シドの国   作:×90

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219話 誰が為の平和

〜キュリオの里 ダンタカの家〜

 

「私がラプーを頼ることを頑なに嫌っていたのは、ラプーの力を借りずに世界を救うため。ラプーの戦いは、200年前のあの日でお終いにしたかった」

 

 イチルギの後に、ハピネスが小声で補足を入れる。

 

「……ラプーが自分から動いたのは、どれもイチルギを救おうとした時だけだ。あれは、昔ヴァルガンに命じられた「イチルギを支えてやってくれ」という言葉に従っていたんだろう。私が幾ら自由になれとか自分で考えて行動をしろと言っても意味はなかったところを見るに、受動にも制限がありそうだ」

 

 ラルバがハピネスを睨むと、ハピネスはサッと目を逸らす。

 

「ま、これでイチルギのチグハグな行動の正体が判明したわけだ。こいつは世界を救いたかっただけで、困っている人間を助けたいわけじゃない。木を見ず森を見ているが故だな」

 

 そう言われ、イチルギは観念したように顔を伏せる。

 

「……ヴァルガンと一緒に世界を救いたかったのは本当。人間に政権を手渡す時を考えて、使奴にしかできない政策を打たなかったのも本当よ。でも、1番の理由はそう。世界はもう自浄作用を獲得してる。多少一部が腐っても、自然と修復していける社会を築いてる。もう私がやるべきことは、そう残っていないのよ」

 

 ハザクラは心の底から同情したが、頭の片隅で憤慨した。イチルギの“自浄作用”という台詞が許せなかった。自浄作用を当てにするというのは、早い話が“貧乏な子供が1人死んだところで、世界は困らない”と言っているのと大差ない。ましてや、イチルギほど聡明な人物が口にするのであれば尚更。

 

 その微かな怒りを、イチルギは当然のように感じ取った。想定していたのかも知れない。

 

「ごめんねハザクラ。私は、貴方が思っているような綺麗な存在じゃないの」

 

 言い訳に聞こえた。

 

 言い訳だった。

 

 突き放されているようにも感じた。

 

 裏切りに思えた。

 

 誠実に戦ってきた自分達への侮辱。

 

 不条理に立ち向かい死んでいった民への冒涜。

 

 ただ、心からの謝罪に違いはなかった。

 

 心に幾つもの声が浮かんでは、口から這い出ようと込み上げてくる。罵詈雑言が暴風雨のように頭の中に吹き荒び、激る血潮が全身を駆け巡り憎悪を掻き立てる。灼熱の溶岩のように昇ってくる感情と言葉を全て飲み下し、ハザクラは漸く口を開く。

 

「俺もだ」

 

 鼻の奥に感じていた熱が引いていくのを感じる。一言肯定してしまえば、後は簡単だった。

 

「診堂クリニックでのことだが、駅前で募金活動をしている団体を見かけた。身体が不自由な子供のために支援金を募っていた。俺も寄付をしたが、札の数枚程度だった。バルコス艦隊でファジットのために使った金銭の半分にも満たない少額。一昨年購入した家具一式と同等の値段とも言える。とても誰かを救おうという気概のある献身じゃない。結局は、俺も人並みなんだ」

 

 偏った語り口に、ジャハルがぼそりと物言いを挟む。

 

「……立派なことだろう」

「ああ、立派なことだ。俺もそこは否定しない。だが、世界の支配者になるだのなんだのと大口を叩いておいて、俺の世界への認識はその程度だ。大義に身を投じられるほど大きな人間じゃない。俺は、恵まれない子供達に薬を買ってやれる金で、飯を買う男だ」

「私だってそうだ! 奉仕の心は美しいが、染まりきれなんて誰も思ってない! 人を助けるのと同じくらい、自分も大切にすべきだろう!」

「実を言うと、俺も人を助けたいとは特に思ってないんだ」

「なん……え?」

「俺の本当の目的は、フラムさんへの恩返し。延いては、あの人の夢を受け継ぐことだ。使奴研究員フラム・バルキュリアスの悲願、使奴の解放。世界平和はその過程でしかない。使奴が平和に暮らせる世界を作るために、人間にとっても平和な世界が必要なだけだ」

 

 ハザクラがイチルギの目を見る。

 

「本当は俺も、博愛主義なんかじゃないんだ」

 

 その瞳の奥に、イチルギは恐ろしいものを見た。

 

 懺悔。自己嫌悪。それらを束ねる覚悟。

 

 イチルギはこの感情を知っていた。今まで嫌というほど見てきた、壊れる寸前の仲間と同じ目。人間には到底背負い切れないであろう、この世で最も苦しい罪。

 

「ハザクラ……貴方……!!」

 

 観念したように、ハザクラが目を伏せる。

 

「山の研究所にいた改造人間達は、皆殺した。異能で苦しまぬよう命じたから安楽死だったとは思うが……」

 

 正しい道と信じて善人を殺す時、刃を振るう者は慈愛の深さと同じだけの苦しみを背負う。その重さに、真っ当な人間は耐え切れない。

 

「キュリオネクロ魔導製造機。俺もあの機械については知っていた。改造人間達の悲惨な末路もな。村人達はラルバが殺すと思っていたから、彼等がそのうちに寿命を迎え肉の石となってしまうのを想像したら、いてもたってもいられなかった」

 

 諦観に目を伏せるハザクラを、イチルギが肩を揺さぶって問い詰める。

 

