シドの国   作:×90

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200話 始まりの終焉教団

 タコの正体を報告しようと、ラデック達はあまちゅ屋と別れて目覚まし時計からハイアに連絡をとった。そこでナハルが誘拐された事を聞いた3人は、急いでホテルへと戻った。

 

〜狼王堂放送局 居住区西部 ミラクルコナーベーション リゾートホテル“新月” (ラデック・バリア・レシャロワークサイド)〜

 

「カガチ!! カガチいるか!?」

 

 ラデックが大声でカガチを呼ぶと、彼女は部屋の奥からのっそりと顔を出した。

 

「喚くな喧しい」

「ナハルがタコに攫われたと……!」

「ああ、さっきな」

「それで、タコはどこに――――」

「さぁ?」

「さ、さあって、追いかけていないのか?」

「私が? まさか」

 

 困惑するラデックを押し除け、バリアがカガチの前に立つ。

 

「誘拐されたんだよね? 間違いなく」

「ああ、間違いなく。だ」

「そう」

 

 そこへ少し遅れて、ラルバ、ゾウラ、シスターの3人が到着する。

 

「やっほー! ナハル死んだってマジぃ?」

「ただいま戻りました!」

「ナハルは……ナハルは今どこに!?」

 

 三者三様にカガチに詰め寄るが、カガチはゾウラを小脇に抱えると足早にバルコニーに向かう。

 

「じゃあな」

 

 そして短い別れを告げると、凄まじい跳躍であっという間に空の彼方へと消えていった。僅かな沈黙の後、ラルバがぼそりと呟く。

 

「……逃げたな」

 

 シスターは変わらず狼狽し、縋るようにラルバとバリアに目を向ける。すると、バリアは暫く考えてから溜息をついて口を開いた。

 

「そろそろ限界かな」

 

 バリアはラルバの方に目配せをしてからシスターの方を向く。決して心配や気遣いではない湿った眼差しに、シスターは嫌な汗が背中を伝うのを感じた。

 

「バ、バリアさん……ナハルは……」

「ナハルよりも自分の心配をしな。巻き込まれるよ」

「巻き込まれる……? どう言う、どう、言う……こと……」

 

 発言の意味を徐々に理解しつつ、シスターは青褪めて口元を手で覆う。バリアは気怠そうに髪を掻き、咎めるようにシスターを睨む。

 

「使奴部隊“強欲な蟻”所属。当時の名前は“ジェリー”」

 

 続けて、その場を立ち去りながら言い残す。

 

「“反撃”の異能者……。皆も逃げた方がいいよ。私はその辺散歩してくる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜狼王堂放送局 ??? (ナハルサイド)〜

 

「ど、どこまで行くんだ……!?」

 

 タコはナハルを抱えたまま、坑道の中を下へ下へと突き進んでいく。しかし、坑道の径は2m前後。タコの全長は数十m。幾ら軟体動物とは言え、あまりにも狭過ぎる隙間。それでもタコは、ナハルがやっと通れるような隙間も流体のように進んで行く。それからすぐに坑道は途切れ、タコが掘ったのか歪な洞窟をひたすら下へ突き進んでいく。

 

 やがて広めの地下空間に到達すると、タコはナハルを地面に放り投げた。

 

「おわっ!?」

 

 ナハルがなんとか受け身を取ると、タコは空気が抜けるように身体を小さく萎ませ、手のひらサイズにまで縮んでナハルの肩に乗った。

 

「……何でもアリか、お前」

 

 タコは髪を軽く引っ張り、触腕で一方を示す。

 

「……あっちに行けばいいのか?」

 

 微生物の発光が微かに照らす暗闇の中、ナハルはタコが示した洞窟の奥へと歩みを進めた。

 

 

 

 暫く歩くと、遠くから人の話し声のようなものが聞こえてきた。そこから更に歩みを進めると、地下深くとは思えないほど広大な空間に辿り着いた。

 

「何だここは……?」

 

 石で出来た小さな小屋がフジツボのように犇めき合い、青白いランプが海蛍のように暗闇を晴らしている。一つの街と呼べるほどに大きな集落が、ナハルの目の前に広がっていた。

 

「こんな地下に、一体どうやって……」

 

 使奴の感覚からすると、現在地は地表より地下500m付近。しかし、これだけ広大な空間を掘削するのは旧文明の技術でも困難。それを、地上の狼王堂放送局に見つからずに成し遂げている。

 

 ナハルが街に近づくと、辺りから話し声が聞こえてきた。

 

「さあさ早く! ”長“のお言葉ぞ!」

「今支度をする! 先に行っておれ!」

「遅れるでない、遅れるでないぞ」

「”生贄“を選ばねば、今宵は誰の番か」

 

「生贄……?」

 

 住民達は皆楽しそうにどこかへと走り去って行く。ナハルがそれを追いかけて行くと、とある祭壇に辿り着いた。大勢の人間が見上げる石造りの祭壇は青白い炎に囲まれ、壇上の女性の姿を妖麗に照らし出している。

 

