〜ダクラシフ商工会
「我々の勝利に!! かんぱ〜い!!」
「かんぱーい!」
パーティーホールの壇上で、ラルバが高らかに宣言する。しかしゾウラ以外は乾杯に応じず、レシャロワークとハピネスは乾杯より前から料理を貪っている。
「んめっ。んめっ」
「肉! 肉!」
「ちょっとぉ! 乾杯の挨拶を聞けよ! ラルバ一家家訓第一条、ラルバに逆らったものは四半世紀飯抜き――――」
「おいラルバ。話がある。主に文句だ」
「何よラデック。今大事な話あぁん角引っ張んないでぇー直したばっかりなのにぃー」
珍しく横暴なラデックに、ラルバは角をハンドルのように握られ引き摺られていく。それを尻目に、シスターがハピネスの元にやってきた。
「お疲れ様です」
「むぐ。んんんんんんんー」
「少々お時間いただけますか?」
「むぐぐぐぐぐぐ。んぐっ!」
口一杯に肉料理を頬張るハピネスは、色のない目でシスターを睨みつける。しかし彼は全く意に介さず、肩を掴んで半ば強引に廊下へと引っ張り出した。
ハピネスは忙しなく顎を上下させた後、音を鳴らして料理を嚥下する。
「後にしろと言っただろう。料理が冷める!」
「お手を」
手が触れ合うと、膨れっ面をしていたハピネスの顔からみるみるうちに熱が抜け、冷たく尖った氷柱のような心が顔を見せる。
流れ込んでくる記憶を眺めながら彼女は小さく呟く。
「……なるほど。こんな感覚か」
手を数回握っては開き、光のない目玉をぎょろぎょろと動かしてみせる。それから暫く呆然とした後、にこりと微笑んだ。
「やはり妄想の域を出ないな。私がこの程度で狼狽えるとでも思ったか?」
あからさまな害意。しかし、声色にはどこか嬉しそうな狂気が入り混じっている。
「再現度はまあまあだが、所詮は他人。全くの別物だ」
「……なにぶん初めてのことですので、障ないようであれば何よりです」
「障りあるよ。あるに決まってるだろう。今すぐブン殴りたいくらいには頭にきてるよ」
「そうは見えませんが……」
シスターが訝しげに顎を引くと、彼女は歯を見せて笑う。
「なあに。この先君は私に逆らえないことが分かったんだ。その上、記憶操作の汎用性も分かった。安心したまえ。私は君を死なせはしないよ。死なせるものか。こんなに面白い玩具が手に入ったと言うのに。簡単に壊してしまってはつまらない。君は私に“強要されたいこと”があったようだが、付き合い次第では考えてやらなくもない」
そう言って左手を差し出す。悪魔との契約を求められ、シスターは同じく左手を出し手の甲を握った。
「では、仲直りってことで」
「直すものなど何もないよ」
パーティーホールの方では、
「お疲れ様」
そこへ、ジョッキを手にしたイチルギがやって来る。
「ああ。……ビール? 珍しいな」
「たまにはねー。お疲れ様会って、なんかビールって感じしない?」
「分からなくもない」
コツンと控えめにグラスをぶつけ、互いに傾ける。
「どうだった? 予行演習の感想は」
「……上手くいったとは思っている。現に、どこの報道も人道主義自己防衛軍には一切触れていない」
ハザクラは日誌を書く手を止め、今回の作戦についてぽつりぽつりと語り始めた。
元々、ティスタウィンクとヘレンケルはダクラシフ商工会を狙っていた。今回の騒動は、ハザクラが2人の思惑をそれとなく誘導して侵略時期を早めただけ。
ティスタウィンクは真吐き一座を使い、演劇によって政府の悪事をでっち上げて信用を貶めようと画策していた。真吐き一座には真実を伝えず脚本だけを提供し、無自覚のまま共謀させ首謀者を有耶無耶にする。信用が揺らいだダクラシフ商工会に、救いの手を差し伸べると同時に利益を毟り取る算段だった。問題は、政府と癒着している金持ち達の騙し方と、民衆の焚き付け方。
