シドの国   作:×90

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239話 売り逃げ

〜ダクラシフ商工会  狗霽知(いぬばしり)大聖堂 歓楽街  狗霽知(いぬばしり)天文館 コンサート会場 (ゾウラ・カガチサイド)〜

 

「権力者のダッチワイフ役が最高のプロデュースか? キダカラ・モクスケ」

 

 カガチの笑みに、キダは素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げる。

 

「へ?」

 

 思考が止まったキダに代わり、キールビースが慌てて否定する。

 

「へ、変なこと言わないでください! キダさんはそんなことしません!!」

「いいや、するだろう。その男はとんでもない守銭奴だ」

「やめてください!! 会ったばかりでキダさんの何が分かるって言うんですか!!」

 

 カガチは顎に手を当て中空に目を向ける。

 

「何が、と言われると難しいな。多過ぎる。最初から教えてやろう」

「最初……?」

「身内で親衛隊を作り、ファンから金銭を巻き上げる。闇市にグッズを流し高額の収益を得る。まあ、この辺は可愛いものだろう」

「ま、待って下さい! それをキダさんがやってたって言うんですか!? どこにそんな証拠が――――」

「キダではなく、キダの会社全体でだ。キダの言っていた警備会社だが」

「カガチさん!! 言いがかりは――――」

 

 カガチは喚くキールビースの口を魔法で塞ぎ、淡々と話を続ける。

 

「キダの言っていた警備会社だが、請求書が法外な額で何度も作り直されていた。ふっかけているのは警備会社ではなく、お前らの方だ。見積書を作らせてから、実際の請求では何倍もの金を支払う。その後、差額分を別口座に入金させる。実に雑な賄賂だな」

 

 キダはキョトンとしたまま汗を一筋垂らし、若干小馬鹿にするように反論する。

 

「ウチらが、警備会社を? いやいや、ないない! 請求書通りの額もきちんと支払ってるし、賄賂なんか受け取ってないよ! それどころか警備員もテキトーな奴ばっかでドタキャン多いし! ガチでぼったくりだよ!」

「警備員の持ち物にキールビースのグッズがあった。奴らにとって、この警備は金をもらいつつコンサートを間近で見られる絶好の機会だ。警備会社は、高額の賄賂でコンサート警備の権利を購入させられていた」

「だからっ……それが仕事サボってコンサート見に来ちゃうんだって!」

「いいや。奴らは実によく働いていたぞ。なにせ、私の威嚇に逃亡する者は誰1人としていなかった。悪く言えば無謀だが、良く言えば職務に忠実だった。職務への誇りと言うよりは、ファンとしての矜持(きょうじ)だろうな。私という侵入者を、どうしてもアイドルに近づけたくなかったらしい」

「中にはそういう人もいるけどっ! てか! 俺が守銭奴ならキルビスちゃんを引退させるはずないじゃん!? その賄賂の話が本当なら、どうして引退なんてさせる必要があるんだよ!!」

「引退させることでグッズをプレミア化し、価格を釣り上げるつもりだろう。衣装や小道具は骨董品の扱いになり、資産価値すら出てくる。人気の絶頂で表から存在を抹消することで、ファンの葛藤を爆発させる。そうなれば今まで以上の金銭を巻き上げることができるだろう」

「それは一時的なものでしょ!? そんな端金、長期の活動に比べたら小銭も小銭だよ!!」

 

 それを聞いて、カガチは楽しそうに笑った。

 

「だからこそ今なのだ。 お前達は、長期のアイドル活動が不可能であることを知っていた。今だけが、最も良い稼ぎ時。のちに来る大不況を予見していたんだ」

 

 キダの目の色が変わる。焦りの笑みを止め、言葉を考えることもせずに沈黙した。

 

「つい最近、”三本腕連合軍の経済が破綻寸前まで追い込まれた“。それだけじゃない。世界ギルドではイチルギ総帥が退陣し、笑顔の七人衆は全員雲隠れ。ヒトシズク・レストランではゼルドーム審査員長が死亡し、なんでも人形ラボラトリーでは反社会組織が台頭。グリディアン神殿は内戦によって崩壊。真吐き一座は世界ギルドに統合された。バルコス艦隊、爆弾牧場、診堂クリニック、崇高で偉大なるブランハット帝国は人道主義自己防衛軍によって致命的な侵略を受け、世界は混乱の渦に飲み込まれている」

「…………そんなの、し、知ら」

「ダクラシフ商工会は、他国の弱体化で空前絶後の好景気。そして、この刹那的なバブルの破裂を目前にしている。人道主義自己防衛軍が他国を吸収し増長すれば、その圧力にダクラシフ商工会は対抗できず(いが)み合いになる。少なくとも、今のような好景気を続けてはいられない」

「………………」

「お前達は、資産を価格変動の少ない別の資産に変換する必要があった。貴金属、土地、芸術品や工芸品、魔術書。不況で価格が下落する割合は物や状況によって様々だが、アイドルは間違いなく外れくじだ」

 

