シドの国   作:×90

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257話 礼儀

〜ダクラシフ商工会 等悔山(ひとくいやま)刑務所 通信室〜

 

 シスター達はフィース所長の前から逃走した後、ケイリの案内で通信室まで辿り着いた。ミックとノノリカがブレイドモア逃走経路の確保のため一時離脱し、シスターはラデックとゼラザンナの治療を開始した。

 

「悪いな、他人への回復魔法は苦手でよ」

「気にしないで下さい。警戒だけお願いしますね」

「それなんだが、“アイツ”は敵か?」

 

 そう言ってケイリが部屋の奥を指差す。モニター群が煌々と輝く陰から、大きな丸いシルエットが姿を現した。

 

「よぉー。生きてたかー」

「バダット親分!!」

 

 そこにいたのは、親分マーデアバダットだった。

 

「何だか騒がしい夜だなぁー」

 

 丁度その時、ダウンしていたラデックが回復魔法によって意識を取り戻した。

 

「う、うう……ん……シスター……?」

「ラデックさん! 早く起きて!」

「頭が痛い……あれ、バダット……?」

「親分をつけろよ新入りぃー」

 

 ケイリがマーデアバダットに銃を向ける。

 

「言うほど仲間ってわけじゃなさそうだな」

「ケイリさん! バダット親分は敵じゃありません!」

「おー? 刑務官でも受刑者でもなさそうだなぁー。珍しいー」

 

 シスターに制止されてもケイリは銃を下さない。

 

「お前、何考えてる? シスター達をどうするつもりだ」

「んー? あー、どうするか、かぁー?」

「シスター、ラデック、気ぃつけろよ。コイツ、殺害への抵抗感がゼロだ。罪悪感っつーものが微塵も感じられない」

 

 ケイリの指摘に、マーデアバダットは丸々とした腹を叩いて笑う。

 

「はっはっはっはー。酷ぇこと言うもんだなー。ま、合ってるけどよー」

 

 そして足元から鋼鉄の魔法杖を拾い上げる。

 

「さぁーて、今どんな状況だー? オメーらと刑務所、どっちについた方が得だぁー?」

 

 シスターは冷や汗をかきつつも、ラデックを治療しながら事の流れを説明した。マーデアバダットと分かれて通信室を出た直後に襲撃されたこと。反抗夫(たんこうふ)とドロドの救援があったこと。フィース所長の乱入。フィースとブレイドモアの悲惨な過去。思惑。あまちゅ屋ケイリの援護。そして今、ブレイドモアに追われている事。

 

 それらを聞くと、マーデアバダットはいつもと変わらぬ様子で笑い、鉄杖で肩を叩いた。

 

「そりゃー災難だったなシスター。いやぁー災難だー」

「お気遣い、どうも……」

 

 シスターは回復魔法に魔力を注ぎすぎて目眩を起こし地に手をつく。代わりに戦意を取り戻したラデックがマーデアバダットに楯突く。

 

「……断然俺たちについた方が得だぞ、バダット親分。何せ、俺に殺される心配がない」

「おー、そりゃー得だなー」

 

 ラデックの威嚇など意に介さず、マーデアバダットは生返事をする。

 

「手を出すなら今度は本気でやるぞ。手加減無しだ」

「あー。そうだなー」

「無駄だラデック、もうアイツ話聞いてない」

 

 ケイリの指摘通りマーデアバダットはどこか上の空で、ラデック達を警戒する様子はない。

 

 マーデアバダットの視線が、ラデック達の背後に向けられる。

 

「……“ソイツ”は治してやらねーのかー?」

 

 そこには、未だ意識を取り戻さない満身創痍のゼラザンナがいた。

 

「俺がいれば充分だ」

「馬鹿っ答えんな……!」

 

 ラデックの咄嗟の誤魔化しは、当然のようにマーデアバダットに見抜かれた。ラデックの生命体改造の異能は今や異能持ちの国刀に匹敵する練度だが、他者に対する繊細な改造はまだ不得手。予後まで視野に入れた他者の治療などは充分な環境と時間を用意しなければ応急処置すら難しい。

 

 ゼラザンナの致命傷にも、シスターの魔力疲労にも、今の状況では痛み止め程度の役にしか立たない。

 

「ダチが多いと大変だなぁー、ラデックー」

「友達のいないお前には分からないだろう。この大変さは」

「挑発すんな馬鹿!」

「あー。まー、そうだなぁー」

 

 思い耽るように中空を見上げたマーデアバダットの顔から笑顔が消える。

 

