〜ダクラシフ商工会
球体に近いシルエットの大男、“マーデアバダット”。彼は隠し持っていたペンチを突きつけながら、ラデック達を脅迫した。
「オレの子分になれよぉー。じゃないとぉ、指やっちゃうじぉー」
のっぺりとした特徴のない顔からは想像もできない物騒な言葉を、彼は穏やかな声色で吐き出す。ペンチをカチンカチンと鳴らしつつ、つぶらな瞳で2人を見つめている。
「子分、子分か……シスターはなったのか? 子分」
「い、いえ。私も今朝ここへ来たばかりで、彼と会ったのはついさっきです」
「そうか……。分かった、子分になろう」
答えを聞くと、マーデアバダットはニンマリと笑いペンチをしまった。
「いーい選択だなぁー。偉いぞぉー。そんじゃあオレのことはぁ、バダット親分って呼ぶよぉーに」
「バダット親分、子分と言っても何をするんだ? 配給の甘味を譲るとかか?」
「んんー? まー心配すんなぁー。あんまり酷ぇーことはしねぇー」
「ちょっとはするのか……」
「おっ、 メシだぁ、メシメシぃー」
廊下側の壁に付けられたランプが点灯し、廊下からガシャガシャと金属ワゴンを転がす音が聞こえてくる。刑務官が配給用の小さな窓を開け、一食ずつ食事を差し出しながら名前を呼ぶ。
「シスター」
「あ、はい」
「ラデック」
「はい」
「……マーデアバダット」
「おいシスタぁー! 持ってこぉーい!」
「……はい」
シスターは自分の食事をテーブルに置くと、もう一度食事を受け取りに行く。
食事を受け取りテーブルに並べると、マーデアバダットはのっそりと立ち上がりテーブルの前に落下するように腰を落とした。
「さぁて、な・に・か・ら・食おっかなぁ〜」
ラデックはマーデアバダットの配給と自分達の配給を見比べ、困惑した声を漏らした。
「……そういうもんなのか?」
「んん〜?」
ラデックとシスターの配給は、刻んだ豆と野菜を練り込んだパン、魚のペーストブロック、数粒のデーツと水。
対するマーデアバダットの配給は、拳よりも大きなハンバーグ、カリカリのベーコンとバゲット、数種のディップソース、カラフルな温野菜のプレート。デザートには生クリームとフルーツが添えられたプリン。飲み物にワインボトル一本。その他様々な料理の小皿が数枚。
「格差が、すごい」
「へへぇ〜羨ましいかぁ〜? 羨ましいだろぉ〜」
ベーコンとソースをバゲットに乗せ、見せつけるようにザクリと齧ってみせる。
「う〜ん、うまぁ〜い。ラデックも食うかぁー? ほれほれぇ」
「いただきます」
目の前で揺れるナイフで突き刺されたハンバーグの半分を、ラデックは
「うまい」
「……まぁー、お前らもあと10年ちょっとしたらぁー食えるようになるぞぉー」
「10年。長い」
「その、マーデアさ……バダット親分は、ここへ来てどのくらい経つんですか?」
「んー? 捕まったのが15ん時だからぁー、そうだなぁー……30年くらいだなぁー」
「30年……。因みに、何をして捕まったのかって、聞いてもいいですか?」
「そうだなぁー……。時期が来たら教えてやるよぉー」
「時期?」
マーデアバダットは口に詰め込んだ料理をごくんと飲み込み、ワインボトルを一気に飲み干した。
「これ食い終わったら散歩だぁー。付き合えよお前らぁー」
食事を終えると、受刑者には1時間程度の自由時間が与えられた。マーデアバダットは刑務所の案内をすると言って、有無を言わさず2人を連れ出した。
「ここが運動場だぁー、トイレはあっちにあるけどぉー、狭いとこはトラブルが起きやすいからなぁー。部屋のを使った方がいいぞぉー」
「広い。シスター運動は得意か?」
「全く」
「この先が図書館だぁー。と言っても、大人しく本読んでるやつなんかあんまいねぇー。使ってるやつはぁ、大体昼寝か喧嘩してるかだなぁー」