 カガチはキールビースに近づき、衣装のフリルを指先で摘む。

 

「程よく安価な素材で、大量生産が可能な作り。国民的アイドルが着たと言うだけで、この無価値な薄布が何十枚もの紙幣に化ける。今だけが最も高価な腐りやすいダイヤ。それを引退で付加価値をつければ数倍。偽物を流通させた上で本物と証明できれば更に数倍。グッズ、小道具、果ては私物の枕や下着まで。廃棄物として金を払って捨てるはずのゴミが、思わぬ大金になる。お前達が録っていたライブ映像も、配信していない半分を欲しがる連中は大勢いる。データは無限に生み出せるが故、これもいい金になるだろう。そして当然……」

 

 フリルを摘んでいた指先が、キールビースの顎に触れる。

 

「アイドル本人も、さぞ高値で売れるだろう」

 

 震えるキールビースは、助けを求めてキダに目を向ける。しかし、キダは自分になど目もくれずカガチに反論を叫んだ。

 

「ぜっ、全部言いがかりじゃん!! なんなん!? 証拠のひとつもないくせにさぁ!! だろうだろうじゃ何だっていえるだろぉ!? 証拠だせよ証拠ぉ!!」

 

 みっともなく取り乱して証拠の提出を求めるその姿は、最早自白と変わらなかった。キールビースは失望に涙を浮かべ、力無くへたり込む。

 

「ガチで意味わかんないんだけど!? はぁ!? キモすぎ!! テキトーな事言うなよ訴えんぞガチで!!」

「喧しいな……。わざわざ証拠を見せてやる義理はないが……」

「はい言い訳ーっ!! ガチでふざけんなよ!? こっちがその気になれば――――」

「召使が間に合った。特別に見せてやろう」

 

 カガチはキダの背後に視線を向ける。キダが振り向くよりも速く全身に拘束魔法の鎖が巻きつき転倒した。咄嗟に顔を上げると、そこには紺色の長髪を(うね)らせる大女が不機嫌そうに立っていた。

 

「早かったな、ナハル」

「お前が捲し立てるからだろう……。弱いものイジメに私を巻き込むな!」

 

 ナハルが鬱陶しそうに耳元を払うと、小さな薄っぺらい黒い鳩が飛び立ち、カガチの目の前で砕けて霧散した。

 

「キダカラ・モクスケだな? お前が警備会社に送った脅迫メール、復元できたぞ」

「へっ?」

 

 ナハルは手にした大量の書類を、パラパラと捲って中を見せる。

 

「その他にも、多数の権力者や反社会組織との通話記録。枕営業の斡旋。裏金の履歴。大体のデータが復元できた」

「し、しし、知らねー……。は? 意味わからんし……。つかデータの復元とか無理だろ……捏造じゃね……?」

「電子上のデータはそう簡単に消えない。完璧な隠蔽を図るなら、紙でやり取りするべきだったな」

「……………………キダさん、私を、騙してたんですか?」

 

 カガチの拘束が解けたキールビースが、(おもむろ)にキダに近寄っていく。

 

「わ、私だけじゃない。他の子も、みんな……!!」

 

 カガチは込み上げてきた笑いを堪えつつ、平静を装って口を開く。

 

「些細なことだが……秘匿事項とは言え、ナンバーワンアイドルの引退ライブに同社のアイドルがひとりもいないのは疑問ではあるな」

「……他のアイドルの子達は皆、私を妬んでました。キールビースばっかりって……! でも、本音はもっと違った……! 皆、私の知らないところで……! あなたに……!! あなた達にっ……!!」

「さっきも言ったが、アイドルは(きた)る不況では無価値な外れくじ。早めに換金したいところだが……、キールビース引退をより際立たせるには、後続のアイドルにすぐスポットライトを当てるわけにはいかない。恐らくは、お前より早く“換金されていた”んだろう」

 

 キールビースの目から涙が零れ落ちる。悲しさも、失望も塗り潰す、煮え滾るような怒りと悔恨。爪を手に食い込ませて拳を握り、震えた声で言い放つ。

 

「……私は、私はアイドルを続けますっ……!! 皆を呼び戻してっ……!! 謝って……!! 皆でアイドルを続けますっ……!!」

 

 キールビースの悲痛な叫びが、覚悟が、舞台に響き渡る。既にファン達はコンサートホールから出て行っており、キールビースの声だけがホールに反響している。

 

「負けませんっ……!! 皆、皆努力してきたんですっ!!! あなたみたいな!! 卑怯な連中にっ!! 絶対負けませんっ!!!」

 

 涙に濡れた瞳が万華鏡のように光を跳ね返す。舞台衣装が光に包まれ、艶やかな絹織物に形を変えていく。七色の髪が無風に(なび)いて、自ら光を放ち煌めく。

 

「キダさんは刑務所の中で見ていてください……!! 私たちはっ!!! 今以上のっ!! 世界一のアイドルになりますっ!!! あなたの選択が間違ってたって!!! 証明します!!!」

 

 

 

 その時、カガチの耳にボブラの声が響いた。

 

