〜カナデヤ一門 サンキォン邸 謁見の間〜
「ええと……死へ誘う声の正体はカラスで? 呪いの人形は監視カメラで? 呪いのダイヤはバッテリー? 見たら死ぬ絵は使奴にしか効かない?」
ハザクラ達の報告を聞いて、オタアは目を回して椅子に
「そうだ。そして幽霊屋敷にあった装置を停止させ、呪いの森も見たら死ぬ絵も無力化してきた。今後は森の全域を探索できるだろう」
オタアは力無く椅子からズルズルと滑り落ちていく。
「ああ……我がカナデヤ一門の呪いが……観光名所が……」
「はいはい。気にしない気にしない」
「ふえーん」
使い物にならなくなったオタアに代わり、ピスカリテが深く頭を下げる。
「皆様、この度は大変お疲れ様でした。そして、誠に申し訳ございませんでした。不慮の事故とは言え、使奴の皆様を
隣でトマとピリも頭を下げる。
「いや、気にすることはない。寧ろ案内してくれて助かった。俺達がいずれ対処しなくてはならない事案だった。結果論だが、イチルギ達にも大事はないし」
そう言って、ハザクラは部屋の端に目を向ける。そこでは依然として固まったままのイチルギ達が並べられており、ラデックとジャハルが治療を試みている。
「停止信号の止まった今、動き出すのも時間の問題だろう。仮にこのままであっても仕組みは理解している。起動装置をボブラに組んでもらって、それをベル総統に強化してもらえれば起きるはずだ」
「簡単に言ってくれるぜ……起動装置て、オレ下っ端研究員だぞ」
ボブラが難しそうな顔をするが、ハザクラは全く気にせず話を続ける。
「さて、ただ待っているのも時間がもったいない。俺達でやれることはやっておこう。まずはジャハル――――」
そう言いつつ手を前に出したハザクラの指先を、何かが掠めていく。直後。
ガシャーン!! と、窓が弾けるように割れて突風が室内を暴れ回る。
「何だ!?」
咄嗟に割れた窓の方を見るが、そこにはもう何もいない。そして振り返ると、ラデックとジャハルが呆然とした様子で立ち尽くしていた。
「……ラルバは?」
その2人の間には、さっきまで動作を停止させていたラルバの姿がなかった。
街の通りを疾風が駆け抜けていく。使奴の全速力は人間の目で追うことはできず、街行く人々は今年1番の春風に顔を覆い足を止める。風の先頭を切り進むラルバが、取り憑かれたように走り続ける。だが、その眼は冷たい正気に満ちている。込み上げる全ての感情を噛み殺して、今ばかりは魂を持たぬ人形のように、全神経を一点に集中させ先を急ぐ。
時は、前日の夕方にまで遡る。
〜カナデヤ一門
「悪いがデクスは帰らせてもらうぜ」
そう言ってデクスは部屋を出ようとする。それをハピネスが呼び止める。
「君の力が必要だ」
「……知るか。変なことにデクスを巻き込むんじゃねー」
「頼む」
「どうせ碌でもねーことだろ。イチルギ達の目が覚めてから頼みゃいーだろ」
「頼む」
「知るか」
「頼む」
「知るかっつってんだよ!!」
デクスは壁を殴りつけ恫喝する。
「デクスはバシルカンの思いつきで、イチルギの頼みでテメーらに同行させられてんだ!! デクスを動かしたきゃイチルギを通せよ!!」
「それでは遅い。使奴が動けない今だからこそ機がある」
「知るかってんだ!! デクスの平穏を
それからデクスはハピネスに背を向け、部屋の隅で座り込んでいるラプーにも詰め寄る。
「どうせテメー絡みだろ。ふざけやがって」
「んあ……それは悪いと――――」
「テメーの過去も、後悔も、懺悔も、デクスにゃ微塵も関係ねー。テメーが気張らねぇせいで!! イチルギは気ぃおかしくしちまってんだろうが!!」
「……本当に、すまねぇと思って――――」
「大戦争を止めた英雄!? 未来を守った聖人!? だからなんだよ!! もうやることやったから大人しくしときますってか!? ふざけんな!! テメーで傷つけたもんは、テメーで片付けてから消えろよ!!」
「…………んあ」
「俺を恨みたきゃ好きにしろ。テメーらの目的が悪党討伐だろうが世界平和だろうが、こっちは最初っからデクス1人の幸福しか目指してねー。勝手に大義に組み込むなよ」
「……頼む。手を貸してくれ」
脅すでもなく、嘲笑うでもなく、ハピネスは素直にデクスに頼み込む。普段の傍若無人な彼女からは想像もできない礼儀正しさに、デクスは酷く胸騒ぎがした。
「……何企んでる? コトと次第によっちゃあ、今ここでテメーを殺すぜ」
ハピネスは少し思案してから、ベッドに腰掛けて遠くに目を向ける。
「……君の異能は、他の異能より一つ上のレイヤーにある」
「あ?」
「
「いきなり何の話だ」
「例えば、貫通の異能と防御の異能。この2つの異能が衝突すれば、より練度の高い異能が優先される。だが君の
ハピネスはデクスの問いを無視して、一方的に話を続ける。
「これは
デクスは黙ってハピネスの話を聞いている。彼は酷く臆病で警戒心が強く、大抵の危機からは抜け出せる自信がある。信頼するイチルギの命令でもなければ、決して危うきになど近寄らない。
彼にとって一つ不運であったのは、彼はハピネスとの付き合いが浅いということだった。彼女への理解が、圧倒的に足りない。