「……この辺で死んどいた方がいいかぁー」

 

 ケイリの、銃の引き金を握る指に力が入る。

 

 すると、マーデアバダットは鉄杖を下ろして歩き出した。

 

「は――――?」

 

 ケイリは観測結果に理解が追いつかず銃を下ろした。彼は2人の目の前を素通りして、それから振り返って笑う。

 

「オレがブレイドモアを足止めしてやるよー。その間になんとかしろー」

 

 マーデアバダットが再び歩き出し、部屋の端で足元に隠蔽魔法に陣を描き始める。ラデックは状況が理解出来ずに声を上げる。

 

「な、どっ、どうして、何をするつもりだ!?」

隠蔽魔法(こいつ)があれば、ちっとは時間稼ぎになるだろー。置き土産だー」

「そうじゃない!! 足止めって……ひとりでか!? 無茶だ!!」

「おー。そうだなぁー」

「幾らバダット親分でも逃げ切れない!! 殺されるぞ!!」

「おー。死ぬなぁー」

 

 駆けよって来たラデックに、マーデアバダットが掌を突き出して拒絶を示す。

 

「っ……!! どうしてっ……!!」

「オメーには言ってなかったなー、ラデックー。オレの罪状ー」

「罪状……」

「聞いて驚けー。国家反逆罪だー。はっはっはー」

 

 

 

 20年、いや、30年くらい前かー? 数えてねぇから、もうわかんなくなっちまったなぁー。

 

 オレがガキん頃はよぉー、この国ぁそりゃぁー酷いもんでなぁー。ダチはパン一個盗んだだけで警察に蹴り殺されたぁー。オレの家はそこそこ金持ちだったからあんま気にはしてなかったんだがよぉ、他の連中は耐えらんなかったらしくてなぁー。

 

 警察のトップを暗殺しようって話になったんだぁ。まあ、できるはずもねぇんだが。みぃんなガキんちょだからよぉ、武器やらなんやらしこたま集めてよぉ、そらもう殺る気マンマンでなぁー。オレもノリで参加したんだぁ。親父の金盗んで、車やらバイクやら買って、正義感っつうよりは、全能感っつーのかなぁー。腕っぷしも悪くなかったし、ダチもいたし、金もあったしよぉー。何でもできる気がしたんだよなぁー。

 

 でもなぁ、まぁーこれが散々でよぉー。142人いたダチは殆ど殺されちまったぁー。オレの他にも生き残りはいたんだが、捕まる前に自決やら自爆やらで結局死んじまったぁー。生きて逮捕されたのはオレぐれーだったかなぁー。

 

 で、これが不思議なんだがよぉー。オレはあんま苦しくなかったんだよなぁー。

 

 ダチが死んで悲しいとかぁ、殺されて悔しいとかぁ、恨めしいとかぁ、ムカつくとかぁ、まぁあるっちゃあるが、言うほどかー? って感じでなぁー。

 

 犯罪なんだから死んでもしょうがねぇだろうなぁーって、逮捕されんのも当たり前だなぁーってよぉ。殴られたり蹴られたりしてもよぉ。何があっても、何をされても、あーんまブチっとこねぇーんだ。生まれつきのもんだなぁー。

 

 人殺すのも、殺されんのも、何がそんな嫌なのかよくわかんねぇー。世間じゃあ、オレみたいな奴を社会不適合者って呼ぶんだろうなぁー。

 

 親に迷惑かけたとかも考えたけどよぉー、別に特別なんかってことはなかったなぁー。今となっちゃ顔も見れねーから向こうの腹づもりなんか分りゃしねーが、勘当されてても、自殺されてても、そっかぁーって思うんだろうなぁー。

 

 いや、愛してなかったわけじゃないんだぜー? ダチも、親も、学校の先公も、まーオレに良くしてくれたぁ。ただ、死んだって嫌われたって、あーそっかーって思うぐれーなんだぁ。全部そうなんだよなぁー。

 

 だからよぉ、刑務所暮らしに不満は持ってねぇーんだ。親分子分だとか、処刑がどーのだとか、刑期が云々とか、オレにはどぉーでもよかったー。

 

 ほら、よく言うだろぉ? あんな悪い奴が、どうしてのうのうとシャバで暮らしてるんだぁーとかってよぉ。でもよぉ、ここじゃそうは言われねぇ。そりゃーそうだよなぁー。犯罪者が刑務所いて、おかしいことなんかねぇもんなぁ。

 

 変な話だけどよぉ、居心地がいいんだぁ。やることもあるしよぉ、したくねぇこともねぇしよぉ。

 

 だからよぉ、オレはもうこの辺で死んどいた方がいいと思うんだよなぁ。

 

 生きて償うとか聞こえはいいけどよぉー、オレはその方がよっぽど楽なんだよなぁー。どうせオレは反省とかしねぇだろうし、オレを恨んでる奴もよく思わねぇだろー?

