シドの国   作:×90

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243話 罪と罰と償い

〜ダクラシフ商工会 等悔山(ひとくいやま)刑務所 収容房〜

 

 部屋の角に吊り下がったモニターに、殺風景なコンクリートの部屋が映し出されている。床は黒い金属光沢を帯びており、3本の金属製の円柱が並んでいる。真ん中の円柱だけが床から画面半分ほどまで浮いている。

 

「何だ?」

「何でしょうか……」

「見たくなきゃ見なくてもいいぞぉー。結構グロいからなぁー」

 

 マーデアバダットは歯磨き粉のチューブを絞りながら暢気に笑う。

 

「毎晩恒例、お利口ワースト1位おしおきのコーナーだぁー」

 

 画面の中に、刑務官と縄に繋がれた囚人が現れる。囚人は全身から血を流しており、肩でぜえぜえと息をしながら怒りに満ちた目で刑務官を睨んでいる。

 

「ん? あの刑務官……」

「ラデックさん、お知り合いですか?」

「……ここに来た時に初めて会った人だ。あんな怖い顔はしていなかったが……」

 

 ラデックの案内をした時は人畜無害そうに見えた気の弱いはずの女刑務官は、一切の感情も見せない無表情で囚人を引いていく。そして囚人を円柱の真下に放り出すと、囚人の上に跨り無表情のまま足をへし折り始めた。

 

「っぎゃああああああああっ!!!」

 

 囚人の絶叫。刑務官はゴミ袋の口を縛るように淡々と両足をへし折った後、画面外に歩いて行く。

 

「ぐぁっ……テ、テメェ覚えてろよっ……!! ぶっ殺してやるっ……!!! ぶっ殺してやるからなぁっ……!!!」

 

 怨嗟の念を叫ぶ囚人の頭上にあった円柱が、鈍いモーター音と共にゆっくりと降下していく。そして、囚人を挟み込んだところで緩やかに静止した。

 

「あああああああああっ……!!! あっ……!!! がっ……!!!」

 

 円柱の隙間から、囚人は手をばたつかせて痛みに喘ぐ。

 

「あれは……プレス機だったのか……」

「な、なんて、酷い……」

 

 プレス機は一見して止まっているように見えるが、実際はごく僅かに下降し続けているようで、囚人の喘ぎ声の合間に骨の軋む音や時折甲高い破砕音が響く。その度に囚人は一際強く絶叫し、焦燥に満ちた荒い呼吸音を余計に乱れさせる。

 

「お前らぁー。特別にこれやるよぉー」

 

 画面に釘付けになっていたラデックとシスターに、マーデアバダットが小さなスポンジを幾つか手渡す。

 

「耳栓だぁー。今夜は朝までテレビ点きっぱだからよぉー、新人はうるさくて寝られねぇことが多いー。ま、オレのイビキの方がうるせーけどなぁー」

 

 暢気に笑うマーデアバダットに、ラデックは恐る恐る尋ねる。

 

「バダット親分……、あの囚人は……?」

「アイツは確かベボんとこの子分だなぁー。自分が全部に関わってないと気が済まないってタイプだったぁー。頭は悪くねぇーんだから、大人しくしとくだけで儲けもんだったのになぁー」

 

 画面は制止したプレス機を延々と映し出しており、囚人は未だ円柱の真下で地面を掻き藻掻いている。

 

「お前らそんなやんちゃするタイプに見えねぇけど、一応言っとくぞぉー。ああなりたくなかったら、死ぬまで大人しくしとけよぉー」

 

 

 

〜ダクラシフ商工会 等悔山(ひとくいやま)刑務所 洋裁区画〜

 

 翌朝、軽い朝食を済ませて間もなく刑務作業が始まった。

 

 大量のミシンの駆動音が犇く中、シスターは隣で作業をするラデックにこっそりと話しかける。

 

「……ラデックさん、あの方……」

「ん?」

 

 シスターが示した方には、昨晩の処刑の映像に映っていた女刑務官が立っていた。挙動不審でオドオドと周りを何度も見回し、冷や汗に塗れながら監視作業に従事している。

 

「俺と会った時もあんな感じだった……いや、あそこまでオドオドしてはいなかったか……?」

「でも、きっとこっちが本来の姿なんでしょうね。……昨日のは何だったんでしょうか……」

「あ、あの……」

 

 2人が会話を続けていると、後ろから別の女刑務官が遠慮がちに声をかけてきた。

 

