シドの国   作:×90

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238話 栄光の陰で

〜ダクラシフ商工会  狗霽知(いぬばしり)大聖堂 歓楽街 (ボブラサイド)〜

 

 

 歓楽街と繁華街の境目にある雑居ビル。その三階の扉をボブラが遠慮がちに押し開ける。

 

「うおぉ……マジで番号キーだけで入れんのか……」

「中に人は?」

「いないっぽいな……」

 

 警備会社の支部所の中は無人で、机の上には社外秘資料が無造作に積まれている。

 

 ボブラの耳元で、黒い鳩の形をした痣がカガチの声で指示を出す。

 

「人が来たら知らせる。パソコンを点けろ」

「はいはい……パソコン点けっぱかよ……。モニターにパスキー貼ってあるし、社員証いらなかったなコレ……」

「よし、キールビースのコンサート警備の見積書と、同等の規模の適当な見積書を開け」

「あー……デスクトップにそのまま貼り付けてあるわ。デスクトップをフォルダ代わりにするんじゃねぇよ……ったく」

 

 ボブラは気怠そうにファイルを漁り、内容をカガチに伝えていく。

 

「素人目にはよくわかんねぇなぁ〜……。ただ、確かにキールビースのコンサート警備の方がやけに高額だ。国会警備より高いっつーのは流石にぼったくり過ぎだろ」

「キダは資金難の主要因を警備費用だと述べていた。だが、その資料ではまだ法外な額ではない。他のデータを探せ」

「……? おいカガチ、なんかこれ変だぞ」

「どうした」

「実際の請求額が、見積書の何倍もしてるぞ……!? 内容は殆ど変わっちゃいねーっつのに」

「成程。その請求書、もしや改訂版か?」

「改訂版?」

「作り直した形跡はあるか? 主に金額の部分」

「あ、ああ。確かに何回か……何だこれ? 戻れば戻るほど安くなってくぞ?」

「ならばメールを……いや、もういい。外へ出ろ。人が来てる」

「げっ!?」

 

 ボブラは慌てて席を立ち、入り口の方に目を向ける。まだボブラの耳に足音は聞こえていないが、カガチの警告が焦燥を募らせた。

 

「入り口そこしかねーぞ!?」

「給湯室へ回れ」

 

 急いで給湯室へ駆け込み、外へ出ようと窓際の非常梯子に手を伸ばす。

 

「待て。梯子は使うな」

「飛び降りろってか!?」

「そうだ」

「ここ三階だぞ!?」

「なら不法侵入で刑務所行きだ。選んでいいぞ」

「ふざけやがって……!!」

 

 ボブラは恐る恐る窓から外を覗き込み、目一杯の防御魔法で身を守り飛び降りた。

 

 

 

〜ダクラシフ商工会  狗霽知(いぬばしり)大聖堂 歓楽街  狗霽知(いぬばしり)天文館 コンサート会場 (ゾウラ・カガチサイド)〜

 

 

「足を(くじ)いた? 問題ない。そのまま北へ向かえ」

 

 舞台袖でパイプ椅子に腰掛けるカガチは、ボブラに指示を出しつつゾウラと舞台を見守っている。ゾウラはキールビースの歌声に合わせて楽しそうに小躍りをしているが、横で見守るマネージャーのキダは、いつ彼が舞台に飛び出していくか気が気ではない。

 

「ふんふふ〜ん。ららら〜」

「ゾウラちゃんっ……! ゾウラちゃんっ……! も、もうちょい、もうちょい中来て! 見えちゃうからそこ! ねぇ!」

 

 それを無言で見つめるカガチの視線が、舞台上で踊るキールビースの方へと向かう。キメ細かく薄く色づいた血色の良い肌。スポットライトを反射して輝く七色の髪。優れた顔立ち、プロポーション、歌唱力。旧文明でも類を見ない絶世のアイドルの姿に、カガチは数秒釘付けになった。

 

「やっぱ見惚れちゃうでしょ?」

 

 思わずキダの接近を許したカガチは、反射的にその顎を砕きかけて拳を寸止めした。

 

「ぃひぃっ!?」

「む。……どうした?」

「顎っ! 顎〜っ!!」

「うるさいな……ちゃんと止めただろう」

「当たってたよ!?」

「砕いてないだろう。……それで、何の用だ」

 

 キダは涙目で顎を摩りながらも、自慢げにキールビースを見る。

 

「あの子ね、俺がスカウトしてきたんだぜ。俺の人生最大の自慢なんだよね」

「お前が? ……どこで?」

「5年前にオーディション会場でさ、入口でずーっとモジモジしてたから入れてあげたのよ。いや〜その頃から輝いてたもんね! ガチで! 俺見る目だけはあるからさ〜」

「……それで、戸籍もない記憶喪失の女を手篭めにしたのか」

「いやいや手篭めだなんてそんな言い方――――いや、待って? は?」

 

 キダは血相を変え、カガチを見つめる。

 