ヘレンケルは名誉ギャンブルの存在を知った時から、それを逆手に多額の金を吐き出させる策を考えていた。熱に弱いポリマー紙幣を新紙幣にしたり、大量の現金を秘密裏に運ぶ算段がついていたのも計画の一つ。もう一つ企てていたのは、
更には両者共通の悩みの種として立ちはだかっていたのが、国刀の
「あの2人が欲しかったのは実行犯だ。従順で、力もある。信頼できる鉄砲玉。俺はそれを提供しつつ、策だけを丸々頂いた。ラルバの言う通り行き当たりばったりで手を打ってみたが……意外とうまく行ったな」
「ハザクラにとっては行き当たりばったりだったかもしれないけど、大体の策なんてそんなもんよ。ラルバほど手を抜かなくてもいいけど、何から何まで用意しておくこともないわ。どうせ穴なんか塞ぎきれやしないんだし、トラブルをどう捌くかの方が大事」
「……どんな悪路も踏破する足腰ってやつか」
ふとパーティーホールの扉が開き、爆弾牧場国王アファと宰相ヒヴァロバが入ってくる。
「やあ皆さん、お久しぶりだね。ぬあっはっは」
「国王陛下。私帰って寝ていいか?」
やつれた表情のヒヴァロバを宥め、アファはハザクラの元へ歩いてくる。
「この度は、お招きどうもありがとうハザクラ君」
「ご足労いただき感謝します。陛下」
「ぬあっはっは。堅苦しいのは嫌だよボクは」
「……そうか。今回は来てくれて助かった」
「いや〜ティスタウィンクさんて人、やり手だねぇ。
「……度が過ぎるようだったら言ってくれ。彼等も別に善人ではない」
「大変だねぇ」
頭を抱えるハザクラに、アファは暢気に笑ってみせる。それから、少しだけ顔を顰めて言う。
「ただ、少し心配ことがあるんだよ」
「ティスタウィンクかヘレンケルのことか?」
「ううん。ダクラシフ商工会のことだよ」
そこまで言うと、ヒヴァロバが前に出てくる。
「省庁に保管されていた紙の資料がごっそり処分されている。電子の方はまるまる残ってるんだけどな」
「……復元魔法は?」
「あー、燃やされてるとか粉々にされてるとかじゃないんだよ。持ち出されてる。あのロゼってーのが直近の物まで呼び出せる異能ならなんとかなったんだけどな。オマエんとこに過去視持ちとかいねーのか?」
「いや……」
ハザクラは一瞬だけラプーのことを思い浮かべるが、すぐに首を左右に振る。
「つーか、問題は持ち出されたことよりもタイミングだ。ガナタアワシャ大統領は、アタシらが閣議室にブッ込みかけた時から全く微動だにしていなかったし、他の議員も何かした様子はなかった。どっかの誰かが勝手に察して実行したんだ」
「……ダクラシフ商工会側にはギリギリまで察せぬよう動かしたつもりだが。いや、カーガラーラか……? 彼は地下で玉座陥落が行われた直後から脱出を計っていた」
「そのカーガラーラだって、アタシらが無断入国かまして来るなんて思っちゃいなかっただろ。ダクラシフ商工会側は勝つ気満々だったし、負けた時の準備なんてできなかったはずだ。紙つったって数百トンあんだぞ。もしもだろうであっちゃこっちゃ運べる量じゃない」
「……使奴による運搬魔法なら可能かもしれない。イチルギ」
話を振られ、イチルギは黙って首を振る。
「できなくはないかもだけど……、かなり目立つわよ。大掛かりな高位魔法を何枚も重ねなきゃならないし、そこに隠蔽魔法とかもかけるんでしょ? 私とラルバとバリアの3人がかりでやったって、発動まで1時間はかかるわよ」
「そうか……」
「1時間でできんのか……。人間なら100人がかりで半日かかるぞ」
「第一、そんな大きな魔法使ったら誰かは気がつくわよ。ヒヴァロバもそうだけど、ヤクルゥちゃんも波導にかなり敏感らしいし、彼女が大魔法を察知していてヘレンケルに報告しないわけがないわ」
ヒヴァロバは大きく頷き、歯の隙間から息を漏らす。
「……これはアタシの勘なんだが、もしかしてオマエらの仲間に“電波傍受”の異能者とかっているか?」