「皆さん。用意はいいですか?」

「万歳!! ホースド様!!」

「万歳!!」

「万歳!!」

 

 女性の声に、集まった人間達は喝采を上げ、両手を突き上げて「万歳」と叫んでいる。

 

「万歳!! 万歳!!」

「ホースド様万歳!! ”始まりの終焉教団“万歳!!」

「終焉教団万歳!!」

 

「……始まりの終焉教団? 今更何故奴らが……」

 

 始まりの終焉教団。200年前の大戦争後に、世界各地で同時多発的に発生した思想を基盤とする新興宗教。元々は、崩壊した苦痛しかない世界で終わりを求めた者達のニヒリズム的思想だったが、いつしか終焉そのものを崇拝する過激派殺戮組織となった。だが、約180年前に教祖“ホースド”が「終焉の世界をこの目で確かめる」と言い残し自殺してからは徐々に衰退し、それから数年と経たずに自然消滅していた。

 

 それから180年後の現在、ナハルの目の前には嘗ての始まりの終焉教団に匹敵する規模の大人数が、死んだはずのホースドを崇め声を上げている。

 

 ナハルが隠蔽魔法で身を隠し人混みの隙間からホースドの顔を窺っていると、タコが勢いよく襟を引っ張った。

 

「なんだ? 今は隠蔽魔法を使っているからバレる心配はないぞ」

 

 それでもタコは襟を引っ張り、後ろの方を示して何かを訴える。

 

「……そっちに何かあるのか?」

 

 タコの示すままその場を少し離れると、背後から刺々しい波導が放たれるのを感じる。

 

「万歳!!」「万歳!!」「万歳!!」

「万歳!!」「万歳!!」「万歳!!」

「万歳!!」「万歳!!」「万歳!!」

 

 信者の声は段々と大きくなり、祭壇の上に現れた“それ”を祝福し欣喜に湧き上がる。

 

「こ、これは……」

 

 ナハルの目の前に現れたのは、見上げるほどに巨大なあの“タコ”であった。

 

「タコが……2匹……!?」

 

 突如現れた大ダコは徐に触腕を伸ばし、信者のひとりを捕まえる。

 

「生贄だ!!」

「生贄だ!!」

「生贄が選ばれた!!」

 

 捕まえられた信者は声を上げる間もなく引き寄せられ、大ダコの足の隙間から巨躯の真下に吸い込まれて行く。そして、粘液が跳ねるような音を交えた破砕音が漏れ出し、やがて血に塗れた衣服だけが吐き出された。

 

 ナハルが思わず息を呑んだ次の瞬間、ホースドが高らかに声を上げる。

 

「お終わりになられました――――!」

 

 信者達が狂喜して呼応する。

 

「お終わりになられました!!」

「お終わりになられました!!」

「お終わりになられました!!」

「ホースド様!! 次は私を!!」

「いや俺を!! 俺を!!」

「俺を選んで下さい!!」

 

 信者達は恐れるどころか、我こそはと声を上げて生贄を志願している。その異様な光景を目にして、ナハルは軽蔑するように目を細めた。

 

「悍ましいな……。しかし、タコか……」

 

 ナハルが肩に乗った小ダコに目を向ける。子ダコは2本の触腕で目を覆っており小さく震えている。

 

「……お前が異能による産物だと言うのは察しがつくが、あの大ダコは流石に別物だよな?」

「どちら様ですか?」

 

 唐突に自分に向けられた声に、ナハルは思わず顔を上げる。祭壇上の女性が真っ直ぐにこちらを見つめている。しかし周囲の信者の多くはナハルと目が合っておらず、ただ女性が見ている方向に目を向けているだけに見える。ナハルは隠蔽魔法が無効化されていない事を確認すると、壇上の女性を睨み返す。

 

「……異能者か」

「次の生贄が決まりました。お迎えの準備を!! 万歳!!」

 

 女性の号令を聞いた信者達は、見えない敵の存在を疑うことなく虚に歩き出す。そして、奥の大ダコが触腕を振り上げナハルに殴りかかる。

 

「なっ――――!?」

 

 使奴であるナハルに悠長な大振りなど当然当たらないが、その空振りは多くの信者を圧殺した。しかし信者達は臆する事なく進み、大ダコは追撃のために再び触腕を振り上げる。

 

 そして、大ダコの空振りによって洞窟の天井に罅が入り、雪崩のように大量の岩が降り注いだ。ナハルは防壁魔法を挟みつつ何とか落石を回避し、家屋の隙間に身を隠す。

 

 このまま大ダコが暴れれば、地盤沈下を引き起こすことは必至。

 

 そしてナハルの反撃の異能は、自身が受けた攻撃への自動的な反撃。大ダコの大振りを少しでも擦れば、使奴の地をも砕く凄烈な一撃が洞窟を揺らすことになる。

 

 つまりナハルは、大ダコの暴走被害を抑えつつ、自身は擦り傷ひとつ負うことなく、魔法使用による使奴細胞の弱体化を加味した上で、大ダコと祭壇の女性を無力化しなければならない。

 

「これは……まずい……!!」

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