シドの国   作:×90

223 / 310
222話 埃をかぶった監獄

〜崇高で偉大なるブランハット帝国 北西部〜

 

 進めども進めども険しい岩山の群れが続き、道幅は次第に狭く不安定なものになっていく。一般車両ならまだしも、ラルバ達の乗る高級浮遊魔工馬車の車幅は一軒家とそう変わらず、道半ばでやむを得ず徒歩に切り替えて進むこととなった。

 

 号泣するハピネスを無視して車両を隠蔽魔法で隠し、乾燥した岩山の間隙を縫うように進んで行く一行。道中幾度か野盗に出会すも、集落は疎か旅人や冒険者にも遭遇することはなかった。

 

 それから数日歩き、やがて地平線に巨大な灰色の山が見え始めた。

 

「お!! 見えたぞ!! あれが“国境”か!?」

 

 先頭を歩いていたラルバは大喜びで飛び跳ね、我慢の限界と言わんばかりに走り出した。

 

「元気ね……」

 

 ラルバの暴走を止めることを諦めたイチルギがぼそりと呟く。一行は急ぐどころかその場に腰を下ろし、少し早い昼飯の準備を始めた。

 

 

 

「何で来ないの!!」

 

 戻ってきたラルバが、暢気にサンドイッチを食べている仲間を怒鳴りつける。ラデックが用意しておいたサンドイッチをラルバに差し出すと、ラルバはサンドイッチを丸呑みしてその場に胡座をかく。

 

「で、どうだったんだ?」

 

 ラデックが尋ねると、ラルバは難しそうな顔で首を傾げる。

 

「んー。正直あんま面白くなかった。狼王堂放送局みたいに全面ぐるーっと壁で囲ってあるみたいだねー。でも侵入は普通に出来たし、警備もめちゃ手薄だったよ」

「門番はいなかったのか?」

「いや、いたけど無視されたよ。話しかけたら入るなって怒られたけど」

「ん? どういう意味だ? 無視されて怒られた?」

「なーんか変なんだよねぇ。まあ、説明するより見るほうが早いよ」

 

 

 

〜崇高で偉大なるブランハット帝国 北門〜

 

 高さ十数mはあろうかという巨大な城壁。それは地平線の彼方まで果てしなく続いており、所々に破壊を試みたと思われる亀裂や崩落、その修復跡がある。一角に設けられた門には3人ほどの門番が立っており、甲冑越しにこちらを鋭く睨みつけている。

 

「こんにちは」

「立ち去れ! いかなる理由があろうとも通しはせん!」

 

 ハザクラが挨拶をすると、門番は間髪を容れずに威嚇し剣を抜く。

 

「俺は人道主義自己防衛軍の総指揮官、ハザクラだ。貴方達と争うつもりはない」

「聞こえなかったのか? 次は無いぞ! 立ち去れ!」

 

 門番は全く聞く耳を持たず、今度は剣に魔力を込めて構える。

 

 しかし、その真横でラルバが城壁を駆け上がって堂々と侵入をし始める。

 

「お、おいラルバ!」

 

 ハザクラが止めるよりも早く、ラルバは城壁の向こう側へと消えていった。

 

「すまない、すぐに連れ戻す」

 

 そう言ってハザクラが頭を下げるが、門番は変わらずハザクラを怒鳴りつける。

 

「さっさと立ち去れ!」

「え? あ、いや、え? 見ていなかったのか?」

「言うことが聞けないのか!?」

「あ、いや、立ち去ちはするが、あれはいいのか?」

「ならば早く消えろ!!」

「えぇ……?」

 

 ハザクラが狼狽えていると、ラルバが城壁の上から飛び降りて戻ってくる。すると、門番はラルバに向かって剣を向けた。

 

「貴様! 何をしている! 即刻立ち去れ!」

「はいはーい」

 

 ラルバは手を頭の上でひらひらと振って戻ってくる。そしてハザクラに笑いかけた。

 

「ね? 変でしょ?」

「あ、ああ……。なんか、会話が噛み合わないな……」

「不法侵入は無視されるのにさ、入り口に近寄ると怒られるんだよねー」

「操られているのか……? そうは見えないが……」

「魔導ゴーレムなんじゃない?」

「使奴はその辺見抜けないのか?」

「あ、その話しちゃう? 行動的ゾンビみたいな話になるけど。振る舞いじゃ分かんなくても解体らせば分かると思うよ」

「いやその、目の細かな動きとか、受け答えとかで分からないのか?」

「極めて少ないが、そういったヘンテコな動きをする人間もいるからな。だから私は偏見で魔導ゴーレム“なんじゃない?”と言ったんだ」

「……そうか」

 