「どうして!? 貴方は、トールのことだって殺さなかった!! 死を救済にはしないって――――!!!」

「それは、彼女が使奴だったからだ」

「貴方……!!!」

「使奴には時間がある。多過ぎるほどな。だが、彼等には時間が無かった……。と言うのは多分建前で、本音は彼等を人間だと思ったからだろうな」

 

 もう、イチルギにハザクラを叱責する材料は残っていない。

 

「彼等は生きるのに特別な不自由はしていなかった。末路に納得もしていた。家族を愛し、特別誰かを憎むこともなく、彼等自身は自分達の生を普通のものだと信じて疑わなかった。……生の意味を、喜びを見つけられていた。誰かが助けるほど、彼等は不幸じゃなかった」

 

 ハザクラはイチルギの手を優しく引き剥がし、懺悔のように続ける。

 

「今でも死を救済にしていいとは思っていない。ただ、彼等は肉体が人よりもずっと丈夫だ。崖か湖に身を投げても中途半端に生き残ってしまうだろう。かと言って、身内で槍を刺し合うのも可哀想だ。少なくとも、寿命を迎えさせるわけにはいかなかった。……自分の選択が烏滸(おこ)がましいものだと言うことは重々承知している。だが、承知した上で間違いだと思っていないんだ。……正解だったかと問われると、自信はないんだけどな」

 

 イチルギが何かを言おうと口を開く。しかし言葉は出てこず、歯の擦れる音だけが虚しく軋む。

 

 無力な彼女の肩を、ラルバが力強く掴んだ。

 

「ラルバ……」

「何を深刻そうな顔をしている? ハザクラは世界の支配者になるのだろう? なら、この程度の殺人で狼狽えていられないだろう。寧ろいい勉強じゃないか」

「……馬鹿言わないで。助けられないのと殺すのは、全く違うことでしょ……」

「馬鹿を言ってるのはお前だイチルギ。”助けてくれなかった“と”殺された“を同義で語る輩がどれだけいると思ってる。お前が一番よく知っているだろう。今こうしている間にも、世界のあちこちで人が不条理に死んでいる。そいつらはお前やヴァルガン、今の狼の群れの為政者を恨んで死んでいると思うぞ?」

 

 イチルギは何も言い返せず俯く。

 

「そこにハザクラも加わるんだ。その時になって、”俺は殺してない“。”これでも精一杯頑張った“。なーんて甘ったれたこと言ってられんぞ? 改造人間の殺害を誉めろとは言わんが、邪険にするのはお門違いだ。いや、同族嫌悪か?」

「…………そうかも、ね」

「なら気の利いた慰めでもなんでもしてやらんか。苦楽を共にした仲間だろ! 喜びは分かち合い、悲しみは分け合う! 困った時はお互い様! 持ちつ持たれつ歩んできたじゃないか! なあ!」

 

 ラルバは、屈託のない笑顔でイチルギの肩を叩く。それを不審がったナハルが、恐る恐る尋ねる。

 

「ラルバ……急に、どうした?」

「急にって? 私はいつだって仲間の幸福が第一の道徳者だよ? なんか文句あんのか?」

「いや、変だろ。不自然とかじゃなくもう単純に気持ち悪い。何隠してる? って言うか、何隠してた?」

「んへへへ。やっぱ分かっちゃうかぁ。さっすがナハルん。仲間に隠し事はできないねぇ」

「ふざけてないで答えろ! どうせ割と取り返しのつかない碌でもないことだろ!」

「あ! 言いがかりはやめろよな! 合ってるけどさ!」

 

 ラルバはムスッとして頬を膨らませ、腕を組んでそっぽを向く。

 

「まぁ〜、これに関してはシャロ介のせいなんだけどぉ〜」

「えっ。急なとばっちり」

「ジャハルと村人ズがドンパチ始めるちょっと前くらい? にさぁ〜」

 

 ラルバがそこまで言うと、家の玄関が乱暴に開かれた。

 

「あ、帰ってきた」

 

 そこのいたのは、さっきまで部屋の隅にいたカガチだった。しかし、その異様な姿に誰もが言葉を失った。

 

 全身から血を流し、右半身が肩から股にかけて抉り取られている。残った左足は足首より先が無く、左腕も引き千切られたかのように上腕から骨が飛び出ている。頭蓋も左の目玉ごと抉り取られており、残った右の眼窩に目玉は無い。そして、皮膚が全て黒痣によって真っ黒に変色していた。

 

 カガチは部屋に入るなり、血反吐ごと肉塊を吐き出し呟く。

 

「……ラデック。治せ」

「え、あ、ああ!」

 

 あまりの光景に呆然としていたラデックは、カガチに名前を呼ばれ慌てて駆け寄り異能で治療を施す。シスターとナハルも駆け寄り、回復魔法でラデックの手助けをする。

 

「これは……普通の怪我じゃないぞ……!?」

「回復魔法が反応しない……いや、何かで覆われている……?」

「カガチがこんなになるなんて……一体何が……!?」

 

 続いてゾウラが駆け寄ろうとするのをバリアが制止し、満身創痍のカガチに問いかける。

 

「喧嘩を売る相手を間違えたね。それで、どうだった? リン・カザンの実力は」

 

 小馬鹿にするようなバリアの物言いにも関わらず、カガチは舌打ち一つせず静かに答えた。

 

「……手も足も出なかった。天敵と呼んでいいだろう」

「へえ。カガチにも天敵ができたんだ」

「いや……」

 

 カガチの再生したばかりの白い頬に汗が伝う。

 

「使奴の、天敵だ」

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