〜ダクラシフ商工会
「……おせーな……」
ボブラはラルバに指定されたフロアで待たされていた。後から合流すると言われたものの、ボブラの目の前を横切るのはセレブ中のセレブばかり。何せここは、クインテット・パレスの中でも更に立ち入りが制限されるVIP階層。地上階を利用する並の富豪達を足蹴にできる大富豪ばかり。
1人残らず、高額紙幣をメモ用紙と同等に扱える雲上人。それに対してボブラはと言うと、着ている服は
「……そんな臭うか?」
あまりに露骨な差別に、ボブラは思わず自分の服を嗅いでみる。アンドロイドから生物的汚臭などするはずもないのだが、人造人間だと自覚していないボブラにとっては不安でしかない。
そこへ、1人の女性が話しかけてきた。
「……ボブラ様ですね?」
「あ? ああ……」
「こちらへどうぞ」
女性はボブラを案内して通路を進んでいく。すれ違う者は皆信じられないといった様子でこちらを眺める。そして一際大きな黄金の扉の前まで来ると、迎え入れるようにひとりでに開いた。
「……悪趣味だな」
扉の先は一面煌めく黄金の通路が広がっていた。振り向けば、ボブラのことを蔑みの眼差しで見ていた富豪達が、目を見開いてボブラを眺めている。ヘリの墜落現場でも見るかのように血相を変えて響めき、口々に何かを囁き合っている。
「どうぞ」
案内されるがままにボブラは中へ入る。扉はゆっくりと閉まり、案内役の女性と2人だけになった。
通路を進みながらボブラは訝しげに尋ねる。
「……随分歩かせるな」
「申し訳ございません。なにぶん、“リスクのある賭博”ですので」
「そりゃ金銭リスクじゃなくて、命のリスクの話か?」
「……説明は後程」
「チッ」
そのまましばらく歩いていくと十字路に差し掛かった。そして右の通路の方から、大きな麻袋を担いだラルバが歩いてくる。
「お待たせ〜! あ! マナタシカファ課長! おひさ〜!」
ラルバが朗らかに挨拶をすると、女性は顔をギュッと顰めて声を絞り出した。
「……こ、こちらへどうぞ……」
「そんな顔しないでよ! 騙したの怒ってんの?」
「いえ……」
「おいラルバ、お前どっから来たんだ?」
「ん? あっちのエレベーター」
「エレベーターなんかあんのか。じゃあ表のでけぇ扉は何だよ」
「VIP喜ばす飾りでしょ。この真上って紙幣の製造工場だし、そんな薬品臭いところ通せないじゃん?」
「へぇ……」
2人は左の通路に案内される。そして道中、通路脇に備えられた扉の中に通された。
中は一面強化ガラスが光るシックな作りになっており、調度品や装飾の類は見つからない。その代わりに、正面の壁にだけぽっかりと四角い穴が空いていた。
「こちらは“タンク”です」
案内人が正面の壁のパネルを操作すると、穴の上部に0の数字が光り穴の内部が淡く発光する。
「ギャンブルは、こちらの穴に現金を投入して行います。投入はいつでも行えますが、紙幣以外の投入はご遠慮ください。機械が故障する原因になります」
ボブラが穴を覗く。中は子供ならば立ったまま入れるほどに広く、奥行きも幅も高さと同じくらいある。一体ここに現金が幾らまで入るのか。高額紙幣など数える程度にしか見たことのないボブラには想像もつかなかった。
「あらよっと」
ラルバが穴に向かって担いでいた麻袋を放り投げ、ひっくり返して揺さぶる。麻袋の中から、帯付きの現金が滝となって流れ出でる。
「マナちゃん課長〜。これって上限どんくらい〜?」
「……紙幣では100万枚。額面では100億
「あり、ちょいオーバーするわ」
「それと、できる限り平積みで置いてください。カウントに時間がかかってしまいますので」
「先言ってよ」
ラルバはタンクに上半身を突っ込み、ぶつくさと文句を言いながら100万刻の札束を積み木遊びのように並べていく。
目が眩むどころか、非現実すぎてもはや実感さえなくなるほどの大金。ボブラは驚愕のあまり、一周回って冷静になった。
「……こんな大金、どっから持ってきた?」
「んー? これはねぇ、あのホテル売った70億と、キダってやつの会社から強奪ゲフンゲフン寄付してもらった10億と、ピガット遺跡で徴収した迷惑料の40億。あとはその他諸々でだいたい120億ちょい」
「……そうか」
「んげーこれめんどくせー。整列させる魔法組んだほうが早いな……」
ラルバがぶつぶつと独り言を言い始める。案内人はそれを不機嫌そうに睨んでから、ボブラを先へと進ませた。
「プレイヤーの方は外へ」
「あ、ああ」
部屋を出て、一本道の細い通路を進んでいく。奥には一枚の小さな黄金の扉が待ち構えており、そこまで来ると案内人は深々と頭を下げた。