「……なんで、キルビスちゃんが無戸籍って知ってんの……?」

「お前とは“つくり”が違うんでな」

「……どこで知ったのかは知らないけどさ。本人には言わないでよ。ただでさえ引退で気持ちが不安定なんだから」

「お前らの情緒に興味はない。必要がなければ面倒ごとは避ける――――」

 

 ふと、カガチは舞台上のカメラが気になった。

 

「おいキダ。あのカメラは何だ?」

「ああ。アレ? アレはネット配信用のカメラだよ」

「ネット配信用……。配信は今からか?」

「え? ああ、うん。半分だけにしないと、配信だけで満足する人が出てきてライブが盛り上がらないからね。いつもは前半しか流さないんだけど、今回は引退ライブだから特別に後半だけ。パソコンで見られるけど、見る?」

「いや、結構だ。……ふむ」

 

 カガチはキダをジェスチャーで追い払い、通信魔法でボブラに指示を送る。

 

「おい、行先変更だ」

 

 

 

〜ダクラシフ商工会  狗霽知(いぬばしり)大聖堂 住宅街 (ボブラサイド)〜

 

「おい日ぃ暮れてきたぞ! どこまで歩かせるんだよ!」

「わからん。11時方向に300m進め」

「その小まめに指示出すのやめろ! どこまでいいかわかんねぇだろうが! せめて目的を教えろよ!」

「今はまだ曖昧だ」

「曖昧で半日歩かせるなよ!」

 

 ボブラは文句を言いながら息を荒らげ住宅街を歩いていく。歓楽街はとっくに抜け、辺りは人気もなく夕闇に包まれている。

 

「……この辺は旧文明とそう変わらねぇな」

「ダクラシフ商工会は大戦争の影響をあまり受けておらず、残った文明施設や資源が多かったと聞いている。その分復興の進みも良かったそうだ」

「てことは、他の国は結構古めかしいのか?」

「ここを現代基準とするなら、三本腕連合軍は30年前、スヴァルタスフォード自治区は50年前、爆弾牧場は80年前頃の様相に近い」

「三本腕連合軍が30年前? レシャロワークの持ってた三本腕連合軍製のゲーム機、相当ハイテクだったぞ?」

「一部技術のみ極端に進歩している場合もある。沈黙派の使奴の入れ知恵だな。スヴァルタスフォード自治区でも、インクジェット印刷が漸く開発された傍ら、未だに電気冷蔵庫の開発は全く進んでいない。だが、30年前にはもう原子力発電機が開発されている」

「へぇ〜。技術自体はもうありそうなもんだけどな」

「知識の共有が断片的なのだ。イチルギ達が情報統制で通信を制限しているせいだな」

「ご苦労なこって……」

「む、ボブラ。その近くに集合住宅はないか?」

「あ? なんかやたらとでっけぇ山みたいなマンションがあるぜ」

「そこの上階へ行け」

「上階? 何階だ?」

「分からん」

「くっそ……」

 

 廊下の先さえ見えぬような広いマンションも住宅街と同じく人気はなく、ボブラは言いなりのまま不法侵入を続けていく。

 

「こ、ここか?」

「……違う。上だ」

「まだかよ……! せめてさっきのエレベーター使わせろ!!」

「駄目だ。階段で行け」

「もう10階登ってんぞ!!」

「行け」

「だーちくしょう!!」

 

 そこから更に11階上、地上44階のところでカガチの反応が変わる。

 

「反応が近い。この階だ」

「や、やっとか……」

「東へ廊下を進め。部屋を探る」

 

 薄暗く入り組んだマンションの廊下を進みながら、カガチがボブラに語りかける。

 

「私が辿っているのは”命力“だ。説明が面倒だから命力については聞くな」

「はぁ!? なんっ……くそっ……。まあいい。それで?」

「キールビースは命力によって動いている。異能生命体か、死体操作の異能か。少なくとも人間でも使奴でもない。そして、その異能者が近くにいる」

「死体操作……!? お前らの探してるっつー”死体呼びのレオライヤ“か!?」

「その可能性は低い。キールビースは5年近くアイドル活動を続けている」

「そうか……。だが、どっちにしろオレらの言うこと聞かせるには異能者への接触が不可欠ってことか」

「いや、純粋な私の興味だ。人間を作るレベルの異能者はレアだからな」

「オレ帰っていいか?」

「反応が近い。その隣の部屋だ」

 

 指示された部屋。薄汚れた扉のドアポストからは大量の書類がはみ出ており、そのどれもが督促や催促の類である。

 

「……こんなでっけぇマンションに住んでて借金塗れか」

「逆だ。このマンション自体が低所得者向けの巨大政府指定寮。幸福を勝ち取れなかった者の掃き溜めだ」

「……はぁ?」

 

 指摘を受けてからボブラが辺りを見回す。言われてみれば、廊下は掃除が行き届いておらず埃に塗れている。照明も薄暗く、案内看板のようなものも極端に少ない。階段も少なく、エレベーターはたったの2基。仮にこのマンションの下層で火事が起これば、上階の9割は逃げ切ることができないだろう。建築に明るくないボブラではあるが、背景さえ知ればこのマンションの欠陥を容易に察することができた。

