっ……!!!」
「ごめんなさい……。ですが、私達は貴方を全力でサポートします。我々は人道主義自己防衛軍、貴方を決して見捨てはしません!!」
女軍人は席を立ち、所長の隣に跪いて両手で手を握る。
「ううっ……ありがとう……ありがとう……!!!」
「それに……あの……こんなことを言うのも不謹慎かとは思いますが……」
女軍人は少し言い淀み、所長から視線を外す。
「……な、何ですか?」
「その、亡くなられたご友人のことは、どうか気に病まないで下さい」
そして女軍人は、跪いた状態から少し腰を上げて所長に顔を寄せ、脇腹に手刀を捩じ込んだ。
「どうせすぐ会える」
「あれ、バリア。ラルバを見てないか? どこにもいないんだが」
「忘れ物だって、晩御飯までには戻るって言ってたよ」
「そうか。……忘れ物?」