シドの国   作:×90

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251話 作戦開始

 ティスタフカと接触してから数日後。深夜。

 

〜ダクラシフ商工会 等悔山(ひとくいやま)刑務所 処刑室〜

 

「ぎゃーっ!! 死にたくなーい!!」

 

 縄で縛られたラデックが、プレス機の真下に放り込まれる。それを刑務官に憑依したブレイドモアが冷たく見下ろし、プレス機の降下スイッチを入れる。

 

「助けてーっ!! 助けてくれーっ!! うわーっ!!」

 

〜ダクラシフ商工会 等悔山(ひとくいやま)刑務所 収容房〜

 

 情けない命乞いが流れるモニターを、シスターとゼラザンナがベッドに腰掛け見つめている。

 

「……デッくん本当に大丈夫? マジ泣きに見えるんだけど……」

「心配要りません。プレス機行きは元々分かっていたことですし、何か考えがあるんでしょう」

「でもすっごい嫌がってたよ?」

「彼は不可能なことに関しては理路整然と反論してきますが、できるけどやりたくないことは嫌だと言って暴れるんです。不可能だと言わない限りは駄々を捏ねているだけなんですよ」

「えぇ……」

 

 部屋長会議、元い、ティスタフカからの指令を聞いてきたマーデアバダットが収容房の扉を開いた。

 

「おーっす。やってんなぁー」

「お帰りなさい」

「おかえりー」

 

 マーデアバダットはラデックの処刑映像を鼻で笑い、洗面台から歯ブラシを手に取る。

 

「ま、部屋も変えてもらったし、ベッドもピカピカ、寝心地いーぞぉー。今夜ぐれーはゆっくり眠れそうだぁー。」

「ラデックさんがこれ以上泣き言を言わなければ、ですけどね」

「あー。無理そうだなぁー」

 

 画面の中のラデックは、まるで演技とは思えない絶叫を上げながらプレス機に潰されていく。3人は仕方なく耳栓をはめ、いつも通りモニターに背を向けて眠りについた。

 

「助けてーっ!! 助けてーっ!! うわーっ!!」

 

 

 

 翌朝、シスターは寝ぼけ眼を擦りつつモニターの方に目を向けた。映し出されているのは、プレス機からはみ出た皮膚片と大量の血液。それから臓器や骨の一部。それをシスターはハッキリと認識しつつも、眉ひとつ動かさずに洗面台へ顔を洗いに行く。

 

「んぎゃーっ!」

 

 しかし、ゼラザンナはそうもいかなかった。仲間の変わり果てた姿に、絶叫を上げてベッドから転げ落ちる。

 

「デッ、デデデデデッデッデッくん死しししし死死死死んじゃ」

「生きてるぞ」

 

 ゼラザンナの足元からラデックがのそりと起き上がる。

 

「ぴっ」

 

 思いもよらぬところからの死者の登場に、ゼラザンナは声にならぬ悲鳴を漏らして気絶した。

 

「殺してしまった……」

 

 呆然と立ち尽くすラデックに、シスターがタオルで顔を拭きつつ振り返る。

 

「よくここが分かりましたね。転房したのに」

「あ、ああ。ティスタフカのところに行ったら教えてくれた。教えてくれたっていうより、監視カメラの映像と地図の盗み見を黙っていてくれただけなんだが……」

 

 気絶していたゼラザンナが飛び起き、ラデックの顔を乱暴に捏ねくり回す。

 

「デデデデデッくん大丈夫!? どっか痛くない!?」

「顔が痛い。離してくれ」

 

 騒ぎ立てるゼラザンナの声に、マーデアバダットものっそりと起き上がる。

 

「おー、生きてたかラデックー」

「おかげさまで」

「ブレイドモアの監視を掻い潜るなんて、どーやったんだぁー?」

「き、企業秘密だ」

 

 ラデックの異能は生命体改造であるが、物体にもある程度干渉できる。迫ってくるプレス機の中央部を軟化させ繰り抜き、その中を蛇のように細くなって入り込むことや、偽装のために表皮と顔や骨や臓器の一部を複製し置き去りにすること、ほぼ剥き出しの臓物の状態でコンクリートを掘り進むこと。そんな芸当も、この上ない苦痛を伴うかなりの無理をすれば全くの不可能ではない。

 

「ラデックさん、お身体に大事はありませんか?」

「極めて不快な気分だが問題ない。ただ、想像を絶する苦痛だったとは伝えておくぞ」

「そうですか、それはよかった」

「よくはない」

 

 ラデックは酷く不服そうに鼻から息を吐き、タバコを咥えて火をつける。

 

「ここ禁煙ですよ」

「一本くらい許してくれ。それで、俺はこのあと何をすればいいんだ?」

「ああ、そうですね。……ゼラザンナさんとバダット親分には知られたくないので、できれば場所を変えたいんですが……」

「オメーそれ本人の目の前で言うかーフツー」

 

 シスターは紙とペンを手に取り、サラサラと文字を綴りながら続ける。

 

「ゼラザンナさんの安心材料にもなるでしょうし、リアクションだけ見てもらいましょうか。ラデックさん、こちらをどうぞ」

「な、なんだ」

 

 ラデックが紙に書かれた作戦の内容に目を通すと、次第に全身から脂汗をかき始めた。手が震え、やっと口から離したタバコから灰が落ちる。

 

「む、無理だ。できっこない」

「どうしてですか?」

「言わなくても分かるだろう。できるはずがない。不可能だ」

「そこをなんとか」

「絶対無理だこんなの!! シスター分かって言ってるだろう!!」

「そこをなんとか」

 

 不毛な押し問答を、ゼラザンナは不安そうに見つめる。

 

