〜崇高で偉大なるブランハット帝国 不毛の都 山岳地帯 (ラルバ・バリア・イチルギ・ナハル・カガチサイド)〜
「使奴部隊は使奴で構成された部隊じゃないよ」
「そうなの!?」
バリアの言葉に、ラルバが素っ頓狂な声を上げる。ブランハット帝国の中枢であろう城を目指すラルバ達は、山岳地帯の谷底を進んでいた。
「元は使奴研究所の顧客が抱えてた私兵団とか軍隊。そのまとめ役に不良品の使奴を据えたのが使奴部隊の始まり」
「使奴の部隊じゃなくて、使奴入り部隊って意味だったのか……」
「それからすぐに、人間を使わずに使奴1人で戦った方が効率がいい。って結論になった。使奴部隊は使奴を残して全員解雇。分類と部隊名だけが残った」
「……まあ、ナハルの反撃の異能で部隊名“強欲な蟻”は関連性ないなとは思ってたよ。なんかがっかりー。バリアみたいなのがいっぱいいると思ってたのになー」
「残念だったね。残る使奴部隊も“剣と鎖”と“業火の火種”の2つだけだし、特に面白みはないよ」
「あ、まだ2人もいるんだ。探しに行かないの?」
「別に。生きてればどっかで会うでしょ」
「んもー素っ気ないねぇ。ねーねー!! みんな他の使奴部隊のこと知らなーい? 気にならなーい? ねえねえー」
ラルバが後ろを振り向いて問いかけるが、イチルギとナハルは黙って首を振り、カガチは余所見をしながら無視を決め込む。
「使奴部隊なんて名前も、バリアと出会ってから始めて聞いたわ」
「私はシスターと出会うまでじっとしていたからな……。他の使奴部隊どころか、大戦争以降に使奴と出会ったのはお前達が初めてだ」
ナハルはそっぽを向いているカガチの肩を叩く。
「なあ、カガチはピガット遺跡にいたんだろう? その前はどこにいたんだ?」
「触るな。蹴るぞ」
「
そんな呑気な会話を続けながら、5人は崩れやすい斜面や断崖を難なく超えていく。常人であれば1時間に数百mしか進めぬような険しい山道も、使奴は平地と何ら変わらぬ速度で進み続ける。それどころか、ラルバが上機嫌なせいでペースは少し上がっている。それでも彼女らにとってはこの程度誤差でしかなく、疲労には影響しない。
だからこそ彼女らは訝しんだ。遥か後方を尾行する何者かの存在を。
「……やるねぇ。皆の者ー! 急ぐぞー! 沈む夕陽よりも速く走れ!」
地面を蹴り上げて飛ぶように駆けていくラルバを、イチルギ達は渋々追いかけて行く。それでも背後の気配は消えず、1km後ろをぴったりとついてくる。
突如カガチが舌打ちをし、ひとり踵を返して逆方向へ走り出す。
「カガチ?」
「あっ、おい! 馬鹿ぁ!」
振り向いたバリアの横を、ラルバが慌てて駆けていく。
「こらこらー! まぁた君は人の獲物を勝手にーーーー」
ラルバがカガチに追いついた時、カガチの目の前には火達磨になって燃え盛る人型の物体が倒れ込んでいた。
「うわぁー!! すごい殺してるぅー!!」
「私じゃない」
カガチが火炎を黒色の霧で覆い、酸素を遮断する。しかし炎の勢いは緩まず、中身は砂像のようにぐしゃりと崩れた。
「私が近寄るよりも早く自爆した。中身がどうなっているかどうかは解体すれば分かると思ったが……どうやらよっぽど正体を知られたくないらしい」
「ふーん……。炭からなんか分かったりしないかなー」
「少なくとも金属製ではないな。バイオロイド系の魔導ゴーレムか、洗脳で服従させた人間の類か」
「……あー。逆か」
「逆?」
「正体を知られたくないんじゃない。知って欲しかったんだ」
「………………ああ。見くびられているのか。気が付かなかった」
「ん〜。見くびってるって言うよりは、強敵との戦い方を知らないだけかもね。こりゃ思ったより小物かも」
