シドの国   作:×90

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233話 貸し切り

「あぁ!? オメー何で金持ってきてねーんだよ!!」

 

 廃ビルの一角。派手な見た目をした女子生徒4人が、1人の気弱そうな男子生徒を蹴飛ばしている。

 

「ご、ごめん……っ。でも、もう金、なくて……」

「無いわけねーだろ!! 親の財布でも何でも漁ってこいよ!!」

「こない、こないだバレて、お小遣いも、ナシになったんだよ……だから、もう……」

「じゃあその辺のオッサンでもブン殴って盗ってこいよ!!」

 

 女子生徒の魔力を帯びた蹴りが、男子生徒の無防備な腹部に命中し鈍い破砕音が響く。

 

「うわ、今の折れたんじゃない?」

「別によくね?」

「折れたなら治療費貰えんじゃね? やったじゃん、金増えて」

「ガチで? おい! お前転んだっつって病院行ってこいよ」

「てか待って? どうせ行くならもうちょい重症のが金貰えんじゃね?」

「いや死んだらまずくね?」

「死なないとこやりゃーいーじゃん。目ん玉とかさ」

「あーね」

 

 痛みに悶えていた男子生徒が、血相を変えて逃げ出そうともがく。しかし、女子生徒の1人がすかさず足を蹴飛ばして転倒させる。

 

「何逃げようとしてんの? マジキモいんだけど」

「ご、ごめんっ……!! お金なら絶対持ってくるから……!! だからっ……!!」

「はい罰ゲーム決定ー」

「い、いやだっ!! やめてっ!!!」

「うるせーなもー。ほんと無理なんだけど。なんなん? 金持ってこないわワガママ言うわ。がちキモいんだけど」

 

 男子生徒は女子生徒たちに羽交締めにされ、女子生徒の1人が手に土魔法で生み出した小さな刃を握る。

 

「右と左、どっちがいい?」

「ご、ごめんなさいっ……何でも言うこと聞くからっ……!!」

「だから、右と、左、どっち?」

「うっ……ううっ……い、一生のお願い……だから……」

「うざ。もういいわ」

 

 女子生徒の手にした刃が、右目の下に突きつけられる。

 

「病院にはカラスに襲われましたって言えよ」

「ひっ……!!! あぁっ……!!!」

 

 その時、男子生徒の頭に悍ましい声が響く。

 

「力が欲しいか?」

 

 男子生徒は突然のことに声が出ない。そして、もう一度頭の中に声が響く。

 

「我に魂を捧げよ。さすれば、力を与えよう」

 

 魂。その言葉に怯えるも、刃は既に眼前。男子生徒は堪らず叫んだ。

 

「分かった!!! 何でもやるから――――」

「契約成立だ」

 

 次の瞬間。男子生徒の両手に魔力が漲り、強烈な波導風と共に女子生徒らを吹き飛ばす。

 

「これは……!?」

 

 男子生徒の両腕は奇怪な変質魔法によって、歪な鉄の巨掌へと変貌していた。呆然と立ち尽くす男子生徒の頭に、再び声が響く。

 

「さあ、その手で憎き敵を討て。肉を剥き、骨を圧し、五臓六腑を啜り上げなになになになに? ちょっと今いいところ……あー引っ張んないでー!」

 

 声が段々と遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。話半ばで消え去った声と、変わり果てた自分の姿に、男子生徒は恐怖と困惑に苛まれ立ち尽くすしかなかった。

 

 

 

〜ダクラシフ商工会 給冥(きゅうめい)エージェンシー 旧2番通り (ラルバ・ラデック・ハザクラサイド)〜

 

「何すんのよ! いいとこだったにー!」

 

 廃ビルから引っ張り出されたラルバは、ラデックとハザクラの腕を振り解いて文句を垂れる。

 

「ラルバ、猛烈によくないことをしていただろう」

「どうせ碌でもないことだ」

「碌でもないとは何だ碌でもないとは! 人助けだぞ!」

「じゃああの喋り方は何だ」

「ピンチの時に力をくれる謎の存在ごっこ」

「はぁ……やっぱり碌でもない」

 

