〜ダクラシフ商工会
「失礼します」
「出てけ犯罪者。空気が汚れる」
深夜。シスターの単独入室に、ティスタフカはモニターに向かったまま振り返りもせず言い放つ。
「利を提示しにきました。お時間を頂けますか?」
「……ふーん? 言っとくけど、ワタシはオマエが死んだところで悲しくも辛くもない。耳障りにしかならないと思ったら、迷いなく売るからね」
「ご心配なく。きっと気に入るはずですよ」
シスターはティスタフカの隣からモニターを覗き込み、「失礼」と言ってキーボードを手元に寄せる。
「で、何くれんの」
「……ティスタフカさんは、コレについてどう解釈をしていますか?」
シスターがモニター群の一画を指差す。そこには、本来であればマーデアバダットのいる収容房の映像が映し出されるはずだが、現在は激しいノイズに塗れている。
「あー……これねー。通信機器、主に音声系が顕著だが、製品に異常がなくとも発生する激しいノイズ……。馬鹿共は心霊現象だの魔人の意思だの神のなんたらだのとほざいてるが、ただのバグだ。まあ、それでも確かに誰かの意思を疑いたくなる程ピンポイントで得たい情報ばっかノイズ塗れにされるがな……落としたトーストの法則でしかないんだろうけど」
残り僅かな缶ジュースをストローが吸い上げ、不愉快な水音をたてる。
「……そこに言及するっつーことは、こりゃやっぱ誰かの意思による現象ってことだ」
狼王堂放送局国王、ウォーリアーズ所属、通信の異能者、メギド。彼女によって、全世界の通信は傍受、必要に応じて妨害されている。無論、自然現象を騙る為ある程度無作為に。この妨害を、何も知らぬ者たちは“現時点での科学技術では測定できない何かしらの要因による機器の不調”と認識していた。
シスターはティスタフカに問いかける。
「もしこのノイズが軽減できたら、イライラもなくなって優しい人間になれる気がしませんか?」
ティスタフカは鋭く尖った歯を舌でなぞる。
「あ〜そうきたかぁ〜。そうだねぇ。優しい人間になるつもりはないが……何だか長風呂をしたい気分にはなってきたなぁ〜」
「ごゆっくり。その間に誰かがここで悪さをしないよう、私が見張っていてあげましょう」
「クククク。じゃ、お願いしちゃおっかな」
ティスタフカが部屋を出て行くと、シスターはすぐさまキーボードに文字列を打ち込み始める。直後、モニター全体が激しいノイズに埋め尽くされる。まるで抗議するかのようなバグの発生に、シスターは小声で呟く。
「……ごめんなさい、メギドさん」
モニターが使い物にならなくなっても、シスターはパソコンに文字を打ち込み続けた。
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「おい、ゼラザンナ。ちょっとこっちこい」
ドマドジュダの管理する収容房に戻されたゼラザンナは、ドマドジュダ親分とその子分数名に腕を引かれ詰め寄られる。
「お前、まだ何か企んでんな?」
「え、え? た、企んでないよ? そう! ゼラザンナちゃんは昇陽極夜で心を入れ替えたのです!!」
「嘘つけ!! 目が泳いでんだよ!!」
冷や汗をかいて慌てふためくゼラザンナに、ドマドジュダ親分が顔を寄せる。
「言え。お前に隠し事は無理だ。マーデアバダットに何を吹き込まれたか知らねーが……大事になってからじゃ遅いんだぞ」
脅すような声色だが、その中には確かな心配と優しさが感じ取れる。思わず頷いてしまいそうな言葉に、ゼラザンナは唇を噛み締めて首を横に振る。
「ゼラザンナ……!! お前にゃ無理だ!!」
「で、でも……やんなきゃ」
「そこまでして出たいか!? 逃げ切れると思ってんなら甘過ぎる!! どこに行ったって逃げ場なんかないぞ!!」
「……違うの、親分」
「何が違うんだ……!!」
「やらなきゃ、やらなきゃいけないの。カッカさんと約束したんだもん」
「カッカ……? お前、プスパーカッカに会ったのか……? いつ……!?」
ゼラザンナがドマドジュダの腕を掴み引き剥がす。その弱々しい抵抗に、ドマドジュダは抗えない。
「……ごめんなさい。でも、死ぬつもりなんかないよ。生きて、生きて出るんだ。幸せになるために」
それから4週間後。
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「……何かがおかしい」
受刑者同士の
