シドの国   作:×90

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キュリオの里
206話 Pizza or die?


〜枯れ木の森 北西部〜

 

 広大な砂漠。背の低い枯れ木の群れ。そして、絶え間なく視界を奪う砂嵐。ラルバ達が北上を開始してから僅か2日。一行の乗る高級浮遊魔工馬車は、息すら出来ぬ砂嵐に飲み込まれ立ち往生していた。

 

〜浮遊魔工馬車 1階リビング〜

 

「おいおいおいおいいい加減収まれよ!! デクスの車が傷だらけになっちまう!!」

 

 車内でデクスは必死に魔法陣を展開し、魔工馬車を覆うように防壁を展開している。しかし、それももう丸1日。幾ら低レベルな最弱の防壁と言えど、絶え間なく維持し続けているデクスの体力はとっくに底をついている。それを見かねたイチルギが交代しようとするが、その度にラルバが気怠そうに文句を言う。

 

「デクス……もう休みなさい。私代わるから」

「チル助甘すぎ〜。車だよ? 傷の一つや二つ付くって!」

「買わせたのラルバでしょ!! 手伝いなさいよ!!」

「やなこっったったったん。そう言うチルちゃんも正直どうだっていいクセに〜」

「大事なのはデクスの方! ほらデクス、こっちで壁張ったから。お風呂入ってきちゃいなさい」

「解除すんなよ!? ぜってーだからな!?」

「分かってるわよ」

「ぜってーだぞ!?」

 

 デクスは不安そうに何度も振り返りながら脱衣所へと歩いて行く。暫くして、シャワーを出す音が聞こえた直後。反魔法によってイチルギの防壁が霧散した。

 

「あ」

「あっ!」

「オイ!! “あっ”って何だ!!!」

 

 思わずイチルギが溢した一文字に、デクスが風呂場から大声を上げる。イチルギが慌てて防壁を張り直そうとするが、反魔法の残滓が防壁に穴を開ける。

 

「ちょっとラルバ! 何してんのよ!」

「いや私じゃないが」

 

 そこへ、真犯人であるバリアが階段を降りてくる。

 

「やったのは私。見苦しい」

「バリア……! どうすんのよこれ!」

 

 窓から覗けば、真っ黒だった車体が砂嵐に磨かれ、引っ掻き傷のような白い線が無数に浮かび上がっていく。

 

「あー……修理費だけで何千万かかるか……」

「まだ売るつもりだったの? 世直し旅に使った車両が美品のまま残ると思う? 割れてない窓があれば御の字だと思いなよ」

「だからって故意に傷つけるのは違うでしょ!」

「因みに言うと、今2階のクローゼットをレシャロワークが秘密基地に改造してるからとっくに査定額は半値以下だよ」

「…………」

 

 イチルギは渋い顔で風呂場の方をチラと見てから、諦めて顔を伏せトボトボと2階に上がって行ってしまった。

 

「相当気にかけてるみたいだね。デクスのこと」

「ん〜? だろうね〜」

「ラルバ、何か知ってるの?」

「知ってるって言うか、まあ自分の部下なんだからそりゃ気にかけるよねって言うだけ」

「なんだ」

「それより馬車の燃料当番決めようよ。タンクもう殆ど空っぽでしょ?」

「別に、また私がずっとやるよ。どうせカガチはやらないし」

「だーめ!! こう言う時にガツンと言わないと、アイツ何もしないよ!! 働かざるもの食うべからず!!」

「カガチは殆どご飯食べないよ」

「いいの!!」

 

 それから、風呂場から出てきたデクスが発狂した他には特に出来事もなく、視界を閉ざす砂嵐も全く止む気配はない。やむを得ず浮遊魔工馬車の設定を節約モードに変更し、時速5kmという子供にすら追い抜かれる鈍足での旅路となった。

 

 

 

 

 

 

 砂嵐の発生から3日後。

 

「あ〜っ!!!」

 

 夕飯当番だったイチルギが突如大声を上げる。一体何事かと思ったジャハルとシスターが、いち早くキッチンに駆け込む。

 

「どうしたイチルギ!?」

「ご、ご飯が……!」

「ご飯?」

「ご飯が全っ然ないっ!!」

 

 キッチン裏の食糧庫に並べられた食料は、ジャハルとシスターが想像している量の半分もなかった。

 

