キャットレース、対人戦ルール
全12頭の競走猫“フールファング”を走らせ、互いにその着順を予想する。
コースは芝の1200m。雨天決行。
投票種別は三連単の1種のみ。一着、ニ着、三着を順番通りに予想する。投票用紙の提出は出走の1分前を期限とする。
投票は1レースにつき1回、1通りのみ。掛け金はチップ5万枚のみとする。
全22レースが終わった段階で、この対人戦内で受け取った配当金総額が高い方の勝利。また、全22レース終了前に保有チップが尽きた場合はその時点で敗北となる。
〜ダクラシフ商工会
「全22レース……自分、チップ足りないんですけどぉ」
「あら、算数ができたのね。馬鹿なのに」
レシャロワークの不機嫌そうな物言いに、サナヤハカウァは満足そうに笑う。
「22レースに5万ずつ掛けていたら、総額は110万枚。でもお前の全財産はたったの12万枚……。98万枚も足りないわねぇ」
そこへ、レシャロワークを先導してきた案内人が口を挟む。
「
「あら、それは名案ね!」
サナヤハカウァは手を叩いて喜び、案内人は口角を歪めて笑い頭を下げる。それからレシャロワークの方を向き、腰のポーチから真っ赤なチップを差し出す。
「……なんですかぁ」
「こちらはレッドチップ。特別なお客様にのみ所持が許される、特別なチップでございます」
チップの表面には禍々しい棘の生えたデザインの数字が刻まれている。
「通常のチップと違い、このレッドチップは“後払い式”のチップに御座います。ご遊戯なされた後、手元に残っているチップの数に応じてお支払いをしていただきます。……しかし注意事項がひとつ」
レッドチップを裏返すと、表面の100倍の数字が刻まれている。
「このレッドチップは本来、短時間でスロットなどのご遊戯をなさる方向けのチップ。そのため、少ない枚数でも楽しんでいただけるよう、100倍の“レバレッジ”がかかっております」
「はあ」
「ゲーム内でレッドチップは当然チップ1枚として扱われますが、ご精算時には100倍の価値として扱います。簡単に言うならば、儲けも損も100倍になるとお考え下さい」
「普通のチップでいいんですけどぉ……」
「まあまあ。今回お客様がなさる勝負は、対人戦とは言うもののやること自体は個人の勝負。サナヤハカウァ様の選択でお客様が不利益を被る心配は御座いません。そして当然、カジノルールとして予想の記入や投票の妨害行為、チップの強奪なども禁止事項となっております」
「だから何ですかぁ」
レシャロワークのやる気のなさそうな表情は、案内人には怯えているように見えた。それがますます彼の加虐心を焚きつけた。
「勝負には勝てずとも、追いつけばいいんですよ」
サナヤハカウァの視線を遮るように案内人が顔を寄せ、その口角がまたしても不気味に吊り上がって笑みを作る。
「幸い、サナヤハカウァ様はキャットレースがお得意です。あのお方と同じ予想をすれば良いのです。方法につきましては、私にお任せください」
「はぁ」
「ご安心を。対人戦に負けても儲けを奪われるなんてことは御座いません。お客様はサナヤハカウァ様に敗北こそするでしょうが、手元に残るのは大量のチップとカードのランク。勝っても負けてもランクは貰えるのです。まだここに居続けることができますよ」
「……はぁ」
無論、勝てば大量のチップは手に入る。ましてやこれは100倍のレバレッジがかかったレッドチップ。負債は100倍だが、儲けも100倍。
甘い言葉を巧みに紡ぎ、案内人はレシャロワークを地獄の淵へと
「まあ、別に逃げる気もないですけどぉ」
この女は、とっくに
けたたましいファンファーレが鳴り響く。モニターには相変わらず自分達の姿が映り、ギャラリーが好奇の目を向けてくる。猫達が入っていた檻、パドックに赤いランプが点灯し、猫達は渋々といった様子で奥の開口部から建物に入っていく。そして、スピーカーから威勢の良いアナウンスが響き渡る。
「勝ち猫投票券は出走1分前まで受け付けております! 現在の単勝オッズはこちら!」
1番、タイクンヨゾラ 16.9
2番、ミナモヅキ 44.5
3番、トップカード 18.9
4番、アオノホウキボシ 114.1
5番、メイキョウシスイ 4.4
6番、ピガットロード 124.8
7番、ディスクメモリー 32.4
8番、ダクラシフシルク 5.6
9番、ヒトシズクハート 69.0
10番、スマイルトレイン 18.9
11番、クリスタルアックス 12.2
12番、ボマーエクリプス 11.8
「勝ち猫投票券購入の際は、お書き間違いやご記入漏れのないよう、充分ご注意下さい!」
