シドの国   作:×90

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298話

「うあああああああああっ!!!」

 

 デクスが半狂乱で腕を振り回す。ガルーダはこれを防壁魔法で防いで見せるが、使奴の魔力で作られた堅牢な防壁は薄氷のように叩き割られる。殴打を避けてから、デクスの頭部に斬撃魔法を放つ。

 

 しかし、鋼鉄も両断する斬撃は額の薄皮に阻まれ霧散した。デクスの闇雲に振り回される腕を避けつつ、その正体を推察する。

 

「……決意の異能か?」

 

 決意の異能。行為対象の操作系。意思決定をトリガーに発生する、行為完遂を確定させる異能。この異能の前では鋼鉄の盾も布切れ同然、心臓を抉り取られようとも意志が途切れぬ限り死に至ることはなく、元より心臓を抉り取る方法すら皆無。行動が完遂されるまでは、一切の物理的障壁を押し返す。(かつ)てこの異能を有していた将軍は、その志の高さから一騎当千の豪傑となった。しかしある時、病に罹り短い人生に幕を閉じることとなる。病は決して死に至るようなものではなかったが、刃の通じぬ不可視の敵に心が先に屈した。屈した心は、一時の気の迷いを無慈悲に完遂させた。自身の異能による不可避の自殺は、特に操作系の異能者に多い。異能が病気と同列で語られる所以であり、これはその代表例である。

 

「まあいいか。相手にするのも馬鹿馬鹿しい」

 

 手番(ターン)の異能が切れると見るや否や、ガルーダは背を向けカザンの元へ走り出す。だが、デクスはあっという間に追いついて再び殴りかかって来た。

 

「わああああああああっ!!!」

「鬱陶しい……」

 

 闇魔法で煙幕を張るが、元より出鱈目に暴れているデクスには効果がない。何の技術も持たない暴走を躱すのは容易いが、その一打一打が四肢を軽々吹き飛ばす威力である以上、目障りであることに変わりはない。そして何より、幸運を知らせる星がガルーダの眼前に瞬いていた。

 

「急に人が変わったな。二重人格か?」

 

 ガルーダはデクスの攻撃をわざとスレスレで避けながら嘲笑う。

 

「まるで子供の癇癪だな。前の人格はそれなりに武を知っていたぞ。ま、だからと言って脅威にはなり得なかったが」

 

 しかし、デクスは聞く耳を持たない。ガルーダの声に耳を傾けている余裕など、今の彼にはない。腹部からは、毒魔法により変色した青紫の血がゼリー状になって流れ落ちている。一瞬でも気を抜けば、即座に意識を失う致命傷。

 

「前の人格の発言からして、お前が主人格か? 悲しいなあ。折角副人格が一所懸命に知恵と力を蓄えてくれたというのに。肝心のお前はどれもろくすっぽ活かせやしない。全ては無意味だったな」

 

 デクスの大振りが大きくなる。食いしばった歯が、ギリギリと音を立てて軋む。

 

「お前は一体何のために生まれて来た? 消えたなら消えたで一生寝てれば良かったものを、中途半端に肉体の主導権を奪ってこの体たらく。副人格の生きた意味まで奪ってしまったな。このコソ泥め。地を舐めて詫びろ」

 

 大振りが空を切る毎に、デクスの呼吸が荒く速くなっていく。焦燥と恐怖に支配されていた心が、怒りに染まっていく。

 

「何が“友達に酷いことをするな”だ。お前の方がよっぽど酷いやつだ」

「うるさい!!!」

 

 またしても大振りを躱される。デクスはぜえぜえと息を切らしながらもガルーダを睨みつける。

 

「無意味な……無意味なもんかっ……!!! 友達がっ……僕の友達が頑張ってくれたんだ……!!! 僕のために、今までっ……!!!」

「じゃあもっと頑張れ。お前が副人格の努力を無駄にしているんだぞ」

「してないっ!!! 僕なんかのせいでっ……台無しになんてなるわけないっ!!!」

「矛盾していることに気がついていないのか? 副人格の寄る辺だったお前が自分を卑下してどうする。お前のような塵芥に一生を焚べていたなど、やはり無意味じゃないか」

「違う……!!! 違う違う違う!!!」

「宛ら副人格は、浮浪者の息子を養う年金受給者だな。こんなのに肉体を明け渡すなら、さっさと綺麗に死んでおくべきだった」

「違うっ!!!」

 

 そう叫びながらも、デクスは膝をついて顔を覆う。

 