「あの、あんまりお喋りは……」

「あ、ああ、すみません」

「ごめんなさい」

 

 素直に謝ると、女刑務官は小さく頭を下げてそそくさと立ち去って行く。

 

「……全体的に覇気がないな」

「何なんでしょう……」

 

 すると、部屋の入り口のドアが勢いよく開かれた。壊れんばかりに蹴飛ばされたドアの衝撃に、受刑者達は一斉に振り返る。視線の先には、数人の受刑者が憤怒の形相で波導を漲らせている。

 

「いたぞ!! アイツだ!!」

 

 1人が部屋の奥にいた女刑務官を指差し叫ぶ。

 

「テメェよくも俺らの仲間をヤってくれたな……!!」

「ひ、ひぃっ……!!!」

 

 怯える女刑務官に向かって受刑者達が詰め寄って行く。他の刑務官達は血相を変えて女刑務官を庇い割って入り、受刑者達と対峙する。

 

「退けゴラァ!!!」

「殺すぞ!!!」

「や、やめて下さい!! 持ち場に戻って!!」

「やめて!! お願い!!」

 

 声を張り上げ怒鳴る受刑者達と、恐怖に慄きながら注意をする刑務官。まるでチグハグなやり取りに、他の受刑者達も作業の手を止めて顛末を見守っている。

 

「やめろ」

「ラデックさん!?」

 

 いつのまにか近づいていたラデックが、後方の受刑者の肩を引いて忠告する。シスターは止めに行こうか葛藤して狼狽える。

 

「何だテメェ!! あぁ!?」

「俺もあの処刑はやり過ぎだと思う。でも、それはこの人達の案じゃないだろう。恨む相手を間違ってる」

「知るかボケ!! テメェも殺すぞ!!」

「遠慮する」

 

 受刑者が握っていた金属ヘラをラデックに向けて突き出す。それをラデックがカウンターで叩き落とそうとする直前、刑務官の1人が叫んだ。

 

「避けて!!!」

「うおっ」

 

 ラデックは反射的に目の前の受刑者の腕を引いて後方へ飛び退く。先程まで2人が立っていた場所に、閃光を放つ光の焔の鞭が像を残し消えた。魔法が飛んできた方向を見ると、女刑務官のひとりがこちらに手を(かざ)していた。

 

 術者の女刑務官は、ついさっきラデック達に注意をしに来た女性だった。しかし、先程まで恐怖に怯えていたのが嘘のように堂々とした振る舞いで、まぶた一つ動かさずに冷たく受刑者達を睨んでいる。

 

 他の刑務官は彼女から一歩離れ、頭を抱えたり、顔を手で覆ったり、何か大きなミスをしてしまったかのように譫言(うわごと)を呟いている。

 

 昨晩処刑の映像に写っていた女刑務官が、今し方魔法を放った女刑務官に縋り付いて叫ぶ。

 

「お、お願いします!! やめて下さい!! お願いします!! お願いします!!」

 

 必死に懇願する女刑務官に、術者の女刑務官は視線すら向けない。それどころか頭を片手で掴み、ゴミを捨てるように投げ飛ばした。

 

「きゃっ――――!」

「危ない!」

 

 女刑務官が投げられた先にいたシスターが、防壁魔法でなんとか彼女を受け止める。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「は、はい……」

 

 その時、シスターは気が付いた。受け止めた女刑務官が打ったであろう肩や背中よりも、右手を異様に強く握りしめている。

 

「……失礼します」

 

 回復魔法をかけつつ左手を開かせる。抑えられていた右手の指は、全て爪が剥がれていた。

 

 言葉を失ったシスターに熱風が襲いかかる。同僚を投げ飛ばした女刑務官が、周囲の被害も(いと)わず炎魔法を受刑者に放っている。翳した手の先に生み出された火の玉は、鈍い羽音のような振動と共に辺りを焼き、刑務作業用の布地が引火して炎の壁を作っている。

 

 火中の受刑者達は、あまりの高温に悲鳴を上げることもできずその場に這い蹲る。その至近距離にいる術者の刑務官もまた、自身の発している炎魔法で全身を焼かれ続けている。

 

 シスターも、ラデックも、周りの受刑者も、刑務官達も、誰ひとり手が出せないまま眺めていることしかできない。

 

「そりゃちょっとやり過ぎ之介じゃなぁ〜い?」

 

 暢気な女性の声と共に、白煙が洋裁区画を覆い尽くす。

 

「何だっ!?」

「うおおおお寒っ!!」

 

