シドの国   作:×90

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195話 目覚まし時計

〜狼王堂放送局 居住区西部 ミラクルコナーベーション バイキングレストラン“グレートスパイク” (ラルバ・ラデック・バリア・ラプー・シスター・ナハル・ゾウラ・カガチ・レシャロワークサイド)〜

 

「タコぉ〜〜〜〜?」

「そう、タコ」

 

 隠遁派の使奴サノマの言葉に、ラルバがビーチボールのように巨大な肉塊を齧りながら顔を(しか)める。

 

 一行はラルバの我儘に付き合わされ、夕飯がてらサノマの話を聞きにレストランに集まっていた。

 

「君達もどこかで見ただろう? 街を彷徨(うろつ)く巨大な蛸を」

「あれもハイアの作った夢の一部なんじゃないの?」

「それが違うんだよ。現実どころか、夢の世界にも侵入してくる厄介者だ。ここじゃ曇天でもハイアが快晴を見せたりして不要なものを見えなくしているんだけど、あの大蛸だけはどうやっても消せないらしい。今はまだ夢の風景ってことで有耶無耶にしてるから騒ぎにはなってないけどね」

「じゃあほっときゃいいじゃん」

「毎日4、5人はアレに踏み潰されて死んでいる」

「へー」

「建物への被害も甚大だ。そのくせ神出鬼没で、突然現れたかと思ったら次の瞬間には消えている。僕らもアレに接触したことはないんだよね」

「ふーん。で、その大蛸と悪党に何の関係が?」

「狼王堂放送局には幾つかの“密入国団体”が隠れて根城を構えている。メギド達は、そのうちのどれかがあの大蛸を呼んだんじゃないかって推測してる」

「ふーん」

 

 ラルバが興味なさそうに適当な相槌を打っていると、カガチが音もなく席を立つ。

 

「あれ、カガちゃんおかわり? ついでにコロッケ取ってきてよ」

「下らない。寝る」

「ノリ悪いなぁ〜。あ、ゾウラちん借りていい?」

「殺す」

「えー……。得体の知れないバケモノ相手より、小悪党退治の方が安全だと思うけどなぁ〜」

「……勝手にしろ」

 

 それに続き、後を追いかけるようにナハルも席を立った。

 

「悪いが私も休ませてもらう」

「ナハルんも〜? そんなぁ〜貴重なお色気要員なのにぃ〜」

「自分でやれ……」

 

 彼女はシスターと一言二言会話を交わすと、そのまま部屋に戻って行ってしまった。ラルバは不貞腐れて唇を尖らせ、シスターの肩にのしかかるようにして組み付く。

 

「まぁさかシスターも行かないなんてことないよねぇ?」

「たった今行きたくなくなりましたが……。離れて下さい、重たいです」

「わざわざ三本腕連合軍まで迎えに行ってあげたんだから、ちょっとくらい手伝ってよ。ねえ」

「……どうせ何を言っても連れて行くんでしょう」

「おっ、よく分かってんじゃん。えらいねぇ〜」

「触らないで下さい」

 

 ラルバがシスターにちょっかいを出すのを横目に、ラデックがサノマに問いかける。

 

「つまりは、その密入国団体とやらを探し出して追い払えばいいわけだな?」

「ああ、別に全部相手にしなくてもいいよ。そこまで言われてないし。タコさえ消せればそれでいい。無関係の奴らの処遇は任せるよ。どうせ遊霊園(ここ)にいる子達が気にすることはないんだし」

「はぁ……そうか……。じゃあ、その密入国者とやらはどの辺にいるんだ? 何か手掛かりは?」

「さぁ?」

「さぁ……って」

「何にも知らないし知ろうともしてないよ。僕らは元から探す気ないしね」

「……ゼロから探せって事か」

「あー、でもひとつ言えるとしたら、東西にあるゲートの“目覚まし時計”は使っておいた方がいいよ。その方が探しやすいと思う」

「目覚まし時計?」

「行けばわかるよ。僕らはその辺に何人もいるから、何か他に聞きたいことがあったら探してみて。あ、戦力にはしないでね」

「……絶対サノマの方が適任だと思うんだが」

「ははっ、僕らもそう思うよ」

 

 まるで他人事のようにけらけらと笑うサノマ。ラデックは何か一言言ってやりたいと思ったが、きっと何を言っても無駄なのだろうなとも思い、呆然として見つめることしかできなかった。

 

 

 

 その後、一行はラルバの提案で二手に分かれることになり、彼女の一存でメンバーが決められた。北区と東区を担当するのはラルバ、シスター、ゾウラの3名。西区、南区はラデック・バリア・レシャロワークの3名が担当することになった。

 

 翌朝、ラルバ達は日が昇るより早く東区目指して出発し、ラデック達も昼前くらいになってからのんびりと支度を始めた。

 

 留守番係のラプーとナハルが見送る中、ラデックは眠たい目を擦りつつタマゴサンドを齧る。

 