ラデックが処刑されてから今日まで、既に4週間もの時が経過している。あの時に感じた漠然とした不信感は、薄れるどころか膨張を続けている。しかし、それはあくまでも勘の域を出ない。確証らしい確証は皆無。
ラデックの処刑は失敗したはずという勘。シスターが何かを企んでいるという勘。ゼラザンナが何かを狙っているという勘。ティスタフカが何かを隠しているという勘。しかし、事実は何の変哲もなく疑いようのない平常を見せている。
ティスタフカに欲しがっていた情報へのアクセス権をチラつかせても、要領を得た回答は得られなかった。フィース所長はこれら違和感を罠と読んでおり、シスターらの尋問を許可しない。ブレイドモアは不信感と忠誠心の狭間で葛藤するしかなかった。
そこへ駆けつけた別の刑務官が、短い悲鳴をあげて腰を抜かす。ブレイドモアは刑務官に近づき、威圧するように顔を寄せる。
「ねえ、そこの」
「ひ……!! せ、せん、ぱい……!?」
「先輩じゃない。アンタ、ラデックって受刑者を覚えてる?」
ブレイドモアが問う。しかし、刑務官は恐怖で呼吸もままならず、今にも消えそうな声を必死に絞り出す。
「え、あ……は……は、は、い……」
「アイツについて何か……いや、やっぱいい。顔見れば分かる」
「あ……あ……」
「何も知らないならもういいわ。出てって」
刑務官は尻這いで
「がっ……ああ……!!!」
声にならぬ悲鳴をあげる受刑者など気にも留めず、暫くの間思案する。そして、ふと声を漏らした。
「……そっか、これが目的か」
憑依の異能。多くの人間がこれを、他者に憑依する異能だと思い込んでいる。しかし、実際は少し違う。ブレイドモアの感覚から言えば、これは“ターミナルへのアクセス権”を有する異能である。憑依の異能は承諾をトリガーとする操作系の異能。ブレイドモアの申請に承諾をした者は、精神を“憑依の異能に接続される”。その状態でブレイドモアが憑依の異能にアクセスをすると、そこに接続されている人物の精神を辿って肉体を乗っ取ることができる。
この憑依に予備動作はなく、過去に一度承諾を得た者であればいつでも任意のタイミングに憑依ができ、当然憑依解除も自在である。これにより、既に憑依対象になっている刑務官が大勢いる刑務所内でのブレイドモアを捉えることは実質不可能。精神に影響を与える異能者に対しても無類の強さを誇っている。
しかし逆に言えば、憑依タイミングや期間を絞ることさえできれば不意打ちが効く可能性は十分にある。それこそ今回のような、“どうにかして奴らの企みを暴きたい”なんて欲があれば、憑依の回数も時間も、必然的に増えるだろう。
〜ダクラシフ商工会
「――――人は誰かを疑う時、自身が疑われていることに気が付かない」
ゼラザンナとティスタフカの前で、シスターが計画の一部を語る。
「ま、多分今頃バレてるんでしょうけど」
「うえぇぇぇぇ〜!? ダメじゃん!!」
ゼラザンナは仰天して悲鳴を上げる。数週間をかけてやっと腹を決め、臆病心を捩じ伏せ死地に飛び込む勇気を絞り出した彼女だが、肝心のシスターの策が看破されたことにより、押し殺したはずの弱虫が息を吹き返した。
「どっどどどどどどーすんの!? バレないって話だったじゃん!!」
「困りましたね」
「これって時間稼ぎの策だったんでしょ!? 予定より早くない!?」
「はい」
「時間稼ぎできたのコレ!? 準備できてる!?」
「いいえ」
「じゃあどうすんのさ!? 明日にでもブレイドモアが攻めてくんじゃないの!?」
「はい」
「わ、わた、私どうしたらいいの!?」
「はい」
「はいじゃ分からんがな!!!」
何を聞いても
「……ワタシはいつか迎えが来るからどーでもいーけど、巻き込まないでよね。ここでドンパチやるつもりなんかさらっさらないんだから」
「ああ、ご安心を。ティスタフカさんに何かをして頂くつもりはありませんよ」
「ワタシ“ら”を巻き込むなって言ったんだけど? オマエと
「さて、どうでしょうか」
「目を見て言えよ。目をよ」
何を訊いてものらりくらりと躱すシスター。ティスタフカは尋問を諦めてデスクに向き直り、カタカタとキーボードを叩き始めた。
そこへ、部屋の外からマーデアバダットが入ってきた。
「おーす。ティスタフカー。あの新人もダメだなー。まーるで言うこと聞きやがらねー。もう明後日にでもプレス機行きだなー」
「マジー? またぁー? 金工区画で人が足りてないんだけどー、なんとか懐柔できないー?」