思わず声が出かける。通信の異能者メギドによる全世界の電波妨害は極秘中の極秘。しかし、必死に堪えたはずの動揺はいとも容易く見抜かれた。
「いるんだな。ほら、今回のアイドルの中継。なんのノイズもなく放送されただろ? 世界中で問題になってる通信機器の不調は、オマエらの仲間の電波ちゃんの仕業で、今回は手加減してるんだろうなって思ったワケよ。だが、その電波ちゃんは紙の資料までは見れない。もしくは電波に集中してて気が回らない」
まるでメギドを知っているかのようにヒヴァロバは語り続ける。
「電子データがまるまる残ってんのが不思議だったんだよ。資料消すならサーバー殴るだけでいいのによ。バックアップだって取りやすい。それが手付かずで紙だけ持ってかれてるってことは、電子の方は傍受警戒で碌な情報入れてなかったんじゃねぇかな」
「……だったら電子だけでなく紙にも残さなければいいだけだ。使った側から処分すればいい」
「人道主義自己防衛軍ってのはとことん狂ってるな。それは関係者全員がオマエらと同じく良い子ちゃんだったらの話だろ。パソコンも紙も禁止で仕事ができるかよ。絶対にボロが出る」
「ボロが出ると言うなら、いざという時の処分システムの方じゃないか? 少しでもタイミングを誤れば情報流出か大混乱か。リスクが大き過ぎる」
「ああ。だから、そのリスクをどうにかする裏技があんだろーなってアタシは踏んでる。その辺のタネは役人共を片っ端から尋問すりゃ分かることだ。そこまで焦ることじゃない」
そこまで口にしてから、ヒヴァロバは訝しげに顎を掻いた。
「……そうか、ボロは出ないのか」
「どうした?」
「いや、杞憂で済めばいいなと思っただけだ。こういう時は大抵当たるんだけどな」
ヒヴァロバの予感は的中した。議員、官僚、受付から清掃員に至るまで、誰1人として処分された書類のことを知らないと供述した。その後ラルバとバリアによる調査も行われたが、使奴の魔法を以ってしても書類の内容の特定には至らなかった。かつて省庁内を覗き見たことのあるハピネスの記憶にも怪しい点はなく、これ以上は徒労に終わるだろうと捜査は打ち切られた。
〜ダクラシフ商工会
「……こういう時、ラプーに聞ければ楽なんだがな」
ボソリとジャハルが呟くと、ハザクラのペンを動かす手が止まった。
「あっ。いや、済まない。文句を言いたかったんじゃないんだ」
「いや、構わない。ラプーの全知に頼らないのは、俺とイチルギの我儘だ。現にそれで人を不幸にもしてきた」
爆弾牧場の地下に幽閉されていたディンギダルのことが頭を過ぎる。
「だが、少し醜い言い訳をさせてくれ。この先ラプーに頼らなかったことで不幸を生むことは目に見えてる。しかし、彼に頼ってしまったら、今後起きる全ての責任の所在を彼に押し付けてしまう。世界を救うために彼ひとりを犠牲にしようとするのは、あまりにも烏滸がましい」
「醜くなんてない。私も同じ考えだ。自己犠牲で世界が救えるなら望むところだが、それを人に押し付けるのはこの上なく残酷だ。ましてやラプーは自ら名乗り出ることができない。彼に何かを尋ねた時点で、自己犠牲を強要しているようなものだ」
「……ありがとう、ジャハル。少し救われた」
ハザクラがジャハルと手を重ねると、彼女は少し動揺した後気恥ずかしそうに微笑んだ。
コンコン、と不意にドアがノックされる。同時に鍵を破壊して蹴破られる。
「たのもー!!」
入ってきたのは、元気いっぱいのラルバと俯いているシスターだった。
「お二人さんエッチな雰囲気のところごめんけど話いい?」
「すみません……止められませんでした」
ラルバは空の冷蔵庫を開けて舌打ちをすると、ハザクラの膝の上に飛び乗って話し始める。
「降りろ」
「クラぽんちゃん、”ユータイア”の話聞いたー?」
「……ああ。キールビースを生み出した
