シドの国   作:×90

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289話 見たら死ぬ絵

〜カナデヤ一門 サンキォン邸 謁見の間〜

 

「何が……あったんだ……!?」

 

 ラデックの目の前で、微動だにしないラルバ。バリア、ナハル、カガチ。そしてイチルギ。使奴が全員、まるで石に変えられてしまったかのように固まっている。

 

 狼狽(うろた)えるラデックとジャハル、それからピリに、ハザクラが顔を伏せて説明を始める。

 

「ラルバ達と合流したあたりから状況を説明する」

 

 

 

 数時間前。

 

「不幸を呼ぶ〜? うっさん臭ぇ〜!」

 

 オタア氏のコレクションを一つ拾い上げ、ラルバが顰めっ面で光に透かす。同じくバリアもネックレスを手に取り、嵌め込まれた宝石を見つめる。

 

「なんでえ。ただの魔力ゴミじゃん」

「綺麗に磨いてあるけど、価値はないね」

「えええ!? そんなあ!!」

 

 ショックに頭を抱えるオタアに、ナハルが肩を竦めて溜息をつく。

 

「工業が発展すれば、そのうち川を埋めるくらいの量が出てくるようになるぞ。それも磨かなければただの汚い石の塊だ」

「う、嘘だよ! こんな綺麗なのに! 貴重なはずだよ! それか、きっと膨大な魔力エネルギーが中に……」

「確かに魔力を注げば熱に変えて蓄える性質はあるが、効率は最悪だ。肉を焼くならその辺の溶岩石の方がよっぽど美味く焼けるし、どうしても再利用したいなら布を巻いて湯たんぽにするぐらいだ。装飾品としての価値で言うなら、せいぜい水洗トイレのタンクにでも乗せるくらいだな」

 

 オタアは膝から崩れ落ち、支えにきたピスカリテに泣きつく。

 

「あああああ酷い!! そんな言わなくても!!」

「はいはい。気にしない気にしない」

「気にならなくなってきた!」

 

 机の上に並べられたダイヤの中でも、一際大きなものをカガチが手に取る。

 

「これが原石か?」

「え? ああ、そうだよ。それがね、たまに森の中に落ちてるの」

 

 それは10センチ四方の正立方体の形をしており、表面は粗く削られたような細かい傷で濁っている。それが10個ほど机に積み上げられており、どれも大凡(おおよそ)同じ大きさと形をしている。

 

「他の呪いとやらは?」

「あ、興味ある? ふふふ、そこまでいうなら、特別に見せてあげよう!」

「じゃあいい」

「見てよぉーっ!」

 

 オタアは半ば強制的に宝物庫へと案内し、自慢の呪いコレクションを見せびらかした。

 

「ほら! 見て! すごいでしょう! これこれ! これが最古の“呪いの人形”で、名だたる画家たちの手を渡り歩いては呪いを振り撒いたと呼ばれる――――」

「御託はいい。貸せ」

 

 興奮して早口に舌を回すオタアから、カガチが人形を奪い取る。

 

「あっ! だっ! 大事にっ! 大事に触ってっ!」

「ふむ」

 

 そして、一切の躊躇(ためら)いなく胴を捩じ切った。

 

「あーっ!!!」

「なんだ、空っぽか」

 

 オタアの絶叫など気にも留めず、ゆで卵の殻を剥くように人形を指先で割っていく。

 

「やめっ!! やめてっ!!」

「ただの創造魔法だ。価値はない」

「あるのっ!!」

「はいはい。気にしない気にしない」

「気にならなくなってきた!」

 

 ピスカリテがオタアを宥めている間、バリアも残骸を指先で擦り潰してラルバとナハルの方を見上げる。

 

「知らない術式。2人は?」

「分からんち!」

「私も見たことないな。だが、これは知らないと言うより、原型を留めていないだけな気がする。クセが独特だな……。確か、パルシャも似たような式を……」

 

 顔を上げたナハルの目に、奇妙な絵画が映る。

 

「……あれは?」

 