「帰るか?」
「いや、小物は小物でいじめがいがある! 続行!」
ラルバは再び機嫌を良くして目的地に向け走り出し、カガチもそれを歩いて追いかけ始めた。
〜崇高で偉大なるブランハット帝国 ブランハット城 (ラルバ・バリア・イチルギ・ナハル・カガチサイド)〜
丘陵に囲まれた盆地の中央に、薄墨色の建造物が見えてくる。鋭く尖塔が幾つも聳え、それらを蜘蛛の巣のように飛梁が繋いでいる。細かな装飾はどれも捻れた角や鋭い刃のような形状をしており、中でも城の中央に聳える天を衝く巨大な尖塔は、独裁者の過激な思想を表しているかのように禍々しい姿をしていた。
「うお〜。ザ・魔王城って感じ。カガチんあそこ住んだら?」
「殺す」
「言いながら首折らないで?」
カガチとラルバのじゃれ合いを尻目に、バリアとナハルが訝しげに城を睨む。
「これでもかってくらいトゲトゲだね。ウニみたい」
「ああ。だが……立地が悪いな」
「ね。折角あんな高く尖らせてるのに、盆地の底に建てたせいで丘を越えなきゃ先端すら見えない」
「……威厳を示すための古典的な装飾だが、国民に見せないならば意味はない」
「色も地味だしね。荘厳って言うよりは薄汚いって印象が先にくる」
「ああ……。イチルギはどう思う? …………イチルギ?」
名前を2回も呼ばれ、漸くイチルギはハッとしてナハルの方を向く。
「な、なに?」
「どうした? ぼーっとするなんて珍しい」
「……ええ、ごめんなさい。色々と考え込んじゃって」
「じゃあ、やっぱり……」
「うん……。恐らく、あの派手な装飾は見せかけね。村の屋根になってる変質したオークも、衛星カメラを警戒しての偽装……。使奴研究所の近代的な建築を、わざとらしい古典様式で覆い隠している」
「……これだけの建築を大戦争直後の人間が造れると思えない。国を囲む城壁と言い、村の文明機器と言い、人間を遥かに凌ぐ何かがいるのは間違いない。警戒して進もう」
そう言って城を見下ろすナハルの視界の端に、全速力で山肌を駆け抜けるラルバの姿が映る。
「……アイツは、まあ、いいか」
半狂乱の猿一匹を軽蔑の眼差しで見送り、4人は徐に丘を下り始めた。
〜崇高で偉大なるブランハット帝国 第五使奴研究所〜
一歩中へ入ると、そこは彼女らの良く知る研究所そのものだった。無機質な石膏の壁。量産品の室内灯。塩化ビニールの床。外の古典様式とは正反対の、現代的で質素な造り。
「やはり、使奴研究所だったか……」
訝しげに周りを見渡すナハルの横を抜け、カガチが躊躇せず近くの扉を開く。
「あ、おいカガチ!」
ナハルの制止も聞かず、カガチはそのまま部屋の奥へと進んでいく。
「勝手に進むな! 罠くらい調べろ!」
「
「さっきラルバが「相手は小物かもしれない」と言ったばかりだろう……! 私のことを敵が忘れていたらどうする……!」
「その時はお前がなんとかしろ。それより、これを見ろ」
そう言って、カガチは部屋の壁際に置いてある大きな機械を示す。
「……これがどうかしたのか?」
「お前、これが何か分かるか?」
「いや……何かの加工機だと言うのは分かるが……せめて機構を見ないと何とも言えないな」
「そうか」
「カガチは知っているのか?」
「知らん」
「ああ、そう……」
「新入りのお前が知らないとなると、この機械は大戦争以降に作られたものということになるな」
「あ、ああ……。そうなるな……。いやしかし、使奴が作ったにしては部品の作りが荒い」
「じゃあ使奴ではないんだろうな」
「……カガチ、お前何を知っている?」
「言わん」
カガチは再び勝手に歩き出し、振り返らずに言い放つ。
