〜カナデヤ一門
激しく隆起した岩盤。空を舞う岩の龍の群れ。築4年の喫茶店は跡形もなく消し飛び、自然と調和する美しかった街並みは見る影もない。
「やれ、カザン」
ガルーダの合図で、カザンは手を少しだけ前に出す。岩の龍が身を捩り、落石の雨となってハピネス達に降り注ぐ。
ラプーがそれを防壁魔法で弾くが、落石は防壁にぶつかるや否や液状になって弾けまとわりつく。
「流石。やばくなったら教えてね」
「もうヤベぇだよ」
「え」
防壁を維持しつつ、高位の浄化魔法の煙を放つ。とても常人に浴びせる量ではない高濃度の波導に、ハピネスは思わず咳き込んで蹲る。
「げほっ、げほっ、ちょ、強くない?」
「あの岩、強烈なγ線を放っとる。防壁もガンガン貫通しとるで。外に出たら確実に死ぬべよ」
「うわぁ」
見れば、防壁の外では逃げ遅れた民衆が倒れ込んでいる。辛うじて身動ぎをしてはいるが、恐らくはもう助からない。
「静かに戦ってね?」
「ちょいと“跳ねる”でよ」
「それって本当にちょっと――――」
2人を包んだ防壁に、岩の龍が突進を仕掛ける。防壁の球はゴム毬のように跳ね飛ばされ、地面をゴロゴロと転がる。
「あががががが。死ぬ死ぬ死ぬ」
「また来るでよ」
続けて岩の龍が防壁の球に絡まり、ハンマーのようにブンブンと振り回しては地面に叩きつける。ラプーが何度も強化魔法を重ねがけするが、それでも防壁にヒビが入り始める。ハピネスは必死に回復魔法を自分に浴びせ続けているが、彼女1人の魔力では気休めにもなっていない。
「ぐえっ。あがっ。もうボードゲームとかで決着つけちゃダメかね。私もうそろそろ死ぬよ」
「んあー、カザンはその手の遊びはからっきしだでよ」
「クソっ。低学歴の脳筋ブルーカラーめ」
トドメと言わんばかりに防壁は大きく振り上げられ、そこでピタリと停止した。
ガルーダが眉を顰める。
「カザン、何故止めた?」
「…………」
意思を伝える術を持たぬカザンは何も答えない。防壁の中でハピネスが
「やっとマトモに動ける
防壁の外側に小さな炎魔法の塊を作り、それをカザンめがけて撃ち出す。
「
子供が花火の真似事をするかのような弱々しい炎魔法を、カザンは眼前で虫を払うように叩き落とす。防壁を掴んでいた岩の龍を変質させ、鋼鉄の顎を形成する。しかし、その大顎は防壁に牙を食い込ませた瞬間、自らひび割れ崩壊した。
流石に異変を察知したガルーダが動き始める。防壁を打ち消そうと反魔法を発するが、全知によって編み出された防壁は使奴による解析をものともしない。ならば別の魔法をと魔力を練り始めるが、魔力は網に水を通すが如く流れ出ていく。
「これは……」
「アクションは1人1回まで。ルールは守ろうね」
ガルーダの眼前に、亡霊の形状を模した魔法弾が迫る。ラプーの放った
「あっ。う〜ん、あれって全体攻撃は付いてないのか……。一回休みと全体攻撃の両方ついてる技ってないの?」
「あるけど防がれちまうでよ」
「そうだよねぇ。じゃあまた仕切り直しか」
目を覚ましたガルーダが遅れながらも思考を巡らせる。何やら、奇怪な能力に巻き込まれていると。カザンの不自然鈍った動き、攻撃の失敗、自身の体の不調、ハピネスの言い回し。だがその正体は、考えたところで辿り着けるはずもない複雑怪奇な
ただ、ガルーダにはそれらを理解する必要がない。
「カザン、もういい。終わらせろ」
そう言い残すと、ガルーダはハピネス達とは真逆の方に走り出した。
「まずいな。ラプー、止められる?」
「んあー、ハピネスを置いてけば」
「それはダメ」
ガルーダが離れたことで、カザンは先程とは比べ物にならないほどの波導をその身に纏う。それを見て、またラプーも応えるように波導を纏う。
「もしかして、私少し離れたほうがいいかな?」
「んあ。ここ動くでねぇぞ」
「勿論。お菓子も持ってきた」
ラプーは防壁を抜け出し、カザンの方へ威圧するように歩いて行く。ハピネスはそれを見送りながら、懐から金平糖を取り出して食べ始めた。
「ふふふ、大戦争を止めた嘗ての英雄が、今や戦火の中心か。皮肉なもんだね」
〜カナデヤ一門
「ふざけやがって……!! あのクソメクラッ!!!」
