シドの国   作:×90

209 / 310
208話 長閑な農村

 キュリオの里で出会った女性、チャシュパの家に招待された一行。チャシュパは客人の前で牛一頭を屠殺する野蛮な振る舞いを見せながらも、その他は極めて温厚で友好的であった。

 

 それから一行は家畜の対価として、家の修繕を手伝うことにした。レシャロワークはゾウラ、カガチと共に外へ行き、薙ぎ倒された木の柵を眺めて肩をすくめる。

 

「あらぁ。コレ、昨日今日の話じゃなさそう〜」

「苔が生えてますね。あ、凍ってますよ! これ!」

 

 チャシュパは恥ずかしそうに後頭部を掻く。

 

「らぁ〜。とっちゃが作ってくれたんだけど、牛達が喧嘩したときに壊れてからは、後回しにしてたのね」

「牛逃げちゃわないんですかぁ?」

「だんじょぶだんじょぶ。木の柵ん前は、ロープだけ張ってたんだから。それに、みんな大人しいのよぉ〜。時間になれば帰ってくるし」

「ふぅ〜ん。確かに、その辺自由に散歩してましたねぇ。病気になっちゃったりしないんですかぁ?」

「らぁ〜。半分野生みたいなものだしねぇ。なる時はなるねぇ」

「へぇ〜。そうなんだ。あれ、ゾウラさんは?」

 

 隣にいたはずのゾウラがいつの間にかおらず、レシャロワークは辺りを見回す。すると、遠くで牛に跨り散歩を楽しむゾウラの姿が見えた。牛は嫌がるどころか、ゾウラを落とさぬようバランスを取りつつ陽気に歩いている。カガチも特段警戒する様子もなく、腐った木材を拾い集め焼却炉の方へ放り投げている。

 

「本当だ、大人しい」

 

 レシャロワークは後ろにいた別の牛に近づく。牛は逃げもせずレシャロワークの方を向き、撫でようと差し出した手をべろべろと舐め始める。

 

「うお。痛っ、え? 痛っ! 痛い痛い痛い痛い! 鬼痛いっ!」

 

 レシャロワークは舌のヤスリのような感触に怯み、牛の頭を押し除けて引き剥がす。それでも牛は長い舌を伸ばしてレシャロワークを舐め回そうと近づいてくる。それを見てチャシュパは暢気に笑った。

 

「らぁ〜。塩っけが欲しいのね」

「皮膚が削がれるっ! 助けてっ!」

「ダメよほらぁ〜。めっ。めっ。めっ!!」

 

 チャシュパが勢いよく拳骨を振り下ろすと、牛は小刻に情けなく鳴きながら足早に逃げ出していく。

 

「す、すげぇ〜。草食獣相手に拳骨で分からせた……しかも一番硬いおでこに……」

 

 それからレシャロワークはチャシュパと共に柵の修理に取り掛かる。2人は木の杭を地面に打ち付けつつ、軽く雑談を交わす。

 

「ここはこんな寒いのに、すぐ南は砂漠なんですねぇ」

「らぁ〜? 砂漠って寒いところにあるんじゃないの?」

「え、砂漠と言えば熱帯の代名詞じゃないんですかぁ?」

「らぁ〜。ごめんねぇ。私おべんきょ苦手なのよぉ」

「あらぁ〜」

「らぁ〜」

「あ、そう言えば砂漠でデラックス・ピザに会いましたよぉ」

「へぇ〜。サラミくん達?」

「ご存じでぇ?」

「らぁ〜。昔はよく一緒に遊んだのよぉ。今はもうたまにしか会いにきてくんないけどね〜」

「ほーん。付き合い長いんですかぁ?」

「らぁ〜。家族みたいなものなのね。とっちゃが死ぬ前は、ここで一緒に暮らしてたのね」

「そうなのね。……とっちゃ居ないの?」

「らぁ〜。山に行ってから戻ってこないのね。もう5年……サラミくん達が出て行ったのも、それがきっかけなのね」

「……ふーん」

 

