ガルーダの手が波導光を発して煌めく。直後、蛇のように蠢く金属の刃がゾウラに向かって放たれた。
「わっ――――」
ゾウラはレシャロワークに突き飛ばされて地面を転がる。金属の刃は空を斬り、暗闇の中へと溶けていく。
「と言う夢を見たのさっ!!! セーッフ!!!」
「レシャロワークさん! ありがとうございます!」
ガルーダはレシャロワークを見下ろし、もう一度攻撃を放とうと手を翳す。
「やばやばやばやば鬼鬼鬼鬼っ!!!」
レシャロワークは咄嗟にゾウラの手を取り走り出す。ガルーダの手から無数の刃が放たれ、篠突く雨となって2人を追う。レシャロワークは走りながら小さな爆発魔法を連打し、爆風で刃を最低限跳ね飛ばしつつ逃げ続ける。
「ひぃぃぃぃ死ぬっ!!! 死ぬっ!!!」
「いっそのこと戦ってみます?」
「もっと死ぬっ!!!」
しかし、必死に走っていたレシャロワークは唐突に足を止め、その場にぺたんと座り込む。
「あ、無理そう」
そして、目の前に先回りしたガルーダが姿を現す。彼女はレシャロワークをまじまじと見つめ、
「見つけた」
そう言うと、ガルーダはレシャロワークに手を差し伸べる。
「未来予知の異能者。お前をずっと探していた。私は”幸運“の異能者。お前の未来予知が必要だ。私と来い」
レシャロワークは追い詰められていながらも、鼻水を垂らして震えた声で吐き捨てる。
「へっ。そのセリフ、何十回と聞いたぜ。やなこった!!」
「何故拒否をする? お前には分かっているだろう。私に従う他ないと」
「逆なんだよねぇ〜っ! 逆らう他ないんだってーの!」
涙声で吠えた後、レシャロワークは爆破魔法を発動し自らを後方へ弾き飛ばす。凄烈な爆炎が辺りを包み、次に視界が開けた時。ガルーダの目の前には漆黒の壁が立ちはだかっていた。
「虚構拡張か……馬鹿なことを」
「ひぃっ。ひぃっ。ひぃっ。ひぃっ……! あー腰痛ぁ〜い……」
「大丈夫ですか?」
「だいじょばないぃ〜……」
ボクセルで作られた草原、太陽、月、木々や山。そして青空に正円を描いて旋回する、半透明の流星に似た何か。宛らゲームの中のような世界で、レシャロワークは腰を摩りながら情けない悲鳴をあげている。
「あーこれミスったかもぉ〜……外の情報ぜんっぜん分かんないしぃ……」
「レシャロワークさんて、未来予知の異能者だったんですね! すごいです!」
「え? あー。別にすごかないですよぉ。未来予知じゃないしぃ」
「違うんですか?」
「んー……。これ秘密ですよぉ?」
「はい!」
レシャロワークは少し言い淀んでから口を開く。
「自分の異能は”
「じゃあ、ガルーダさんの攻撃を避けたのも分かってたんですか?」
「まーそんなところですねぇ。いつでもセーブポイントに戻って来れる的な異能なんでぇ、避けられる余地があるなら
「使奴の攻撃を予測できるなんてすごいです!」
「実はパンピー相手の方が
「じゃあ使奴にも勝てるんですか?」
「分かってるのと勝てるのは話が別ぅ。寧ろ具体的且つ確定的なエグい未来を突きつけられる分、心がしんどい」
大きく伸びをしてからポッケに手を突っ込み、取り出したお菓子をゾウラに分け与えつつ口に放り込む。
「で、困ったことに、自分の
「このお菓子美味しいです!」
「これ詰んだかもしれん。使うタイミング間違えた臭い……」
「ガルーダさんのお手伝いをしてあげるのはどうでしょう? さっき誘われてましたよね?」
「あー、あれ? うん、あれねぇ、あの人が探してるのは未来予知であって、自分の
