シドの国   作:×90

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265話 領分

〜ダクラシフ商工会 給冥(きゅうめい)エージェンシー カジノ“クインテッド・パレス” レース場〜

 

 

 レシャロワークとサナヤハカウァの2人を、テラス席から見下ろすデクス。サンドイッチを齧りながら、隣にいるラルバに問いかける。

 

「で、アイツはどうやって勝つつもりなんだ?」

「んえ?」

 

 ラルバは口いっぱいに頬張ったフルーツの隙間から素っ頓狂な声を漏らす。

 

「使奴ならパンピーの考えなんかお見通しなんだろ」

「ひあはひほ〜」

「まず口ん中を空にしろ」

「んぐ……。知らないよ〜」

「あ? 使奴のテメーが分からねーわけねーだろうが」

「分からないっていうより、分かろうと思って見てないよ」

「はぁ?」

 

 ラルバはカクテルをじゅるじゅると啜りつつ、手摺から身を乗り出してレシャロワークを眺める。

 

「折角ゲーム坊やが頑張ってんだもんさ。無粋に邪推せず見守るってのが親心ってもんでしょ」

「しくじったらどうすんだよ。ここで何すんのか知らねーが、アイツの勝負も計画の内なんだろ?」

「うんにゃ? なんか勝手におっ始めたから楽しく観てるだけだよ? 私がちょっと考えれば策くらい読めるんだろうけど、それやっちゃあ面白くないしね〜」

「……じゃあアイツ負けるぞ。こっからの逆転はカジノのシステム的に無理だ」

「へ〜」

「辛勝だろうが大勝ちだろうが、サナヤハカウァの立場は揺らがない。万が一大勝ちできても、待ってるのは重税による圧死だ。見てる金持ち共は誰1人レシャロワークの勝ちとは思わねーだろうよ」

「へ〜」

「聞けよ」

 

 苛立って顔を顰めるデクスを、ラルバは軽く嘲笑混じりに笑い飛ばす。

 

「はははは。まあ黙って見てろよ厨二ボーイ。こういうお遊戯に関しちゃ、お前よりあの子の領分だろうよ」

 

 

 

 

 

「5番メイキョウシスイ!! 先頭はメイキョウシスイ!! その後ろに1番タイクンヨゾラ!! 後を追いかける12番ボマーエクリプス!! 届くか!! 届くか!! いや届かない!! そのままゴールイン!! 一着は5番メイキョウシスイ!! 二着1番タイクンヨゾラ!! 三着は12番ボマーエクリプス!!」

 

 ゴール前、ボマーエクリプスの目玉が一瞬観客の方に向いた。度重なる競争に疲れ果てた、抜け殻のような目玉。しかし、それを気に留める者は誰もいない。老若男女善悪含め、人間以外の生き物を慈しむ道徳心など、観客の中には無い。

 

 サナヤハカウァは満足そうに微笑むが、その心の内は真逆。粘ついた視線で辺りを見回し、いつもと違う何かがないかを探している。

 

 レースを終え、パドックに倒れ込む猫達。談笑する観客。清掃員、ウェイター、案内人、そしてレシャロワーク。

 

 2連続で外して尚、胡乱な眼差しでパドックの猫達を見つめている。猫達は互いに回復魔法をかけ合い、15分後の第4レースに備えている。

 

「言っておくけど、競争猫に魔法をかけるのは禁止よ」

「んー……」

 

 サナヤハカウァがレシャロワークにそう詰め寄ると、レシャロワークはサナヤハカウァの方をチラとも見ずに唸り声のような返事をする。

 

「もし猫達への関与が確認されたら当然反則負け。ルールにはなくとも、“常識的に考えて不当なこと”は全て反則扱いよ。屁理屈捏ねても、ギャラリーの納得を得られなければ無効。当然でしょ?」

「あー……」

 

 全く意識を向けてこないレシャロワークに、サナヤハカウァは声を荒らげて語気を強める。

 

「猫への細工も!! レース場への細工も!! 設備にも什器にもデータやシステムへの細工も禁止!! お前が考えそうなことくらいこっちはーーーー」

「あのぉー」

 

 レシャロワークは鬱陶しそうにサナヤハカウァを睨み上げる。

 

「うるさい。さっきから」

「……っ!! こ、このっ……!!」

「言いましたよねぇ? 猫ちゃんの前でおっきな声やめろって。それは猫ちゃんへの細工にならないんですかぁ?」

 