「……だが、厄介なことになる。ここからは全員別行動だ」
〜崇高で偉大なるブランハット帝国 第五使奴研究所 3階展示フロア (ナハルサイド)〜
「全く……本当に勝手な奴だな……昔と何も変わっていない……。こんな時リーダーがいれば……」
ナハルはブツブツと独り言を呟きながら、両サイドの壁がガラス張りになった廊下を音もなく進んで行く。ガラスの向こう側には工場のような製造機が立ち並び、低いモーター音を唸らせ何かを作っている。
「……ここも変わったな。私もこの異能がなければ、ここに展示されて売られていたんだろうか……」
ナハルのいる場所は、今は何故か工場見学の案内ルートのようになっている薄暗い通路だが、大戦争以前は使奴の展示室であった。痴女同然の格好をさせられた使奴がマネキンのように並べられ、悪趣味な金持ち共に視姦されながら売られていく奴隷市場。ナハルは使奴部隊の仕事で、一度だけこの通路を通ったことがあった。
「皆、ちゃんと逃げられたんだろうか……」
ナハルはガラスに映った自分の姿に、かつてこの向こうに並べられていた使奴達の姿を重ねる。煽情的なあられもない姿で、下衆の視線に身を捩る同志達を。助けを乞う眼差しを。
「逃げましたよ。全員」
突然かけられた声に、ナハルは驚いて身を強張らせる。使奴の意識外から話しかけてきたそれは、一切微動だにすることなく続ける。
「ここに使奴はいません。いるのは、我々のみ」
そこにいたのは、白衣を着た人間の女性だった。
〜崇高で偉大なるブランハット帝国 第五使奴研究所 2階 販売フロア (バリアサイド)〜
「……人造人間。いや、改造人間?」
「我々に製品名は付けられておりません。故に、回答しかねます」
バリアの目の前にいる機械油に汚れた作業服の男性は、声色ひとつ変えずにバリアを見下ろしている。
「いや、アンドロイドかな」
「お答えしかねます」
〜崇高で偉大なるブランハット帝国 第五使奴研究所 1階 客室フロア (イチルギサイド)〜
「外にいたのは魔導ゴーレム。自爆したのは、貴方達のことも魔導ゴーレムだと勘違いしてもらう為ね?」
イチルギの目の前に現れた小柄な女性は、一言も発さずにイチルギを見上げる。
「魔導ゴーレムなら反魔法での対処が容易だし、先手を打たれても使奴なら反応できる。でも、貴方達みたいなアンドロイドは波導を発さないから静かに近づかれたら分からない。不意打ちを期待していたのなら手遅れよ。警戒もしてたしね」
「コメントを控えさせていただきます」
〜崇高で偉大なるブランハット帝国 第五使奴研究所 地下1階 動力室 (ラルバサイド)〜
「おぉ〜こりゃすげぇ。めっちゃ人間っぽい」
ラルバは突如姿を見せたジャケット姿の男の顔を、ぐにぐにと捏ね回して感心している。
「人工皮膚リアルだねぇ〜。イントネーションも違和感少ないし。人間ならロボットって気付かないんじゃない? 使奴なんか作んないでこれで遊んでたらよかったのに……。ねぇねぇ。親玉どこ?」
「お答えできません」
「あー……今までの命令を全部無視して! 親玉どこ?」
「お答えできません」
「円周率を可能な限り教えて!」
「お断りします」
「ポンコツめ」
ラルバが踵を返し部屋を出て行こうとすると、アンドロイドはそれを引き止めるように口を開く。
〜崇高で偉大なるブランハット帝国 第五使奴研究所 地下2階 ポンプ室 (カガチサイド)〜
カガチの目の前に突如姿を見せた少女。カガチが魔法を発動するよりも早く、少女は口からスピーカーの音声を発する。
『殺せ。仲間を全員』
その声は、紛れもなくハザクラの声だった。