「おいカガチ!! デブの様子が変だぞ!! そっちは大丈夫か!?」

 

 続けて、男の藻掻く喘ぎ声と母親の声が聞こえる。

 

「うおおおおおおおおっ!!! 嫌っだぁああああああっ!!! キっ、キキキっキールビースちゃぁぁああああんっ!!!」

「ユーちゃん!? ユーちゃん落ち着いて!! 痛っ! ユーちゃん!! やめてっ!!」

 

 

 

 舞台上では、キールビースが肺いっぱいに空気を吸い込んで、キダに怒鳴りつける。

 

「私達は世界一のアイドルになって見せますっ!!! これがっ!!! 私の復讐ですっ!!!」

 

 そして、キールビースの右腕がキダの左胸を貫いた。

 

「えっ」

 

 ぼっ。という鈍い音が微かに鳴り、数滴の血液が舞台に飛び散った。

 

 真っ先に疑問の声を上げたのは、攻撃したキールビース自身であった。それから一拍遅れて、キダも目を見開いて自身の左胸を見る。

 

 衣服ごと心臓を貫く、キールビースの腕。

 

 だがそれは華奢な女性の腕ではなく、ひび割れたコンクリート柱だった。

 

「キ、キル、ビ……ちゃ……」

 

 キダが床に倒れ込む。キールビースは、自身の腕に焦点を合わせる。肘より先が、コンクリートに変質しており、ひび割れからは鉄筋が覗いている。

 

「え……な、何……これ……」

 

 突如、キールビースは上空に押し上げられる感覚に襲われる。足元を見ると、カガチとナハルがこちらを見上げている。視界の端に自分の足が映る。

 

 雑草まみれの土塊、切り出された石材、木片。それが自分の足だと気付くのには数秒を要した。

 

「え、え? え?」

「な、何だこれは……!? カガチ!!」

 

 カガチの耳には、キールビースとナハルの狼狽の他に、野太い男の叫びが聞こえている。

 

「やっ、やだよキールビースちゃんんん!!! 一緒に!! 一緒に暮だすんだっ!!! ぼぼっ、僕どぉっ!!!」

「ユーちゃんやめてぇ!!」

「おいテメェ!! 母親に物投げてんじゃねーぞ!!」

「キールビースちゃぁんっ!!! 僕だぢっ!!! けけけけ結婚しゅるのにぃっ!!! ににに庭付きのっ、お家でっ!!! ここ子ここ子供はっ、さんにんっ……赤いやでのっ、おうぢでっ……」

 

「……成程。理解した」

 

 カガチは改めてキールビースの変貌した姿を観察する。

 

 芝生が生い茂った土と石材の足。コンクリート柱の腕。そして、赤い屋根の家屋を模した歪な胴体。窓から果実が生るように飛び出た巨大な人間の頭部。頭部の付け根に首飾りのようにぶら下がる、一回り小さな2つの頭部。

 

「ボブラ、奴は非自己対象の“妄想(ロング)の異能者”だ。説得で落ち着かせろ」

「はぁ!? 妄想(ロング)の異能者って……そっちで何かあったのか!?」

「そいつの混乱でキールビースが怪物に変容した」

「怪物……!? だーくそっ……!! 期待すんじゃねーぞ!!」

 

 窓から飛び出た巨大な人間の頭部から髪が抜け落ち、肌がマネキンのように硬質化していく。片目からさらに人間の頭部が生り、目玉が押し出されてゴトリと落下する。

 

 キールビースは、そのガラスの目玉に反射した己の姿と目が合った。

 

「い、い、い」

 

 アイドルとは到底呼べるはずもない、世にも恐ろしい怪物の姿。

 

「嫌ぁぁぁあああアアあああアアアアっ!!!」

 

 キールビースはパニックに陥り泣き叫ぶ。彼女の意思とは無関係に、全身から白い鳥の模型を撃ち出し周囲を破壊し始める。

 

「ナハル」

「分かってる!! 止めるんだろ!!」

「違う。邪魔だからどっか行け」

「はぁ!?」

 

 カガチは魔法でコンサートホールの壁全体を覆って防護し、パイプ椅子に座り直す。

 

「ゾウラ様、準備はよろしいですか?」

「はい! カガチ!」

 

 そして、キールビースの眼前に噴水が上がり、水の中からショテルとクロスボウを構えたゾウラが姿を現す。

 

「では、虚構拡張を使わず彼女を制して下さい」

「分かりました! 頑張ります!」

「たす、タ、助ケ、て……!!!」

 

 カガチの耳には、今も通信魔法越しに男の叫びが響いている。

 

「ぼぼっ!! 僕だぢっ!!! 愛し合っでるどにっ!!! キールビースぢゃんどぉっ!!! 僕のぉおっ!!! 邪魔っずるなぁぁあああああっ!!!」

 

「タッタたタタッ……スっ……! け……テ…………!!!」

 

 キールビースの振り上げた石壁の腕が、ゾウラとカガチに向かって振り下ろされた。

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