〜崇高で偉大なるブランハット帝国 第五使奴研究所 別棟通信室 (ラルバ・イチルギ・ハピネス・ハザクラ・ジャハルサイド)〜
2週間後、ハザクラの要請により人道主義自己防衛軍の分隊が到着していた。研究所内を忙しく行き来する軍人らを、ボブラはハザクラと共に眺めている。ボブラは信じられないと言った様子でハザクラに尋ねる。
「……こいつらを、フラムの野郎が育てたのか?」
「そう言って差し支えない。フラムさんは50年程前に亡くなられたそうだが、建国から亡くなる前日まで、総裁としての責務を全うしていた。人道主義自己防衛軍はフラムさん無しでは生まれなかったし、ここまで成長することもなかった」
「だが、使奴に殆どの仕事をやらせてたんだろ?」
「やらせていた、という言い方は不適切だな。フラムさんはベルと共に人道主義自己防衛軍を統率していたが、ベルはフラムさんに支配されていなかった。フラムさんは飽くまでもベルに頭を下げて願いを聞いてもらっていた。ベルも、フラムさんを信頼して仕事を手伝っていた。ベル自身からそう聞いている」
「やろうと思えばいつでも支配できただろうによ……。あいつらしい……馬鹿真面目なやり方だ」
「誠実な人なんだ。俺もそうありたいと思う」
「…………で、誠実を目指してやることが国家襲撃か? 正義の奴隷は忙しいな」
不意に罵られ、ハザクラは少しムッとして言い返す。
「間違っていないが当たってもない。俺達が望むのは世界の平和……いや、俺が望むのは使奴の……【シドの国】だ」
「あぁ……?」
「未だ隠遁派の使奴は行方を眩まし、沈黙派の使奴は終わらぬ不自由と刹那的な幸福に囚われている。……復興派の使奴も疲れ果て、徐々に沈黙を始めていると聞く。……俺は、使奴を使奴という立場から解放してやりたい。何の変哲もない一つの人種、“シド”として生きていけるように。使奴という言葉が持つ意味を変えたいんだ」
「…………その沈黙派だの隠遁派だのはよく分からんが、使奴からしたらいい迷惑じゃあねーのか。当然普通の人間にとってもよ」
「かもしれないな。だが、少なくともフラムさんはシドの国を望んでいた。自分の娘達が幸せに生きられる世界を強く望んでいた。どんな形になろうとも、俺はそれを実現したいんだ」
「とんだ自己満足だな」
「ああ。だが、それはボブラもだろう?」
「……そうかもな」
「ハザクラくーん。“お狐様”が呼んでるよー」
遠くからハピネスの呼ぶ声がする。
「後のことはハピネスに聞いてくれ。あんなのでも一応元国王だ。話が合うかもしれないぞ」
「俺と話が合うような外道と一緒にいたくはねぇな」
ボブラの元を離れてハザクラが向かった先のモニター室には、大きな狐のような耳を力無く伏せる少女の姿があった。
「コラン大尉」
「ああ、来たか……。あのさ、あの金髪の子に、人のこと狐呼ばわりしないでって、言っといてくれる? 耳のこと言われるの、嫌なんだよね……」
「不愉快だったら殴ってくれていい。どうせ言ったって聞かない」
「あ、そう……」
コランはクマだらけの気怠そうな目を、より伏目がちにして肩を落とす。眠そうな泣きそうな何とも言えないしょぼくれた顔の彼女は、手元のキーボードを操作しながらハザクラにたどたどしく愚痴をこぼす。
「これ、本当にやらなきゃダメ……? コードの解読っていうか、システムの基礎から、全部覚え直ししなきゃいけないんだけど……。正直、ワタシが死ぬまでに終わる気しないよ……」
「最優先でやってほしい。少なくとも、俺の異能を録音していた技術までは知っておきたいんだ」
「話、聞いてた? ワタシ、未知の文法の、理解からしなきゃいけないんだけど……?」
「頑張れ。呪術書の解読よりよっぽど簡単だろう?」
「全く別物。そもそも、あれは趣味、好きでやってるから……仕事と、一緒にしないで……」
「あ、そう言えば、キュリオの里で呪術書が手に入ったぞ。ほら、こんな感じの――――」
「えっ!? 嘘っ!?」
コランは椅子から転げ落ちるようにハザクラに詰め寄り、魔袋から出したばかりの呪術書をひったくる。
「こここここれ、ドクロマンの遺作……!? やっぱ氷精地方の出身だったんだ……!! 日付、日付はいつの……!?」