「そ、そんなはずは……! 一昨日はまだたくさんあったぞ!」

「想定ではあと1週間ちょっとは平気なはずですが……、これでは明後日には無くなってしまいそうですね……」

「昨日のご飯当番誰!?」

「ラルバ……」

 

 そこへ少し遅れてハザクラとデクスが到着し、更に遅れて他のメンバーもやってきた。イチルギはラルバとハピネスを指差して言い放つ。

 

「どうせラルバかハピネスのどっちかでしょ!?」

「違うよ〜ん」

「はっはっは。普通に考えてラルバだろう。私は貪欲だが大食いじゃない」

「正解だよ〜ん」

 

 イチルギはへらへらしているラルバの角を掴み、勢いよく顔面に膝蹴りを放つ。

 

「ミっ」

「どうしてくれんのよ!! 砂嵐がいつ止むかも分からないのに!! てか何で食べたのよ!!」

「小腹が空いてて……」

「300人分食べたの!? 小腹で!?」

「えっ、そんな食べてないよ」

 

 ラルバは食糧庫を覗き込んでから首を捻り、レシャロワークの方を見る。

 

「……ゲーム坊や?」

「自分じゃないですよぉ」

「ほっぺにお肉ついてるよ」

「やだなぁ。ラルバさん古典的ぃ」

「いや、シンプルに太ってるよ」

「マジで?」

 

 イチルギがレシャロワークの顔面に膝蹴りを放った。

 

 

 

 

 

「いや自分絶対にあの量じゃ足りないんでぇ。成長期ですしぃ。多分」

 

 逆さ吊りにされたレシャロワークは無抵抗のまま意味のない言い訳を垂れ流している。そこへ食糧庫から出てきたナハルが、首を捻り呟いた。

 

「……にしても減り過ぎだ。レシャロワークとラルバの盗み食いでも300人分は減らないだろう……。ハザクラ、在庫の確認は誰が?」

「狼王堂放送局を出る時に俺とジャハル、あとイチルギ、シスター、カガチも確認している。間違いは無い」

「そうか……。それがたった一晩で……?」

 

 ナハル達は互いに睨み合い……と言うよりは、主にラルバ、ハピネス、レシャロワークの3人を睨み、疑いの目を隠す素振りもなく突きつける。

 

「何だ何だ! 私が悪いっていうのか!?」

「人を疑うのは良くないよ。もっと心を広く持て」

「謝ってるじゃないですかぁ。残りの鬱憤は真犯人にお願いします〜。てかイチルギさんは顔面キックを謝って下さい〜」

 

 全員は呆れて一斉に溜め息をつき、中でも誰より夕食を楽しみにしていたイチルギは頭を抱えて蹲る。

 

「どーすんのよ……。こんな砂漠じゃあ野生動物なんかいないし……この先少なくとも4日程度は水だけで過ごすことになるわよ……」

 

 デクスがぶっきらぼうに言う。

 

「魔袋に非常食突っ込んでねーのか?

「ある、けど……」

「じゃあそれ食えばいいじゃねーか」

「うん、まあ、そうなんだけど……。ほら、魔袋に入れた食べ物ってびっくりするぐらい美味しくないじゃない? 魔が抜けちゃって……」

「魔抜けくらい、旧文明パワーでなんとかなんねぇのか?」

「あの独特の風味は消せないのよ……。味っていうより魔導的な性質だから。水だって浄化魔法かけなきゃ飲めたもんじゃないわよ」

「ふーん」

 

 そこでラルバが指を立てて提案する。

 

「じゃあ全員凍らせる? 短期のコールドスリープ。起きられるか分かんないけど」

「却下」

「じゃあ使奴の腕千切ってみんなで食べる? 多分不味くはないよ?」

「もっと却下」

「あ、太ももの方が美味しいか。足千切ってみんなでーーーー」

「却、下!」

「……使奴が嫌ならデクスでもバラす……?」

 

 イチルギがラルバの顔面に膝蹴りを放った。

 

 

 

 

 それから2日後、(ようや)く砂嵐が収まり晴天が顔を覗かせた。浮遊魔工馬車は節魔モードを解除し、再び北へと走り始める。

 

「あー! お腹空いたー! 牛丼食べたーい!!」

 

 運転手を交代したラルバが、手遊びにハンドルをぺちぺちと叩きながら歌う。

 

「ラーメンっ餃子っ。ハーンバーガー。やっきにっく、ボールシチ、ビーフっシチュー。ピッツァピッツァピッツァピッツァピッツァピザー」

「やめろ。辛い」

 