 宝物庫の奥にかけられた一枚の絵。それは絵の具の染みのような、抽象的な油絵のような、子供の落書きにも巨匠の大作にも見える不可思議な絵だった。しかし、何の変哲もない意味不明なその絵に、ナハルの視線は不思議と吸い込まれた。

 

「お! あれかい! お目が高いね!」

 

 さっきまでわんわんと泣いていたオタアが、号泣など嘘だったかのように誇らしげに絵を見せる。

 

「これはかの有名な“見たら死ぬ絵“!! 僕の1番のお気に入り! 高かったんだ〜。あ、これは本当に触らないでね?」

「カガチに言ってくれ」

 

 ナハル達は皆眉を(ひそ)めて絵を睨む。不気味ではあるが、特に動き出したり波導を発したりするわけではない。暫くしてから、シスターが怪訝(けげん)そうに口を開く。

 

「……見たら死ぬんですか?」

「そういう言い伝えがあるよ」

「はあ……」

「あ! 全部見たら死ぬかも!」

「こんなのが幾つも?」

「こんなのとか言わないで!」

 

 その後、オタアは続けて3枚の絵を見せた。どれも煙か水面のような抽象的な絵で、何が書いてあるのかは分からない抽象画だった。

 

 しかし、当然絵を見ただけでは誰も死なず、デクスとレシャロワークが肩をすくめて呆れる。

 

「並べ替えて何かになるでもなし、色彩反転で何か浮かぶでもなし、マージでただ薄気味悪いだけだなこりゃ」

「クリア後の解放要素とかじゃないならノイズでしかないですねぇ。中途半端な意味深はストレス。評価1です」

「何でそんな酷い――――」

「気にしない気にしない」

「ああっ情緒変になるっ」

 

 ゾウラもハザクラもハピネスもボブラも、特に違和感を抱くことなく宝物庫を出た。しかし、どうにも使奴の4人だけは何かが引っ掛かっているようで、嘲笑も呆れもなく思案を引きずっている。

 

 そして、ラルバがふと呟いた。

 

「ねえ。見たら死ぬ絵ってさ、まだあったりしない?」

「え?」

 

 オタアは素っ頓狂な声をあげるが、すぐに答える。

 

「あ、ああ、うん。後1枚だけ。見る?」

 

 宝物庫から4枚の見たら死ぬ絵を回収し、それから再び謁見の間に戻ってきた。

 

「これがそうだよ」

 

 謁見の間の正面に飾られていたのは、他の絵よりも一際大きく不気味な絵。タッチや色調はまるで似ていないが、横に他の見たら死ぬ絵を並べてみると、不思議とどこか似た雰囲気の作品であった。

 

「本当はこうやって全部並べたいんだけどね。やっぱ劣化しちゃうからさ。1番おっきいこれだけ飾ってあるの。カーテン開けないでね!」

 

 ハザクラ達人間組は微妙そうな顔で眺めるが、使奴である4人は何かを探るよう食い入って見つめている。

 

「何かわかりそうか?」

「…………」

「ラルバ?」

「お待たせー! ……何してるの?」

 

 絵画鑑賞をしていると、遅れてイチルギが部屋に入ってきた。オタアは上機嫌で彼女を出迎え、嬉しそうに握手を交わす。

 

「やあやあイチルギ君! よく来たね! 独立申請通った?」

「そんな昨日今日で国ができるわけないでしょー? それと何度でも言うけど、私は反対よ」

「何で!」

「何でかは奥さんに聞いて。で、これは何やってるの?」

 

 顔を上げたイチルギは、最初こそ物珍しそうな目で絵を眺めていたが、次第に眉を(しか)めて深い思考に陥り始める。

 

「イチルギは何かわかりそうか? 皆この絵に何かあると睨んでいるようなんだが……」

 

 そうハザクラが問いかけるも、イチルギは答えない。そこで、漸くハザクラの疑いの念が生まれた。

 

「……イチルギ? おい、イチルギ! イチルギ!! ゾウラ!! 絵を隠せ!!」

 