「じゃあ、気を付けてな……。大丈夫か?」

「全く……。ナハル、交代してくれないか?」

「そうしてやりたいのは山々だが、昨晩から頭がフラつくんだ。夢酔い……とでも言うのだろうか。この夢の世界は私と相性が悪いらしい」

「そう言えば、何でも人形ラボラトリーでもイチルギが似たようなことを言っていたな……。使奴は偽物の風景に弱いとかなんとか……」

「済まないが、私は多分暫くは役に立たない。

「うう……」

 

 ラデックはしょぼしょぼとした顔で俯きつつ、錆びついたブリキ人形のように前へと歩き始めた。

 

「眠い……。さっさと済ませよう」

「さんせーい」

 

 しかし、寝惚けているラデックと歩きながら携帯ゲームを操作するレシャロワークの足取りは重く、バリアも2人を急かす様子はまるでない。3人の背中はいつまで立っても遠ざからず、ナハルが見送りに飽きるまで視界から消えることはなかった。

 

 

 

 

 

〜狼王堂放送局 居住区西部 ミラクルコナーベーション 西ゲート前 (ラデック・バリア・レシャロワークサイド)〜

 

「あった、あれか」

 

 昼時になり街が賑わい出したころ、ラデック達は入国用列車の発着場近くで大きな“目覚まし時計”を見つけた。真っ赤に塗られた輝く本体の上には、半円状のベルが2つと小槌。ポップな文字盤には可愛らしいウサギのキャラクターが描かれている。一見すると、ただ大きいだけの一般的な目覚まし時計。

 

「……で、これをどうすればいいんだ?」

「Mキーでインタラクト」

「何が何だって?」

「それより先にお昼ご飯にしましょうよぉ。ほら、あっちにホットドッグの自販機ありますよぉ」

「えっ、本当か?」

 

 ラデックとレシャロワークは目覚まし時計から離れ、自販機が立ち並ぶ建物へと駆けて行く。ひとり残されたバリアは2人を追いかけずに見送り、徐に目覚まし時計に目を向ける。

 

「夢から覚めるから目覚まし時計……ってこと?」

 

 そしてバリアが目覚まし時計に触れると、どこからともなく声が響いて来た。

 

「洒落てるでしょう? バリアちゃん」

 

 バリアは咄嗟に振り返るが、声の主は見当たらない。

 

「私はそこにはいませんよ。バリアちゃんに直接話しかけてます。便利ですよね、コレ」

「…………通信の異能、だっけ。サノマから聞いたよ。ハイア」

「ブッブー。こっちは私の夢の異能です。見せたいものが見せられるなら、聞かせたいことも聞かせられる。内緒話にもってこいなのですよ」

「この目覚まし時計は何?」

「それはただのシンボルです。夢の国から狼王堂へ用事がある時の発信ボタン……みたいな? それに触れば、私の方からこうやって話しかけてあげられるのです」

「ふーん。案外不便なんだね、夢の異能」

「結構何でもできるけど、限度があるのです。何せ、私ひとりでこの国全員に夢を見せてるんですよ? 大変なのです」

「そう」

「それで、バリアちゃん達は夢から覚めたいのですか?」

「言えば解いてくれるの?」

「いつでも。ただ、また夢を見たい時は目覚まし時計まで来て下さい。ずっとバリアちゃん達の動向を追い続けるのは面倒なので」

「分かった。じゃあ解除して」

「はいはーい。それじゃあ……お三方、おはようございます」

 

 瞬きで閉じた瞼が開くと同時に、世界の景色が変わる。

 

「これは……」

 

 カラフルでポップで摩訶不思議だった未来都市。楽しく賑やかな音楽。快晴を泳ぐ彩雲。空飛ぶ車。それらは一瞬で消え去り、代わりに別の風景が広がっている。

 

 鈍色。そして紺色。古びた金属的な質感。それが、世界の全てだった。

 

 地面。建造物。あたりに散らばる謎の直方体群。天を貫く幾つもの塔。人工物全てが青みがかった灰色に染まっている。空には曇天が重たくのしかかっており、それが大量の煙であることに気が付くのには少しの時間を要するだろう。先程まで買い食いや談笑を楽しんでいた街行く人々は、皆虚な目で微笑みながら何かに導かれるようにフラフラと辺りを彷徨(さまよ)っている。先程までの楽しげな喧騒は消え失せ、代わりにどこからか響くのは獣の(いなな)きに似た金属の擦れるような音。地響きのように脳を揺らすモーター音。全ての光景が“夢”だったかのように、目の前の世界は冷たく佇んでいる。

 

「うわぁぁぁあああああああ!!!」

「ぎょわあああああああああ!!!」

 

 ラデックとレシャロワークの悲鳴。バリアが小走りで彼らの元に駆けて行くと、ラデックが酷く狼狽(うろた)えた表情で振り向いた。

 

「バリア!! これは……一体何が起こった!?」

 

 続けてレシャロワークが目に涙を溜めたまま振り返り、手に持った白い“スポンジ”を見せる。

 