 2人が話していると、ゾウラがその側を通り抜けて門番の方へ駆け寄っていく。

 

「こんにちは!」

「帰れ! ガキの来るところじゃないぞ!」

「入らないので、少しだけ中を見せていただけませんか?」

「さっさと消え失せろ! 殺されたいのか!」

「じゃあ入らないのでお喋りしましょう!」

「消えろと言ったのが聞こえないのか!」

 

 絶え間なく一方的に怒鳴りつける門番と、微塵も臆せず質問を繰り返すゾウラ。彼らの噛み合わないな会話を見て、ハザクラは更に頭を悩ませる。

 

「……どうしたもんか」

 

 ゾウラが両手をあげて敵意がないことを示すが、門番は変わらず威圧しており剣を収める様子はない。かと言って切り掛かる様子もなく、まるで檻の中で吠え続ける番犬のようだった。

 

 突然、ラルバがハザクラの首根っこを持って引っ張り寄せた。

 

「な、なんだ? ラルバ」

「せーのっ」

 

 短い掛け声と共に、ラルバはハザクラを天高く放り投げた。

 

「うおぉぉぉぉぉおおおおお!?」

 

 突発的な空中遊泳も束の間、推進力に重力が勝り落下を始めた直後にハザクラは後頭部を強打する。

 

「痛っ」

 

 状況を理解する前に身体が坂を転がり始め、水の中へと落下した。

 

「ごぼっ!? ごぼぼぼぼぼぼっ!!」

 

 必死に藻掻き浮上し、やっと周囲の状況を目の当たりにする。

 

 ラルバが自分を放り投げたのは、国境と思われていた城壁の真上。城壁の内側は垂直な壁ではなく、すり鉢状の急な坂になっており、坂の下は深い掘りになっていて、ハザクラはその堀の中に落ちたのだった。見渡せば、城壁の内側は全て同じような坂になっていて、堀が川のようにどこまでも続いている。

 

「……なんだ、これは。まるで――――」

「まるで、脱出を許さない監獄のようだ。ってね!」

 

 いつのまにか後ろまで来ていたラルバが、水面に魔法で立ったまま誇らしげにしている。ハザクラが堀から上がろうと城壁とは反対の岸に手をかけると、川縁は僅かに体重をかけるだけで崩れ落ちてしまう。

 

「うおっ、くっ」

 

 それから幾度となく這いあがろうと藻掻くが、脆い地面を抉り続けるだけで上がることは出来ない。ならばと城壁の方の坂に泳いで行くが、急な坂に体重を預けられる場所はない。

 

「……これ、どこから上がれるんだ?」

「さあ?」

「さあってお前……」

 

 ハザクラが深い溜息をつき浮遊魔法を発動させようかと思ったその時、近くの水面に縄が投げ入れられた。

 

「お兄さん!! 早くこれに捕まって!!」

 

 遠くから聞こえた声の方を見ると、幼い子供2人と1人の青年が縄の端を持って叫んでいた。ハザクラが蔦を掴むと、3人は必死に引っ張りハザクラを岸まで引っ張り上げる。

 

「はぁっ! はぁっ! お、お兄さん、大丈夫ですか!? 怪我は!?」

「あ、ああ、いや、何ともない」

「よ、良かったぁ〜……!」

 

 3人は安堵に腰を抜かし、その場にへたり込む。しかし、青年がすぐに顔を上げ、ハザクラと子供の腕を掴む。

 

「は、早く逃げないと! 化け物がくるっ!」

「化け物?」

「あの赤い角の奴だよ!! 早く立って!!」

 

 そう言って青年はラルバの方を指差す。ハザクラは心の底から申し訳なく思いながら、どう説明したものかと頭を悩ませた。

 

 

 

 

 

〜崇高で偉大なるブランハット帝国 不毛の都〜

 

「ほ、本当に、何もしない?」

「しないしない! 多分」

「ひぃっ……!」

「ラルバ、脅かすな」

 

 ハザクラは濡れた服を魔法で乾かしながら青年に尋ねる。

 

「初めまして、俺の名前はハザクラ。こっちの化け物はラルバ。君は?」

「あ、お、おれは“ニカイキア・シアコ”。こっちのが弟の“ニコルクア”で、こっちが妹の“ニクラカラ”。ほら、挨拶しぃ」

 

 まだ10にも満たないような幼児の2人は、兄の体に隠れたまま小さく頭を下げる。すると、ラルバが腰だけを大きく曲げて真上から3人を見下ろし、両手に土魔法のノコギリを持って笑う。

 

「ところで育ち盛りのベイビー諸君、私は今究極に腹ペコなんだが、頭から丸齧りされたくなければご両親のところまで――――」

「やめろ馬鹿!」

 