「煙の臭いがするんですけど……」
「臭い」
「あぁー。そこの映像室が喫煙所になってるからだなぁー」
「あっちは特別収容房だぁー。刑務官に叱られるから行かない方がいいぞぉー」
「何が特別なんですか?」
「やべぇーやつを閉じ込めとく独房だぁー。お前も何人か殺せば入れるぞぉー」
「風呂場はこっちぃー。入浴時間は1時間あるけどぉ、最後の方は垢でどろどろだぁ。早い時間に来た方がいいぞぉー」
「早い時間はめちゃくちゃ混むんじゃないか?」
「そうだなぁー。じゃあ遅い時間に来た方がいいぞぉー」
「弱者に選択肢は無いってことですね……」
案内をされる中、何人もの受刑者とすれ違う。誰ひとりとして話しかけてくる者はいないが、皆こっちを胡乱な目で睨んでいる。しかし、部屋に戻ろうと運動場を横切った時にひとりの女性は話しかけてきた。
「ヤアヤア! おデブちゃん元気?」
「おぉー“プスパーカッカ”ぁ。喧嘩なら買うぞぉ」
そばかすが目立つ小柄な女性“プスパーカッカ”は、マーデアバダットの後ろにいた2人に手を振る。
「ナァニ? お友達? きっと名前は糖尿ちゃんと痛風ちゃんね! よろしゅうね!」
「ラデックだ」
「シスターです……」
「覚えらんない! アタシに3文字以上の単語教えないでよね!」
そこへ、プスパーカッカの取り巻きと見られる受刑者達がわらわらと集まってくる。
「おいダルマ野郎! カッカ親分の道塞いでんじゃねぇよ!」
「太り過ぎてお辞儀もできなくなったかぁ?」
「また性懲りもなくオモチャなんざ買いやがって!」
罵詈雑言の売り言葉を吐き散らす取り巻き。そのうちの1人がラデック達に詰め寄る。
「おいテメェら、悪りぃことは言わねぇ。今からでもカッカ親分の下につけよ。そいつは最悪の野郎だぜ。そいつは自分の子分何人も殺してんだ」
忠告に来た取り巻きを、マーデアバダットは子犬でも拾い上げるかのように首根っこを掴んで持ち上げる。
「うおっわっわっ! 何しやがる! 離せ肉団子!」
「おめぇー、ヒトの子分に何してんだぁ? 食っちまうぞぉ?」
「ちょいまちおデブちゃん……」
プスパーカッカがマーデアバダットの膝に手をつく。マーデアバダットの腰までしか身長のない小柄な彼女が少し力を込めると、マーデアバダットの丸太のように太い足からミシミシと大木が軋むような音が響く。
「ウチの子に、触んないでね?」
「……あぁー、悪い悪い」
今にも殺しにかからんと殺気を放つ両者。プスパーカッカの子分らも負けじと睨み合いに参加してはいるが、マーデアバダットの視界に彼等は入っていない。
そこへ、ひとりの刑務官の女性が駆け足でやってきた。
「ちょ、2人とも何やってるんですか! 離れて下さい!」
刑務官は睨み合う両者を引き剥がし、間に割って入る。2人は黙って刑務官に従って距離を離し、薄ら笑いを浮かべて
「冷めちゃった〜! チミ達帰るよ〜ん!」
「オレ達も帰るかぁー。行くぞラデックぅー。シスタぁー」
刑務官は心底ほっとして胸を撫で下ろし、運動場の警備へと戻って行く。ラデックはマーデアバダットに小走りで追いつき尋ねる。
「あのナントカパッパと言うのは誰だ?」
「プスパーカッカだぁー。結構つえーぞぉー」
「バダット親分とは対立してる派閥なんだな」
「アイツらだけじゃねぇーぞぉー。ドマドジュダとかぁー、バジヴラャベとかぁー、コポルガーラとかぁー、100ぐれーあんのかなぁー。数えたらキリがねぇー」
「そんなに」
シスターは少し嫌な予感がしつつも、人目を
「……バダット親分の、私たちの他の子分は、どちらに?」
「ん〜?」
そして、嫌な予感は的中した。
「死んだかなぁー。みぃーんな」
〜ダクラシフ商工会
