シドの国   作:×90

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281話 王と支配者

〜ダクラシフ商工会 大統領公邸〜

 

 ガナタアワシャ大統領は、自室に座る男に目を向ける。男に向かいに座るよう促され、無言のまま腰を落とす。

 

「首謀者はお前か? ハザクラ・バルキュリアス」

「始めまして、ガナタアワシャ大統領。その通りだ」

 

 いつもであればひっきりなしに鳴り響く電話は壊れているかのように沈黙し、代わる代わる訪ねてくる補佐官達も誰1人としてドアを叩かない。皮肉にも、大統領就任以来初めて味わう休日にガナタアワシャはため息をつく。

 

「敵に言うのもおかしな話だが、見事だった。完敗だ」

「それはどうも」

「計画は、いつからしていた?」

「……この国に来る、少し前だ。実行に移したのは入国直後」

「ああ、そうか。はは、君の方が一枚上手かと思っていたが、蓋を開けてみれば天と地の差だな」

 

 自嘲するような笑いで、遠い目をして呟く。

 

「ヒヴァロバ宰相と、ザルバス大統領が座っていた席。あそこには本来、君1人が座る予定だったんじゃないか?」

「ああ。だが、俺が前に出るのは本来の趣旨と反している。それに俺が出てしまえば、他の者達に俺の狙いが悟られるような気がした」

「少し過敏だが、心配性なのは良いことだ。王の器には不可欠だからな」

「俺が目指しているのは支配者だ。王じゃない」

 

 伏せられていたガナタアワシャの目が、少し訝しげに前を向く。

 

「俺は王にはならない。権威も、土地も、金も名声もいらない。ただ、俺の思う世界にしたいだけだ」

「……謙虚なのか傲慢なのか分からないな」

「分からないか?」

「いいや、分かるよ」

 

 その自嘲めいた声は、懺悔に似ていた。

 

「“ボク”もそうだった」

 

 

 

 

 

 

 

 

「“ガナタ君”、また赤点取ったらしいね」

「げっ、“カガちゃん”」

 

 カーガラーラとボクは幼馴染だった。彼は昔から優秀で、横にいるだけのボクまで優秀でいることを求められた。

 

「カガちゃんはいいよな〜! パパは銀行の“せんむ”で? ママは部長だろ? ボクんちと交換して欲しいよ〜! 花屋なんてカッコ悪いし〜!」

「冗談でもそんなこと言うなよ。それに、ウチに来たら毎日塾通いだぞ」

「あ、や、やっぱ嫌かも……」

 

 常識もない、学もない、劣等生だったボクを、カーガラーラは気にかけてくれた。学校も違うのに、幼馴染というだけで。ボクの実家が潰れた時だって、一緒になって怒ってくれた。

 

「パパにも言ったけど、やっぱり融資はできないんだって……。ゴメン」

「い、いや、いいよいいよ! 要するに返ってくるか分からない金貸せないってことでしょ? そりゃそーよ! 花屋って今めっちゃ潰れてるし! それにあのへん治安悪かったし、仕方な――――」

「そうじゃない!!」

「痛っ。ど、どうしたんだよカガちゃん」

「違う……ゴメン……違うんだ……」

 

 その後、ウチの実家は政治家の裏抗争に巻き込まれて消されたって知った。カーガラーラの父親は、今までも政治家の指示で審査部に圧力をかけていたらしい。

 

「なあ、カガちゃん。ボク、政治家になる。勉強教えてくれよ」

 

 悔しかったよ。実家を潰されたのもそうだけど、かっこいいカガちゃんを馬鹿にされたみたいでさ。カガちゃんが誇りに思ってた父親が、まさか汚職に染まってたなんて。

 

 それから死ぬほど頑張った。目が開いてるうちはずっと本を読んだ。飯は食べてる時間が勿体無くて、全部ミキサーにかけて飲んだ。親はそこまでして勉強しなくていいって止めたけど、ボクがボクを許さなかった。権威も金も名声もいらない。ただ、理不尽で泣く人がいなくなればいいって思ってた。

 

 中央大学を出て、中央省庁に入って、脇目もふらずに働いた。嫌がらせをしてくる連中は山ほどいたけど、全部笑って耐え切った。靴を舐めるのなんか、小説の話の中だけだと思ってたよ。

 

 ちょっとでも早く出世するために。ボクの望んだ世の中にするために。誰よりも真面目に愚直に働いた。そのうちに気が付いたよ。ボクは、ボクの大嫌いだった政治家達と、おんなじことをしてるって。

 