 レシャロワークは、何の気なしに口にした。

 

「“キブチ”が関係してるとか?」

 

 チャシュパの振る木槌が、木杭を外して地面を抉る。それから彼女は、目を見開いてレシャロワークを睨んだ。喉の奥から搾り出したような低い声で、徐に聞き返す。

 

「……サラミくんから聞いた?」

「イエス」

 

 チャシュパはゆっくりと山の方を見て、暫く黙りこくる。

 

「……村ん人には、言っちゃダメ」

「あ、やっぱり? 知ってちゃまずかった?」

「……これからは……村へ?」

「その予定ですけどぉ」

「そう……」

 

 チャシュパは再び木槌を振り、木杭を打ち込み始める。彼女は顔を伏せたまま、ぼそりと呟いた。

 

「気ぃ……つけて……」

 

 それから彼女が何かを話すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、チャシュパは敷地内に魔工馬車を停めることを快諾し、それどころか人数分以上の弁当まで持たせてくれた。

 

「じゃあねぃ〜。気を付けてねぃ〜」

 

 両手をブンブンと振って笑顔で見送るチャシュパ。一行の最後尾を、ゾウラとレシャロワークは手を振りかえしながら歩いて行く。

 

「すごい人でしたねぇ〜。色んな意味で」

「楽しかったです! また牛に乗せてもらえますかね?」

「何なら一頭ぐらいくれそう」

「本当ですか!?」

「貰わないでね?」

 

 その時、背後から妙な波導の澱みを感じた。レシャロワークとゾウラが足を止めて振り向くと、ナハルが隣へ来て訝しげに空を睨んだ。

 

「……指向性の呪術結界だな。気が付かなかった」

「すごいですね! これ、シラカフラー解析に似てますね!」

「いや、暗怪率の割合が低い。可進空間に於ける対偶展開の分類だろう」

「じゃあ読層で離縁出来たりしますか?」

「出来るとは思うが……劣版法で水平式辿る方が早い。今度やり方を教えてあげよう」

「すげぇ。何言ってるのか一個も分からん」

 

 ナハルは少し呆れて頭を掻き、小さく呟く。

 

「レシャロワーク、ビンドウって知ってるか? ペットボトルなんかでも作れる魚用の罠だ」

「ペットボトルで魚……? ……細かく切って川に流すと破片がエラに詰まって……」

「違う! 入りやすく出づらい入れ物のことだ!」

「へー。知らない」

「……仕組みはビンドウに近い。村には入る時には気が付かないが、出る時には(まじな)いが作用する作りになっている」

「え、じゃあ出られないんですかぁ?」

「いや、そんなに強い(まじな)いじゃないから簡単に解けるが……」

「じゃあいいじゃん」

「……呪術は魔術と違って構造が最適化されていない。早い話が、この結界が何の目的で作られたのか、断片だけ見ても分からないんだ。村に閉じ込めたいのか、結界を刺激すると何かが起こるのか、対象が人なのか獣なのか、それとも魔術師にのみ作用するのか……」

「使奴でも分かんないんだねぇ」

「魔術はデジタル、呪術はアナログ。要素が細かい上に一定じゃない。同じ術でも、100人の呪術師がいれば100通りの呪術形態が存在する。非効率で分かりづらくて恣意的(しいてき)! そのくせ何故かどの時代にも一定数の信者がいる! こんなもの、さっさと法律で禁止してしまえば良かったんだ!」

「なんか怒ってる……」

「そりゃあ怒るよ! 1人だけ独自のフォーマット使うプログラマーがいたら腹が立つだろう! 使奴に書き込まれた数多の魔術師達の記憶の節々に、呪術師への恨み辛みが魚の骨みたいに刺さってる……!! あー(まじな)いの話してたらイライラして来た! 先へ進もう!」

「なんか可哀想……」

「ナハルさん! 私、呪術の話もっと――――」

「ゾウラさん、やめたげましょぉ」

 

