シドの国   作:×90

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235話 ワクワクドキドキ浮気デート 後編

〜ダクラシフ商工会 給冥(きゅうめい)エージェンシー ホテル“真人館” 客室〜

 

 夜。ラルバが札束風呂で遊んでいるところへナハルが訪ねてきた。

 

「ラルバー? ちょっと聞きたいんだが……何してるんだ?」

「いやん、えっち」

「……ラデックを知らないか? まだ戻ってきてないようなんだが」

「さあー? 今頃ヤクルゥちゃんとズッコンバッコン楽しんでんじゃないのー?」

「………………お前、本当にラデックを売ったのか……」

「売ってないよ! 貸しただけ! 暴利で!」

「はぁ。まあ、お前がいいならいいが……」

 

 ナハルは立ち去り際に、茶化すように微笑みかけた。

 

「しかし、ヘレンケルについてもそうだが、荒くれ者のお前が随分優しいじゃないか」

「べっつにー。折角従順な権力者なんだし、売り得の恩だと思っただけだよ」

「だが、いつ分かったんだ? ヤクルゥが“割礼”を受けていると」

 

 ラルバは暫し沈黙してから答える。

 

「……ヘレンケルの態度と、スヴァルタスフォード自治区の図書館で読んだ歴史から推察しただけだ。ラデックの異能でしか治せないような身体的不具合……。或いは、ヤクルゥ自身が治療を拒否している。つまりはコンプレックスのようなもの。不妊や、それに近しい身体欠損の類。割礼とまでは断定していない」

「そうか……」

「お前こそ、どうして分かった? 覗きでもしたか?」

「……3年前に、とある女性がシスターのもとを訪ねて来たんだ。妹が受けた割礼を治療して欲しい、と。だが、当の妹本人が治療を拒否したらしく、結局会うことはなかった。……その女性が、悪魔郷騎士団の中にいたのを見たんだ。あれは、ヤクルゥの姉だったのだろう」

 

 ナハルが出て行った後、ラルバはぼーっと天井を見つめ、浅く溜め息をついた。

 

「全く、イチルギは何やってるんだか。旧文明の悪習を野放しにしておくなんて。こりゃお説教だな」

「イチルギには言ってやるなよー」

「まだ居たのか……」

 

 

 

〜ダクラシフ商工会  狗霽知(いぬばしり)大聖堂 歓楽の街 ホテル“麗しの館”〜

 

 ド派手な部屋に、薄暗い照明。大きなベッドには、年頃の男女が1組。向かい合ったまま座って沈黙を続けている。

 

「……………………」

「……………………」

 

 ラデックは、こんな時は男が主導したほうがいいのだろうとは思いつつも、未だに汗ばんだ手を膝に置いたまま動けずにいる。

 

 対するヤクルゥはと言うと、顔を茹蛸のように真っ赤にしながら、シャワーを浴びたばかりだと言うのに全身汗だくになってシーツに染みを作っている。跳ね上がる心臓の鼓動が離れていても聞こえてくるようで、あと数分もすれば気を失ってしまうのではないかと思う程に焦燥に駆られている。

 

「じゃあ……」

「はっ、はい!!!」

「………………始める、か」

「…………………………………………はい」

 

 当然ながら、ラデックは女性経験が豊富なわけでもなければ、そう言った事情に詳しいわけでもない。頭の中にあるのは俗に娯楽化された性知識ではなく、教科書で学んだ生物学に近い認識。伸ばした手も、重ねる肌も、情よりは理性的な推論に基づいた行動。

 

 初々しいと言うよりは、ちぐはぐで、ぎこちない、間違ってはいないが合ってもいない交渉。思いやりではなく攻略、性欲ではなく模倣、快感ではなく正解を求める動き。唯一幸いしたのは、ヤクルゥがそんなことを気にしていられるような精神状態ではなかったことである。

 

「……い、痛かったりしたら言ってくれ」

「………………はい、あ、だい、大丈夫、です……」

 

 そして、ラデックの手が下腹部へ伸びてきた時、ヤクルゥは咄嗟にその手を掴んだ。

 

「あ――――」

「……嫌か?」

「あ、あの……! いや、そうではなく、あの……えっと……!」

 

 幾らヘレンケルの命令とは言え、幾ら合意の下とは言え、本人が嫌だと言うならば致し方ないとラデックは手を止める。何か別のことに気を向けたほうがいいだろうかと考え始めた時、何か妙な違和感が目についた。

 

「えっと……あの……あ、す、すみません。……ごめんなさい……! あの……! や、やっぱり……」

 

 ヤクルゥの態度がおかしい。別に今までがおかしくなかったかと言えばそんなことはないのだが、今の態度は“想定外におかしい”。恥じらいや、未知への恐怖ではなく、もっと根本的な焦り。火照っていた顔からは血の気が引き、使奴のように色彩のない肌がより一層蒼ざめている。明らかに、何かを強く恐れている。

