シドの国   作:×90

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299話 清算

 辺りが暗闇に包まれる。自分の足元すら見えぬ中、カザンは磔にされていることに気が付く。見えぬはずの闇に気配を感じる。鋭く研ぎ澄まされた、幾本もの刃が振り下ろされる。滝のように血が吹き出し、全身から力が抜けていく。

 

 

 

「話が違いますよ、ラプーちゃん」

「んあー」

 

 “現実”では、カザンの生み出した岩の龍が絶え間なくラプーとハイアに襲いかかっている。それらを捌きながら、ハイアはラプーに文句をこぼした。上空に浮かんでいる岩の上で呆然とするカザンは、未だ苦しむ様子は見せない。

 

「夢の中で何度殺しても、あの人瞬きひとつしないんですけど」

「俺の教えた幻覚への対抗術だな。神経伝達物質やら受容体やらを変質させて、幻覚を薄めとる」

「何ですかそれ。こっちはどうしたらいいんですか」

「んあー……」

「んあーじゃないのです。叩きますよ」

 

 龍の群れは次から次へと岩盤から湧き出てくる。しかしその包囲網は完全ではなく、時折明確な隙を見せる。

 

「これ、突っ込んじゃダメなのですか?」

「ほとんど見せかけの隙だで。下手に突っ込んだらあっちゅー間に石ころにされるでよ」

「本物の隙は?」

「ない」

 

 ハイアはムスッとしてラプーを盾にするように隠れ、カザンに向けて手を翳す。

 

「ラプーちゃん、合体技です」

「んあ」

 

 ラプーがハイアの腕を掴み、カザンと共に夢の異能者の対象となる。

 

 夢の異能による幻覚の改変権をラプーに貸与することで、限りなく現実に近い幻覚をみせる。カザンの一挙手一投足は実行直後にラプーの全知によって読み取られ、夢の世界に反映される。カザンが夢を薄めようとしても、薄めた下から見える現実世界は全くの同じ景色。

 

 全く同じ画像を2枚重ねて、上にある画像を透かしたところで画面に変化がないのと同じように、幻覚を薄めても現実と夢を区別することができない。夢は覚めたと錯覚をする。

 

 油断して幻覚の対抗術を解除した隙に、現実に似せた夢幻の死を浴びせる算段。しかし――――

 

「何で対抗しっぱなしなんですかあの人」

「んあー、カザンは負けねぇ戦い方が得意だからな」

「ムカつきます。キレそうです」

 

 ハイアは岩の龍の突進を避け切れずに半身を吹き飛ばされる。ラプーが回復魔法で傷を塞ぐが、片腕を捥がれたハイアはバランスが取れず防戦一方に陥る。

 

「ラプーちゃん早く何とかして下さい。無理なら早く言って下さい。犬死にする前に逃げたいので」

「んあ、もうちっとだ」

「もうちょっとってどれくらいですか。具体的に教えて下さい」

「んあー……」

「叩きますよ。叩きますね」

 

 再び悪夢の中に閉じ込められたカザンは虚ろに明後日の方を向く。それとは真反対に岩の龍は動きを激化させ、石をも溶かすような濃い負の波導が嵐となって吹き荒ぶ。

 

「おーい! 私が死ぬ! ちゃんと守って!」

 

 防壁の中にいるハピネスが金平糖片手に文句を言うが、ハイアは聞く耳を持たない。

 

「はあ、やれやれ。私がいなきゃ勝ち目がないってわかっているのかね」

 

 深く溜息をついてその場に寝転び空を見上げる。日が傾き始め、青空が橙色に呑まれ始めている。

 

「お、来たね」

 

 岩の龍の群れが一瞬痙攣するようにして動きを止める。その後、魔法が解けたかのように崩壊して土煙を上げた。

 

「おや、どうしたんですかね」

「んあ、来た」

 

 土煙の向こうから、眼鏡をかけたおさげの男が姿を現す。

 

「やあ、久しぶり。ラプー、カザン」

「…………」

「んあ。エグアドラ」

 

 狼の群れ所属。“エグアドラ・クアッドホッパー”。異能、“改変”。

 