「ガナタ君……ちゃんと寝れてるかい? 酷い顔をしてる」

「酷い顔? 酷い顔なのは生まれつきだ。そう言う君は血色がいいな。サラブレッドは違う」

「……私はちゃんと寝てるからね。君も体を労ったほうが――――」

「労って仕事ができるか馬鹿野郎!!! 訪問、3日で60件だ。3日で60件、わかるか? 算数できるよなぁ!? 1日20件1件回るのに1時間かけてたんじゃ4時間も寝れないんだよ1日が何時間か知ってるかオイ!!!」

「……悪かった。でも、体にだけは気をつけてくれ」

 

 仕方がないんだ。失敗は許されない。そのくせ仕事は終わらない。どこかでズルをしないと回らない。無理を被って、無理を押し付けて。無理をしすぎて頭がおかしくなる。自分が自分じゃなくなってくる。

 

「このデータは……もう作ってる暇ないな。適当にでっち上げるしかねぇ。自治体のサインもこっちで書いちまえ。どうせ奴ら何されたって頷くしかねぇんだ」

 

 これが私利私欲のためだったらどんなに良かったか。ボクが悪人だったらどんなに楽だったか。予算水増しして、それを別の予算に当てて漸く水準に届く。検査を入れたら確実に期限を跨ぐが、期限を伸ばそうものなら次の行程が絶対に潰れる。そうやって誰かが誤魔化した皺寄せを、また別の誰かが誤魔化して受け流す。いつ爆発するか分からない爆弾を、命懸けで次に回す。

 

 ボクはラッキーだったよ。爆弾は、全部ボクの前後でしか爆発しなかったんだから。ボクが回した無理のせいで、大勢の人が仕事を辞めていった。

 

 そうして漸く当時の与党に所属できた。だが、ここからが本当の地獄だった。

 

 賄賂買収は当たり前。密売脅迫だって何のその。これから国を引っ張っていこうって奴が、揃いも揃って犯罪者だらけだ。

 

「おいガナタアワシャ、お前、45ビル知ってるよな? そこの野良猫ちゃんに、ちょっと餌あげてこい」

 

 バケツ一杯の腐った魚の内臓。それを、敵対組織の事務所前に撒いてくる。これがボクの初仕事だった。当然スーツ着てそんなことできやしない。今でも覚えてるよ。日も昇らないうちから、ゴミ捨て場で拾った古着着て泥まみれになって、浮浪者のフリして撒いてきた。相手も来ることを知ってたのか、大勢でがなりたてて追い回してきたよ。

 

 けど、帰ってきたら上司にぶん殴られた。もしバレたらどうするんだって。それからは人を雇ってやらせたよ。自分でも驚いたのは、「野良猫に餌あげてこい」ってセリフがスラスラ出てきたってことだ。とっくの昔にボクはもうボクじゃなくなっていたんだね。

 

 そんなことをしていく内にこんな話が来た。

 

 ウチの党で持ってる土地を、贔屓にしてもらってる企業に渡したい。だがその土地は裏通りにあるから価値が低い。どうにかして価値を上げてから渡したい。って話だ。

 

 ボクはすぐに思いついた。その土地の隣には古民家がある。古民家は通りに面しているから、そことウチの土地を一つにすれば価値は跳ね上がるぞ、って。そこですぐにその古民家を訪ねに行った。住んでたのは中年夫婦で、子供は縁を切ってしまって遠くに住んでいる。今は生活保護を受けて暮らしているそうだ。

 

 じゃあ、買収するより生活保護を打ち切らせたほうが安く済むな。って思った。

 

 その帰り道、ふと頭を過ったんだ。昔潰れた実家のことを。あの時全部分かったんだ。カガちゃんの父親は、ボクみたいな奴に脅されてたんだって。

 

 確かあの頃は行政介入で、キャバクラやホストクラブの規制が強まってた。夜のお店はたくさん花を買ってくれるから、その需要がなくなって花屋の廃業が相次いだ。夜のお店に勤めてた人たちが仕事を失い街に溢れて治安も悪くなった。それであの辺は地価が軒並み下がって、“お買い得”になってたんだって。

 

 その足で党を抜けたよ。屈辱を思い出したんだ。幸いにもこの国は二元制。総理大臣と大統領が両方いる国だ。総理大臣を目指すには与党の信頼がいるけど、大統領なら民衆の支持次第で一発逆転が狙える。無論、足の皮が剥がれ落ちるほど走り回ったけどね。

 

 皮肉にも、官僚時代に覚えた“ズル”は大いに役立った。決して簡単ではなかったけど、なんとか大統領に選ばれた。だけど、その頃にはもうボクは荒みきっていた。そこに辿り着くまでの旅路で、世界は変わらないって分かっていたんだ。