「無理だなー。ココもオレのことも舐め腐ってるー」
「うげぇー。ま、別に知ったこっちゃないか」
マーデアバダットはティスタフカに報告を終えると、シスターに手を振る。
「よぉー。脱獄の調子はどーだぁー?」
「お疲れ様です。恐らくブレイドモアに策が看破されました。バダット親分の方は?」
「聞いて驚けー。オマエらの後の新人、全滅だぁー。アホなチンピラばっか落ちてくるなぁー」
「それは……残念ですね……」
「で、オマエらこの先どーすんだー? じきにブレイドモアとヤりあうんだろー? 勝算あんのかー?」
「おや、聞くってことは力を貸してくれるってことですか?」
「あー。じゃー聞かねー。ところで、ラデックはどこだぁー? 最近見ねーけどよー」
「部外者には教えません」
「はっはっはー。いいツラになったなぁーシスター。死ぬ時までその威勢が続くか見ものだぜー」
マーデアバダットは上機嫌に笑い部屋を出ていく。端に隠れていたゼラザンナはシスターにしがみついて出口の方を睨む。
「離れて下さい」
「シーちゃん、よくバダット親分に喧嘩腰になれるね……。あの人、いっつも目が笑ってなくて怖いよ」
「ブレイドモアはもっと怖いんですから、バダット親分に腰が引けているようでは即死ですよ?」
「ぶいぃぃぃぃ……!!」
「唾飛ばさないでください」
「オマエらもそろそろ出てけー」
ティスタフカに追い出され、シスターとゼラザンナは明かり一つない通路を進んで行く。刑務官に見つからぬよう暗視魔法だけを頼りに、運動場まで戻ってきた。
「じゃあ私はここで。ゼラザンナさん、また明日」
背を向け立ち去ろうとするシスターを、ゼラザンナは血相変えて引き止める。
「ちょちょちょちょ!! え!? マジで言ってる!? ここで解散!?」
「そうですが、何か?」
「だから……!! 近いうちにブレイドモアに狙われるんでしょ!? そろそろ作戦教えてよ!!」
「ダメです。頑張って」
「じゃあせめてどうやって戦ったらいいのか考えてよー!! こっちは老爺甲虫の戦闘ど素人なんだよ!?」
「そうですね。頑張って」
「聞けよ!!! 話を!!!」
あまりに素っ気ないシスターの対応に、ゼラザンナは血相変えて詰め寄る。その時、ゼラザンナの頬を何かが伝った。
「へ?」
後から気がついた。それが、自らが流した血だということに。
「何――――」
「避けて!!!」
ゼラザンナをシスターが突き飛ばす。暗闇から放たれた刃を、シスターが防壁魔法で何とか逸らす。
「ぐっ――――」
「シーちゃん!!!」
渾身の防壁魔法。それでも、僅かに逸らしただけ。シスターの片腕が暗闇を舞う。
ゼラザンナは自らの心臓が張り裂けそうなほど脈動するのを感じた。
暗視魔法には誰も映っていない。敵意は感じない。殺意も、波導も、気配も。
それら全てを隠し通す化け物が、闇に潜んでいる。
「な、何、誰……!?」
ゼラザンナは思わず光魔法で明かりを灯した。意外にも、“彼女”はそれを妨害しなかった。
そこには、黒髪白肌の女性が亡霊のように立っていた。
「自分から場所を知らせるなんて、馬鹿なの?」
「ブ、ブレイドモア……!!! 憑依体じゃ、ない……!?」
ブレイドモアの弾いた指から斬撃が飛び、ゼラザンナの両目玉を抉る。
「っああああああ!!!」
「ゼラザンナさん!!」
シスターの声と共に、運動場の照明に電源が通る。ゼラザンナは目からは鮮血を溢れさせて縮こまり、激痛と恐怖のあまり失禁している。最後に見た亡霊の姿が、見えなくなった視界にこびりついて離れない。
ブレイドモアは槍を構えつつ2人を見下ろし、深い溜息と共に語りかける。
「やっぱりラデックがいない……。今頃医務室かしら?」
シスターが小さく声を漏らす。
「意識や肉体に干渉する異能者。それで、刑務官に憑依した私にだけ発動する罠を仕掛けた。そうでしょ?」
シスターがラデックに命じた作戦。それは、“刑務官全員の肉体操作を出鱈目にする”というものである。
ラデックが多用する戦法の一つに、肉体の操作感覚を奪うというものがある。手足の動きを入れ替えたり、操作権限そのものを剥奪したりと、パターンは様々。しかし、その手段は主に2種類しかない。それは、“肉体”と“意識”のどちらに干渉するかである。
簡単に言えば、“歩こうとしている意識”を改造するか、“歩こうとしている手足”を改造するかの違いである。結果は同じであるため基本は本人がやりやすい方で行っているのだが、シスターはこれを用いてブレイドモアに“ある罠”を仕掛けた。
