翌日、
〜ダクラシフ商工会
「流石に昼休みの小1時間じゃあ、碌に聞き込みもできないな」
「ですね……でも、噂が実際にあることを確認できただけでも収穫ですよ」
「そうか……そうか……?」
「ゼラザンナさんが私達を騙そうとしてる可能性が減ったということです」
「そうか」
そこへ、ゼラザンナが駆け足で合流する。
「お待たせベイベー! どうだった?」
「進展なしです」
「こっちも」
「んげぇーっ。まあヘコむことはないよ! 進々微遂! 一歩ずつ頑張ろー!」
「しんしん……何て?」
「聞くだけ無駄ですよ」
3人は運動場の端のベンチに座り、僅かながらの得た情報と意見を出し合う。
「……俺は思うんだが、これって本当にただの噂なんじゃないのか?」
「勿論、それも考えられます。後は、別の事実が断片的に伝わってしまっているとか」
「断片的?」
「例えば、受刑者の消失は何か別の要因で起こっていて、それは親分子分を問わず誰にでも起こり得る場合。子分が消えたところで騒ぐのは消えた人の周りだけですが、親分格が消えたとなれば誰の記憶にも強く残ります。枝葉が切り落とされても誰も気にしませんが、木そのものが切り倒されれば話は変わってくる。それで、親分格が消える現象という部分のみが断片的に記憶に残ってしまった」
「んにゃぁ〜? そうじゃないと思うんだけどねぇ〜……」
「シスターの言うことも分かるんだが、実際に人が消えてれば、それが親分だろうと子分だろうと問題だろう? 俺達がやるべきことは変わらないんじゃないか?」
「親分以外も消えるとなると、刑務所が秘密裏に処刑している場合が考えられます。子分が消失現象の対象に含まれるかどうかが、結構大きな要素なんですよ。もしこれでイグジットの正体が突発的な病死とかだったら確かめようがありません。悪魔の証明です」
「あの〜」
3人が話し込んでいると、横から刑務官が遠慮がちに声をかけてきた。気が付けば、周りの受刑者達は午後の刑務作業に向かっている。
「あ、ああ。すまない。今行く」
「あ、いや、そうじゃなくて」
刑務官はもじもじとしながら切り出す。
「ちょっと、着いてきてもらえますか? その……医務室まで……」
〜ダクラシフ商工会
昨日、全身火傷を負った刑務官。そして、ラデック達と交戦した刑務官。シスターが応急処置をしておいたものの、この劣悪な環境の地下刑務所では治療を行う者も設備もなく、容態は悪化の一途を辿っていた。
連れてこられたシスターは急いで魔法陣を展開し、2名の手術に取り掛かった。医務室は魔法陣から伸びた白い触腕で埋め尽くされ、ラデック、ゼラザンナ、刑務官の3人は手術の邪魔をせぬよう退室を指示され、廊下で待機することにした。
「シーちゃん凄いねぇ……。ゴリゴリの魔導外科医だったとは……」
「俺も実際に執刀しているところを見たのは初めてだ。話には聞いていたが……」
「世界トップレベルのお医者さんがこんな豚箱行きだなんて、世も末だねぇ〜」
「……………………」
返答に困ったラデックは、半ば逃げるように隣にいた刑務官に話題を振る。
「ところで、よく俺達の居場所がわかったな。ずっと探していたのか?」
刑務官は突然話しかけられたことに身を震わせるが、なんとかおどおどと言葉を返す。
「え、あ、いや、あの。他の、受刑者の方に、聞いたので……。その、何だか色々聞いて回ってるとかって……」
「そうだったのか。あ、君は”イグジット“という存在について何か――――」
「ちょおい!?」
即座にゼラザンナがラデックの口に手を突っ込み発言を遮る。そして刑務官に背を向けて限界まで声量を落として小声で叫ぶ。
「おまままままままっ……! 刑務官にフツー訊くかい……!?」
「そ、それもそうか……」