 エグアドラはハイアの隣に立つと、にっこりと笑って目を細める。

 

「話はハピネスさんから聞いたよ」

「じゃあ早くちゃちゃっと何とかして下さい」

「無茶苦茶言うね」

「こっちも限界なのですよ。今までのんびり隠居してたツケ、今ここで精算してください」

「はいはい」

 

 岩の群れが再び地面から湧き出でる。しかし、エグアドラが近づくとそれらはただの岩の塊となって崩壊し落下する。

 

 ハイアがラプーに尋ねる。

 

「エグアドラちゃんの異能って、カザンちゃんのと一緒ですか?」

「微妙に違ぇ。カザンは変質、エグアドラのは改変だ」

「どう違うんですの」

「んあー、鍛えきった今は大した違いはねぇ。カザンの変質は物体対象のが得意で、概念にも適用できる。エグアドラの改変は生物対象のが得意で、生物を生み出せる……くれーか」

「……変質も十分生物生成っぽいことしてますけど」

「ありゃ生き物ってわけじゃ……まあ、見た目じゃわかんねーな。大体の異能は鍛えると10種類くらいに収束すっから。こういうこともある」

「ふーん」

 

 エグアドラは徐にカザンの前まで歩いて行き、笑顔で語りかけた。

 

「やあ、久しぶり」

「…………」

「無口なカザンって何だか新鮮だね。ちょっと面白いかも」

「…………」

 

 感情と言語を封印されているカザンは一切の反応を見せないが、その眼差しからエグアドラは察したように、はたまた決めつけて一方的に話を続ける。

 

「どうして視聴覚を封じられたのに話せるんだ? って感じ? どう? びっくりした? 実はね、今も別に見えたり聞こえたりしてるわけじゃないんだよ」

 

 へらへらと笑う彼は、カザンを揶揄うようにしたり顔で語る。

 

「1秒先の未来を見る魔術。僕が医者やってた頃からずっと欲しかった魔術だよ。ほら、医者って手元狂っちゃいけないからさ。そうでなくても取り返しのつかないことなんか往々にしてあるよね? ヤバっ! って時。僕ってうっかりやだから、そういうのホント多くて。どうしても欲しかったんだよね」

 

 周囲の負の波導が止み、束の間の平穏が訪れる。

 

「君が感情や言葉を表に出せないだけで、心の中では怒ったり文句を言ったりできるのと同じように、僕も光や音を感じられないだけで想起はできるんだ。この魔術は、頭の中に直接光景を投影する魔術だよ。今はラグがキツイからコンマ2秒先くらいの未来を見てるけど。頑張れば3秒先くらいまでは見れるかな」

 

 カザンはピクリとも動かない。しかし、それは決して無関心の表れではない。

 

「ラプーに誘われた時、この魔術の完成を約束してくれたんだ。だから相互封印の時は驚いたよ。あれ? じゃあ僕には関係ないなって。逆にこの魔術使う時は目閉じてるくらいだったからね。物が二重に見えて気持ち悪くなっちゃうし。今は音も聞こえなくなって却ってイイ感じ。なんか悪いね、僕だけノーダメージで」

 

 2人は暫く無言のまま睨み合う。ハイアが陰から隙を突こうと窺っているが、2人とも動く気配はない。

 

 そのうち、エグアドラが半笑いで首を捻った。

 

「まあ、そんな怒んないでよ」

 

 地面からマグマが吹き出し、辺り一帯が一瞬で炎の海に呑まれる。エグアドラは防御魔法で熱波を防ぎ、ラプーとハイアは退避して追撃に備える。

 

「ラプーちゃん、エグアドラちゃんて馬鹿なんですか。なんで挑発したんですか」

「……んあー」

「んあーじゃないのですよ。このっ。このっ」

 

 逃げた2人の元へ、エグアドラも小走りで近づいてくる。

 

「あはは、ごめんね2人とも。ダメだったっぽい」

「死んでくださいエグアドラちゃん。相討ちで結構ですので」

「君まで怒んないでよ。謝ったら許してくれるかなって思ったんだよ」

「そんなわけないのです。思いやりを学べクソ。死んでしまえ。医者が聞いて呆れるのです」

「もう医者じゃないよ。困ったなあ。近寄れなくなっちゃった」

「死ね」

 