 ハザクラは頭を抱えて深い溜息をつき、徐に路地から外へ出る。

 

 アスファルトには真っ黒に変色したガムが雨が滴ったように斑模様を描いていおり、それらが見えなくなるほどの紙やプラスチックのゴミが散乱している。歩道車道構わずブルーシートや段ボールを広げて座り込む浮浪者に、怪しい商品を並べる不潔な露天商。彼らが見えていないかのように振る舞う通行人。鳥のフンと砂埃に塗れたビル群。

 

 グリディアン神殿にも勝らず優れずといった有様に、ラデックが文句を言うように呟く。

 

「……これのどこが治安がいいんだ? ハザクラ」

「国の隅から隅まで安全という意味じゃない。安全な地域が広いって意味で言っただけだ。どこの国にも汚れた部分はある。世界ギルドにも、笑顔による文明保安教会にも」

 

 ハザクラは流し目で辺りを見回す。すると、足元にいた浮浪者の女性がこちらに空の缶を差し出した。

 

「それでも、ここはまだ幾分かマシな方だ」

 

 空の缶にチョコレートを1枚投げ入れると、礼を聞く間もなく再び歩き出した。

 

「確かに景観は悪いが、大きな反政府組織が幅を利かせている様子もない。三本腕連合軍やヒトシズク・レストランと違って、暴力装置も比較的正常に稼働している」

「暴力装置?」

「警察や軍隊なんかの、暴力行為が合法として扱われる機関だ」

「……? 三本腕連合軍には百機夜構がいただろう。ヒトシズク・レストランにも……あー、何だっけ。えっと、墓守?」

「空腹の墓守、な。だが、奴らはどれも自警団だ。警察や軍隊が腐敗してしまった代わりに、腕に立つ傭兵として権力者に雇われている。ああいうのは良くないんだ。悪行を咎める上位機関もないし、外の傭兵が台頭してくることもある」

「……なんか、マシって言い方をしているだけで、治安が底辺なことに変わりはない気がするぞ」

「どこの国もそんなもんさ。……旧文明の頃からな」

「研究員時代は外の世界に憧れたりもしたが……あれ? ラルバは?」

 

 ラデックが振り返ると、ついてきているはずのラルバの姿がなかった。

 

「……こっちだ」

「また寄り道か」

「力が欲しいか……!! ならば魂を――――引っ張んないでってば! もう!」

 

 

 

〜ダクラシフ商工会 給冥(きゅうめい)エージェンシー ホテル“真人館”前〜

 

 ハザクラ達3人はイチルギと約束していたホテルの前にやってきた。辺りは旧通りの草臥(くたび)れたスラム街の景色とは打って変わり、装飾に塗れた真新しいビルや煌びやかな街飾りに溢れ、亀裂一つない滑らかなアスファルトが一枚岩のように道を埋めている。街行く人は皆シワのない衣服を纏い、自信に満ち溢れた表情で闊歩している。

 

「うっへぇ。マージで金持ちしかいないのね。殺し甲斐があるぅー」

「金持ちイコール悪じゃないだろ。誰彼構わず殺すな」

「悪い金持ちしか殺さないよぉ」

 

 3人がホテルの中に入ると、広いエントランスの奥から見知った声が聞こえてきた。

 

「ちょっと! どう言うことよ!」

 

 そこではイチルギが背の低い男に詰め寄っている。ハザクラは側で待機しているジャハル達に近づき、2人には聞こえぬよう尋ねる。

 

「何かあったのか?」

「いや、それが……」

「あったのよ!!」

「聞こえたか……」

 

 イチルギに呼ばれ、ハザクラは渋々2人に近づく。

 