「それもそうかじゃないのよ……!! どういう神経してんの……!?」
「あの〜……」
刑務官は団子状にまで絡み合った2人に、申し訳なさそうに話し始める。
「その……私はよく知らないんですけど……噂、程度なら……」
それから、2人の警戒心を察して慌てて否定のジェスチャーを入れる。
「あ、いや、ぶっちゃけた話、脱獄の企てだったら私共は何もしませんよ! 刑務所はそういうの、全部無駄な幻想みたいに思っているので……」
「デッくん信じちゃだめよ。罠だよ」
「そうか。じゃあ訊くんだが」
「訊くんかい!!」
「イグジットについては、どんな風に把握しているんだ?」
「ええと……親分格の裏ボスみたいな……。もしイグジットの子分になれれば、どんな頼み事でも叶うみたいな……」
「……なんか、俺達が知ってるイグジットとイメージが違うな」
「ま、まあ。私のは聞き齧りですので……。尾鰭がついた噂しか……」
不安そうに話す刑務官を、ゼラザンナは未だ警戒心剥き出しのまま睨み続けている。
「信用ならんねぇ。ウチらのこと嵌めようとしてなぁい?」
「ま、まさか……。私共にそんなことする意味ありませんよ……。叛乱とかなら止めますけど、脱獄程度なら変に邪魔する方がトラブルになりますし……」
「何だぁその理論」
「私共は、とにかく受刑者と揉めたくないんですよ……マニュアルにも、脱獄云々への対処法は書いていませんし……」
ラデックが呆れた様子で首を捻る。
「……それは、脱獄を失敗させる仕組みがあるのか? それとも、脱獄後に再収容するシステムが?」
「ど、どっちも、ですかね……。出口はエレベーター1箇所だけですし、換気ダクトもダストシュートも物資搬入口も、人間が通れる幅はありません。それに……仮に外に出られたとしても、その後”ヤクシャルカ“からも逃げ切らなければなりません」
「ヤクシャルカ……
「はい。そこに“フィース”所長の目が加われば、誰ひとりとして逃げることはできません。」
「フィース……
「はい。今まで透過の異能の人とか、洗脳の異能の人とか、色々な異能の人がいましたけど……皆さんどこまで逃げても、最後は捕まって刑務所で亡くなりました」
「フィース所長の目か……。異能か? ヤクシャルカとフィースの異能がどういうものか分からないか?」
「ヤクシャルカに関しては全くの不明です……そもそもあるのかどうかも……。フィース所長の異能は……何かの情報を把握するタイプだとは思います。これも噂ですけど……。でも、あの追跡力は異能由来のものだとは思います。……私共だって、逃げられるんなら逃げたいですよ……」
「それはいい。一緒に逃げないか?」
「ひっ……こ、怖いので遠慮しておきます……絶対無理だと思いますし」
ふとゼラザンナに目を向けると、彼女は化け物を見るような顔でじっとこちらを見ていた。
「な、何だ」
「何だもパンダもあるかこのスットコドッコイ。敵に親玉の弱点聞くかねフツー。あ、普通じゃないのか」
「スットコドッコイ……。刑務官も被害者だろう。俺達と敵対する理由は無いはずだ」
「いや被害者以前にそいつはブレイドモアの憑依対象で……てかその前にイグジットの話は刑務官と親分がグルって話が前提なんだから刑務官に聞いちゃあ……つーか犯罪者がなんで刑務官に脱獄の協力をしてもらえると……あーもう!! 何がどうダメだったか全部言わなきゃダメかい!?」
「そうか、俺犯罪者だったのか」
「ぐわーっ!!!」
ゼラザンナが発狂して頭を掻き毟ると、刑務官は居た堪れずに彼女を宥める。しかし、それでもラデックはポンと手を叩いて刑務官に問いかける。
「そうだ。イグジットの話の続きなんだが……」
「まだ訊くぅ!!!」
「えっ、あっ、何でしょう」