「ホ、ホットドッグが、旨辛スペシャルがぁ…………!! スポンジになっちゃったぁ…………!!!」

 

 バリアはレシャロワークの持っていたスポンジを手に取り、検索魔法で成分を分析をかけた。

 

「……妖性発泡セルロース、かな」

「なんですかぁそれぇ……」

「消化されない無害なスポンジ」

 

 バリアはスポンジを放り投げ、未だ混乱の渦中にある2人を待たず歩き始めた。

 

「お、おい! バリア! レシャロワーク、行くぞ!」

「旨辛スペシャル……旨辛スペシャルぅ……」

 

 泣きべそをかくレシャロワークの手を引き、ラデック達はバリアを追いかけた。

 

 

 

 

「バリア、何があったんだ! 目覚まし時計に何かしたのか!?」

「ハイアに言って異能を解いてもらった」

「夢の異能か……? てことは、これが現実の狼王堂放送局なのか……!?」

「ちょっと待って。今把握中」

「把握中って……!」

 

 狼狽えるラデックの問いを無視して、バリアは来た道を戻りながら辺りを観察する。

 

 建築途中のビルのような骨組みだけの建造物群。一枚の隔壁もないワイヤーエレベーター。道路を走行する車は全て同じ車種で、みな金属板を雑に溶接したブリキのおもちゃをそのまま大きくしたような見た目をしている。バリアは時折すれ違う人間の手を引いたり手で押したりしてちょっかいを出してみるものの、誰1人として反応せず、ただ虚な笑みを顔面に貼り付かせたまませた歩き続けるのみである。

 

「……成程」

「何が成程なんだ?」

「夢の異能の仕組み」

「仕組み?」

「ピガット遺跡でジャハルから聞いてないの?」

「聞いたような気がするが、何一つとして覚えていない」

「そんな気はした」

 

 バリアは後ろを通り過ぎようとした3人組の内、1人の腕を掴む。相変わらず3人組の誰ひとりとして反応は返さないが、1人が立ち止まったことでもう2人も立ち止まった。

 

「夢の異能。ハイアが都合のいい幻覚を見せるだけの異能かと思ってたけど、どうやら違うみたい。恐らくは、影響度合いで夢遊病状態に出来る……その上、影響下にある人間同士で互いの夢を共有出来る。全員でひとつの夢空間を構築しているんじゃないかな」

「それは……えっと、つまり?」

「この3人、1人が立ち止まったことでもう2人も立ち止まった。そして私の姿は3人に見えていない。今この状況は、1人が見えない何かに腕を掴まれている状況じゃなくて、3人とも何の気になしに立ち止まったと思い込んでいるんじゃないかな。外的要因による不都合との整合性を持たせるために、偶然の気紛れを全員で共有している」

「……すまない。もっと分かりやすく教えて欲しい」

 

 それを聞くと、バリアは掴んでいた腕をそのまま引っぱり、勢いよく道路の先へと放り投げた。

 

「な、何を!!」

「見てて」

 

 慌てるラデックをバリアが制止する。すると、3人組の内残された2人は何事もなかったかのように歩き出し、放り投げられたひとりもゆっくりと起き上がり全く別の方向へと歩き出した。

 

「さっきまで3人組だった彼等は、たった今私によって引き離された。この瞬間、どこかへ遊びに行く3人組の関係は破綻した。そこで彼等は現状と夢の整合性をとるために、どこかへ遊びに行く2人と無関係の1人って状況に“見ている夢そのものを改変した”」

 

 突然の出来事にラデックは呆然として立ち尽くす。バリアは小さく溜息を吐き、再び歩き出した。

 

「無理に理解しなくてもいい。重要なのは、私達異能の影響外にある存在と影響下にある存在では意思の疎通が取れないと言うこと。多分、密入国している団体は夢の異能の影響下に無い。挙動の違いで見分けはつく」

「そんなこと言われてもな……」

「じゃ、私はこのまま南区の境まで行くから。ラデックとレシャロワークはその辺捜索しておいて」

「え、三手に分かれるのか?」

「その方が効率いいでしょ。私も少ししたら戻ってくる」

「不安なんだが……。急に敵とか出てきたら怖いぞ」

「生命改造の異能者と鉢合わせる相手の方がおっかないでしょ」

 

 そう言うとバリアは一方的に手を振って去って行ってしまう。素っ気なく突き放されたラデックは渋い顔で立ち尽くし、レシャロワークと顔を見合わせてから各々別方向へ歩き出した。辺りは依然として虚に笑う人々が不気味にフラフラと彷徨うばかりで、ラデックは数分もしないうちにナハル達の元へ帰りたくなり辺りを見回した。

 

「……勝手に帰ったら怒られるだろうか。こんなことなら俺も部屋で待っていればよかった……」

 

 それでもブツブツと文句を溢しながらではあるが、ラデックは捜索を再開して辺りを観察し始めた。しかし、そもそも何をどう探していいのか見当もつかない中、彼の集中力はこれまた数分で尽き果て街の人々と同じくフラフラと意味もなく彷徨うだけになってしまった。

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