 助手席に座っていたラデックは、苦虫を噛み潰したような顔で前屈みになり腹を摩る。

 

「使奴に我慢してもらっている手前弱音を溢したくないが、俺だって今朝は魔抜けしたパンしか食べてない。せめて食べ物以外の話題にしてくれ」

「ピザ!!」

「やめろ」

「いや違くて、ほら!」

「はぁ?」

 

 ラルバが指差す方向をみると、何やら歪な形態のトラックのような車両が、砂漠を蛇行してこちらに走ってきている。そして、その薄紫の車体には虹色の文字で“デラックス・ピザ”と書かれているのが分かった。

 

 トラックのフロントガラス越しに運転手の顔が見えそうになった、ちょうどその時。ラデックとラルバの首筋に“ピザカッター”の丸い刃が軽く押し当てられる。

 

「Pizza or die?」

 

 音もなく現れた侵入者の問いに、ラルバが勢い良く振り向いて、頸動脈を引き裂かれながら元気良く答える。

 

「当然!! ピザ!!」

 

 

 

 

 

 

 リビングのテーブルを埋め尽くす色とりどりのLサイズピザ。チーズと、肉と、小麦の焼ける匂い。それを飲み込むように貪るラルバの対面に、侵入者の男はキャップ帽のツバに手を添え笑う。

 

「ケケケケ、お味はいかが?」

「最っ高!! うんめー!!」

「そいつぁ良かった!」

 

 しかし、車内に充満する猛烈なピザ臭の中、ラルバは十数人前のピザを独占しており、涎をダバダバと流すレシャロワークには一切れも渡すことはない。

 

「ラルバさぁん……端っこ、端っこだけでもいいから……」

「ダメ!! 全部私んの!!」

「そんなぁ〜……」

 

 情けないやり取りを尻目に、ラデックが男に尋ねる。

 

「お前らは一体何者なんだ? 襲ってきたかと思えば、少しの金銭でこれだけの料理を振る舞うなんて……」

「おっと、まだ名乗ってなかったか? 俺たちは……そう!!」

 

 キャップ帽の男が立ち上がって背を向け、ジャケットの背に描かれたロゴマークを見せる。

 

「デラックスな味をどこでもお届け!! デラックスなデリバリー!! “デラックス・ピザ”!! あ、これ名刺です。 どうぞよろしく!!」

 

 手渡された紫と虹を背景にしたカラフルな名刺には、デラックス・ピザ。代表取締役”サラミ“と書かれている。

 

「サラミ? お前の名前か?」

「おうとも! キッチンカーには他の従業員が3人、調理担当の”プロシュート“と”ペパロニ“、運転手の”ハム“がいるぜ!」

「全員ハムの名前……でもハムがいるのか」

「テキトーテキトー。俺たち4人は孤児でね、名前もなんもありゃしないのさ」

「そうか。それでこんな野盗紛いのことを?」

 

 ラデックの質問に、サラミよりも先にラルバが答える。

 

「野盗とはちょっと違うねー」

 

 ピザ一切れを一気に頬張り、咀嚼もそこそこに飲み下してニイっと笑う。

 

「お前らと出会った人間は2種類に分けられる。”客“か、”食材”か。pizza or die。客じゃなければ……この“人肉ピザ”の材料になる。そうだろう?」

 

 先程までピザを食べたそうにしていたレシャロワークが、涎と手を引っ込めて大きく仰反る。

 

「じ、人肉ピザ!? ちょっと宗教的にアウトかも!!」

 

 他の面々も顔を(しか)め敵意を向ける中、サラミだけがケタケタと笑い手を叩く。

 

「ケケケケ。まあそう言うことだ! 俺たちの旅じゃあ材料……特に肉が圧倒的に足りない! だが、クソ客っつー原価ゼロのジビエならそこら中にいる! こりゃあ使わない手はないぜ!」

 

 冒涜的な理論を自慢げに語るサラミ。分かりやすい悪党を前に、ラルバは小難しい顔で唸り声を上げつつ、呟くように尋ねる。

 

「ところで話は変わるんだが……お前達、あっちから来たってことはキュリオの里から来たのか?」

「ん? おう。久しぶりの里帰りにな!」

「里帰り……か」

 

 より眉を深く顰めるラルバとは対照的に、サラミは喉を締めて堪えるような笑い声を上げる。

 

「ケケケケ! お前らひょっとしてキュリオの里に行くのか? やめとけよ! あんな【人喰いの村】!」

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