刑務所内の刑務官全員の“肉体と意識両方にそれぞれ真逆の改造を施す”。肉体の方には右手を挙げる代わりに左足を上げろという改造を、意識の方には左足を上げる代わりに右手を挙げろという改造を、といった具合に。これをありと凡ゆる筋肉に施す。
これによって刑務官が受ける影響は皆無である。何せ、右手を挙げようとすれば代わりに左足が上がる代わりに右手が挙がる。つまりは元通りになるからである。
しかし、何者かが精神を乗っ取った場合にのみ、意識の改造が機能しなくなり肉体の方の改造が作用する。常にマイナスとマイナスをかけて正常になっていたものが、片方が正常なプラスに置き換わることでマイナスに出力されてしまう。
ブレイドモアが刑務官に憑依した瞬間、身動きが取れなくなる罠を仕掛けていた。
その策が、生身で来るなどという思いもよらぬ形で看破されてしまった。
「で、次は何? これで終わりじゃないんでしょ?」
ブレイドモアは油断しない。全てを恐れ、警戒し、見逃さない。2度もシスターの策を打ち破ったのは、決して真意を見抜いたからではない。先の発言も、確信のあるものではない。そうされたら負けるからという、ただそれだけの話。絶対に負けない戦い方こそが、彼女の流儀。
「シ、シー、ちゃん……?」
シスターは何も答えない。その代わりに、小刻みに震える目でブレイドモアを凝視している。
「何か言ってあげなさいよ。お仲間、困ってるわよ」
それでもシスターは答えない。ブレイドモアは再び溜息をついて槍の
「やめろっ!!!」
それを、ゼラザンナが光弾で弾き返した。
「……?」
ブレイドモアは困惑した。予想できなかった。戦闘能力は皆無。目も潰れ、全身は震え、小便に塗れた足で何とか立ち上がっている。光弾だって、槍を狙った訳ではない勘一本の当てずっぽう。そんな弱虫が、自分に反撃をするとは到底思えなかった。
「や、やめろ……!!!」
ただ、切り裂かれた目玉が、意識が、業火のように燃え盛っていた。
「…………殺すよ?」
「っ……!!!」
ほんの少しの威嚇で、ゼラザンナは膝から崩れ落ちそうになる。しかし、それでも堪えて手に魔力を集中させている。
「犯罪者のくせに、何を一丁前に頑張ってるの?」
「う、うるさいっ……!! 犯罪者だって、犯罪者だって!! 幸せになる権利ぐらいあるんだよっ!!!」
「はぁ? あるわけないでしょ」
「じゃあ何の為の刑務所だよっ!!!」
ゼラザンナが激昂し、光弾を闇雲に投げつける。
「ここは罪を
ブレイドモアの目の色が変わる。
「贖ったら……? 贖ったら……!? ……どの口が、どの口が言うんだクソ野郎がぁあああああ!!!」
「ゼラザンナさん!!!」
燃え盛る大岩が召喚され、庇おうとしたシスター諸共ゼラザンナを弾き飛ばす。
「がっ……!!!」
「うぐっ!!!」
「犯罪者が
触れない。近づかない。最後まで目を逸らさない。憤怒の激情に駆られながらも、ブレイドモアは油断しない。しかし、油断しないながらも、過剰な追撃はやめない。転がったゼラザンナに、何度も執拗に槍を突き刺す。シスターは激痛に怯みながらも、何とか立ちあがろうと
「犯罪者が!!! 語るな!!! 欲するな!!! お前らは残りの人生を!!! 後悔と謝罪だけで埋め尽くして死ぬんだよ!!! それ以外に贖いなんてない!!!」
何度目かの刺突を、ゼラザンナは素手で受け止める。
「ガ、ガッガざんはっ……!!! だっぐざん、頑張っだのに……!!!」
「頑張るもクソもあるかよ……!!! そんなのは
「じゃあ……!!! 贖っでも、出れないならっ……!!! 報われないならっ……!!! 刑務所なんがいらないだろっ……!!! 更生の為の刑務所じゃないのかよっ!!!」
「お前ら犯罪者を苦しめる為の刑務所だ!!! 苦しんで詫びろ!!! 死んで詫びろ!!! あの世で詫びろ!!! 罪なんか犯した時点で!!! お前らに救いなんてない!!!」
「ガッガざんは!!! 立派に贖っだ!!! 贖っだんだ!!! 救われでいいんだっ!!!」
槍がゼラザンナの指を切り落として引き戻される。
「罪を贖ったかどうかは……!!! お前ら犯罪者が決めることじゃねぇぇえええ!!!」
振り上げられた槍が、ブレイドモア渾身の力で振り下ろされた。
それを、1匹のアリが見ていた。