 

「……貧乏人にかける手間も金もねぇってか。ふざけた政策だな」

「正確には、手間も金もかける気がない。だ。憐れみ飽きたらさっさと中を探れ」

「……ああ」

 

 ボブラはドアポストから書類を一部取り出して、中に目を通してからインターホンを鳴らした。程なくして、年老いた女性の声がスピーカーから聞こえてくる。

 

「……はい」

「こんばんは。“ビオシスローン”の者です」

「あっ!? えっと、あのっ! お、お金は来月、あのっ! 必ずっ!」

「催促じゃありませんよ」

「えっ? あ、じゃあ、あの……何の……ご用で……」

「中に入れてもらえませんか? それとも、玄関(ここ)で話しますか? 声、結構響きますが」

「………………今、開けます」

 

 扉の鍵が開き、白髪が混じった60代と思しき女性が顔を覗かせた。

 

「どうぞ……」

「失礼しますよ」

 

 ボブラは罪悪感に(さいな)まれながらも、表情を崩さず無愛想な態度で部屋に入った。すると、再び通信魔法から指示が飛ぶ。

 

「向かって左の部屋。中に異能者がいる」

「……おっとっと」

 

 ボブラは足元がつまづいたフリをして、左の戸に手をかけた。

 

「ああ、失礼……」

 

 中は大量の玩具や紙ごみで溢れかえっており、戸を開けた隙間から熱気の籠った汚臭が漏れ出した。薄暗い部屋の一角に敷かれた万年床の上には、限りなく球体に近い肥満体の男がひとり、来客にも気付かずモニターを食い入るように見つめている。

 

 ボブラはそっと戸を閉じ、母親と思しき女性に平謝りをする。

 

「悪い悪い。ありゃ息子さんか?」

 

 母親は深刻そうな顔で頷き、両手で顔を覆う。

 

「私の、ひとり息子で……。“ユータイア”と言います。学校を中退してから、部屋に引きこもりっぱなしで……」

「成程ね……。借金も、息子さんの”アイドル好き“が原因かい」

「でっでも! 昔はあんなじゃなかったんです!! 引きこもりって言っても、月に何度かはアルバイトにも行ってくれましたし! 一緒に買い物行ったり、ご飯食べたり……! でも、あのキールビースとかいうアイドルを見てからは、部屋から一歩も出なくなっちゃって……!! 人が変わったみたいになっちゃって……!!」

「……? ほぉ」

 

 絞り出すような涙声に、ボブラは思わず何か言葉をかけよかと逡巡した。すると、戸の向こうにいるユータイアが突然絶叫を上げた。

 

「うわああああああああああああああ!!!」

「ユ、ユーちゃん!? どうしたの!?」

「ああああああああああああああああっ!!! 嘘だああああああああああああっ!!!」

 

 一歩退いたボブラに、カガチが冷静に伝える。

 

「気にするな。キールビースが引退を告げただけだ」

「ああ、そう言うことか……」

 

〜ダクラシフ商工会  狗霽知(いぬばしり)大聖堂 歓楽街  狗霽知(いぬばしり)天文館 コンサート会場 (ゾウラ・カガチサイド)〜

 

「お前はそこで適当に待機してろ。私の欲しい情報は揃った」

「早めに帰させろよ。いたたまれねぇ」

 

 カガチは一方的に話を切り上げ、パイプ椅子から腰を上げる。コンサート会場は怒号と叫喚に満ちており、舞台と客席をカガチが魔法で遮って尚、大勢の人間の叫び声が漏れ聞こえている。

 

 コンサートが終わった直後の舞台で放心するキールビースに、キダが軽快な足取りで近づいて行く。

 

「キルビスちゃんお疲れ!」

「キダさん……」

「ガチで最高の卒業ライブだったよ! ……寂しいけど、最後に相応しいライブだった」

「…………はい。あの、キダさん。私、この先またいつか、アイドルできますか……?」

 

 不安そうなキールビースに、キダは笑顔で肩を叩く。

 

「もっちろん! 俺がまた、最高のプロデュースしてあげる! 今回のはただの通過点だよ!」

「…………はい」

 

 キダの激励で、キールビースは僅かに口角を上げる。

 

 それを見ていたゾウラは、ゆっくりを拍手を続けながらカガチに微笑みかける。

 

「いいコンサートでしたね! カガチ!」

「ゾウラ様」

 

 カガチの表情を見て、ゾウラはハッとして一歩引き、”別の楽しみ“に目を輝かせる。カガチはそのまま舞台中央にいるキダとキールビースの元へ歩いて行く。

 

「あっ、カガチさん。私のライブ、どうでした?」

「カガチ! 君もありがとね! 報酬は後で要相談ってことで――――」

「最高のプロデュース……ねぇ」

 

 カガチはニィっと笑いかけた。

 

「権力者のダッチワイフ役が最高のプロデュースか? キダカラ・モクスケ」

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