ハザクラは興奮気味のコランから呪術書を取り上げる。
「続きは解読が終わってからだ。どのくらいで終わる?」
「…………ヒダネ総指揮官。ワタシに借りがあるよね? 好き勝手やってくれちゃってさ……。今回だってさ、結構無理して来てあげたんだよ? 先にその支払いじゃない? まさか、総指揮官権限で、無理に押し付ける気じゃないよね。他の子は知らないけど、ワタシはそういうの聞かないよ」
「これと同じような呪術書が、あと10冊近くある」
「じゅっ――――!!!」
「大分釣りが来ると思うが」
「…………………………一年、いや、三四半、三、半年。半年……ちょい、で、終わらせる」
「頼んだ。先に5冊渡しておこう」
コランは再び呪術書をひったくり、いそいそと机の上に並べて恍惚の表情を浮かべる。ハザクラは彼女の涎が落ちきる前に部屋を出て、イチルギ達の元へ向かった。
「あ、ハザクラ君。どうだった?」
「半年ちょっとでやると言っていた。彼女は優秀だ。見当違いな見積もりは出していないだろう」
「じゃあ多めに見ても1年以内ね」
ハザクラ達の次なる目的は、平和な国、愛と正義の平和支援会の陥落。表向きは平和主義の善良な中立国だが、その実態はまるで得体が知れない。崇高で偉大なるブランハット帝国から子供達を誘拐していた容疑。笑顔による文明保安教会への使奴の派遣及び笑顔の七人衆の一席の確保。そして、ヒトシズク・レストランでのアビスの隷属化。有する技術や異能は計り知れない。
そこで、今までとは違うアプローチを考案した。それは、愛と正義の平和支援会が最も密に接している貿易大国、”ダクラシフ商工会“の支配。今までのように力任せにトップを討ち倒すのではなく、秘密裏に支配層を無力化し愛と正義の平和支援会の資源を削ぐ。その間に使奴を隷属させた技術や、秘匿している技術を調べ上げ対抗手段を整える。
「なんか大掛かりね。……今までが短絡的だっただけかしら」
「本当は全ての国に対して同じことをするつもりだったんだが……。ラルバが好き勝手やるから意味がなかった」
「ベルに怒られなかった?」
「いや、ベルは察していたみたいだ。その分割りを食った部隊は多いが……」
「……その部隊って、狐の子の?」
「ああ。主に軍団アマグモ全体、特にコラン大尉とその部下が割りを食っている。当初の予定では楽させてやれるはずだったんだが……休息を奪った上にラルバの我儘の後始末を任せることになってしまった。本当に申し訳ないと思う」
「………………私も後で謝りに行ってくるわ。まあ、今回ばかりはラルバも納得するでしょ。て言うかさせる」
「そうだな。流石に使奴の隷属化なんて技術は奴も無視できないだろう」
「1年!? そんな待てないよ!! 3日でやって!!」
串に刺した小動物の丸焼きに齧り付きつつ、ラルバはハザクラに強く反対した。
「じゃあお前が解読を手伝え。コランの多忙はお前の奔放が原因なんだぞ」
「やだよめんどくさい……。アンドロイドにやらせようよ」
「そのアンドロイドは6人とも国の管理で手一杯だ」
「そんだけしかいないの!?」
「こないだまで9人いたらしいんだがな。どこの馬鹿が殺したんだろうな」
「チル助とバカガチ」
「お前だバカタレ」
「えー……じゃあ作り直してよ」
「設計図もない自立魔導アンドロイドをゼロから手作業でか?」
「1匹バラして中見ればいいじゃん」
「大人しく寝てろ」
「やだーっ!!!」
床の上でジタバタと暴れるラルバに、イチルギが拳骨を食らわせる。
「うるさいっ!!」
「あでっ」
「アンタが勝手に襲撃とかするからこんなことになってんでしょうが!」
「イっちゃんだってついてきたじゃん! 同罪でしょ!」
「ここまで引っ掻き回す予定じゃなかったわよ!」
「じゃあ悪いのバカガチじゃん」
「あっ! そうだっ! 忘れてた!」
イチルギが部屋の外へ駆け出すと、すぐさまラルバも起き上がって追いかけていく。
「カガチー!? どこにいるのー!?」
「やれやれーい! 長い棒持ってこい!」
「……何なんだ?」
「カガチ!!」
「バカガチー!!」
イチルギとラルバが向かった先では、ラデックに黒痣を治療してもらっているカガチがいた。
「喧しいな」