 サナヤハカウァがレシャロワークの髪を掴み、ダガーの柄で何度も殴りつける。

 

「このっ!!! ガキっ!!! ガキがっ!!! 誰に向かってっ!!! そんな口をっ!!!」

「サ、サナヤハカウァ様……!! おやめ下さい……!!」

 

 案内人はサナヤハカウァの腕を掴み耳打ちをする。

 

「他のお客様の前で御座います……!!」

「あぁ……!?」

 

 顔を上げれば、ギャラリーがチラチラとこちらを見ている。幾ら横暴でもカジノ設立者の姪に軽蔑の目を向けるわけにはいかず、誰も口には出さないが不愉快そうに黙殺している。

 

「苦しめるなら後で幾らでもできます……ここはどうか穏便な対応を……!!」

「…………チッ」

 

 サナヤハカウァは舌打ちをしてレシャロワークから手を離す。血塗れになった袖を浄化魔法で拭い、踵を返して捨て台詞を残す。

 

「どう足掻いても私の勝ちよ。借金をどう返すのかだけを考えておくことね」

「………………」

 

 レシャロワークが頭から流れる血を拭おうとすると、不意にハンカチを差し出された。

 

「おん?」

「君、大丈夫か?」

 

 そこには、真っ白な髭を蓄えた老人が立っていた。老人はハンカチの模様が血に染まるのも厭わずレシャロワークの心配をしている。

 

「お気遣いなくぅ。鬼痛いだけなんでぇ」

「鬼……? 痛いなら尚更だ。止血だけでも……」

「それよか、ハンカチより欲しいものがあるんですけどぉ、いいですかぁ?」

「何だね? 悪いが勝負に関わることは……」

「パスタ奢ってくれませぇん? お腹減っちゃってぇ」

 

 

 

 第4レース。サナヤハカウァの予想は9-2-6。レシャロワークの予想はまたしても前回の着順と同じ5-1-12。結果はサナヤハカウァの予想通りの9-2-6。レシャロワークの予想はまたしても最下位3頭。全くの逆順。

 

 第5レース。サナヤハカウァの予想は10-3-8。レシャロワークは前回着順から少し変えて6-9-2。結果はサナヤハカウァ的中。6-9-2は最下位3頭。

 

 第6レース、第7レース。同じことの繰り返しが続く。

 

 

 

 第8レース、出走10分前。サナヤハカウァはレシャロワークの方を一瞥する。

 

「んめっ。んめっ」

 

 両手にフォークを握り、両サイドから別々のパスタを一度に口の中にかき込んでいる。顔と手は赤と緑のパスタソースでベトベトになり、老人が巻いた包帯の隙間から垂れた血がエプロンのようにつけたナプキンに滴り落ちている。

 

「き、君……そんな一度に食べたらお腹壊すよ……」

「おいひゃん、こえもくらしゃい」

「え、こ、これも? 食べ切れるかい?」

「むふーっ」

 

 勢いよく鼻息を鳴らし自信に満ちたサムズアップを見せるレシャロワークに、老人は狼狽えつつもウェイターに追加の注文を頼む。その光景を遠巻きに眺め、サナヤハカウァは案内人に小声で問いかける。

 

「……あの男は?」

「ウロサメモーターの社長です。業績悪化で、先日も追加の融資を断られたばかり……。お気をつけ下さい。あの貧乏社長が未だにこんなところにいるという事は、銀行への復讐心。カーガラーラ様やこのカジノ自体に何かをしにきたと見るのが妥当で御座います」

「ふーん……まあいいわ……。次は8-4-7よ!! 8-4-7が来るわ!!」

 

 サナヤハカウァはいつも通り周囲に宣言を告げる。宣言された三連単のオッズは瞬く間に1.1倍まで跳ね上がる。

 

 そして始まる第8レース。

 

「さあ始まりますは第8レース!! 現在マッチはサナヤハカウァ様の2手リードとなっておりますが――――」

 

 実況の声と共にパドックの中のランプが光ると、猫達はのっそりと起き上がりゲートへと歩き始める。それをレシャロワークはパスタを啜りながら見送り、すぐに視線を卓上に戻す。

 

「むぐむぐ……。おじちゃん、聞きたいことあるんですけどぉ、いいですかぁ?」

「な、なんだい?」

 

 レシャロワークはグラスを傾け水を一気に飲み干し、大きなゲップと共に疑問を吐き出す。

 