モニターに猫達の名前と数字が表示される。それをレシャロワークが漫然と眺めていると、案内人が解説を始めた。
「左から出走番号、競走猫名、そしてオッズです。オッズとは配当率のこと。配当金は予想を的中させた方々で山分けされるので、人気な猫券ほどオッズは低くなります。……さらに簡単に言うならば、どれくらいの儲けられるかの指標で御座います。例えば、1番タイクンヨゾラの単勝をチップ10枚で購入し、的中した場合。戻ってくるチップは投資分の10枚にオッズの16.9をかけた169枚。159枚の儲け、といった具合に御座います」
案内人はレシャロワークの前のテーブルの縁に手を伸ばし、カバーで隠されていたボタンを操作する。すると、テーブル中央部の模様が切り替わり、モニターとなって
「おお、便利ぃ」
「こちらが今回勝負に使われる、三連単のオッズでございます」
テーブルのモニターには数字の羅列がずらっと並んでおり、案内人はその上部を指し示しながら解説をする。
「今のところ1番低いオッズは5-8-12の62.5倍ですね。次が5-8-11の65.9倍……。オッズが低いということは、それだけ購入されている。人気ということ。単勝で人気の5番と8番を一着か二着に置いて、次点で競っている11番と12番を三着に置く予想が多くされているようです。どうです? 案外単純なものでしょう」
説明の最中にレシャロワークがモニターを操作して、オッズの表示形式を昇順から降順に切り替える。先ほどまでの人気順とは真逆の不人気順。オッズ10000倍越えの三連単が画面を埋め尽くす。
案内人が露骨に眉を
「ああお客様、これは飽くまでもアドバイスに過ぎないのですが……幾ら配当金が高いからといって6-4-9あたりなんかを買ってはいけません。ここらへんのオッズは軽く10000越えと魅力的ではありますが、過去にこんな大穴猫券が当たったことは御座いません」
「ふーん……」
案内人は「失礼」と言って表示形式を昇順に戻す。レシャロワークは話半分に生返事をし、ぼんやりと画面を見つめた。
「お客様、悩むのもいいですが、猫券購入は早めにしておくことをお勧めしますよ。迷いすぎて買えなかった。なんてことになったら目も当てられません」
「そうっすねー……」
「どうでしょう。ここはひとまず順当に5-8-12あたりを買ってみては?」
「あー……」
「7-8-10よ!! 7-8-10が来るわ!!」
思考に横槍を入れるかのように、サナヤハカウァの宣言が響く。声の方を見ると、サナヤハカウァは他の客の前で自信満々に購入した猫券を見せびらかしていた。
レシャロワークは思わず呆れて溜息を漏らしそうになるが、周囲の客の反応を、そしてテーブルのオッズを見て息を呑む。
三連単のオッズが、みるみる変動していく。
「おお! サナヤハカウァ様がそう言うならば、ワシもそれを買おう!」
1番人気だった5-8-12のオッズは70、80と瞬く間に増えていく。それどころか、他の三連単オッズも急激に倍率を増加させていく。
「7-8-10だ! 7-8-10の猫券をくれ!」
「私も! チップ10万枚分ちょうだい!」
「オレは50万枚だ!」
「こっちは100万!!」
そして欄外から突然表に現れた7-8-10。あっという間に昇順の最上位に昇り、オッズはみるみるうちに減っていく。場内に設けられた吊り下げモニターにはサナヤハカウァがドアップで映し出され、頻りに宣言を繰り返している。
「7-8-10!! 7-8-10よ!! ディスクメモリーが一着、ダクラシフシルクが二着!! 三着はスマイルトレイン!! 絶対コレよ!!」
そして、テーブルモニターに表示された7-8-10三連単のオッズが、“1.1倍”を示して動かなくなった。
「……なるほど」
レシャロワークは投票用紙の7、8、10、のチェックボックスに印をつけ案内人に手渡す。案内人はにっこりと笑い、すぐさま投票券に換えて持ってきた。
それから間も無く、レースが始まった。
「さあ、各ゲートに収まりました!!」
スピーカーから実況者の声が響く。遠くに見えるゲートの中で、猫達が微かに身動ぎをしている。
勢いよくゲートが開き、猫達が走り出す。
「スタートしました! 良いスタートです! まずは先頭12番ボマーエクリプス、続いて11番クリスタルアックス――――」
獅子の如き強靭な巨躯の猫達が、横並びだった列を段々と縦に伸ばしていく。
「7番ディスクメモリーはやや後方! 群に埋もれています! その後ろを4番アオノホウキボシ――――」