 

 この辺で無駄死しとくのがいいんじゃねーかと思うんだよなぁー。あのブレイドモアとやり合うんだ。拷問ほど酷くねぇが、絞首台ほどヤワでもねぇ、無駄かもしんねぇけど、無駄じゃねぇかもしんねぇ。その辺りで命捨てとくのが、妥当じゃぁーねーかなぁーって思うんだよなぁー。世間的にも、個人的にもよぉー。

 

 

 

 マーデアバダットは魔法陣を描き終えると、大きく背伸びをして溜息をつく。

 

「オレのこと気にかけてくれんのは嬉しいけどよぉー。オレ今、なんかいい感じに死ぬのを受け入れられてんだぁー。もう少ししたら、ちょっと死にたくなくなってやめちまうかもしれねー」

 

 ラデックは口だけ動かす。「そうだ、それがいい」 しかし、それは声にはならない。マーデアバダットはいつものように口角だけを上げて不気味に笑い、背を向けて手を振る。

 

「じゃーなーラデック、シスター、ゼラザンナ。オマエらが最後の子分でよかったぜー」

 

 

 

 

〜ダクラシフ商工会 等悔山(ひとくいやま)刑務所 ハチハチ通路〜

 

「……マーデアバダット」

「よぉ。一応初めましてだなー。はっはっはっはー」

 

 通信室に向かっていたブレイドモアの前に、マーデアバダットが立ちはだかる。

 

「どけ」

「そうもいかねーなぁー」

 

 ブレイドモアの全身から煮え滾るような波導が流れ落ちる。それらは揺らめく焔の翼となり、通路全体を灼熱地獄に変える。息も詰まるさっきの濁流にも、マーデアバダットはいつも通りに笑う。

 

「おー。おっかねー」

 

 ブレイドモアが走り出す。マーデアバダットが防壁魔法を発動し、ブレイドモアを囲むように包み込む。

 

 それを、ブレイドモアの貫手が貫く。防壁を砕いたその指先は、勢いのままマーデアバダットの鳩尾を抉り抜いた。

 

「ぐえ……」

 

 血反吐を吐き出して倒れ込むマーデアバダットの腕を、ブレイドモアは石でも弾くかのように蹴飛ばして歩き出す。

 

「わかんねーなぁー……。ブレイドモアよぉー……」

 

 致命傷を受けたマーデアバダットの声に、ブレイドモアは足を止めた。

 

「わかんねーよー……。オメーのことがよぉー……」

「何が言いたい」

「オメー、本当によー……フィースの姉ちゃんに会いたいと思ってんのかー?」

 

 ブレイドモアの瞳孔が揺れる。当てずっぽうで侮辱された心に火花が迸る。

 

「何を――――……!!!」

「だってよー、オマエ、全然探しに行かねーじゃねーか……」

 

 怒りで燃え盛っていた心が、冷や水を浴びせたように鎮火する。代わりに訪れたのは、氷のように凍てつく悪寒。

 

「何……………?」

 

 目の前に転がる死体のなり損ないが、暢気に言葉を発する。

 

「変だと思ってたんだよなぁー……。シスターの言う通り、憑依の異能なんざ、脱獄にもってこいだー……。なのによぉー……オメーはイースを探しに行くどころか、オレらの懲罰にばっか顔突っ込んでよぉー……」

「……うるさい」

 

 その台詞とは裏腹に。体は動かない。

 

「折角の親分システムが、意味ねーじゃねーの……。それがまるで、探しに行く暇なんてないって、言い訳してるみてーでよぉー……。仕事が忙しくて、行けませんってよぉー……」

「うるさい……! うるさいっ……!!」

「会えたら、ごふっ……困んのかー……? 会いたかったんだろー……?」

「うるさいっ……!!! 黙れっ……!!!」

「もしかしてよぉー……、イースを見殺しにしたのは、わざと――――」

「うるさぁあいっ!!!」

 

 ブレイドモアがマーデアバダット頭を踏み潰す。コンクリートの地面が割れ、果実を潰したかのように血が噴き出る。

 