「違う……」

「じゃあどうすべきだったと言うんだ? お前のような無能のために身を粉にして働いて、自分は碌に生の楽しみを味わえずに死ぬ。それが正解だったと言うのか? やっぱりお前はろくでなしだ」

「違うっ……!!! そうじゃ、そう、じゃ……」

 

 ガルーダは攻撃する素振りもなく、蹲るデクスを真上から見下ろす。

 

「私は常々疑問に思っている。強者が弱者を支えるこの社会構造を。弱者は庇護されるなら、その分強者の望みに尽くすべきだ。だが、世の中はそうなっていない」

 

 わざとらしく誇張された言葉が、デクスを自死へと向かわせる。自分は生まれて来てはいけなかった人間で、不運により無意味な生を受けた。故に、無意味に死ななければならない。間違いを正さなければならない。そんな幻聴が、最愛の友への罪滅ぼしが、決意を濁らせていく。

 

「莫大な資本で築かれた物品を、弱者は我が物顔で浪費する。平和のために戦った数多の戦死者を踏みつけ、悲願で捺された血判状に守られながら厚かましくも権利を主張してみせる。お前のような奴が生きていて、世界に何の得がある? 食料は有限だということを知らないのか?」

 

 最愛の友によって培われた理性が、己の矮小さを詳らかにしていく。最愛の友によって蓄えられた知識が、世界の非情さを浮き彫りにさせる。だが、その最愛の友の声はもう聞こえない。代わりに聞こえるのは、自分を罵倒する幻聴だけ。

 

「さっさと副人格に肉体を明渡せ役立たず。そうでなければ死ね。どうせお前は世界の役に立たない。お前が食うであろう飯は、お前より優秀な生きるべき人間が食うべきだ。お前が食っていい飯などない。お前が住んでいい家などない。お前が吸っていい空気などない。人のものを奪うな盗人。誰もお前の生など望んではいない」

「お前も望まれてないぞ!!」

 

 背後からの奇襲。ガルーダは咄嗟に身を捩って躱すが、耳を削ぎ落とされる。

 

 ラルバがデクスの隣に爪を立てて急停止する。

 

「立てデクス」

「……ラルバ、さん……?」

「よく聞け。お前は確かに役立たずで無能の碌でなしだが……、そういった人間が生きていたらいけないという規則はない」

「……え?」

「奴の言葉を借りるならば、全ては意味なく生まれ意味なく死ぬ。だから、意味なく生きていたっていい。お前も私も。アイツを無意味に殺してやったっていいんだよ」

 

 ガルーダは耳を焼き血を止め、溜息混じりにラルバを睨む。

 

「お前が噂の快楽殺人鬼か。思っていた通りの間抜け面だな」

「お前が例の連続殺人鬼だな? イイ面してるじゃないか。売女みたいだ」

 

 ラルバが地面を引っ掻くと、ガルーダの足元の地面が突如消滅し水溜りに置き換わる。落下前に魔法で後方へ移動するが、着地する前にラルバが襲いかかる。ガルーダは斬撃魔法を飛ばして応戦するが、皮膚を裂かれながらもラルバは勢いを落とさない。

 

「意味なく生きていたっていい? いい訳あるか。弱い生き物は淘汰される運命にある」

「そういう尤もらしいだけの極論を言う驕り馬鹿を殺すのが生の意味で喜びだ! やってみろデクス! 一方的な報復ほど楽しいものはないぞ!」

 

 ラルバがガルーダの肩を掴む。斬撃魔法は反魔法で打ち消され脱出は叶わない。そこへ、ラルバの陰からデクスが大きく拳を振りかぶる。

 

「友達に謝れ!!」

「……全くやかましい」

 

 ラルバに拘束されたガルーダの頭部を、デクスの殴打が捉える。狙いが甘かったせいで身を捩っただけで急所は躱されてしまうが、それでも側頭部を指一本分削ぎ落とした。

 

 2発目が来る前にガルーダは身を捩り、幸運にもラルバの知らない斬撃魔法で反撃し距離を取る。反魔法に失敗したラルバは片腕を捥がれ、頬を膨らましてデクスに文句を溢す。

 

「下手くそ! 腰が入ってない腰が!」

「ご、ごめんなさい……」

「いいか、こうだよ! パンチはこうやって打つの!」

「腕ないからわかんないよ……」

「わかれ!」

 

 無い腕で正拳突きを打ってみせるラルバを、ガルーダは心底鬱陶しそうに眺める。

 