ホテルの一室で、デクスは蹲ったまま頭を抱える。少し立ち上がって窓を覗けば、消し飛んだ喫茶店の跡地が見える。今ここでデクスが逃げ出せば、カザンは手当たり次第に異能を乱発し、
「ラプーとテメーでどう勝つっつーんだボケがっ……!!! 自殺にデクスを巻き込みやがって……!!!」
今からでも加勢に向かうべきか。だが、それによって戦況が変わるとも思えない。今ここでじっとしつつ、カザンを異能で抑え続けることが最も生存率が高そうに思える。しかし、それも恐らくは誤差程度だろう。最早ここに来てしまった時点で、逃げ場などないのかもしれない。デクスは今更、片足で地雷を踏みつけてしまっていることに気が付いた。
「早く目ぇ覚せよイチルギ……!! テメーら使奴がいりゃちっとは戦況変わるだろ……!!」
届くはずもない恨み言を溢し、ただでさえ尖った牙をゴリゴリこ削り合わせる。
「ストレスがヤバい……。あー今だけは無視しろクソッ。デクスの健康が死ぬ」
そこへ、凄まじい速度で近づいてくる対象が1人。ふと顔を上げると、ソレはもう目の前にいた。
「何見てやがる」
「お前が原因か」
“幸運”にもデクスを発見したガルーダが、彼の喉元へと手を伸ばす。しかし、それは鎖が編み込まれた円形の盾に防がれる。
「
「……何だ? 今のは」
「死ぬまで考えてろ!!
デクスの指先から炎の弾丸が放たれる。紫色の光を纏う3発の弾丸が、それぞれ大きな弧を描いてガルーダへと襲いかかる。
だが、それより早くガルーダの放った弾丸がデクスの喉を貫いた。
「がはっ……!?」
先制攻撃と攻撃失敗の特性を持った魔法弾が、デクスの放った
「互いに枷を強いるタイプの異能か……? まあ、考えても仕方がないか」
喉を抑えて悶え苦しむデクスの髪を掴み、ホテルの壁に押し付けて持ち上げる。
「お前も運がないな。さっさと逃げていれば、不運に見舞われず済んだかもしれないと言うのに」
「ぐ、ぐぞ……、はな、離せ……っ!!!」
ガルーダの手から毒魔法が滲み出る。
ガルーダが手刀をデクスの腹部に突き立てると、毒液が激痛を伴ってデクスの全身から抵抗力を奪い、皮膚をぐずぐずに溶かしていく。
「がっ!! がぁぁああああああああっ!!!」
「絶命の間際まで後悔をしろ。私に出会ってしまったことに」
「やっ、やめろっ!!! デクスがっ!!! デクスが死ぬっ!!!」
どんなに力一杯藻搔いても、人間が使奴の膂力に敵うことはない。
「デクスを殺すなっ!!! やめろっ!!! やめてくれっ!!! デクスがっ!!! あああああっ!!!」
デクスは大粒の涙を溢し泣き叫ぶ。異能を解けば死。解かなくとも死。元より自分の異能のせいで、一回休みの能力を得た毒液が能力の解除行動を許さない。
「やめろっ!!! やめろっ!!! あああああああああっ!!!」
デクスの脳裏には罵倒の言葉が浮かび、それを覆い尽くすように懺悔の言葉が傾れ込む。
無意識のうちに生を諦めかけた目に、遠き日の光景を思い返していた。
生まれた時のことはよく覚えてねー。ただ、デクスと一緒にいたことは覚えてる。俺はデクスのために生まれて来たんだ。デクスは俺の兄ちゃんだ。
俺はデクスをイジメる奴がいたからボコボコにしてやったんだ。そいつがいっつもデクスに嫌がらせをしてるっつーのは、もっと前から知ってた。デクスが俺にぜーんぶ教えてくれてたからな。ざまーみろってんだ。
でも、その日からデクスは口をきいてくれなくなった。だから俺が飯を食わせてやった。あいつらの食う飯はうまかった。デクスも喜んでくれると思ったのに、デクスはうんともすんとも言わねー。
そのうちに外から人間がやって来た。あいつら、デクスが大怪我してるっつーのに、ぎゃあぎゃあ喚き立ててデクスを連れて行っちまった。あんな顔して騒ぎ立てられちゃ、デクスが余計に黙っちまうだろ。
俺はさんざ叱られた。なんであんなことをしたとか、それがどんなに悪いことかとか、知るかボケ。先にデクスを虐めたのはアイツらだろうが。俺が何を言っても、あの大人共聞きやしねぇ。せめてデクスが笑ってくれりゃあな。