「ここでは時折、親分格の受刑者が突然いなくなるそうだな。イグジットという奴は刑務所と通じてて、その消えた受刑者を秘密裏に解放していると聞いたんだが。そういう話を聞いたことはないか?」
「い、いや、知りませんが……。そもそも、親分失踪とイグジットの噂が連関していたこと自体初耳です。そっか……それで受刑者達は外に出られるかもって思っていたんですね……」
「空振りか……。すまない。変なことを聞いたな」
「はい……。あ、あの……私が言うのも変なんですが、もしそれらが真実だったとして、私が正直に話すと思います……?」
「それもそうか。忘れてくれ」
「あ……は、はい」
刑務官は少し呆れたように怯えつつ、何かを思い出すようにしてもう一度口を開いた。
「あ、でも……その、親分失踪の話なんですが……。私が知る限りでは、皆さん死亡扱いになっていたはずですよ。確か……病死とか事故死の判定だったはず……」
「事故死? それはどう言う――――」
「いたぞ! あそこだ!」
通路の奥から、数人の男女が剣幕
「おいゼラザンナ。テメェ、ドマドジュダ親分に逆らうつもりか?」
「根も葉もねぇ噂の聞き込みなんかしやがって!」
「何企んでるか知らねぇが、親分の責任にされたらどうするつもりだ!?」
「げげっ」
ゼラザンナはラデックの後ろに隠れ、それでも下唇を突き出し威嚇する。
「何のことか分かりませんなぁー! 盲人説星! 知らんもんは知らんし分からん!」
「しらばっくれるな!! お前が問題起こしたら、ドマドジュダ親分に迷惑がかかるだろうが!」
「知らん知らん知らんー!」
「テメェ……!!」
「デッくんヘルプ!」
「え? あ、ああ」
ラデックが言われるがままにゼラザンナを庇い、相手は魔力を漲らせて眼光を尖らせる。刑務官は受刑者同士の争いに慌てて止めに入るが、相手方の耳には届いていない。
「ちょ、ちょっと……! やめて下さい……! お願いします!」
「ゼラザンナぁ……!! 今すぐドマドジュダ親分に謝罪しに行け!!」
「知らん知らん分からんちー!!」
「退けよ金髪!!」
「腰を掴まれてる。ゼラザンナに言ってくれ」
「刑務官も退けよ! 悪いのはどう考えてもコイツらだろ!?」
「あ……ああ……一旦、一旦落ち着いて下さい……!」
「殺すぞ金髪!!」
「ゼラザンナに言ってくれ」
「ゼラザンナぁ!!」
「あーばば聞こえなーい!」
「やめて! やめて!」
「うるせぇっ!!」
受刑者の1人が、怒りに耐え切れず殴るようにラデックの胸倉を掴む。
「どけよ……!!」
「あ」
「あ?」
受刑者は気が付かなかった。ラデックを掴もうと勢いよく手を振った際、その手が刑務官を殴打していたことを。
「あ……」
故意ではないとは言え、紛れもない叛逆行為。
「や……やば……」
「か、介抱ーっ!!!」
受刑者達は争いも忘れて刑務官に駆け寄り、皆ありったけの回復魔法を注ぎ込んで治療する。
「血ぃ! 血ぃ出てる! 止血止血!」
「おい馬鹿揺らすな!!」
「鎮痛魔法! 誰か使えないか!?」
「同時にかけんな! 過回復で灼ける!」
「わざとじゃねぇって……!! わざとじゃねぇって!!」
受刑者達は血相を変えて刑務官を取り囲む。先程まで剥き出しにしていた敵意はどこへやら、ブレイドモアによる懲罰を恐れて我先にと奉仕の姿勢を示す。
やがて、刑務官は咳き込みつつ意識を取り戻した。本来は
刑務官が息を吹き返すや否や、受刑者達は通路の際に後退りして怯える。果たして目を覚したのは気弱な刑務官なのか、それとも断将ブレイドモアか。ラデックは珍しく気を利かせ、受刑者達に提案する。
「俺が全責任を負うから、貴方達は戻ってもらって構わない」
「……!? な、なん……」