 ハザクラは咄嗟にラルバを殴り押さえつける。しかし、子供達は悲鳴をあげて一目散に逃げ去ってしまった。

 

「何で脅かすんだ!!」

「キュートアグレッション」

「嘘つけ!!」

 

 2人が言い争いをしていると、程なくして城壁を超えてきたラデック達と合流した。ラデックは険悪そうなハザクラの顔を見て溜め息をつく。

 

「どうしてこんな短時間で喧嘩が起こるんだ。取り敢えずラルバは謝っておけ」

「何で私が悪いって決めつけんのさ!!」

「いつもそうだからだ」

「今回は違うかもしれないだろ!!」

「違うのか?」

「いや、違くない」

 

 

 

 辺りは枯れ木と背の低い茂みが疎に生える荒野が広がっており、城壁の外とは違い小高い山々がある程度で、視界はそこまで悪くない。

 

 一行が子供達の逃げた方へ歩いていくと、小さな村が見えてきた。石と粘土で作られた家々、それを取り囲むように背の高い広葉樹が幾つも生えており、青々とした葉を屋根のように広げている。

 

 そして、村の前では村人と思しき者たちがこちらを睨みつけて武器を構えていた。

 

 ハザクラは深く溜息をつき、ラルバは楽しそうにケラケラと笑う。

 

「あっはっは。激おこじゃん。おもしろ」

「お前が無意味に子供を脅かすからだろう……!!」

「未開の地の先住民てなんか響きが物騒だよね。先手必勝で潰しとく?」

「これ以上何もするな! 大人しくしてろ!」

「あ! こないだの盗賊が持ってたドラッグあるよ! これ売ろうぜ! 文明のない蛮族には大ウケでしょぉ〜!」

 

 ハザクラは視線を地面に落とし、小さく舌打ちをする。

 

「……イチルギ、俺に良い考えがあるんだが」

「あら奇遇ね。私も良い考えがあるわ」

 

 

 

 イチルギとハザクラはラルバを魔法で縛り付け、村人の眼前でこれでもかと言うほどに蹴りつけて見せた。

 

「暴力反対!! 暴力反対!!」

「うるさい! 少しは反省しろ!」

「いっつもいっつも好き勝手して! 誰が尻拭いしてると思ってるのよ!」

「ラデック助けて!! 弱いもの虐めだよぉ!!」

「2人の言うことが聞けるなら」

「それは断る」

 

 恐怖と敵意に満ちていた村人達は突然の仲間割れに困惑し、唖然としてこちらを見つめ立ち尽くしている。しまいには居た堪れなくなったのか、憤怒に狂うイチルギとハザクラを宥め始めた。

 

 

 

「見苦しいものをお見せして本当に申し訳ございません……」

「い、いやいや……お気になさらず……」

「いいや気にしろ! そして謝れ! 私に! この扱いに!」

 

 簀巻きにされたラルバは広葉樹の枝に逆さ吊りにされており、逃げ出さぬようナハルに見張られている。

 

「それで……ハザクラさん達は一体どこの村から?」

 

 村の長と思しき壮年の女性が尋ねると、ハザクラは少し困りながらも答える。

 

「その……俺達は、囲いの外から来ました」

「囲いの……囲いの、外……!?」

 

 村長だけでなく、村人達の目が大きく見開かれる。

 

「はい……信じられないかもしれませんが……」

「こ、これはいけない……!! 皆さん!! 早く中に!!」

「えっ?」

 

 村人達は血相を変え、ハザクラ達を一際大きな建物の中に押し込む。それに続いて他の村人達も中に入り、村の外は逆さ吊りのラルバを残して無人となった。

 

「誰か下ろしてくれーい」

 

 

 

 建物の中は倉庫だったようで、収穫された農作物や農具が壁際に置かれている。

 

「一体どうしたんですか?」

 

 ハザクラが困惑して尋ねると、村長は数人に目配せをしてから答える。

 

「……この村は、いや、この国は見張られているのです。“ブランハット帝”に……」

「ブランハット帝……この国の帝王、ですね?」

「はい。奴の部下に見つかれば、きっと皆さん、タダでは済みません」

「……この国に、今まで外から来た者は?」

「いません。ですが、奴は恐れているんです。外から来る者を……」

「恐れている?」

 

 別の村人が声を上げる。

 

「使いの人が、いっつも俺たちに聞くんだ! 囲いを越えてきた奴はいないかって!」

「そうだ! だから俺たち! ずっと待ってたんだ! あんたらが来るのを!」

「あんたら外の人なら、きっとあいつをやっつけられる!」

「俺も外に出たい! 頼むよ! 俺達も外に連れてってくれ!」

「ブランハットの野郎を倒してくれ!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。