「世界ギルドの名義で予約してたのに! 全室埋まってるって言うのよ!」

「ですから〜? 何度もそう言っているでしょ〜? 聞〜き分けのない人ですね〜っ!」

「だぁから! 先に予約した私達がなんでキャンセルされてるのよ!」

「な〜んでもなにも、ここではアナタ方外国人より? 私達の方が〜上! それに〜? 私はこのホテルの支配人! ここは私のテリトリー! 私のルールに従えない方を〜? 泊まらせるわけにはいきませんよねぇ〜っ!」

「あーむかつくー!!」

「あんまり感情を露わにするなイチルギ。ラルバが寄ってくるぞ」

「ハエみたいに言わないでヨ」

 

 そこへ、上階から男の声が響く。

 

「うるせーな。何を揉めてやがる」

 

 その声に支配人はピシッと姿勢を正し、上階から吹き抜け越しに見下ろす男に平伏す。

 

「申〜し訳ありません“ディコマイト”皇太子様〜っ! い〜ますぐ静かにさせますんで〜っ!」

「あ」

「あん?」

 

 ラルバ達と目が合った男は、手摺を飛び越えて下へ降りてくる。風魔法で静かに着地すると、男は“黒い角膜に浮かぶ翡翠の目玉”をギョロリと向けた。

 

「誰かと思えば、ラルバじゃねぇか」

「あ。悪いやつだ」

 

 ラルバ達の前に現れたのは、スヴァルタスフォード自治区、悪魔郷の皇太子、“ヘレンケル・ディコマイト”であった。

 

 ヘレンケルはいつも通りのわざとらしい王冠とマント姿で、杖をクルクルと回して手遊びをしている。支配人は得意げだった顔を引っ込め、困惑の表情でヘレンケルとラルバを何度も交互に見ている。

 

「ここってヘレンケルのホテルなの? そういや壁に国旗あるね」

「へ? あれ?」

「ああ、悪魔郷の外資ホテルだが……コイツが何か粗相でも?」

「え? え?」

「粗相どころじゃあないよ。コイツ、私達に泊まらせる部屋なんか無いって言うんだよ」

「え? え?」

「はぁ? んなわきゃねぇ。満室どころか、俺ら以外だ〜れもいやしないぜ」

「へ? へ?」

「えぇ〜? そりゃあおっかしーねー? 支配人〜?」

「はぇ? へぇ?」

「おいどう言うことだお前。何で部屋がねーんだよ」

「えあっ? あう、ああ……」

 

 支配人はカメレオンのように顔色を変え、ヘレンケル並みの白い顔で滝のような汗を流し始める。

 

「テメェまさか、俺が泊まりに来るってんで予約全部破棄したんじゃぁねーだろーな」

「あ、あば、あばばばばば……」

「えぇ〜? ひっどーい! 長旅で疲れてるのにぃ〜! 旧通りの廃ビルでブルーシートに包まって寝るところだったよぉ〜!」

「もももも、もも、申し訳、あああああ、ありりりり……ま、せん」

「今すぐ部屋開けろ。おいラルバ。何室いる?」

「全部! 全部開けて!」

「わかった。聞いたな? 全室だ。全室コイツらに貸せ。金なんかとるなよ?」

「ぜぜぜぜ、全? し、つ?」

「俺に二度言わせる気か?」

「いいいいいいいいいいいえっ!! 開けます!! 全室!! 貸します!!」

 

 支配人が気絶寸前になったところで、ヘレンケルはラルバに会釈して背を向ける。

 

「悪かったなラルバ。俺らは空いてるどっか……そうだな。3階西のフロアでもテキトーに使うからよ」

「やだ! 全部欲しい!」

 

 ラルバの意味のわからない我儘に、ヘレンケルは若干怪訝そうな顔をする。

 

「マジで全部か? わかった。じゃあ地下倉庫にでも……」

「ヤ!! 全部がいい!! あとお金ちょうだい?」

「金? 現金なら……8階に纏めてある。幾ら欲しい?」

「全部!!」

「全部ね……わかった。……で、俺らはどこに泊まりゃいいんだ? 俺含め30人はいるが」

「えー? 旧通りの廃ビルでブルーシートにでも包まって寝ればー?」

 