 

「……ヤクルゥ?」

「ごめんなさい……! ごめんなさい……!! やっぱり、あの……! あ、あの……!」

 

 眼からこぼれ落ちる涙は、感情の昂りではなく恐怖による涙。しかし、ヤクルゥは逃げも拒否もしない。この行為からも、ヘレンケルの命令から逃げ出すことも、同じくらい強く恐怖している。

 

 ラデックは今になって(いぶか)しんだ。ヘレンケルの口振りからして、ヤクルゥは今有益な何かを与えられている状態のはず。その益を、ヤクルゥは何故ここまで頑なに拒否するのか。そもそも、これは誰の提案なのか。ヤクルゥの提案でないならば、提案者はヘレンケルしかいない。彼は、何故そこまでしてヤクルゥと自分の距離を近づけようとしたのか。

 

「ヤクルゥ。君がしたくないことは、俺もしたくない。ヘレンケルに何か言いたいならば、俺も協力するぞ」

 

 ラデックの言葉に、ヤクルゥは必死に唾を飲み下して答える。

 

「あ……あ……! あの……! うっ……大、丈夫……! です……!」

「ヤクルゥ……」

 

 彼女は意を決して唇を噛み、酷くゆっくりと足を開く。

 

 顔を両手で覆い(すす)り泣くヤクルゥの見せた“ソコ”には――――

 

「うっ……! ぐ……ひっく……! ひっく……!」

 

 “あるべき穴がなかった”。

 

 深い火傷が治ったかのような、歪な表皮。裂傷を杜撰(ずさん)に縫合したような、見るも無惨な傷痕。そこに1ヶ所だけ見える小さな穴が1つ。恐らくは、排泄に使用するためのもの。つまりは、女性が子を宿す部分が癒着と縫合で無理矢理に塞がれている。

 

 これを何と呼ぶのか、偶然にもラデックは知っていた。

 

「……“女子割礼”………………?」

 

 大人になる上での宗教的通過儀礼として、男性器に於ける包皮部分を切除する行為。これを男子割礼と言う。対して、女子割礼とは女性器の一部またはその大部分を切除する行為。宗教によっては金属の装飾、彫り物、焼印を施すことや、穴を縫合し塞ぐこともある。

 

 行われる理由としては様々だが、そこには狂気とも呼べる男尊女卑の価値観が根底にある。

 

 女子割礼に麻酔は必須ではなく、男性を含めた公衆の面前で行われることも多い。これを、幼少期から青年期に経験することになる。その結果、女子割礼を受けた被害者は性的行為に強い忌避感を示すようになり、男性と深い関わりを持たぬまま成長することとなる。被害者は女性が得る快楽は悪であるという教えを遵守するようになり、男性は純潔を保った従順な女性の“入手”が容易になる。

 

 当然ではあるが、施術時の激痛でショック死する者も少なくない。無事に生き延びたとしても、止血に使われた泥や灰から致命的な感染症を患う者。性行為や出産時に患部が裂ける者。トラウマから自ら命を断つ者。女子割礼がその者の人生に与える影響は余りにも重く大きい。

 

 スヴァルタスフォード自治区、主にコモンズアマルガムでは、強い男尊女卑の傾向がある。割礼を始めとした非人道的行為は国際条約によって禁止されているが、効力は低く依然としてこの儀式が今も行われている。

 

 

 

 (因みに記しておきますが、割礼はシドの国というファンタジー作品独自の設定ではありません。読者の方々が過ごしている地球上、西暦2024年現在も一部国地域で行われている、被害者数2億人を超えるおぞましき残虐行為です。なお、女子割礼は字面から意味を誤解しやすく本質や残虐性を読み取れないため、世界的には女性性器切除、またはFMGと呼ばれています。)

 

 

 

 ラデックは、使奴研究所の保育施設で観たドキュメンタリー映画を思い出した。発展途上国に住む女性を主題にしたノンフィクション作品である。創作物に対しての表現規制が緩かった時代に撮られたその作品は、当時12歳だったラデックに強い衝撃と恐怖を植え付けた。

 

 泣き叫びながら羽交(はが)い締めにされる女児。涙ながらに腕を押さえる母親。鬱陶しそうに煙草(たばこ)をふかす父親。それを傍観する群衆。女児の股座で石製の刃を手にする男。無力を嘆く、ナレーションの震えた声。

 

 それが今、カメラとテレビを介さず、目の前にある。

 

 

 

 気が付けば、ラデックはヤクルゥの手を握っていた。優しく、それでいて力強く。鼻の奥が熱くなり、大量の涙が頬を濡らすのを感じた。怖がらせぬよう顔を伏せ、視線を向けないようにして謝罪を口にする。

 

「すまない……!! すまなかった……!!! ヤクルゥ……!!!」

「ラデック、さん……」

「俺が、俺があの時、“利用されていれば”……!!!」

 