「いつのまにかゼラザンナも逃げたしな……。あのトンチキの世話役は気の毒だが、俺が責任を負う代わりに見逃してやってくれないか?」
「っ! テメー……何企んでる?」
険悪そうにこちらを睨む受刑者に、ラデックは真顔のままひらひらと手を振る。
「別に何も、元はと言えばゼラザンナの勝手が原因だ。それに、どうせ俺は来週プレス機行きの予定だ。罪は背負わせ得だろう。なぁ、君もそう言うことにしておいてくれないか?」
刑務官はぐったりとしたままラデックに目を向け、静かに閉じる。
「まあ、なんだ。俺も喧嘩腰になって悪かったと思ってる。ここらを落とし所にしないか」
受刑者達は互いに顔を見合わせ、「そういうことなら」と背を向け立ち去っていく。そのうちの1人が後ろ髪引かれ振り返るが、これから死にゆく人間にかける言葉が思いつかず目を伏せ再び背を向けた。
「……気にするなとか言ってやればよかったか……? いや、気にするか……」
その後、手術を終えて医務室から出てきたシスターに通路での出来事を説明した。シスターは話の途中で何度も何かを堪えるように唇を噛んだが、結局口を開くことはなかった。
〜ダクラシフ商工会
「遅かったなぁー。説教でも食らったかぁー?」
風呂を済ませて部屋に戻ると、マーデアバダットが歯磨きをしながら出迎えた。
「まあ、そんなところだ」
「……そんなところです」
「親分に隠し事かぁー。長生きしねぇーぞぉー」
ラデックはプレス機行きの話を打ち明けようかと思ったが、何かの拍子に脱獄の話もしてしまいそうで何も言わなかった。しかし無言のままというのも不自然なので、それを察したシスターが代わりに口を開いた。
「私は外では魔導外科医をやっていまして、昨日から火傷を負った刑務官の方の治療に当たっているんです。ラデックさんは手伝いです」
「ほぉー。見かけによらず、えれーパワフルなことしてんだなぁー」
シスターは流れでイグジットのことについて聞いてみようかと思ったが、一見無害そうに見えるマーデアバダットの掴みどころの無い威圧感に
「じゃ、オレは部屋長会議に行ってくるー。大人しく留守番しとけよぉー」
「行ってらっしゃい」
マーデアバダットが部屋を出ていくと、シスターはラデックに顔を寄せ小声で話しかける。
「……明日も噂の出所を探しますか?」
「それしかすることがないしな。仕方ない。でも、この様子だと本当にただの噂な気がしてきたな」
「受刑者同士はともかく、刑務官の方の話ではイグジットなど存在しないのでしょう? 嘘をついているようには見えませんでしたか? って、ラデックさんに言っても意味ないですね」
「うん。分からなかった」
「……あまり気乗りはしませんが、明日以降は受刑者の方の記憶を探ってみようと思います。親分格は危ないので後回しですが……」
「刑務官の記憶を読んだ方がいいんじゃないのか?」
「ラデックさん昨日それで100人分の情報読んで
「ああ、憑依中じゃなければ大丈夫だぞ。さっき試した」
「あ、そうなんですか。……なるほど?」
「じゃあ決まりだな」
「……ああ、はい。そうですね」
翌日、シスターの記憶操作を用いて刑務官を中心に噂の出所探しを始めた。しかし、刑務官の記憶に大した情報はなく、めぼしい収穫は得られなかった。ゼラザンナはドマドジュダの子分に追いかけられ噂どころではなく、無為に時間だけが過ぎていった。
夜になって2人は作戦を考えるも、やはり親分格の記憶を読まないことには決定打は得られないという結論になった。そこで、まずは同室で最も接触機会の多いマーデアバダットの記憶から読むことにした。
しかし、その晩は幾ら待ってもマーデアバダットは部屋長会議から戻ってこなかった。
翌朝。プスパーカッカ親分の失踪が発覚した。