シドの国   作:×90

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292話 死へ誘う声

〜カナデヤ一門 呪いの森 (ハザクラ・ボブラサイド)〜

 

「遊ぼう」

「遊ぼう」

「不味いぞハザクラ……!! 囲まれてる……!!」

「遊ぼう」

「遊ぼう」

「慌てるな。まだラデックの隣にいるか?」

「遊ぼう」

「遊ぼう」

「遊ぼう」

 

 いつの間にか辺りは闇に包まれ、先程まで頭上にあった太陽も姿を消している。

 

「遊ぼう」

「遊ぼう」

「おいラデック……!! 起きろ……!!」

「遊ぼう」

「遊ぼう」

「ボブラ、ラデックをこっちに転がしてくれ」

「遊ぼう」

「遊ぼう」

 

 子供のような老婆のような、甲高い歪んだ声が方々からハザクラ達を呼ぶ。

 

「遊ぼう」

「遊ぼう」

「遊ぼう」

「遊ぼう」

「遊ぼう」

「さて……。すまないな、ラデック」

 

 ハザクラが手を広げ、リズミカルに手拍子を打ち鳴らす。

 

 パパパン!! パンッ!!

 

「おわっ!!!」

 

 同時にラデックが飛び起きる。

 

「何っ、苦しっ、ぐあっ、何が起きっ、気持ち悪っ、あっ、無理そうっ」

『平気だ。お前には効かない。返事をしろ』

「わ、分かった、ああ無理っ!! ダメそうっ!!」

『大丈夫だ。繰り返し返事をしろ。何も問題はない』

「あるっ、問題あるっ、ああっ、吐くっ、おえっ、吐いたっ、死ぬっ」

「……もういいか。別に」

 

 ハザクラは再び手を打ち鳴らす。

 

 パンッ!! パパン!! パパン!!

 

「が――――」

 

 ラデックは体を一際大きく痙攣させた後、指を触手のように伸ばして仲間を囲うように半球状のドームを形成する。ボブラはラデックの奇怪な変化に腰を抜かしてドームを見上げる。

 

「な、何だこりゃあ……!?」

「触るなよボブラ。この檻は――――」

 

 闇から近づいてきた“何か”が、指の檻に触れた途端その場に力無く倒れ込む。

 

「接触した者を反射的に無力化する」

「き、気持ちわりぃ……」

「コイツは戦闘面では優秀だが、精神系に弱いからな。正気を失ったり気絶した時のために、合図で目を覚ましたり防御できるよう仕込んでおいたんだ」

「犬の芸みてぇだな……」

「役に立ってよかった。だが……」

 

 当の本人は(うずくま)って未だ悶え苦しんでおり、何度も空の胃袋から吐き戻そうとえずいている。

 

「遊ぼう」

「遊ぼう」

「遊ぼう」

「遊ぼう」

 

 暗闇から呼びかける声は未だ止まず、徐々に数を増やしてハザクラ達を取り囲む。しかし――――

 

「……はあ。ラデック、檻を解いていいぞ。ボブラは伏せていろ」

 

 ハザクラは溜息をついて頭上に手を掲げる。

 

 暗闇から何かが飛び掛かろうとしたその時、ハザクラの指先から閃光が弾けた。網膜を抉るような凄烈な光が暗闇を貫き、金属を打ち鳴らしたような甲高い音が脳天を抜ける。

 

「顔を上げていいぞ」

 

 ボブラは恐る恐る顔を上げて辺りを見る。先程までの暗闇は嘘のように消え去っており、暖かな木漏れ日が差し込む森に戻っている。しかしさっきと違うのは、辺りに点々と転がる“黒い塊”。

 

「“歌う影”。主に寒冷地域に生息する大型のカラスだ。知能が高く、動物の鳴き真似以外にも人間の言葉も真似する。飼育下にある個体なら会話もできるほどだ」

「カ、カラスかよ……!! 急に暗くなったのもか!?」

「視覚を奪う生き物は珍しくない。タコやイカだってやるだろう。毒蛇の一部は目を狙って毒液を噴射するなんて話もある。それに奴らはカラスにしては珍しく夜行性寄りだしな。暗闇が主戦場なんだろう」

 

 茂みや樹上には未だ多くの歌う影が身を潜めているが、ハザクラが無防備にしていても大人しくじっとしている。

 

「……本来、集団でいる人間を襲うようなことはしないはずなんだがな。本当に遊びたかった……? いや、だとするなら死へ誘う声の正体がもっと早く判明しててもいいはずだな……。ボブラはどう思う?」

「取り敢えずラデックどうにかしてやれよ」

「まだ吐いてるのか? 全く」

 

 未だに亀のような姿勢で嘔気に喘いでいるラデックに、ハザクラは頭上から声をかける。

 

『大丈夫だって言っただろう』

「むっ、無理っ、うえぇぇっ、死ぬ、しぬ」

「…………」

 

 ドゴォ!! と、ハザクラがラデックの脇腹を思い切り蹴り上げる。

 

「げええええええっ!!!」

『苦しくない。ハイ返事』

「あ、あく、悪魔、しぬ、あ、あ」

 

 ドゴォ!!

 

「ぼえっ」

『苦しくない。平気だ』

「あう、あう、あう」

「……まだ苦しみが足りないのか?」

 

 ドゴォ!!