「あら……」
「あと、自分が降伏した瞬間ゾウラさん殺されますよぉ」
「そうなんですか」
「そうなんですよぉ。……取り敢えずダメ元で作戦考えますかぁ」
「はい!」
ガルーダは虚構拡張で塞がった通路の前で、仁王立ちのまま静かに佇んでいる。レシャロワークがやってのけた、奇跡に近い攻撃の避け方。まるで未来が見えているかのように、文字通り雨粒を避けて見せた。彼女こそ、長年探し求めていた未来予知の異能者。
「……星が見えないな」
そして、痺れを切らしたガルーダが罠でも張ろうかと思案した時、虚構拡張の壁がボロボロと崩れ始めた。
まだ2人の姿は見えていない。しかし、相手は未来予知の異能者。恐らくは自分の想像の斜め上を行く奇策、或いは強行突破を仕掛けてくる可能性がある。偶然、博打、一か八かの賭けすら、勝利が確定した未来への一手に化ける。
漆黒のヴェールが剥がれ落ち、レシャロワークの姿が見え始める。そして、彼女はすぐさま屈んで大声を発した。
「殺さないで下さ――――――――――――い!!!」
地を震わす命乞いが、建物内に木霊する。
「絶対絶対絶対絶対ぜぇ――――ったいに逆らったりしないのでっ!!! 命だけは助けて下さ――――――――い!!!」
土下座をするレシャロワークの後ろにいたゾウラが、魔法を発動する。
「命だけはって言うか五体満足で帰して下さ――――い!!! 痛いのも苦しいのもやめて下さ――――い!!! 本当に今もうめっちゃ怖くておしっこ漏れそうなんです勘弁して下さ――――――――い!!!」
ゾウラの発した魔法によりレシャロワークの脱いだパンツが巨大化し、レシャロワークはそれを落ちていた鉄筋に通して横断幕のように巨大な白旗を作る。
「降参で――――す!!! 降参っ!!! 降参っ!!! 降っ!!! 参っ!!! 全っ!!! 面っ!!! 降っ!!! 伏っ!!!」
「全っ面っ降っ伏っ!」
レシャロワークが下半身丸出しのまま降伏宣言と共に旗を振り、ゾウラが両手に広げた白い扇子でリズムに合わせて踊っている。
ガルーダは思った。今すぐ嫌悪感無くコイツらを殺す方法は無いものか、と。
ここまで露骨に無抵抗を表すということは、恐らくは未来予知の異能で解決策を見出せていない。つまりは、未来予知には何らかの致命的な欠陥がある、或いはそもそも未来予知の異能ではない。だが、先の戦闘で使奴の魔法を捌き切って見せたことから、何らかの予知に関連する異能だということは判明している。
つまりは、この滑稽で馬鹿馬鹿しい踊りが、生存の可能性が最も高い未来だったと物語っている。欲しいものは得られず、かと言って八つ当たりも虚しいだけ。この頓狂極まりない想像の遥か斜め下を行く愚策を極限の警戒状態に真正面から突き付けられ、ガルーダは何とも言えない不愉快な情けなさに苛まれた。
「助けてぇ〜っ!!! たぁ〜すけてぇ〜!!! 降っ!!! 参っ!!! 降っ!!! 参っ!!!」
「こうっ、さんっ! こうっ、さんっ!」
「まぁ〜いぃ〜りぃ〜まぁ〜しぃ〜たぁ〜ぁ〜あ〜ぁ〜っ!!!」
「参りましたー!」
「……もういい。やめろ」
途端に全てがどうでもよくなり、ガルーダが観念したように呟く。
「えっ!? マジ!? 助かる!?」
「喋るな。殺すぞ」
レシャロワークはその場でブレイクダンスの真似事をして地面を転げ回る。
「音を発さずじっとしていろ。殺すぞ」
脅されたレシャロワークが三点倒立の姿勢でピタッと静止する。
「……はぁ」