 村に向かう登り坂は、朽ちた門と標の杭以外に文明的なものはなく、方角を知らなければただの斜面でしかなかった。歩けど進めど景色が大きく変わることはなく、村に辿り着いたのは日没手前の頃であった。

 

 

〜キュリオの里 南方〜

 

「到着ーっ!」

 

 ラルバは元気よく村の門を潜り抜け、両手を広げてジャンプする。その声に気付いたのか、門の近くの家々から村人が顔を覗かせた。そして、わらわらと出てきてはラルバ達を笑顔で迎え入れる。

 

「おやおや、こんな辺鄙な村まで遥々ようこそ!」

「旅人かい? 疲れただろう。この先に住んでるダンタカさんの家に泊めてもらうといい。旅人は皆あそこを使うのだ」

「ほら、羽織るものねぇと夜は冷えるぞ! これ持ってけ!」

 

 チャシュパと同じく、突然現れた見知らぬ旅人を少々過剰に歓迎する村人達。一行は戸惑いながらも、案内されるがままに歩いて行く。やがて辿り着いたのは、平屋ばかりの村の中では特に目立つ3階建てのログハウスだった。一行を追い抜いて、腰の曲がった壮年の男が扉を叩く。

 

「お〜い! ダンタカさん! いるかぁ〜?」

 

 呼びかけもそこそこに、男は扉を開けて中に入る。

 

「ダンタカさん〜! お客様だよぉ〜! いないのかぁ〜?」

 

 中は明かりが灯っているものの、男の呼びかけに答える気配はない。しかし、男は笑って振り返り先頭にいたハザクラに手招きをする。

 

「ま、大丈夫だ! 入れ入れ!」

「え、ええ……」

 

 ハザクラは強い抵抗感を覚えるも、村人達に押されて仕方なく家に入る。辺境の村にも拘らず中は想像以上に綺麗で、壁にかけられた絵画やガラス装飾の輝く魔灯籠、テーブルクロスからソファクッションまで、汚れどころか埃一つついていない。リビングの吹き抜けからは全ての客室が見通せ、少し廊下を進めば風呂トイレキッチンが3箇所づつ設けられている。立地さえ考えなければ、今すぐにでも貸別荘に出せそうな清潔さ。ラルバ、ハピネス、ゾウラの3人は喜び、カケラも遠慮せず探検を始める。

 

「え〜! いいじゃんいいじゃん! うお! 全域床暖房!? すげぇー!」

「風呂! 風呂がある!! お湯が出る!」

「お部屋も沢山ありますよ! 私、3階のお部屋使ってもいいですか!?」

 

 浮かれる3人とは対照的に、ハザクラは顔を顰めて溜息をつく。

 

「……まあ、勝手に使うのも忍びないが、玄関に突っ立ってるわけにもいかないか。ひとまずは風呂だけ拝借しよう」

 

  そう言うと、レシャロワークがハザクラに向け数本の棒を握って差し出す。

 

「……何だ? コレは」

「風呂順くじ引き。一本どうぞぉ」

「………………」

 

 ハザクラが棒を一度に全て引き抜く。その根本には小さく数字が書かれている。

 

「おい。1番がないぞ」

「………………」

 

 レシャロワークは顎に力を入れ、不満そうに懐から1番の札を取り出す。

 

「一つ断っておくが、このメンバーでお前が騙せる相手はラデックぐらいだ。こんな悪戯なら別に気にしないが、あまり変なことを企むなよ」

「……へーい」

 

 

 

 それからしばらく経って。リビングで寛いでいる一行の元に家主と思しき女性が戻って来た。黒髪青眼、黒い角膜と色彩のない肌。赤ん坊を抱いた女性はラルバたちを睥睨(へいげい)し、目を伏せて笑う。

 

「まさかお前達とこんなところで会うとはな」

 

 女性の言葉に、イチルギは目を見開く。

 

「アルカ……!?」

「久しぶりだな、イチルギ。ラプー。180年ぶりか?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。