 ラルバのテキトーな物言いに、ヘレンケルは数秒固まる。しかし、彼は嫌な顔一つせず真顔で受け入れた。

 

「………………わかった。だが、その代わりと言っちゃあなんだが、頼みがある」

「うげ。やっぱし?」

「ウチのヤクルゥを預けたい。そこのスケコマシに」

 

 そう言って、ヘレンケルはラデックを睨む。

 

「スケコマシ……俺か?」

「お前以外に誰がいる。あん時はよくもウチのヤクルゥをダメにしてくれたな」

「……ちゃんと治したはずだが」

「“治りきってねぇ”。唾つけたんなら、“五体満足で利子つけて”返しやがれ」

「利子……?」

 

 意味が理解できずラデックがラルバの方を見ると、ラルバは珍しく腕を組んで首を捻って唸っている。

 

「うーん……うーん……」

「なあ頼むぜ。宿も財布も開け渡したんだ。何とかならねぇか?」

「うーん……ええ……うーん……何日ぐらい?」

「ヤクルゥがマシになりゃいつでも」

「うーん………………まあ、まあ………………うん。ダメジャナイヨ……」

「流石! 話が分かるぜ!」

「何でこっちが譲歩したみたいになってんだろ……」

 

 ヘレンケルは不満そうなラルバの手を握り、上機嫌に何度も振る。そして、そばに居た私兵に指示を出すと足早に出口へと歩いて行く。

 

「じゃ、俺は寝心地のいい廃ビルでも探すぜ。おいお前! そこの連中は俺だと思って従え!」

 

 ヘレンケルが支配人を睨みつけてから出て行くと、ラルバは満足そうに支配人に詰め寄る。

 

「そんじゃ、部屋のキーちょうだい? マスターキーごと全部!」

「は、はいぃぃぃ……」

 

 ラルバは支配人の首根っこを掴んで意気揚々とホテルの奥へと消えていった。残された面々のうち、イチルギは怪訝そうにシスターとナハルに問いかける。

 

「……なんなのアイツ。私直接会ったことないからわかんないんだけど……私を無視するのはいいとして、何でラルバの言うこと全部聞いてるの?」

「さ、さあ……。私も彼とは割と因縁がある方だとは思っていたのですが……、何も言われませんでしたね……」

「ヘレンケルは頭がちょっとおかしいんだ。悪魔郷潜入の時もそうだった。ラルバに対してイエスマンというよりかは、使奴、自分より優秀な相手には一切逆らわない。その代わり、格下には絶対従わない。ってところか……。能力至上主義者だ」

「あぁ……そういう……」

「あの様子だと、ラルバの言うことを間に受けて本当に廃ビルで寝泊まりするつもりだろうな」

「……私、謝ってきてもいいですか。今すごく喉に骨が刺さってる気分で……」

「多分いらないと思うけど……好きにしたらいいんじゃないかしら」

 

 

 

 〜ダクラシフ商工会 給冥(きゅうめい)エージェンシー 旧2番通り〜

 

「さぁてと、夜の散歩にでも行くか」

 

 ラルバに指示された通り、ヘレンケルは私兵と共に廃ビルに寝床を構えていた。

 

「ヘレンケル様! 私達も同行します!」

「あ? いらねーいらねー」

「ですが……幾ら給冥(きゅうめい)エージェンシーとは言えど……」

「いらねーっつーに。やることが欲しいなら土埃でも掃除してろ!」

「……は、はい」

 

 電灯の手入れを放棄された真夜中の旧通りは、一寸先すら見えぬ暗闇。曇天も相まって、暗視の魔法をかけていなければ平衡感覚すら失われる。そんな中をヘレンケルは、野良猫よりも自由に堂々と進んでいく。

 

「…………さぁて。これからどうすっかな?」

 

 廃ビルの屋上から通りを見下ろすその眼は、これから起こる何かを期待して怪しく輝いていた。

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