 ラデックが、スヴァルタスフォード自治区でヤクルゥと戦った時。彼女はラデックを口説いた。しかし、今考えれば実に不可解な話である。男性や性的感覚に強い忌避感を覚えていたヤクルゥが、会ったばかりの男を口説く道理はない。ならば果たして、その道理とは。

 

 ヤクルゥは、ラデックを利用しようとしたのだ。

 

 女子割礼の治療記録は極端に少ない。生殖器の複雑さから治療が困難なこともあれば、そも医師たちが割礼を肯定的に捉えており治療に対して不誠実であるなどの理由がある。加えて、本人がトラウマに立ち向かえるかという部分も大きな要因である。当然、ただでさえ内気なヤクルゥに、見知らぬ医者を信用することなどできるはずもない。

 

 そこに来てのラデックの登場は、ヤクルゥにとって奇跡だった。

 

 生命体改造というお(あつら)え向きの異能。戦闘を通して知った本人の技量、強さ、そして甘さ。人柄。唯一信頼に足る可能性のある人間。きっとこれを逃せば、治療の機会は今後一生無いかもしれない。この奇跡は、一歩を踏み出すには十分過ぎる理由になった。

 

「でも、俺は気付かなかった……。君の声を、無碍(むげ)に扱った……! あの時俺が利用されていれば、君の苦しむ時間をもっと短くしてあげられたのに……!!」

「そんな……ラデックさんは、何も、何も悪くありません……!! 今日だって、こ、こっちが、勝手に……!!」

 

 ヤクルゥが手を握り返す。しかし、その指は今も震えている。他でもない、男である自分への恐怖。それでも、精一杯に応えようとしてくれている。

 

「ヤクルゥ、苦しい日々は今日で終わりだ。俺が治す。絶対に。確実に。腕も、目も、足も、何もかも全部。全部悪い夢だったって思えるくらいに。跡形もなく元通りにしてやる」

 

 ラデックは涙で真っ赤に腫らした目を、ヤクルゥに向ける。

 

「嫌なこと、怖いこと、全部言ってくれ。全部受け止める。言えなくてもいい。これからは全部察する。だから、俺を信じてくれ。俺は、絶対に君が嫌がることをしない」

 

 ヤクルゥは静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラ、ラデックさん……起きて、ますか……?」

 

 ふと名前を呼ばれ、ラデックは微睡(まどろみ)から目を覚ました。

 

「どうした? どこか痛むか?」

 

 ベッドから上体を起こし、隣にいる背を向けたままのヤクルゥを見る。彼女は、こちらに顔を向けずに答える。

 

「い、いえ……もう、全然。本当に、本当にありがとうございます……」

「礼はヘレンケルに言ってくれ。彼がラルバと交渉しなきゃ、こうはならなかった」

「………………あの、実は……」

 

 再び辛そうな言い出しを溢すヤクルゥを、ラデックは何も言わずに待つ。

 

「…………………………実は、ヘレンケル様からの、命令は……もう、ひとつ、あるんです……」

「わかった。なんだ?」

「あ、あの……その……」

 

 ヤクルゥは言葉を濁しつつ必死に話す。

 

「その……実は……これは、ラデックさんに、その、とても酷いことを、してしまうことなんです……」

「構わない。何をすればいい?」

「……あの、……その、……秘密、なんです……。でも、あの……明日には、わかると思います……」

「そうか。分かった。……遠慮しないでくれ、ヤクルゥ。俺は決して君を恨まないし、後悔もしない」

「……………………ごめんなさい」

「君が謝ることじゃない。それに、俺を酷い目に遭わせられたら大したもんだ。あ、でもその場合ラルバの報復を警戒した方がいい。その辺は大丈夫そうか?」

「あ、あの、多分……大丈夫、かと……」

「そうだよな。まあヘレンケルだってその辺は分かってるか。なら尚更大丈夫だ。今更ラルバの悪戯(いたずら)程度で凹む俺じゃない。爆弾牧場に潜入するときなんか死体に偽装して入国したんだぞ」

「……ふふっ」

「偽装っていうか殺されたんだけどな。実際に」

「え?」

 

 

 

 ふと目が覚めると、(まぶた)越しに光を感じた。いつの間にか寝てしまっていたらしく、隣にはもう人の温もりはない。瞼を刺す日差しは思ったよりも強く、二度寝を求める目玉を激しく刺激する。それは暫く眠気と眩しさの天秤を揺らし、僅かに眠気が勝った辺りで、手を握られる感覚があった。

 

「……ヤクルゥ?」

 

 目を覚ますと、そこには制服姿の見知らぬ男達が数人立っていた。

 

「午前8時33分。強制猥褻(わいせつ)の容疑で逮捕だ」

 

 ラデックは自らの手にかけられた手錠と、ベッドを囲む警官たちを交互に見て、やっと自分の置かれた状況を理解した。

 

「これはとても酷い!!」

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