「これより先はお一人でお願いいたします。ご健闘をお祈り申し上げます」
「……どうも」
ボブラは拭いきれない不安と焦燥を諦めで流し、扉に手をかける。潤沢に油を差されたノブは微かな金属音と共に回る。
「……暗いな」
部屋の中は暗闇であった。足元には小さなガイドライトが光っており、かろうじて通路のは幅はわかる。しかし通路幅は1mもない。脇の手すりにつかまって一歩踏み出すと、カン、と硬い金属音が鳴った。
「……非常階段?」
ボブラは使奴研究所の避難口を思い出した。それは、ちょうどこんな感じだった気がした。微かな炭の匂いと、冷たい鉄の手摺りに足場。ガイドライトに導かれるがまま、小さな階段を登って先に進む。目の前には淡く発光する椅子が背を向けて置いてあり、他に灯りは見当たらない。
「……座りゃ、いいんだよな?」
「早く座れよ! 暗いだろ!」
暗闇から聞こえた男の声に、ボブラはビクッと身体を震わせる。言われるがままに椅子に腰掛けると、背後から軋むような金属音が聞こえた。
「オッケー! 座った? 座ったよな! えー、ゴホン!!」
暗闇の声が、上機嫌に咳払いをする。
「レッディース!! エーン!! ジェルメーン!!」
掛け声とともに照明が点灯し、部屋の全貌が明らかになる。
ボブラが座っていたのは、細長い鉄板の上だった。幅は3mほどで、目の前に向かって長く伸びている。そして同じく長い鉄板の上、ボブラとは反対側の端の椅子に座る褐色の若い男が1人。
「緊急開催!! クインテット・パレスの最奥、極秘の激ヤバゲーム!! 長らくお待たせいたしましたぁー!!」
男が手を叩いて喜ぶと、部屋の上部にあるモニターにメガネをかけた女性が映る。
「ぁ実況解説は私!! みなさんご存知、”ベアブロウ陵墓“の高利貸し!! クマちゃん金融より、”クマフグランザ“がぁ〜お送りいたしますっ!! 感謝しろよ!!」
クマフグランザと名乗った女性は楽しそうにケラケラと笑い、モニター越しにボブラを睨む。
「今日のお相手はぁ〜? 誰? 知らんオッサン!! えーっと、はぁん? なるへそ? ”崇高で偉大なるブランハット帝国“より、”ボブラ・ブランハット“国王が来てくれたぞ〜!! あそこって人いたんだ!!」
ボブラは予想してなかった見下し方に、怒りよりも困惑を覚える。
「対戦相手はもちろんこの男!! 我らがカーガラーラのうるさいクソ孫!! 住所不定無職!! ”ジャダック“だぁーっ!! いい加減定職就けよ!!」
「あっ! もーっ! たまにはかっこよく紹介してくれよ! クマちゃん!」
ジャダックは椅子にふんぞり返ったまま、モニターに殴るジェスチャーを見せる。まるで緊張感のない2人のやりとりを見て、ボブラは少しだけ安堵した。
「何ホッとしてんだ?」
ジャダックが睨む。2人の距離は10m以上離れているが、ボブラは首を締め上げられているように息が苦しくなった。
「ここにくりゃ、VIPも権威もカンケーねぇ。大統領だろうが国王だろうが、雑魚は例外なく焼き殺す」
ボブラが息を呑む。何か言い返してやりたいが、言葉が出ない。得体の知れない威圧感。一方的に人を害するだけの道楽者ではなく、害される覚悟を持った者しか纏えない強者の風格。
「おい勝手に喧嘩すんな!! 殺し合うならルールの中でだけにしろよ!! あんま勝手すると、私の気分次第でお前ら2人とも”消し炭“だかんな!!」
消し炭。その言葉でボブラは炭の匂いを思い出す。ふと、自分のいる鉄板の外に目を向ける。遥か下に焼け焦げた跡。ボブラがいるのは、焼却炉の真上。ここは、円柱状の焼却施設の上に設置された、巨大な鉄板の上だった。
「お、静かになったね! じゃあゲーム説明始めるよ!! めんどいから一回しか言わんぞ!!」
クマフグランザの合図で、ボブラ達の部屋の底からメラメラと炎が立ち上がってくる。
「お前らは恐らく、なんかしらでめっちゃ偉くなった金持ちだよな? 政治家? 社長? なんでもいいけどさ。普通の奴らとは違う、優れた何かを持ってここまで来たわけだ!!
そんなお前らには2つの能力を駆使して争ってもらう!! 一つは資金!! 金持ちになるにも金がいる、なんて不思議な世界でしょうっ!! そんでもってもう一つは、人を堕落させる三匹の悪魔だ!!
食べたいヤりたいあげたくなーい!! 欲しがる心を司る”
とにかく全部に腹が立つ!! 怒りの心を司る
知らん分からんどーでもいい!! 怠惰を司る
真の強者であるならば!! 欲も怒りも愚かさも!! 全部利用して力に換えろ!! 玉座をその手で守り抜け!!
現ナマ燃やすクソバカギャンブル、”玉座陥落“!! 只今開幕ぅ!!」