「おじちゃんはどうして自分の味方してるんですかぁ?」

「あ、いや……見てられなかったというか……その……」

「……訳アリ? まあいいや。じゃあ、何で皆さんバナゴブもイカサマとか疑わないんですかねぇ」

「ばなごぶ……?」

「バナナみたいなドレス着たゴブリンでバナゴブ。いいセンスじゃないですかぁ?」

 

 老人は酸っぱいものを口に詰められたように顔を歪め、一つ前の疑問に答える。

 

「……最初はイカサマだと疑う者も大勢いた。それがクインテッド・パレス全体の不信に広がることを予見したカーガラーラ様が、直々にシステム調査をしたんんだ。だが、イカサマの証拠は見つからなかった。それが却って彼女の慧眼を保証してしまっている」

 

 レシャロワークはパスタを4皿とデザートのパフェを平らげ、満足そうに腹を撫でる。

 

「あー美味かった。いいですねぇ、こんな豪勢なお料理がどれもタダなんてぇ。ここで暮らしたい。……んで、そのカーガラーラってのはグルって疑われないんですかぁ?」

「ま、まさか! サナヤハカウァ様が予想を宣言された日には、キャットレースの売り上げは大幅に落ちる! そのうちに猫券は元金返しになって、勝負にならなくなってしまう! カーガラーラ様としてはサナヤハカウァ様の参加を禁止したいところを、可愛い姪というだけで何も規制していないんだよ」

「まあそうですよねぇ。こんなチート野郎がいたらどんだけオモロいゲームもクソゲーになりますもんねぇ」

 

 そう話しているうちに、レースは終盤に差し掛かる。

 

「さあ先頭は8番ダクラシフシルク!! 後を追うのは7番ディスクメモリー!! 疲労が溜まっているのか、勢いがありません!!」

 

 群れの後方から、黒の長毛を靡かせ一頭のフールファングが3位に躍り出る。

 

「後ろから上がってきた!! 上がってきた4番アオノホウキボシ!! アオノホウキボシが来ました!!」

 

 舌を出し、眼光鋭く前を睨み芝を駆ける。爪が割れて破片が飛び、一瞬姿勢を崩すもすぐさま立て直して駆け抜ける。

 

「4番アオノホウキボシ!! 7番ディスクメモリーを抜きました!! ディスクメモリー失速!! 8番ダクラシフシルクに届くか!? どうか!? いや届かない!! 一着8番ダクラシフシルク!! 二着4番アオノホウキボシ!! 7番ディスクメモリーは残念ながら三着!! 四着ゴールは11番クリスタルアックス、五着9番ヒトシズクハート――――」

 

 次々に着順が呼ばれていく中、老人は「あっ」と呟いた。

 

「な、なあ君、猫券は……」

「持ってますよぉ。ほら」

 

 そう言ってレシャロワークは、机の上に置きっぱなしになっていたパスタソース塗れの紙を見せる。

 

「え、あ、あ!? ……それ、“投票用紙”じゃないか!?」

 

 置かれていたのは、勝ち猫投票券交換前の投票用紙。当然ながら、的中していたとしてもチップとは交換できないただの紙屑。

 

「予想、予想は……!?」

「そらもうバッチリ。6-1-5」

「そうじゃなくて!! それにまた最下位3頭じゃないか!!」

「いや最下位3頭当てるのもまあまあすごくないですかぁ? ちゃんと下から順番通りですよぉ」

「すごくてもチップにはならないんだよ!!」

「あらまぁ」

 

 老人はレシャロワークの投票用紙を手に取って、パスタソースを拭おうと紙ナプキンを押し付ける。

 

「ああもう急いで食べるからこんなに……」

 

 そして、拭いているうちに気がついた。

 

「あれ……? これって……」

 

 疑問の答えを知ろうと、老人がレシャロワークの方を振り返る。彼女はジュースのストローから口を離して、イタズラが成功した子供のようにニターっと笑った。

 

「確かにこのゲームはクソゲーですよぉ。でもね、無理ゲーじゃないならどうとでもなるんですよねぇ」

「で、でも君、これじゃあ意味が……」

 

 戸惑う老人に、レシャロワークはチッチッチッと舌打ちをしながら指を振る。

 

「グリッチなんて、大体は一見すると奇行に見えるもんですよぉ。クソゲータイムアタックの極意、とくとご覧あれぃ」

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