そっから他のガキと一緒くたにされて、色んなことを勉強したぜ。俺とデクスがいたのはアパートってとこで、俺がボコボコにしたのは両親ってので、ここは矯正施設ってとこで、俺とデクスは殺人犯ってのなんだって。俺はいいけど、デクスはちげーっつの。
何年も経って、外に出る日が来た。外でも孤児院ってことに入らなきゃならんらしい。けど、
周りの奴らは馬鹿ばっかりで嫌になる。だから俺は孤児院を抜け出したんだ。俺はデクスさえいれば生きていける。だから早く起きてくれよ。
また矯正施設に出戻りだ。医者が、俺のことを病気とか言うから、頭に来てぶん殴っちまった。手がパンパンに腫れてた。多分折れたんだろうな。ごめん、デクス。痛かったよな。もうこんなこと絶対しないからな。
外よりこっちの方が100倍いい。勉強は好きなだけできるし、飯も食える。馬鹿のガキがうじゃうじゃいるのが鬱陶しいが、ちょっと小突けば全員黙る。勿論もう怪我するような殴り方はしない。デクスに痛い思いさせるような殴り方はしないって誓ったんだ。起きた時に文句言われちまうからな。
どうやら俺は学校というところに行かなきゃならんらしい。そのせいでまた矯正施設を出された。面倒臭い。だけど、デクスが将来仕事で困らないようにするには、学校には行っておかなきゃならんのかも。
また呼び出しをくらった。矯正施設もここも変わらねー。先に手ぇ出して来たのは向こうなのに、何で蹴り返したら俺だけ叱られるんだ? やったもん勝ちなら俺にだって考えがある。デクスの邪魔をするなら、子供だろうと容赦しねぇぞ。
もう、デクスさえいりゃどーでもいい。どうせ俺はデクスに体を返したら消えるだけだ。だったら、デクスと一緒に消えちまうのも悪くねーかも。なあ、デクス。お前ってまだ生きたいなって思ってたりするか? 俺はちょっと分からん。
「あなた、面白い子ね」
「あ? 誰だお前」
「ねえ、ウチで働かない? 君みたいな子に手伝って欲しいことがあるの」
「嫌だ。俺はデクスの言うことしか聞かねー」
「……ねえ、こう言うのはどうかしら? デクスが目を覚ました時は、沢山の優しい仲間がいて、お金も居場所もあって、健康な体があって。平和な社会があったら。デクスはその時まで頑張ってくれた貴方に、きっと笑ってありがとうって言ってくれるんじゃないかしら」
「…………あー?」
「私がその保証をするわ。私が世界ギルドの総帥である内は、貴方の、いや、デクスの将来を保証する。だから、貴方ももう少し、デクスの帰りを待ってあげてみない?」
おい、喜べデクス。なんか奇天烈な数奇者がいたぞ。何でも、お前の帰りをどんだけでも待ってくれるんだとよ。やったな。お前みたいな寝坊助待ってくれる奴なんか俺とアイツ以外、この世のどこ探したっていやしないぜ。だからよ、俺もちょっと頑張ってみることにしたんだ。
悪いけど、名前は起きるまで借りとくぜ。デクスの名前を、うんと遠くにまで広めてやるからな。かっこいい二つ名もつけてやる。金もいっぱい稼ぐぜ。起きたら好きなもんいっぱい食えよ。体もばっちりピカピカにしておいてやるからな。どこへだって走っていけるぜ。泳ぐのも登るのも好きなだけやれるぜ。友達はー……ちょっと難しいかもしれねぇけど、そこは任せる。そういうのは優しいデクスの方が得意だろうしな。俺はちょっと向いてない。
楽しいこといっぱい用意しとくからよ。ゆっくりでいいから、絶対目ぇ覚せよな。俺もイチルギも、バシルカンもヴェラッドも、みんなでお前のこと待ってるぜ。
腹部の感覚が失われて行く。全身を寒気が襲う。
「死……しぬな…………」
恐ろしいほどの眠気が、激痛の上から覆い被さってくる。
「デ……クス…………」
デクスが、ゆっくりと瞼を閉じる。
「……やめてよ」
ガルーダの腕を、デクスが握り返す。
その握力が、使奴の堅牢な骨を握り潰す。
「何?」
「離してよっ!!!」
ガルーダは思わずデクスから手を離す。それと同時に、その手はダンボールのようにぐしゃぐしゃに潰され千切れた。
目の前には、ついさっきまで瀕死だった男が、泣きべそを袖で拭いながらこちらを睨んでいる。
「ぼくのっ……ぼくの友達にっ……!! 酷いことするなっ!!!」
世界ギルド“大河の氾濫”所属。“デクス”。異能、“決意”。