 氷の粒が混じる霧の烈風が部屋を駆け巡り炎を掻き消す。全員がやっと目を開けられるようになると、小柄な女受刑者が不敵な笑みで焼け焦げた刑務官を睨みつけていた。

 

「……何の用? プスパーカッカ」

「カッカちゃんとお呼びよ。“モア”ちゃん」

 

 プスパーカッカは焼け焦げた刑務官の(ただ)れた肌を撫で、小馬鹿にするように笑う。

 

「うーひひひひ。あれまあこんなにしちゃって、可哀想に」

「触らないで。持ち場に戻りなさい」

「戻りたいのは山々山脈なんだけどね。バックレオサボリーズを連れ戻しに来たらこの様なんだわさ。どうしてくれんのよ?」

「もう一度だけ言いうわよ。持ち場に戻りなさい」

「……まあいっか。ウチの領分じゃないし」

 

 文字通り凍てつく洋裁区画を、プスパーカッカは鼻歌混じりに出て行く。

 

 それから数秒も経たず、焼け焦げた女刑務官が気絶するように倒れ込んだ。シスターが治療していた女刑務官は急いで駆け寄り、涙ぐんで回復魔法を放つ。

 

「先輩!! 先輩!! あぁ……!! 息……!! 息してない……!!」

 

 シスターは女刑務官を引き剥がすようにして割り込み、ラデックに指示を出す。

 

「ラデックさん! “治療を手伝って”下さい!」

「分かった」

 

 シスターとラデックが共に回復魔法を放ち、その発動光を目眩しにラデックが改造の異能で最低限の救命措置を施す。

 

「……ごぷっ。げぽっ」

「先輩!!」

 

 息を吹き返した刑務官が、気道に溜まっていた血を噴き出す。それからシスターが暫く回復魔法をかけ続け、何とか一命を取り留めた。

 

「あ、ありがとうございますっ……! ありがとうございますっ!」

 

 涙で目を真っ赤に腫らした女刑務官が、ラデックとシスターに何度も頭を下げる。

 

「ひとまずはこれで大丈夫かと。……ところで、できれば色々とご説明を願いたいのですが、可能ですか?」

 

 女刑務官は怯えるように辺りを見回してから、静かに頷いた。

 

 

 

〜ダクラシフ商工会 等悔山(ひとくいやま)刑務所 医務室〜

 

 2人は刑務官らに案内され、医務室に通された。

 

「本来は怪我人と刑務官しか入れないんですが、先輩の為には、きっとお二人にいて頂いた方が良いかと……特例です。私の勝手な判断ですけど……」

「……病院へは連れて行かないのですか? 私がしたのは飽くまでも応急処置、まだまだ治療が必要です」

「……それも含め、お話しします」

 

 女刑務官が遠慮がちに目配せすると、他の刑務官達は静かに頷いて部屋を出ていく。それを不思議そうに見送り、ラデックが口を開く。

 

「幾ら恩人とは言え、刑務官1人に何の拘束もされていない囚人2人を当てがうのは危険じゃないか?」

「……いえ、逆です。私1人の方がいいんです」

「逆……」

 

 女刑務官はじっとりと脂汗を浮かべつつ、深呼吸をして話し始める。

 

「我々刑務官も、受刑者と同じく 等悔山刑務所(ココ)に閉じ込められた者なんです」

「……君らも、受刑者?」

「いえ……我々は、外で間引かれた出来損ないの寄せ集めです」

「出来損ない……寄せ集め?」

「私達は、社会貢献に参加できないモノ以下の人間です。定職に就かない者や、納税額が極端に少ない者、職務において他の労働者の足枷となる者。……それが私達、出来損ないの人間です。ダクラシフ商工会では、周囲からの不審が高まってきて、国から派遣された監査官に目をつけられると、改善が認められない限りはココに送られます。だから、私達は病院にも行けません。あそこは、きちんと税金を払っている人が行くところですから……」

「そんな……! まるで犯罪者の、いや、それ以下の扱いじゃないか! ダクラシフ商工会は何を考えているんだ!?」

「でも……私達は出来損ないです。生まれてきたことが間違いなんです。外で何をしても報われないなら、野垂れ死ぬよりここの方がマシです……。見捨てられないだけ、ありがたいものですよ……。私は、雑草の上で死にたくない……」

 

 悲しそうに顔を伏せる刑務官の顔は、どこか幸せそうで、それでいて諦めと孤独を感じさせた。

 