ガルーダは頭の隅にちらつく“星”を少しだけ恨みつつ、胸の底から込み上げてくる吐き気に似た不快感を何とか堪える。
「ガルーダさん!」
ゾウラに声をかけられ、ガルーダは心底うんざりした顔で半ば
「音を発さずじっとしていろと言ったはずだが?」
「すみません! でも、どうしてもガルーダさんに聞きたいことがあったんです!」
「黙れ。不愉快だ」
「どうしてガルーダさんは人を殺しているんですか?」
「…………何だと?」
ゾウラの問いに、ガルーダの瞼が僅かに痙攣する。
「はい。仲間が言っていたのですが、ガルーダさんはとにかく沢山の人を殺すことを繰り返しているって。バルコス艦隊での通魔事件とか、神の庭で長寿バクテリアを改造したこととか、爆弾牧場でリィンディさんに嘘を教えたこととか」
「……意外だな。それに気が付く奴がいるとは。……いや、この時の為か?」
ガルーダの表情がほんの少しだけ和らぎ、2人に背を向けて歩き出す。
「気が変わった、ついてこい。但し、不愉快な乱痴気振舞いを二度と見せるな。特に金髪の、次にふざけた挙動を見せたら尻の穴から裏返してクズリの餌にするからな」
レシャロワークはゆっくりと三点倒立をやめて立ち上がり、いそいそとスカートを履き直して歩き出す。ガルーダは喉元まで出かかった罵詈雑言を必死に堪えて先を進み始めた。
下への階段を降りつつ、ガルーダは独り言のように語り始める。
「ゾウラ、と言ったな。お前の言う通りだ。私は、人を殺すことを目的に行動をしている」
「やっぱりそうだったんですね!」
「だが、その理由というものは特に無い」
「……? 理由も無く人を殺しているんですか?」
「ああ、そうだ。寧ろ、それこそが理由だ」
「…………?」
「そこまでは分かっていなかったか。まあ、だろうな。どうせ理解はされないし、理解を求める気もない」
「知りたいです!」
「おかしな奴だな……いや、精神疾患か?」
最下層まで辿り着くと、廊下の先が薄く明るくなっているのが見えた。そこは何か研究施設の一部のような大部屋になっており、辺りに
「わぁ! 何ですかこれ! 結構古そうに見えますけど……」
「当然だ。200年間動きっぱなしなのだからな」
「200年間もですか!? すごいです!」
「私が定期的に来てメンテナンスをしている。だが……その必要も、もう無さそうだな」
ガルーダは一際大きな機械の前に立ち、開口部に指を捩じ込んで無理矢理引きちぎった。中からは大量の粘液と共に幾つかの固形物が流れ出し、川となって周囲の機械諸共押し流していく。
流れ出た液体に運ばれてきた固形物が、ゾウラの足元に転がる。それは、明らかに人間の子供であった。
「これは……」
「ここは使奴研究所の末端組織。それは、使奴がまだ使奴と呼ばれていなかった頃に作られた、人造人間の紛い物だ。外にいる奴らの殆どは、皆ここから生まれてきた」
「え? じゃあ、どうしてそれを壊してしまったんですか?」
ガルーダは眉一つ動かさずに述べる。
「“運”が悪かったんだよ」
「“運”?」
野望、使命、天命、悲願、そのどれでもない。それは、ただ事実を事実のまま述べるように。
「私はガルーダ・“バッドラック”。不運そのものだ」
世界最悪の通り魔は、言い訳でも自供でもない犯行動機を口にする。
「この世の全ての生命は、意味もなく生まれ、意味もなく死ぬ。雷に打たれるように、雪崩に巻き込まれるように、病に冒されるように。これはその一端。意味もなく生まれた私の、意味のない戯れ。これは、ただのありふれた不運の一つに過ぎない」