「ラデックさんの頑張りがゼラザンナさんの安全に繋がるんですよ」

「無理なものは無理だ!! 別の!! 別の手段を考えよう!!」

「うーん……別のとなると、ラデックさんがブレイドモアを正面突破で討ち取ることになりますが」

「……それも無理だ」

「どうしてですか?」

 

 シスターに尋ねられると、ラデックはタバコを一息吸って逡巡を挟む。

 

「ブレイドモアと俺の戦闘経験に差がありすぎる。一度対峙して分かったのは、彼女がこの上ない慎重派ってことだ。例え憑依体であっても絶対に油断しない。こちらが動く前に牽制を放ち、的確に相手の弱点を見抜き執拗に攻め続ける目と判断力がある。彼女の力の本質は、憑依の異能よりもこっちにあるだろう。……絶対に足元を掬われないような戦い方を好む……いや、好みというよりは信念に近いかもしれない。俺のような小手先の姑息な不意打ちじゃあ到底太刀打ちできない。相性が悪すぎる」

 

 シスターがゼラザンナの方にアイコンタクトを送り、それから再びラデックに紙を持って詰め寄る。

 

「じゃあ仕方ないですね。こっちの作戦で頑張ってください」

「そっちは尚更無理だ!! 俺が耐えられない!!」

「そんなことないですよ。やる気の問題です」

「やる気なんかない!!」

「じゃあこっちはラデックさんに任せるとして……ゼラザンナさんの方は……」

「シスター!! やらないぞ!! 俺はやらないぞ!!」

 

 半泣きで講義するラデックを放置して、シスターはゼラザンナに話を続ける。

 

「いつも通り過ごして下さい。何も聞かなかったかのように」

「え……? で、でもウチ嘘とか苦手だし、黙っとくのはできても多分顔に出るよ、今日のこととか……」

「それでいいんです」

「……どういうこと?」

「ブレイドモアに警戒をさせるんです。ブレイドモアもフィース所長もきっと、私達が脱獄以上の何かを企んでいることなんかとっくに気付いています。これを気付かせた上で、焦らすんです。何かしてきそうでして来ない。肝心のゼラザンナさん自身は何も知らない。答えのないパズルを解かせるんです」

「そ、その後は? ウチ、尋問とかされたらシスターさんのこと黙ってられる自信ないよ。痛いのも苦しいのも嫌だし」

 

 不安に震えるゼラザンナを、シスターは神妙な面持ちでゼラザンナを見つめ返す。

 

「私を信じて下さい」

 

 ゼラザンナは暫く目を泳がせて狼狽(うろたえ)えていたものの、シスターの覇気に気圧されて漸く頷いた。それからシスターはマーデアバダットの方にも目を向ける。

 

「バダット親分も、これからまた新しい受刑者の研修ですよね。私達のことは忘れて、今まで通りに過ごして下さい」

「おー。売るときゃ売るぞー」

「構いません。ゼラザンナさんも、ドマドジュダさんのところへ戻って下さい」

「シ、シスターさんはどうするのさ」

「私は、私のやるべきことをします」

 

 静かに目を閉じ、覚悟を決めるため大きく深呼吸をする。

 

「……長丁場になります。皆さん、ご武運を」

 

 

 

〜ダクラシフ商工会 等悔山(ひとくいやま)刑務所 所長室〜

 

 所長室のドアが数回ノックされる。

 

「フィース様、モアです」

 

 数秒の沈黙の後、返事が返ってくる。

 

「……入れ」

「失礼します」

 

 黒髪の女性、断将ブレイドモアが、機械のように無機質な動作で入室する。色彩のない白い肌に、黒い角膜。更には黒い瞳孔のせいで、一見すると目に穴が空いているようにも見える。

 

 所長の椅子に腰掛けるは、白髪に黒い歪んだ角を2本生やした女性。等悔山(ひとくいやま)刑務所所長、“フィース・ジャージト”。山吹色の瞳をブレイドモアに向け、咎めるように目を細める。

 

「いい加減その畏まった振る舞いをやめろ、ブレイドモア。いつまで主人と従者でいるつもりだ」

「無論、この命尽きるまで。私は死ぬまでお嬢様方の(しもべ)です」

 

 フィースは呆れて深く溜息をつき、ペンで額を叩きながら問いかける。

 

「それで、ラデックとシスターの様子はどうだ」

「はい。ラデックの方は昨晩処刑を実施。絶命を確認しました。シスターの方は、特に悲しむ様子もなく刑務官の治療作業に従事しています。恐らく、ラデックの処刑は失敗に終わったと見て良いかと」

「……やはりか。まあいい。お前に全て任せる。もし脱走が確認されたらすぐに報告しろ。こっちで何とかする」

「お手を煩わせることのないよう、身を粉にして従事致します」

「…………程々でいい。どうせ我々に失態もクソもない。ところで、ティスタフカの報告に不備があるようだが、何故シスター達の情報だけこんなにも欠落している? 裏切りか?」

「監視カメラ映像、音声記録共に、製品の不調による欠落と思われます。ティスタフカ自身の工作の可能性も考慮しましたが、意図的にデータを改竄している様子はありませんでした」

「……警戒を続けろ。奴の兄、ティスタウィンクとシスターは顔見知りだ。我々に気付かれぬよう裏で手を組んでいる可能性も十分考えられる。念の為、ティスタフカに口止め料として欲しがっていた情報をチラつかせろ。奴は合理に従う。ゼラザンナとマーデアバダットの監視も怠るな。もし刑務所に攻撃する意思を持っていれば、その時は指示を待たず躊躇(ちゅうちょ)なく殺せ」

「畏まりました」

 

 ブレイドモアが部屋を出て行くと、フィースは再び深く溜息をついた。

 

「……どいつもこいつも、無価値なものばっかりだ」

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