「この気狂い共が……」

「一緒にされちゃったねデクス。私ら気狂い友達。イェイ」

「い、嫌だ」

「嫌とか言うな!」

 

 ガルーダは逃亡に際してのプライドはない。しかし、この2人から逃げることはしない。彼女は、先ほどから視界を囲むように瞬き続ける幸運の星を恨み続けている。

 

「幸運以外は選ぶ気にならないか?」

 

 ラルバの問いに、ガルーダの眉が僅かに緩む。

 

「何だと?」

「お前は幸運の異能者だそうだな。自分にとっての幸運が予知できる……恐らくは現象対象の生産系?」

 

 ラルバの指摘に、ガルーダは沈黙して次の言葉を待つ。

 

「お前にとっての幸運は、カザンと共闘することよりもデクスを急襲する方に瞬いた。その結果として、お前はデクスを殺害する術を失った……。そして、カザンの元へ戻るよりも、ここに留まることを幸運は示し続けている。合ってる?」

「……その問いに、なぜ私が答えると?」

「あー、別に成否はいいんだ。確認したかったのは、お前にとっての幸運が、私らにとっての不運なのか、ってトコ」

 

 数秒、そして、ガルーダはハッとした顔で振り向いた。視線の彼方では、カザンの攻撃による噴煙が立ち上っている。ラルバはニヤリと北叟笑んだ。

 

「ナメるなよ。ウチの悪戯っ子を」

 

 

 

 

 

「デクスの手番(ターン)が切れたな……。上手くいったかな?」

 

 ハピネスは防壁の中で、カザンとラプーが繰り広げる決戦を見守っている。防壁の外ではカザンの操る岩の龍が縦横無尽に空を駆け回り、溶岩や溶解液を吐き出している。ラプーがその間を飛び回り、岩の龍を片っ端から撃墜している。

 

 防壁内部に貼り付けられた通信魔法からラプーの声が発せられる。

 

「んあ、万事」

「そりゃあよかった。まさか、デクスを起こしたきゃ一回死ね、なんて言うわけにはいかないもんね。イチルギに拳骨されるよ。……もうされるか」

 

 ハピネスは大きく咳き込み血を吐く。防壁越しに負の波導に当てられた体は、酷い関節痛と魔力酔いを発症し蝕まれていく。

 

「あー死にそ。ラプー、あとどのくらい頑張れる?」

「俺は別に。ハピネスが集中攻撃されるってなったら、いいとこ5分」

「最悪あと5分で私死ぬのか……」

「デクスの手番(ターン)が切れちまったからな」

 

 気休めの回復魔法が防壁内に吹き込まれ、ハピネスは多少楽になった体で大きく背伸びをする。

 

「ん〜っ。ま、死ぬ気はないけどね。今回は」

 

 楽観の溜息を溢した彼女の頭上に、岩の龍が大口を開けて落下する。ラプーが咄嗟にそれを止めにかかるが、その背中を別の龍の尾が両断する。魔法を放つよりも速く瓦礫が集まり、ラプーは押し潰されて赤い血溜まりになった。激しい轟音と共に防壁が打ち壊され、ハピネスの頭部が打ち上がる。龍の吐いた溶岩に触れると、瞬く間に燃え上がり飲み込まれていった。

 

 カザンは2人の死体を掘り起こし、暫く眺めてから石灰岩に変質させた。ただの石のかけらは地面に落下すると砕け散り、風に流されていった。そして突拍子もなく片手を上げると、背後からの斬撃を反魔法で打ち消した。

 

「あ、バレてますね。これ」

 

 カザンの耳には誰の肉声も届かない。辺りには風の音だけが漂い、誰の姿も見えない。しかし、岩の龍が虚空に向かって尾を振り回すと、その先端は砕けて弾けた。

 

「ちょっと、しっかりしてよ。摘み食いのことイチルギに言いつけるよ」

 

 ハピネスは未だ防壁の中で咎めるように言い放つ。

 

「別に。いつものことなのです」

 

 防壁の外で刀を構えるは、狼王堂放送局国王。ハイア。ウォーリアーズ所属の夢の異能者。

 

「本気100パーで頼むよ。私が死なないように」

「ラプーちゃん次第なのです」

「んあー、やれるだけやるだよ」

 

 カザンが虚空の先、不可視の敵を睨む。

 

「早いとこ帰らないと、メギドちゃんに叱られるのです。手加減しませんからね」

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