 

 この世には、悪人と善人の”3種類“がいる。悪人は言わずもがな敵だ。だが問題は善人の方。自分と同じ志を持つ善人か、違う志を持つ善人か。世界が良くならない1番の原因はここにある。

 

 汲んだ水を飲むべきか、作物に撒くべきか。互いに世界を良くしようと藻搔いているからこそ、互いに譲ることはできない。今飲まなければ乾いて死んでしまう。だが作物を育てなければ飢えて死んでしまう。そんなところで見えない綱引きをしているからこそ、答えは永遠に出ない。ボクが若い頃に押し付けられていた無理は、この仇敵を討つための戦争だった。

 

 悪い金持ちと、善良な金持ちと、別の善良な金持ち。各々の志を通すために、世界を最も良くするために、資本を弾丸に撃ち合う【金持ちの国】だ。

 

 大統領になって分かったのは、世界はボクらが思っているより複雑で、救いようがなくて、そのうちの半分は悪意によるものではなかったってことだ。ボクが子供の頃に恨んでいた政治家達の苦悩を知って、ボクも恨まれる側になることを受け入れるしかなかった。金持ちの撃ち合いに参加するしかなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「突然つまらない昔話をしてすまない。ボクが言いたいのは、こんなに頑張ったんだから見逃してくれってことじゃない。罰は全て受け入れる」

 

 ガナタアワシャ大統領は、憐れみと不安が混じった目をハザクラに向ける。

 

「君は、どうやって世界を良くするつもりなんだ……? この救いようのない世界で。ボクには無理だった。ボクは、それだけが聞きたい」

 

 その目は、期待と蔑みの間で揺れていた。答えがあるなら知りたい。だが、どうせ無理だ。相反する感情の矛先で、ハザクラは少し躊躇いつつ口を開く。

 

「支配者を目指している、と言っただろう」

「ああ。そうだな」

「支配者を王と言わなかった理由として、力や富を欲さないと言ったが、実はもう一つある」

「……なんだ?」

「俺には、民を救うつもりがない」

 

 ガナタアワシャが息を呑む。

 

「争いのない平和な世界。実は、その方法に関しては既に実現できることが証明されている」

「……人道主義自己防衛軍か?」

「そうだ。貴方は、人道主義自己防衛軍が何故平和なのか知っているか?」

「い……いや……」

「我が国は、使奴によって交配を管理されている。150年以上前からな」

 

 人道主義自己防衛軍総統にして、ヴァルガン率いるウォーリアーズのひとり。ベル・バルキュリアス。彼女は使奴研究員のフラム・バルキュリアスに協力し、今の人道主義自己防衛軍を創り上げた。その内で最も残忍で画期的な規則がこの交配管理。より望ましい振る舞いをする人間のみを選別し、人工子宮によって受精させる。そうでない人間の元には、赤の他人の赤ん坊が届けられる。親のすり替えによる、人格の矯正。

 

「民は救われたが、正しい行いとは言い難い。言い難いが、マシではあると思う。俺も当初はこの方法を全世界に持ち込むつもりでいた。だが、気が変わったんだ」

「では……どうするんだ?」

「どうもしない」

「……何を言っている」

「俺の望みは使奴と人類の差別なき共生。使奴を人間として扱う世界だ。争いのない平和な世界まで望んではいない。争いたい者は争えばいいし、奪いたい者は奪えばいい。それが正しく防がれ罰せられればいいとは思うが、それを目指すのは俺じゃない別の誰かだ。例えば……」

 

 そう言って、人差し指を前に向ける。

 

「貴方とか」

「……情けのつもりか?」

「貴方の志を邪魔してきた者は皆、ヘレンケルとティスタウィンクによって排除された。今頃日雇い労働者として瓦礫でも運んでいるだろう。間違いなく今まで以上には働いてもらうが、目指す正義は一つに統一され、ブルシットジョブも大いに減るだろう」

 

 ハザクラは机に小麦が描かれた一枚の金貨を置く。旧文明の頃に流通していた、投資用の地金型金貨。

 

「世界の支配者として命ずる。ガナタアワシャ。貴殿はダクラシフ商工会大統領として従事し、己が信ずる正義に背くことなく、世界平和を実現せよ。期限は貴殿の命日とする」

 

 ガナタアワシャは差し出された金貨を額に当て、嘗ての日と同じく目を閉じる。

 

「私は、ダクラシフ商工会大統領として、全ての富と、全ての善にこの身を捧げることを誓います。……そして、君の旅路に、幸多からんことを」

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