 

「えぇえぇえぇえぇえ」

 

 

 

 

「どうしてすぐ返事しないんだ? 俺の異能は分かってるだろう」

「苦しい時は反射で弱音が出るだろ!!」

「それはお前だけだ」

 

 苦しみから解放されたラデックは、元気いっぱいに地べたを転がり回って不満を爆発させる。

 

「それにしたって蹴ることないだろう!! 苦しんで吐いてる人に!!」

「本当に苦しいだけならこんなことしない。お前の優しく言って欲しいって心が透けて見えて腹が立った」

「当たり前だ!! 優しく言ってほしい!! 寄り添え!! 俺の気持ちに!!」

「寄り添ってるから早く治してやろうとしたんだろうが」

「もっと!! 心配してる感が全然なかった!! あんなんじゃ心細さに負ける!!」

「……まあ肝心な時にはちゃんと動くから別にいい。お前が騒いでるってことは大したことないんだろう」

「見捨てるな!!」

 

 ひっくり返った亀のようなラデックの醜態を、ボブラは顔を背けつつも目玉だけで睨む。

 

「……なあハザクラ。ラデックは昔からこんなんなのか?」

「いや、一年近く一緒に旅をしているが、最近は輪をかけて酷い。使奴研究所を出て我儘(わがまま)が許されるようになってしまったせいか、甘やかしてもらえないことを不遇だと思うようになってしまった。あとハピネスから悪い部分を学んでいる」

「…………遅めのイヤイヤ期か」

「不幸な生い立ちの者同士、理解してやれないこともないが、躾しない訳にもいかないからな」

 

 ボブラがゾウラの治療をしようと回復魔法の準備を始めるが、ハザクラがその手をそっと止める。

 

「まだ起こさない方がいい。闇魔法はともかく、最初の不調はもっと強大で複雑な魔法に因るものだ。少なくとも森を出るまではこのままにしておこう」

「だ、だけどよ……」

「大丈夫だ。見たところ、物理的損傷を引き起こすものじゃない。俺の異能で耐えられるのは分かっているが、もし聴覚や意識障害が起こっていたら苦しませるだけになる。森を出てからゆっくり治療しよう」

「わ、分かった。……それ、ラデックは良かったのか?」

「あいつは強いから平気だ。ほらラデック! 一旦戻るぞ!」

 

 ラデックは暫くうだうだしていたが、ハザクラとボブラが気を失っているシスター達を担いでその場を離れると、渋々立ち上がって後を追い始めた。

 

 

 

「ハザクラ、ジャハルとレシャロワークの運搬魔法は解いていい。俺が運ぶ」

「ありがとう。ボブラ、ゾウラをこっちで預かる」

「いや、いい。そっちだってシスター担いでんだろ」

「2人くらい平気だ。シスターは華奢だしな。……いやしかし本当に軽いな。今度稽古でもつけてやるか」

「マッチョなシスター……なんか嫌だ」

「誰もそこまで鍛えるとは言ってない」

「なあ、これ戻ってんだよな? おしゃべりに夢中で迷うとかやめてくれよ?」

「大丈夫だボブラ。ラデックはともかく、俺はちゃんと方角を確認しながら進んでいる」

「そうだぞボブラ。俺はともかく」

「…………おう」

 

 そうして日が傾き始めてきた頃、ハザクラは突然足を止めた。

 

「どうした? 疲れたならシスターこっちに渡してくれてもいいぞ」

「3人は無理じゃねぇか……?」

「腕を4本にすればイケる」

「うわキメェ!!」

「なんてこと言うんだ……。ハザクラはそんなこと言わないよな? ……ハザクラ?」

「……道を間違えていた」

「え」

「だっ、だから言ったじゃねぇかよ! おしゃべりに夢中で――――」

「違う」

 

 彼は振り返り、頬に一筋の汗が伝う。

 

「さっきまで間違えていたんだ」

「……今は、合ってるってことか? じゃあいいんじゃないか?」

「違う。そうじゃない」

 

 ハザクラは再び進んでいた方向へ力強く歩き出す。

 

「あ、おい」

「道を間違えていたのは、最初からだ」

「え、じゃあやっぱりまずいってことか?」

「そうじゃない! “俺達は朝ここへきた時から、ずっと間違えていたんだ”! ボブラだけがそれに気が付いていた!」

 

 最後尾のボブラが息を呑む。

 

「じゃ、じゃあやっぱり、オレが変だって思ってたのって……! だ、だってよ! お前ら、森を抜けるって言っておきながら、“入った途端横に逸れて進み始めた”から……!」

「そもそもこんなデカい森、数時間そこらで抜けられるはずないんだ……! それをボブラ以外誰も疑問に思わなかった……! 今、俺達は初めて当初の予定通りの道を進んでいるんだ……!」

 

 森の奥、木々の奥に広い空間が見えた。森を繰り抜いたようにぽっかりと開いたソコには、ボロボロに風化した蔦塗(つたまみ)れの屋敷が建っていた。

 

「こいつは……!!」

「これが……“幽霊屋敷”……!?」

「……見ろ、ラデック、ボブラ。2階の窓。右から2番目」

 

 土埃で汚れ切った窓ガラスの向こうには、じっとこちらを見つめる“人形”の姿があった。

 

「呪いの人形……!!」

「間違いない。ここが、幽霊屋敷が。全ての呪いの元凶だ」

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