シドの国   作:×90

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270話 あの席に座るのはあなた

〜ダクラシフ商工会 給冥(きゅうめい)エージェンシー 旧2番通り〜

 

 土埃と虫の死骸が覆う廃ビルを、1人の男が汗だくになって駆け抜ける。

 

「ヘ、ヘ、ヘレンケル様〜っ!!!」

「うるせぇ。殺すぞ」

 

 大声で叫びながら走ってきた男に、廃ビルの一室で昼食を食べていたヘレンケルが一喝する。

 

「た、大変なんですよおぉ!!」

「うるせぇっつってんだろ」

 

 血相変えて走って来た男、ホテル真人館の支配人は、息も絶え絶えに報告を述べる。

 

「あ、あ、あの、ラルバとかいう女!! 我がホテルをっ!! 勝手に売却してしまったんです〜っ!!」

「で?」

「それもタダ同然の端金で……って、え? で、で? ってのは……」

 

 ヘレンケルは眉間に皺を寄せ、翡翠の目玉で支配人を見下ろす。

 

「俺の居場所がわかったってことは、ラルバから聞いたんだろ。でもって伝言を頼まれた。内容は?」

「い、いや、あのっ……」

「2度言わせるな。伝言は?」

 

 支配人は全く予想だにしなかったヘレンケルの対応に言い淀む。だが、なんとか自分の疑問を飲み下してラルバからの伝言を口にした。

 

「あ、あの……か、金を、よこせ……と……」

「幾らだ?」

「いや、あの、い、いっぱい、だ、そうで……」

「ほーん……」

 

 馬鹿にするような伝言にも、不快さなど一切見せずに思案する。支配人はその理由がまるでわからず、何を口にしていいのか考えあぐねて狼狽える。

 

「よし、お前ら!! 聞け!!」

 

 ヘレンケルは大きく手を叩いて護衛を集める。

 

「帰国の準備だ!! ディズィーラフとケニスクは残れ!!」

「はいっ!!」

 

 突飛な命令にも、護衛達は一つ返事で行動を開始する。支配人だけが状況を理解出来ずに慌てふためき、脂汗を流して護衛とヘレンケルを交互に見る。

 

「あ、あのっ、ホ、ホテルが……」

「お前は邪魔だ、帰れ」

「あ、あ、あ……で、でも、私の、私のホテル……」

 

 支配人は廃ビルに1人取り残され、途方に暮れるしかなかった。

 

 

 

〜ダクラシフ商工会 給冥(きゅうめい)エージェンシー ホテル真人館(まじんかん)

 

「では、正式な契約書などは後日ということで。引き渡し日は2週間後の4日に」

「はいはーい」

「現金の方は早急にご用意いたしますが、引き渡し日の後ろ倒しはできませんのでご注意下さい。また現況渡しとなるので、4日の時点で館内に置かれている物品の所有権は全て私共に移ります」

「りょかいりょかい。なる早でよろ〜」

 

 ラルバは不動産屋を見送ると、近くにいたデクスが訝しげに尋ねる。

 

「初対面の売買なんかよく受けてくれたな。しかも現金で前払い」

「その代わりやっすいのよ。このホテル土地ごと渡して70億(こく)だもん」

「70億!? 土地代以下じゃねーか! このホテル最近建ったばっかだろ!?」

「急な取引だったからしょうがないねぇ。受けてくれただけでもありがたいと思わなきゃ」

「おい、そっから5億くらいよこせよ。ホバーハウス代弁償しろ」

「やだよ勿体無い」

「じゃあ今から契約75億にして5億よこせ!!」

「やぁだよみみっちい」

「5億はみみっちくねーだろ!!!」

 

 そこへハピネスがやって来て溜息をつく。

 

「私に任せてくれれば倍はふっかけられるというのになぁ」

「じゃあハピネスがシーソーゲーム出る?」

「まさか。あんなもの、淑女がやる遊びじゃないよ……」

 

 

 デクスは敢えてラルバではなくハピネスに尋ねる。

 

「しっかし、あのカーガラーラがよく勝負を受けたな?」

「ん?」

「奴はこの上なく臆病で堅実だ。そんでもって根っからの仕事人。何を唆されても脅されても、知らねー奴の提案を飲むなんて考えられねー気がすんだが」

「さて、私は何も言う気はないよ」

「つーことは、ラルバが上手いこと丸め込んだっつーことだな」

「いや」

 

 ハピネスの目玉がラルバを見る。

 

「私も今回は判断しかねる」

「……情報が足らねーってことか?」

「いや、関わりたくない。身の丈に合わないことはしない主義でね」

 

 そこへ少し遅れてレシャロワークも合流し、誰かを探すように辺りを見回す。

 

「あー12時間もゲームやっちったい。ずっとこの生活がいいですねぇ」

「シャロ坊! いないと思ったら……今までゲームしてたの?」

「はぁい。隠れとかないと連れ出されると思ってぇ。ギャンブル終わりましたぁ?」

「カーガラーラとの対決は再来週だからまだだよ」

「なっが。何でぇ?」

「色々準備があるのよ。あっちもこっちも」

「ふぅん。ところでぇ、結局出るのは誰なんですかぁ? ここの3人は除外していいんですよねぇ? ラルバさん」

「何ゲーム坊や、出たいの?」

「嫌でぇす。自分は引き続き鎧核ブン回すんでぇ」

「楽しいのに……。あ! 来たよ!」

 