「そうそう。そのユータイアなんだけどさ。死んでたらしいんだよね」
「それも聞いている。ボブラの前で飛び降り自殺をしたと……」
「死んだのは“5年前”だよ」
「……何だと?」
ラルバは一冊のファイルを取り出す。そこには、5年前に起きた事件の資料が挟まれていた。
「当時、コンビニでアルバイトをしていたユータイアが強盗に遭遇。追いかけて店を出たが、逃げ込んだ先の路地裏で反撃に遭い倒れ込む。目撃者が通報するも、救急隊が到着する頃にはユータイアは消えていた。その際現場には致死量の血液が残されていたという。しかし、その後すぐにユータイアは自宅に帰ってきており、怪我等も特に見受けられなかった。その後の捜査で強盗犯は逮捕されたものの、ユータイアが一時的に消失した謎は未解決のまま……」
ファイルから、笑顔のユータイアの写真が落ちる。恥ずかしそうにVサインをする、真面目そうな青年。
「……何故、この時に死んだと?」
「カガチがキールビース治すのにユータイアの死体を調べたら、どうやら“異能生命体”だったらしいよ」
「……!? ユータイアは
「へっへっへ。なーんか最近聞いた話だよね。死んだ人間が、
ジャハルが震えた声を漏らす。
「……“ミック“か!」
「大当たりぃ〜」
狼王堂放送局の大ダコ騒動。ことの発端は、狼王堂放送局を目指し直前で息絶えた少年。それが異能で蘇り大ダコに姿を変えていた。というものだった。その死者を蘇らせた犯人と思しき存在が、何年も前に失踪した笑顔の七人衆のひとり、”死体呼びのレオライヤ“。収集家ポポロの孫娘であり、
「もしレオライヤの異能が”死者を異能生命体として再構成する“異能だったら〜、もしかするかもね〜」
「ま、待て。じゃあ、じゃあ、おかしいぞ……。だって、ミックは、死体はそのままに、復活させられて大ダコになった……。ユータイアは、死体のまま人間の姿で復活した。状況が異なるんじゃないか?」
「同じだよ。多分、アレの中身はユータイアじゃない」
「え……」
不運にも強盗によって殺害されてしまったユータイア。そこを通りかかったレオライヤが、”別の死者をユータイアの姿で復活させた“。死体は処分され、どこかの誰かはユータイアの姿でユータイアの家に帰った。出迎えるのは、自らを息子と称する見知らぬ女性。見知らぬ体と、見知らぬ部屋。突然与えられた他人の人生。分かっているのは、もう2度と自分の人生には戻れないということ。
「幼い子供や精神疾患者、他者と大きく異なる価値観を持つ人物は、異能の対象判定がブレることがある。バリアの絶対防御だって自己対象なのに物体に適応できるし、ラデックの生命改造だって物体にもちょっと使える。ジャハルの負荷交換の負荷の基準がホウゴウと違うのもそのせい。ミックは自分を
生前に積み重ねたものは全て失われ、今身を囲んでいるのは赤の他人の残置物。唯一の救いは、モニターの向こうに映る魅了して止まないアイドルの姿。
「そのアイドルも卒業して消えちゃう! ってなったら、じゃあ僕も! ってなっちゃうのも分かんなくないかもねー。特殊事例すぎて分かんないや!」
ヘラヘラしているラルバの代わりに、シスターが重苦しく口を開く。
「……キールビースさんのお友達、同じアイドルだった方の殆どは連絡が取れました。しかし、1人だけ連絡がつかなかった方がいるんです」
「1人だけ……」
「”スアンツァ“。キールビースさんがアイドルになりたての頃、世話を焼いてくれた方らしいんです。似顔絵も描いてくださいました」
シスターは2枚の紙を2人に見せる。片方は、キールビースの描いた似顔絵。もう一つは、”爆弾牧場でバリアが純金の拠り所から拾ってきた手帳“。そこには、もう見慣れてしまった同じ相貌が描かれていた。
「5年前。確かにここにいたんです。”ガルーダ・バッドラック“が」