 ゾウラが闇魔法で絵を包む。ボブラとシスターがラルバ達に駆け寄って必死に呼びかける。

 

「おいラルバ!! ラルバしっかりしろ!! おいバリア!!」

「ナハル!! ナハル聞こえますか!? ナハル!! カガチさん!! 聞こえますか!?」

 

 誰1人として反応はなく、石のように固まったまま動かない。

 

「クソッ……!! 認証輪も出やしねぇ……! シスターなんかできるか!?」

「ダメです……!! デクスさん!!」

「あー、デクスの異能でも、そいつら全員”物“判定だ。諦めろ」

「そんな……!!」

 

 ナハルの反撃は機能せず、バリアの防御も解けている。ゾウラの呼びかけにもカガチは応えない。ラルバも、イチルギも、たった5枚の絵画の前で物言わぬ彫像に成り果てた。

 

 

 

 

「それから、俺とゾウラがラデックを呼びに行ったんだ。お前かジャハルの異能なら何とか出来るかもと思ったんだが……」

 

 ハザクラが話し終えると、ジャハルが静かに首を振る。

 

「……ダメだ。私も皆を生命体と認識できない。変な気分だ……。触れはするが、感触がないと言うか……。ラデックはどうだ?」

 

 ラデックはラルバの両頬に手を添えたまま動こうとしない。ハザクラは徒労に終わると思いつつも、異能でラデックに語りかける。

 

『お前なら治せる。ラデック』

「……ああ」

 

 ラデックは暫くラルバを摩っていたが、動き出す気配はない。

 

「…………ハザクラ、ラプーは?」

 

 その問いに、ハザクラは唇を強く結んで顔を伏せる。だが、今はそうも言っていられないと思い、部屋の隅に座っていたラプーの方に顔を向ける。

 

「なあ、ラプー」

「却下だ」

 

 その前にハピネスが立ち塞がる。

 

「……ハピネス?」

「今回の件、私とラプーは手を引く。君達でどうにかしたまえ」

「何だと?」

 

 終始沈黙していた彼女は、胡乱(うろん)な目でフラフラと部屋中を見回した後、思いついたように続けて言う。

 

「それとデクスもだ」

「あぁ?」

「ちょっと待てハピネス――――」

「退いてくれハザクラ」

 

 ハザクラを押し除け、ラデックがハピネスに詰め寄る。

 

「退いてくれ、ハピネス」

「断る」

 

 ラデックの冷静な声色には、明確な害意が含まれている。その手に波導が宿る前に、ハザクラが肩を掴んで引き剥がす。

 

『待てラデック!!』

「離してくれ、ハザクラ」

「頼む、俺の言うことを聞いてくれ」

「それは、皆を助ける為にか?」

 

 害意がハザクラに向けられる。冷え切った彼の瞳が、ハザクラの呼吸を乱れさせる。

 

「ああ、当然だ」

 

 それから数秒の沈黙が流れ、やがてラデックが大きく息を吸った。

 

「はあ。なら仕方ない」

 

 気迫が抜け、いつもの様子に戻ったラデックを見て、ハザクラは胸を撫で下ろす。

 

「……正直、多少の怪我は覚悟していた。よく堪えてくれた」

「俺だってハザクラのことを信頼していないわけじゃない。ハピネスのことも。2人とも、いざって時には頼りになる人間だ。2人が駄目だと言うなら、俺は何も言わない」

「……待て。ハピネスはともかく、俺はいつでもちゃんとしてるだろう」

「いつでもちゃんとしているから嫌なんだ。俺はちゃんとしていない側だから」

「…………」

 

 ハザクラは何か言い返そうかと思ったが、また機嫌を損ねても困るのでぐっと飲み込んだ。

 

 部屋を出ていく際、最後にハザクラはハピネスに問いかけた。

 

「……本当に大丈夫なんだな?」

「何が?」

「ラプーに相談をしなくて。ってことだ」

「さあ?」

 

 彼女は茶化すように、それでいて脅すようにハザクラを睨んだ。

 

「君ら次第、かな」

 

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