「わざとじゃないっ……!!! わざとじゃっ……!!!」

 

 頭の中でドロドの声がする。“雨を止ませる方法なんかない”。

 

「わざと……じゃ……」

 

 それでも今は、少しだけでも、雨を凌げる庇がほしい。

 

「………………」

「……げほっ…………」

 

 マーデアバダットが気休めの回復魔法を発動すると、ブレイドモアがその術式に手を翳した。

 

「…………?」

「わ、私は、私の……異能は……」

 

 マーデアバダットに回復魔法をかけながら、ブレイドモアは懺悔を呟く。

 

「憑依の、異能は……ぶ、分身が、作れる……の……」

「……あー」

「わた、私は、あの、あの時、あの時……」

 

 自分を、信用できなかった――――――――

 

 私は誘拐事件が起こったあの日、フィース様を抱えて軍事施設を逃げ回っていた。イース様の気配が遠ざかって行くのを感じながらも、フィース様のために憑依の異能は発動できなかった。でも、実際は違う。憑依の異能は、“自分の意識を保ったまま他者に憑依することができる”。つまりは、自分の複製を作れる異能でもある。もし私が本心からイース様を助けようと思っていれば、すぐにでも自分を複製したと思う。

 

 でも、私は、私が信用できなかった。

 

 イース様を助けて、戻って来たら、私は消えなきゃならない。イース様に体をお返しするために。でも、その後も私は生き続ける。フィース様と、イース様と共に。私は死ぬのに、私だけが幸せになる。そんなこと、耐えられない。私だけが死んで。私だけが幸せになるなんて、許せない。きっと私は、私を殺してしまう。

 

 そうしたら、イース様とフィース様はきっと私を嫌うだろう。家族を、私を殺した私を。それも、耐えられない。あの2人には絶対に嫌われたくない。

 

 わざとじゃない。覚悟が、死ぬ覚悟が決まらなかった。私の幸せのために、私が死ぬ覚悟が。

 

「イース様を探しになど、行けない。もし生きていらっしゃったとして、どんな顔をすればいい? 何を言えばいい? 私は、イース様を、見捨ててしまったのに……!!!」

 

 死にゆくマーデアバダットは、ブレイドモアの言葉をじっと聞いていた。回復魔法で延命させられているものの、死は確実。それでも、彼女の言葉に耳を傾け続けた。

 

「わざとじゃない。わざとじゃないのよ……!! 本当に……!!!」

 

 鼻を啜る音と、不揃いな呼吸が、刑務所の通路に響き渡る。

 

 マーデアバダットが、気管に溜まった血を吐き出して声を出す。

 

「がぽっ……、あー……そんなん、どーでもいーだろー……」

「……どうでもいい?」

「許して、くんなくても……どうでも……謝るしかねーだろ……」

「謝って、どうなるのよ……!!! 何になるのよ……!!!」

「どーでもいー……」

「っ……!!! このっ……!!!」

「許されねーなら……謝んなくてもいーのかー……?」

 

 ブレイドモアの、怒りに任せて振り上げた拳をが止まる。

 

「オレも、謝るのは、苦手だー……。許してほしいと、思ったことが、ねーからよー……。でも、謝るって、そーいうことじゃねーだろー……。許すとか、許さねーとか。謝りてー、謝りたくねーとかじゃ、なくてよー……。礼儀だろー……謝るってのはよー……」

「……許されないのに、謝るの? そのせいで、恨まれるかも、しれないのに……。そうしなければ、互いに、静かに暮らせるのに……?」

「おー……。礼儀だからなー……」

「誰が決めたのよ……そんなルール……。そんな決まりないじゃない……!!!」

「……じゃー、やらなくたって、いー……。オレも、ずっと、後回しにしてきたからよー……。人のこと、言えねー……」

 

 マーデアバダットは回復魔法の陣を消失させ、静かに目を閉じる。

 

「オレはきっと……許しちゃもらえねー……。今まで、殺した親分とか……子分とか……ダチによー……。でも、アッチ行ったら、謝らなきゃなー……。でも、オメーはきっと、許して、もら、える、ぜー………………」

 

 ブレイドモアは暫く立ち尽くした後、マーデアバダットの死体に火をつけてその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よおー、プスパーカッカ。

 

 

 

 ……助けてやれなくて悪かったなー。

 

 

 ……オメーらも、助けてやれなくて悪かったなー……。

 

 

 ……みんな、オレだけ生き延びて、悪かったー……。

 

 

 

 

 

 

 ……ごめんなぁー……。

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