「どうした2人して。何かあったのか?」
「どうしたもこうしたもないわよ! カガチ、アンタこうなること分かってたでしょ!」
ラデックは何のことかわからずカガチを見るが、カガチは無表情のままそっぽを向く。
「何のことやら」
「潜入前にアンタが言った「厄介なことになる」って、このことだったんじゃないの!? ハザクラ君の異能の録音があるって知ってたんでしょ!!」
「何のことやら」
「別行動の提案もアンタじゃない! バリアが敵対するの分かっててやったわね!?」
「何のことやら」
「どういうつもりよカガチ!! 答えなさいよ!!」
「何のことやら」
「コイツ……!!」
まるで嘘を隠す様子のないカガチは、嘲笑するように深い溜息をつく。
「文句ばっかり言う前に少しは自分を疑ってみたらどうだ?」
「アンタねぇ!! 私が――――」
「私がこんな技術知るわけないだろう。言いがかりも甚だしい」
「じゃなきゃ説明が付かな――――」
「考えなしに敵の懐に飛び込むなんて愚行をしなければこんなことにはならなかった。己の無能さを人の悪意に擦り替えるな」
「…………あのねぇ」
「いっそのことハピネスにでもオーナー登録してもらったらどうだ? 首輪があれば少しは身の程を弁えるだろう」
カガチが罵倒を言い終わると、数秒の沈黙を挟んでイチルギがラルバに手を差し出す。
「ラルバ、棒」
「あいどーじょ」
「やめてくれイチルギ!! 黒痣治し終わったばかりなんだ!!」
ラデックが血相を変えて止めるも、イチルギは金属の棒を振り上げて怒鳴り散らす。
「退きなさいラデック!! 一緒に殴るわよ!!」
「せめて顔はやめてくれ! 額の黒痣残すの地味に面倒臭いんだ!」
「大丈夫よ首から下しかやらないから!!」
「ああじゃあ胸とか下腹部周辺もやめてくれ。あの辺治す時毎回抵抗があるんだ。あと出来れば口の中とかもやめてほしい。あの辺は形が複雑で造形が難しい。あと耳も結構――――」
「うるさいなぁもう!!!」
〜崇高で偉大なるブランハット帝国 北門〜
10日後、一行は国を出るため最初に訪れた門まで戻ってきていた。最早必要無くなった城壁をラルバが盛大に蹴り壊し、その瓦礫で堀を埋めた。
ハザクラとジャハルが瓦礫を魔法で圧縮させ、充分に締まったことを確認し満足そうに頷く。
「よし。これなら三本腕連合軍も通れるな」
「……今更なんだが、人道主義自己防衛軍だけで良かったんじゃないか? わざわざ彼等を呼ばなくても……」
「ブランハット帝国の物品は、現代からしたらオーパーツだ。三本腕連合軍が欲しがらないはずがない。我々の監査の下、敢えて見せられるものだけ見せることにする。勝手に侵入されたら一大事だ。衛星関係の情報なんか特にな」
「それはそうなんだが……今呼ばなくても」
「実を言うと、あそこの長に恩を売っておきたいと言うのが本音だ」
「……なんか良くないことを企んでいるな? ハザクラ」
「最近悪知恵が働くようになった。ラルバに似てきたのかもしれない」
「やめてくれ。私も最近毒されてきたような気がする」
「旅が終わったら2人で精神科にでもかかるか」
「2人ともー!! 置いてくぞー!!」
2人が声のする方を見ると、待ちきれなくなったラルバが遠くで手を振っていた。
「置いてってくれるらしいぞ」
「それはいい。お茶でも淹れようか」
「聞こえてるぞ馬鹿共ー!!」
2人がラルバ達に合流すると、ラルバは頬を膨らましてハザクラに唾を飛ばした。
「ブビィーっ! 遅い!」
「汚い」
「使奴の唾は汚くないよ。血管に入れたって大丈夫」
「汚い」
「汚くないって」
ラルバは岩山の先を指差し、高らかに声を上げる。
「さあて! 次こそは悪党ぶっ殺すぞー! 正義の鉄槌が血に飢えてるぜー!」
そして一歩を踏み出そうとした時、ラルバはふと後ろを振り返った。ナハルとイチルギもそれに気付いたようで、同じく後ろを振り返る。
「……なんだぁ?」
使奴達が見つめる先、ブランハット帝国の破壊された城壁の向こうから、一台のバギーがこちらへ向かってきているのが見えた。大荷物を積んだバギーは荒々しく地面を削り、ラルバ達の前まで来て急停止した。
「頼みがある!!!」
運転席から降りてきたのは、ボブラ・ブランハットであった。