 人間は、言葉に従う生き物である。それが例え自分の口から発せられたものでも、明確に詭弁だと分かっていても、繰り返し言わされることで、少しずつ自らの形を変えていってしまう。

 

 古代の魔術師は、呪いについてこう語った。

 

 “(あまね)く言葉全てが、呪いに成り得る。それには、魔力も、呪力も、技術も、特別なものは何も必要ない。人は言葉を作ったが、今は人が言葉で作られている。人を形作る言葉は、愛の(ささや)きであろうと、恨み言であろうと、(すべから)く呪いと呼ばれるべきであろう。“

 

「そんな……!! そんなの詭弁だ……!! 君達を従えるのに都合がいい極論だ!!」

「そうかもしれません……。でも、私達はここより良いところを知りません……ここより良いところに行けないんです」

「そんなことない!」

「そんなことありますよっ!」

 

 ラデックのがむしゃらな否定に、刑務官が語気強く言い返す。

 

「例えココがなくたって! 結局は(ろく)にお金も稼げず野垂れ死にです! 私は誰にも必要とされない! 誰かの必要になれない! 子供の頃からずっとそうだったんです! みんなが出来ることを私はできない! どんなに頑張っても、みんながすぐ覚えられることを覚えるのに、倍の時間がかかるんです……。人一倍頑張っても、その間に他の人はもっともっと先に行ってしまう……。追いつけないんですよ。どんなに頑張ったって……!! ここなら、ここなら私も役に立てる……!! 生まれてきた罪の、償いができるんです……!!!」

 

 刑務官の目から、大粒の涙がポロポロと流れ落ちる。ラデックはかける言葉をさんざ考えたが、どれも口に出すことはできなかった。しかし、ただ黙って聞いているわけにも行かず、ラデックは刑務官の手を握った。

 

「君は頑張っている。それでいいんだ。それだけでも、十分立派だ」

「そ、それだけ……なんですよ……? 人と違うことができるわけでもない……」

「そんなの関係ない。君は立派だ」

「いいえ、無価値よ」

 

 刑務官は涙を止め、真顔でラデックの方を向く。

 

「下らない説法を聴かせないで。犯罪者のくせに」

 

 呼吸が止まった。先程まで劣等感と絶望に打ちひしがれていた刑務官は、涙どころか血の気も失せた死体のような冷たい表情でラデックを見つめている。握られた手は万力のように締め上げられ、ミシミシと鈍い音を立てて(ひび)が入り始める。

 

「き、君は……いや、“お前は、誰だ……?”」

「答える義理はないわ」

 

 刑務官がラデックを投げ飛ばし壁に叩きつける。

 

「ラデックさん!!」

「がはっ……!!」

「頑張っているだけで立派? 馬鹿を言わないで。報いのない努力なんて、死んでいるのとなんら変わりないじゃない」

 

 シスターはラデックに駆け寄り刑務官を睨む。

 

「あなた……その手……!!」

 

 刑務官が自分の手を見る。元々爪が剥がれていた右手は、ラデックを投げ飛ばした反動であらぬ方向に捻じ曲がっていた。折れた骨が肉を突き破り、ぼたぼたと血が滴っている。

 

 それでも刑務官は、無表情のまま一切気に留める様子はない。それどころかぐしゃぐしゃの手に魔力を集め、光弾を発しようと構えている。

 

「やめてください! 他人の体を何だと思っているんですか!!」

「他人の体だからよ。私は痛くも痒くもないわ」

 

 光弾が放たれると、すぐさまラデックがシスターを庇って弾き返す。光弾はラデックの手に触れた途端蒸発するように消え失せ、代わりに膨大な熱量を残して手を焼き焦がす。

 

「ぐっ……!!」

「あら……意外と頑丈……」

 

 火傷はシーツに水を零したように少しずつ広がっていき、時折炎を噴き上げる。ラデックが密かに改造の異能で鎮火を試みるも、再生した側から発火して延焼していく。

 

 それを見たシスターは、刑務官の方へ向き直り全身全霊で警戒する。洋裁区画で聞いた、プスパーカッカの台詞が頭を過ぎる。

 

「モア……。貴方まさか、“断将(だんしょう)ブレイドモア”……!? 平和な国の、国刀の……!!」

 

 刑務官は舌打ちをしてシスターを睨む。

 

「だったら何よ」

「どうして貴方のような猛者が、こんな所に……!?」

「何だって良いでしょ。殺すわよ」

 

 愛と正義の平和支援会所属。ブレイドモア。異能、憑依。

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