コースの急カーブに沿って走り、コーナーを終えて直線のコースに差し掛かる。
「残り200m!! 先頭は8番ダクラシフシルク!! その後ろに10番スマイルトレイン!! 7番ディスクメモリー!! 間からディスクメモリー!! ディスクメモリー!! ディスクメモリー!!」
猫の群れがレシャロワーク達の目の前に設置されたゴールゲートに傾れ込む。その先頭は、美しい深緑の毛を
「一着7番ディスクメモリーです!! 二着は8番ダクラシフシルク!! 10番スマイルトレインは惜しくも三着!!」
「……ふ〜ん」
レシャロワークは伏目で手元の猫券に目をやる。7-8-10。吊り下げモニターに表示されている着順と同じ。案内人がレシャロワークのカードを手に取り、持っていた端末に差し込んだ。
「おめでとうございます。チップはこちらで電子管理させていただきます。……はい、終わりました」
案内人が端末の画面を見せる。そこには、”レッドチップ保有枚数、55000枚“と記されている。
「今回のオッズが1.1でしたので、賭け金50000枚の1.1倍。55000枚になります。そしてこちらはレッドチップですので、
「……そーですかぁ」
たったの1レースで500万
「折角の的中でしたが、とても三連単とは思えないオッズで残念でございましたね。サナヤハカウァ様の予想は神懸かり的に鋭い上、あのように公言してしまうのが悪い癖なので御座います」
「……へー」
「サナヤハカウァ様の実力は周知の事実。あのように宣言をされた日には、その猫券は1.1か、元金返しとなってしまうことが多いのです」
「…………はー」
全く腑抜けたレシャロワークの態度に、案内人はご機嫌をとるように続けて語る。
「しかし、お客様はラッキーとも言えます! 本来、三連単なぞ100回に1度当たれば良い方! ですが今回はサナヤハカウァの機嫌が良い! 残念ながら勝負には負けてしまうかもしれませんが、確実に儲けられるチャンスですよ!」
確実に儲けられるチャンス。貴族には決して言わぬような世迷言。微笑みという仮面の下で、案内人は
確実に儲けられる。確実に儲けさせる。確実に儲けさせて、確実に破産させてやる。数千万刻の強制課税。滞納。ここ金持ちの国ダクラシフ商工会では、金銭の誤魔化しは殺人よりも穢れた大罪。我々高貴なる者の縄張りに土足で入ってきたことを、必ずや後悔させてやる、と。
同時に、レシャロワークも似たようなことを考えていた。
「第2レースは“15分後”にスタートです! 勝ち猫投票券購入の際は、お書き間違いやご記入漏れのないよう――――」
アナウンスの音声の中、サナヤハカウァが近づいてきた。
「あら、私と同じ予想を書いたのね。ドブネズミらしく、私達の残飯を漁るしかないものね」
「へぇ、じゃあ周りの取り巻きもドブネズミっすか。きったな」
サナヤハカウァのこめかみに血管が浮き、周囲の貴族達も一斉にこちらを睨む。しかし、レシャロワークの眼中に彼らの姿はなかった。その時レシャロワークが見ていたのは――――
奥の“パドック”と呼ばれていた、猫達の檻。そこにはたった今レースを終えたばかりのフールファングがぞろぞろと入ってきて、皆疲れ果てたように地面に伏せた。
その中でも、深緑の毛を持つフールファング。先程のレースを一着でゴールした“ディスクメモリー”は、荒い呼吸のまま倒れるようにして寝転んだ。二着のダクラシフシルクも、三着のスマイルトレインも、腹部を激しく上下させて必死に呼吸をしている。
そしてその頭上には、“先程と全く同じ猫達の名前と番号が、全く違うオッズで表示されている”。
1番、タイクンヨゾラ 16.9→18.7
2番、ミナモヅキ 44.5→32.1
3番、トップカード 18.9→11.3
4番、アオノホウキボシ 114.1→88.0
5番、メイキョウシスイ 4.4→2.1
6番、ピガットロード 124.8→100.2
7番、ディスクメモリー 32.4→166.8
8番、ダクラシフシルク 5.6→144.4
9番、ヒトシズクハート 69.0→42.1
10番、スマイルトレイン 18.9→98.1
11番、クリスタルアックス 12.2→14.6
12番、ボマーエクリプス 11.8→7.6
出走は、約15分後。本日残り、21レース。
「やっぱネズミなんかじゃないですねぇ。訂正しまぁす」
レシャロワークのこめかみに血管が浮き上がり、ギラギラとした殺意を露わにする。
「お前ら皆人間だよ。欲に塗れて腐敗した、ゲロカス以下のビチグソ野郎だ……!!!」
「ドブネズミがチューチュー煩いわね。お腹が減ってるなら下水道にお帰り」