午後の刑務作業を終え、夕食と風呂を済ませた3人は、就寝までの間に少しの自由時間を得た。
マーデアバダットが部屋長会議の為と言って外へ出て行ったのを見送り、シスターはラデックにこっそりと話しかける。
「やっとまともにお話できますね。ラデックさん、ラルバさんかハザクラさんから何か聞いていませんか?」
「何を?」
「……私達は、結局何をすればいいんでしょうか」
「さあな。だがラルバのことだ。普通に過ごしていればそのうち分かるだろう」
「……信用されていないんですね」
「え? 信用されてるから何も言わないんじゃないのか?」
「言ったところで理解されないと思われてるんじゃないんですか?」
「そんな……。いや待て、その発想が出るってことは――――」
「はい。私もラデックさんをあまり信用してません」
「そんな……。ん? その理屈で行くとシスターもラルバに信用されていないんじゃないか?」
「どうして私がラルバさんに信用されてると思うんですか?」
「確かに……」
目に見えて落ち込んでいるラデックを尻目に、シスターは廊下を警戒しつつ独り言のように話し始める。
「……ひとまず分かっているのは、ここは私達が想像していたような死の国ではないと言うこと」
「ああ、それは思った。意外に自由が多いし、多分どこかで外とも繋がってる」
「はい……え?」
「ほら」
ラデックはベッドの下に手を入れ、昼間に見つけた新品の銃を見せる。
「結構綺麗だ。これ、外で最近作られたものじゃないか?」
「……何で早く教えてくれないんですか」
「え、言った方が良かったか?」
「そこにあるってことは、他のところにもあるってことですよ。銃かもしれないし、爆弾かもしれない。誰かが急に攻撃してくるかもしれないってことじゃないですか」
「でもシスターだって強いじゃないか」
「私はラデックさんみたいにフィジカルタイプじゃないんですよ。切られても刺されても普通に死にます」
「そしたら俺が助ける」
「ラデックさんが近くにいなかったら?」
「………………」
「そういうところが信用できないところですよ」
「こういうところか……」
シスターは銃をある程度調べてからベッドの下に戻す。
「まあ、突然襲われるかもってことは、ラルバさんの旅についてきた時からある程度は覚悟してます。……もう一つ分かっているのは、この刑務所は意外にも権力で秩序が保たれているということ」
「あ、ああ。刑務官もちゃんと機能しているみたいだし、マーデアバダットとかプスカーパッパみたいな親分格がいるのはありがたい」
「プスパーカッカさんですよ……。恐らくマーデアバダットさんが私たちを散歩に連れ出したのは、私達が自分の子分であることを皆に見せるためでしょうね」
「そうだったのか。いい人なんだな」
「いい人はペンチで人を脅しません」
「そうだった」
「ですが……
「いいことじゃないか」
「いいことと不自然かどうかは別物です」
2人が話し込んでいると、廊下の方から物音が聞こえてくる。間もなく扉が開き、マーデアバダットが戻ってきた。
「戻ったぞぉー」
「おかえり」
「お帰りなさい」
「……何してんだぁー?」
「トランプ」
「ふぅーん。それよりぃー、お前らテレビ点けろぉー。っつっても、勝手に点くけどなぁー」
「テレビ?」
部屋の角に吊り下がったモニターが、ひとりでに電源が入り映像を映し出す。
殺風景なコンクリートの部屋だが、床は黒い金属光沢を帯びている。3本の金属製の円柱が並んでおり、真ん中の円柱だけが画面半分ほどまで浮いている。
「何だ?」
「何でしょうか……」
「見たくなきゃ見なくてもいいぞぉー。結構グロいからなぁー」
マーデアバダットは歯磨き粉のチューブを絞りながら暢気に笑う。
「毎晩恒例、お利口ワースト1位おしおきのコーナーだぁー」