「オレも連れて行ってくれ!!!」
そう言って、彼は土下座をして地に額を打ち付けた。
「…………え、やだ」
ラルバが素っ気なく断るが、ボブラは顔を伏せたまま訴える。
「頼む!!! どんな捨て駒の役だって受ける!!! オレみたいなクズ、足手纏いなのは分かってる!!! そこを何とか頼む!!!」
「えー……ちっちゃいおっさんはラプーで間に合ってるし……2人もいらない……」
あからさまに軽蔑の顔を見せるラルバ。見かねたハザクラが前に出て、膝をついてボブラに尋ねる。
「目的は何だ?」
「……ハピネスから、お前達の旅の話を聞いた」
「ハピネス……はぁ、それで?」
「オレは、ずっと国民の幸せを願って生きてきた。オレの命を有効に使えるように生きてきた。でも、でも……!! 外の世界はそうじゃねぇって聞いて、爆弾牧場とか、グリディアン神殿とか、クソみたいな馬鹿が、御伽話の帝王みたいに民を虐げてるって聞いて、すげぇ腹が立ったんだ……!! 折角、戦争でなんもかんも滅んだってのに、何で同じ過ちをって……!!!」
「安心しろ。ボブラには人道主義自己防衛軍で出来ることをやってもらうつもりだ」
「違う!! これは、本当にワガママな話だ……!! オレは、オレは!!! そのクソ野郎をぶん殴ってやりてぇんだ!!!」
ボブラが泥だらけになった顔を上げ、鼻水と涙を溢しながら叫ぶ。
「オレは、世界がもっとマトモに動いてるって信じてた。オレだけがマトモじゃねぇって思ってた。それが、それがよぉ……!! なんでっ、なんでそんなクソになっちまったんだ!! お前らの話を聞いてから、怒りが収まりゃしねぇ……!!! エゴだっつのは分かってる!!! でもっ、オレは、オレは…………!!!」
あまりの怒りに支離滅裂になっていくボブラの肩を、ハザクラがグッと掴んで落ち着かせる。
「ボブラ、あなたは今冷静じゃない」
「冷静でいられるか!! オレが生きてきた意味が、やってきたことが、ふみにっ、踏み
「悪は俺達が必ず滅ぼす。命を捨てる必要はない」
「違うんだっ……!! 違うんだハザクラ……!!! オレが、オレが……!!!」
「落ち着けボブラ」
「まあまあ、いーんじゃない? 別にさ」
ハピネスが唐突に口を挟んだ。
「ハピネス……」
「一応彼は使奴研究員で、恐らくラデック君よりも立場が上だ。聞けることはたくさんあると思うよ? この先使奴研究員がいた場合に囮にも使えるだろうしね。ほら、
「お前、さては
ハピネスはハザクラの指摘に怪しく笑う。
「んー? 最近悪知恵が働くようになったから、色々とね。ラルバに似てきたのかも」
「……俺を利用するつもりだな?」
「1割正解。私は何でも利用するよ? 人道主義自己防衛軍の総指揮官でも、元帝王でも、使奴でも」
ハピネスはくるっと後ろを向き、ラルバに擦り寄る。
「ねえ、いいでしょ? ちゃんと面倒見るからさ」
「んん〜……ハピネスの悪意は私も計りづらいからなぁ〜……あんま言うこと聞きたくない……」
ラルバは珍しく困ったように唸るが、ハピネスはあざとく両手を頬の横で組んで見せる。
「お願いっ! そのうち面白いもの見せてあげるからさ! ネッ!」
「う〜ん……なぁんか利用されてる感じ……まあ、されてるのか……」
「してるよ?」
「私が言うのもなんだけど、ハピネス節操ないね。早死にするよ?」
「大丈夫。生命線長いから。肘まである」
爪で腕に引っ掻き痕を残すハピネスを、ラルバは怪訝な目で睨みつける。
「………………まあ、いいよ。ちゃんと毎日散歩連れてくんだよ」
「やったー! ラルバちゃん大好き!」
「気味悪いなぁもう」
ハピネスはウキウキしながらボブラの腕を引き、バギーに乗せて自身も後ろに跨る。
「ほら! さっさとエンジンかけて! 口利いてあげたでしょ!」
「……なんか礼言いづれぇな。もしかしてオレは嵌められたのか?」
「当たり前じゃん。何言ってんの? もうお前に人権ないから。それとも降りる?」
ボブラは無言でバギーのエンジンをかけ、ハピネスを乗せたまま土埃と共に消えて行った。残された一行は渋い顔で立ち尽くし、ハピネス達が走り去っていた後を
【元帝王 ボブラ・ブランハットが加入】