 眉間に深い皺が刻まれたハイアに睨まれながら、エグアドラは惨状を眺める。地面から吹き出したマグマが天高く聳え、自分たちを取り囲むように檻を作っている。

 

「ラプーちゃん、どっか水魔法で穴開けてください。私帰ります」

「…………」

「無理だよハイア。変質は基本、カザンから離れない限り当人以外の物理影響を受けない」

「じゃあテメェが何とかするのです。この疫病神が」

「すごい嫌われようだな……ちょっと凹むかも」

 

 エグアドラは数歩前に歩き、両手を指揮者のように振り上げる。

 

「ラプーの稽古を思い出すね。カザン」

 

 マグマの檻が弾け、雨となって落下する。その雫の一粒一粒は“羽ばたき”、カザンに向かって滑空を始める。カザンが腕を前方に突き出すと、羽の生えたマグマの雫は氷の粒に変質した。周囲の高温に耐えきれず氷は溶け、地面に落ちた側から蒸発する。

 

「ちょっと……弱くなった?」

 

 どこか憐れむように笑い、エグアドラは真っ直ぐカザンに歩いて行く。おさげ髪が自切して足元に落ち、そこから髪の毛で編まれた兵隊が生まれる。髪の兵隊は分裂して増え、大勢の隊列を組む。それぞれの兵隊が高位の強化魔法を纏い、景色が揺らぐような高濃度の波導を放出する。

 

「そんなんじゃ、勝っちゃうよ。僕」

「………………」

 

 

 

 4人の戦いを離れて見ていたハピネスが、空になったビンを逆さに振って溜息をつく。

 

「……さて、そろそろ動こうかな。んっ……ん〜っ!」

 

 大きく伸びをして首を数回左右に傾け、「どっこいせ」と気怠そうに立ち上がる。

 

「まあ、来るだろうとは思っていたよ」

 

 振り返ると、ハピネスを守る防壁の外に1人の人影が立っている。その人物はゆっくりとハピネスの方に歩いてきて、防壁越しに微笑む。

 

「久しぶり、“レオライヤ”さん」

「……久しぶり、ね。“ハピ”ちゃん」

 

 そこにいたのは、元笑顔の七人衆。収集家ポポロの孫娘。“死体呼びのレオライヤ”であった。

 

 レオライヤは目尻の皺を深くして、慈愛に満ちた眼差しでハピネスを見る。

 

「あんなに小さかった子が……、もうこんなに大きくなったのね」

「貴方は随分と老けたな。そうか、もう死化が始まるような歳か」

「そう言うことはあんまり言わないで頂戴。貴方も歳をとったらこうなるんだから」

「生憎老け込む予定はない」

 

 レオライヤは、懐かしむように語りかける。

 

「もっと、よくしてあげれば良かったわ……。ごめんなさいね、ハピちゃん。私じゃ、貴方を助けてあげられなかった……」

「不可抗力であったことは理解しているが……。負い目を感じてくれているなら結構。今借りを返してくれてもいいぞ」

「ふふ……強くなったのね。嬉しいわ」

 

 柔和な笑顔でころころと笑う彼女が、次第に表情を曇らせていく。

 

「でも、ごめんなさい。借りはそのままにしておいて」

「薄情者め。そんなにガルーダが怖いか?」

「……貴方は――――」

 

 そして、深い闇のような目玉でハピネスを見る。そこにはもう、心優しかった彼女はいない。

 

「恐ろしくないの? 不運が」

 

 ハピネスはいつも通り飄々と答える、

 

「はっ。奴は不運なんかじゃない。ただのイカれた使奴だ」

「死んでしまうわよ? 貴方も」

「そうかもね。でも、タダでは死なないよ」

「……声がする」

「声?」

「復讐を望む声が」

 

 ハピネスはふと気配を感じ振り向いた。

 

「清算しなさい。その未練を」

 

 そこにいたのは――――

 

「ハピネス……!」

「………………お」

 

 

 

 

 

 

「おかあ、さん……」

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