「で、それが何だってんだ」
「……憶えておいてほしいんだよ。いざって時に、役目を忘れて逃げ出さないようにね」
「そりゃ残念だ。その“いざ”が来る前に帰らせてもらうぜ」
「今がもうその“いざ”だ」
そう言って、ハピネスはデクスの横をすり抜けて行く。
「……何言ってる?」
「ラプー、行くよ。なるべく私を守ってね。あと他の皆も」
「んあ」
ハピネスに続き、ラプーも部屋の隅から立ち上がってついて行く。2人が部屋を出る時、ハピネスは去り際に言い残した。
「巻き込んですまない。もし死んだら、あの世で謝るよ」
ハピネスが視界から消えると共に、デクスの心臓が暴れ始める。使奴が小鼠に思えるような怪物が、
〜カナデヤ一門
「いらっしゃいませ。何名様で?」
「奥に連れがいるんだ」
店員の前を素通りし、ハピネスは奥の角にある小さな席に向かう。そこでは既に2人組の男女が向かい合わせの席で食事をしている。ハピネスは隣の空席から椅子を2つ拝借し、テーブルを囲むようにして座る。
「誰だお前」
「初めまして。私はハピネス・レッセンベルク。以後お見知り置きを。彼はラプーだ」
ラプーもハピネスの正面に座り、小さく会釈をする。
「それは”幸運“のステーキか? 美味しそうだね」
分厚いステーキを頬張っていた女は、酷く不機嫌そうにハピネスを睨んだ。しかしハピネスは和かな微笑みを返す。
「対話を求めたい。ガルーダ・バッドラック。リン・カザン」
そこにいたのは、ラプーの旧友であり魔人神話の一角、リン・カザン。そして、不運を自称する殺人鬼の使奴、ガルーダ・バッドラックであった。
カザンは動かないが、向かいに座るガルーダは僅かに眉を上げる、分厚いステーキを噛み千切り、軽蔑するような目でハピネスを睨み上げる。
「却下だ」
「一つ聞きたいんだが、どうしてカザンは君と一緒にいるんだい?」
ガルーダは何も答えず、黙ってステーキを食べ進める。カザンも何も言わずに呆然と俯くのみ。
「彼はラプーと共に大戦争を終わらせ、英雄となった。しかしラプーの相互封印により、言葉と感情を封印された。もしその
ステーキを飲み込んだあたりで、次の一切れを切り分けている間にガルーダは少しだけ呟く。
「私が与えているのは言い訳だ。カザンの起こした全ては、私の引き起こした不運ということにする。コイツの八つ当たりは全て、私のばら撒いた不運だ」
「成程。良心の呵責を押し付けている訳か。じゃあよかった。カザンにもまだ善良な心が残っているんだね」
「逆だ。復讐の正当性を、不運にすり替えることで希釈している。我々は互いに、無意味に人を傷付けたいだけだ」
「無意味に生まれ、無意味に生き、無意味に死んでいくってやつだね。ゾウラ君から聞いたよ」
ガルーダがステーキの咀嚼を始めたのをいいことに、再びハピネスは一方的に話を浴びせる。
「正直、好き勝手生きるという点においては私も賛成だ。だが、好き勝手し続けるというのが難しい。我儘というのは叶えているうちは気分がいいが、満たされないとなると途端に毒に転化する。我儘はもっとフレキシブルで、エコロジーで、サステナブルであるべきだ。君のはちょっと欲張り過ぎだな」
ウェイターが注文の催促に来るが、ハピネスはそれを片手で制しつつ言葉を続ける。
「こっちには割と戦力がある。ラプーに、そのお友達のナントカ君、私の友達に、友達じゃない人。無意味に死ぬのも想定内って言ってたみたいだけど、やっぱりいざってなったら考え直すんじゃないかな? それが何と今なら特別に出血大サービス――――」
そこまで言うと、ハピネスは言葉を止めた。ガルーダがステーキを食べ終えた。
「ちょっと待った。人払いをしても?」
「断る」
「まいったな」
ガルーダが合図を出すと、カザンが組んでいた腕を解いて机に手をかけた。瞬きをする間もなく、机は”岩になり“、壁や床諸共”崩れるようにして“大きな岩山へと変貌していく。岩山は龍のように
空に放り出されたハピネスをラプーが引き寄せ、防壁魔法で作った足場の上に乗せる。
「痛たたた……食い逃げにしてはやり過ぎ。ごめんラプー、ダメだったね」
「んあ」
2人は顔を見合わせてから前を向く。
先ほどまであった街など見る影もなく、足元には剥き出しの岩盤が剣山のように鋭く天を向き、あたりには蔦状に絡まった岩が漂っている。街の人間はパニックになって岩盤を駆けずり回り、阿鼻叫喚の様相を描いている。
「これが君にとっての幸運かい?」
「お前らにとっての不運だ」
「どうやらベビーフェイスはこっちっぽいね」
「私は悪役でも犯罪者でもない。不運そのもの。お前達は殺されるんじゃない。災害に遭って死ぬんだよ」
ハピネスの問いに、ガルーダは淡々と返す。しかしその言葉の端には、確かに苛立ちが見て取れる。
ぶつけた頭から流れてきた血を拭い、ハピネスは目を細めて笑う。
「災害が怒ったり笑ったりするなら、殴れば泣いたりもするのかな? ラプー、あと全部頼んだ」
「んあ」
「カザン、お前を棄てた世界に、とびきりの不運を見せてやれ」
「………………」