 3人がホテルの入り口の方を向く。ガラス越しに1人のシルエットが近づくと、ドアボーイがガラスの大扉を開いた。

 

「世界一のギャンブルに臨む、デラックスなチャレンジャーの入場だ!! お前ら拍手で出迎えろ!!」

 

 ハピネスとレシャロワークが拍手で讃えると、ホテルに入ってきたばかりのボブラは松葉杖をつきながら怪訝な顔をした。

 

「……また何かやらされんのか?」

 

 

 

〜ダクラシフ商工会 給冥(きゅうめい)エージェンシー クインテット・パレス併設テーマパーク“星の鱗”〜

 

 世界で最も入園者数の少ないテーマパークと、世界で最も売り上げの多いテーマパークは、実は同じ場所。というのは、広く知られた蘊蓄(うんちく)である。それがここ、セレブ御用達テーマパーク、星の鱗である。

 

 50種を超える大型アトラクション、タワーの屋上に造られたインフィニティプール、入園者より遥かに多いキャスト、おひとり様でも決して飽きさせない専門のコンパニオン。金があっても地位がなければ入れない、庶民禁制の理想郷。

 

 夜でも明るい電飾に照らされた道を、カーガラーラは緩慢に辿る。そしてパーク中央のタワーの最上階にあるインフィニティプールまでくると、1人の男が上機嫌に話しかけてきた。

 

「おっ! “じーちゃん”!! 待ってたぜ!」

 

 銀髪、色黒、筋肉質で艶のある肌。遊び人ここに極まれりといった風体の男に、カーガラーラは目を細めて鼻息をつく。

 

「……“ジャダック”。仕事の方はどうだ?」

 

 ジャダックと呼ばれた男はプールから上がる様子もなく、浮き輪に身を預け両脇のコンパニオンを抱きかかえたまま鼻で笑う。

 

「仕事ならしてんじゃん! その話じゃねーの? それよか金くれよ!」

「金なら充分渡しているだろう。何に使うんだ」

「飲み会したらすぐ無くなるってあんな金! 女の子にカッコつかないっしょ!」

「女、女か……。お前の女か?」

「おい結婚の話はやめてくれよ! 俺まだ22! そんなの考える歳じゃないって! あ、自分は20で結婚したとか言うのやめろよな。今の時代、10年経てば大昔だぜ!」

「……分かっている」

「なーそれより金くれよ! いーじゃん減るもんじゃねーし! あ、今の造幣局ジョークな。面白いっしょ!」

 

 カーガラーラは肩をすくめて大きく息をし、去り際に言い残す。

 

「仕事だ。勝負は2週間後。今回も期待しているぞ」

「よっしゃ!! 任せろよじーちゃん!! 勝ったら小遣い上げてくれよ!!」

 

 

 

〜ダクラシフ商工会 給冥(きゅうめい)エージェンシー ホテル“真人館(まじんかん)” 客室〜

 

「お前の対戦相手はカーガラーラの孫、“ジャダック”だ」

 

 ラルバに突然ギャンブルの参加を命じられたボブラは、嫌な汗をかきながら黙って話を聞いている。

 

「人物像だが……その辺はハピネスの方が詳しいだろ。ヘイ! ハピネス!」

「会ったら分かると思うが、見た目通りのボンボンだ。サナヤハカウァと同じく甘やかされて育ち、家の金を湯水の如く撒き散らして豪遊の限りを尽くしている……まあ、ラルバの好きそうなタイプだな」

「ラルバそういう奴だぁいすき!」

「格下には強く出て……格上という概念が薄いからか、目上の人間にも(へりくだ)ることはない。碌に挫折を経験せず生きてきた有頂天のでっかいクソガキだ」

「どうしよう。普通に手足捥いで串焼きにしたくなってきた」

「だが、ただのボンボンと侮るな。あんなガキでも、カーガラーラが直々に名誉ギャンブルの代打ちを推薦している、まあ、頑張れ」

 

 そう言われると、ボブラは額の汗を拭って呻くように尋ねる。

 

「……で、何で俺なんだ……ラルバ」

「うーん、消去法?」

「はぁ?」

「ハピネスは変なことしそうだし、レシャロワークは普通に降参しそうだし、デクスはキモいし、ラプーじゃ面白くないし、他は手ぇ空いてないし」

「ゾウラにやらせりゃいいじゃねぇか。アイツ喜んでやるだろ」

「バカガチに卸されるよ」

「くっそ……で、勝ってこいってか? ルールもわからねぇのに」

「え? ルールは知ってるよ?」

「へぇ、どんなルールなんだ?」

「教えな〜い」

「あ?」

 

 ボブラの冷や汗が、段々と苛立ちの汗に変わってくる。ラルバはキャッキャと楽しそうに笑い、ボブラの背中をバンバンと叩く。

 

「だってお前バカだし!! あれこれ言うよりもノリと根性でどうにかするタイプだろ!! 死ぬ気で頑張れ!!」

「痛っ! あだっ! テメー人のこと何だと思ってんだ!!」

「骨は拾ってあげるよ! あ、アンドロイドだから骨無いか!」

「誰がアンドロイドだ!!」

 

 怒りと屈辱に震えるボブラの肩に、ハピネスがポンと手を置く。

 

「…………」

「肩叩いといて黙んな!」

「元気でね。そこそこ楽しかったよ」

「別れの挨拶をするな!!」

 

 

 そして2週間が経ち、約束の日が来た。

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