301話
某日、カナデヤ一門
〜カナデヤ一門 麗流州 サンキォン邸 謁見の間〜
「怪我人ゼロ? マジ?」
「マジ。頑張ったよ」
怪訝な顔のラルバの前で笑うのは、ラプーの旧友“エグアドラ・クアッドホッパー”。200年前に大戦争を止めた英雄の1人であり、魔人神話の一角。改変の異能者。彼の隣には、一体の髪の毛で編まれた兵が正座している。
「人間に関しては、放射線と負の波導で破壊された細胞を全部取り除いて回復魔法で修復した。体内の水分も全部入れ替えて綺麗にして、後は血液を循環させながら心臓に電気を流せば蘇生完了。後遺症もないだろうから、少しの間記憶が飛んでたって感覚で済むと思うよ。意識を失わなかった人の怪我は気付かれないように治したし、自覚症状のない被爆者には小さくした僕の分け身をつけてある。影響が出ないように少しずつ治すつもりだよ。壊れたのは建物と地面だけ」
驚きや関心を通り越して、拒絶に近い目でラルバは顔を顰める。それは周りで話を聞いていた者も同じで、ハザクラやラデック達は唖然として固まっている。
「目撃者の処理は難しいけど、撮影記録とかはメギドがなんとかする手筈になってるだろうし。なってるよね? ハイア」
「言ってないけどしてくれてると思うのです」
夢の異能者ハイアは暢気にチャーハンを貪りながら答えるが、周りの反応は依然として冷たい。ボブラもシスターも、何があったのかを詳しくは聞いていない。だが、2人の会話から聞こえてくる言葉の一つ一つが事態の凄惨さと非現実さを物語っている。理解を超えた情報は疑念を膨らませ、ただ漠然とした不安で支配する。
何せ、エグアドラのやったことは机上の空論どころか思考実験に於ける悪魔に近い。明らかに人間が処理できる情報量と精密性を逸脱している。旧文明の技術でも辿り着けなかった神の境地に至った魔人に、一般人は称賛よりも忌避の念を募らせた。
そんな視線に囲まれ、エグアドラはしょんぼりとしてラルバに愚痴を溢す。
「……そんな引かないでよ。頑張ったのに」
「じゃあ嘘でも息切れとかしておけ。汗の一つもかかないで終えていい仕事ではないだろう」
「どうして使奴は頑張ると褒めてもらえるのに僕は褒めてもらえないんだろう」
「やりすぎ。使奴は機械がこなせることまでしかできんが、神にはなれん」
「僕も神じゃないよ……」
ラルバがチラと壁の方を見る。部屋の隅では未だ動かぬままのイチルギ達が彫像のように並んでいる。しかしよく見れば、ナハルだけが眉を八の字に曲げぞっとした表情に変わっていた。
「お、ナハルんちょっと動いてる。チル助もそろそろかな?」
「よかったら僕が解くけど。停止命令」
「キモイから嫌」
「…………もう手伝うのやめよっかな」
エグアドラは肩を落として部屋を出て行く。
「じゃあ私も帰るのです。お疲れ様でした」
それにハイアも続こうとするのをラルバが引き止める。
「ちょいお待ちよ」
「なんですかラルバちゃん。ばっちいから触らないで欲しいのです」
「つまみ食いの件、イチルギにごめんなさいしてこい」
「ああ」
ハイアは未だ停止命令が解けないイチルギの前までくると、「ごちそうさま」と軽く頭を下げ、消えるように姿を消した。
それから程なくして、ナハルの停止命令が解除され、続けてイチルギ、バリアとカガチの停止命令が解除された。
「おー、意外とみんな同時なんだ。第四世代が特別なだけかな?」
ラルバは目覚めた4人に暢気に挨拶をする。
「グッドモーニング寝坊助共! 仲間のピンチにグースカ寝やがってこの薄情者が!」
すると、発言が終わるのを待たずにイチルギが前に足を踏み出す。そして、端に座っていたハピネスの胸倉を無言で掴み上げた。
「お、おいイチルギ!」
見兼ねたジャハルが間に割り込もうとするが、イチルギは一瞥もくれず真っ直ぐにハピネスを睨む。そしてまたハピネスも動じず、黙ってイチルギを見つめ返している。
ハザクラはイチルギを警戒しながらラルバに尋ねる。
「これで全員揃った。何があったのか教えてくれ」
「どしよかな〜。ハピネス、イっちゃん、言っていい? 言うね?」
ラルバは形だけの呼びかけを挟んでから説明を始める。
「ハピネスが、カザンとガルーダの襲撃を迎え撃った」
全員が息を呑んだ。一歩間違えば、死ぬどころか国が滅んでいた。
「ハピネスはデクスとラプーを連れ、デクスの
あまりの衝撃に、皆言葉が出ない。カガチとナハルだけが全身から殺気を放ち、危険に晒されたことについての弁明を要求している。
「ってのが、客観的事実。こっからは、私個人の見解を述べる」
その眼光もあってか、ラルバが続けて説明をする。
「結論から言うと、ハピネスの判断は正解だった。ハピネスは私らが停止パターンの絵を見た時から……いや、警戒自体はもっと前からしていた。我々使奴の動きが封じられた瞬間に、“不運”を感じ取った。そして考える間もなく、不運を避けるべく実行した」
ラルバは確かめるようにハピネスをチラリと見るが、イチルギもハピネスも微動だにしない。
「ガルーダが我々を消そうとしているなら、こんなチャンスはない。それと同時に、奴らを迎え撃つチャンスでもあった。ハピネスは更にそこに幾つかの策を混ぜた。
まずは、デクスの
次に、ラプーの心の清算。ラプーはずっとカザンに負い目を感じていた。カザンが暴走する前に、一方的に封印を強制した。そしてエグアドラとゼファーを巻き添えにした。その精算のために、ラプーにカザンを殺させるべきと考えた。カザンがラプーを殺そうとも、どうせ互いにかけた誓約のせいでもう一方も死に至る。ハピネスはここでラプーを死なせるつもりだった。
そして、ガルーダの討伐。詳しくは知らないが、ハピネスにはガルーダをどうにかする算段があった。ガルーダがデクスや私から逃亡しなかったことを見るに、恐らくは大規模な範囲攻撃。ガルーダの幸運はそれを察知して私とデクスから離れず、ハピネスはそれを見て秘策が有効打たり得ると読んだ。
最後に、ガルーダの思想と判断の推察。ハピネスは、ラプーを死なせることでカザンを葬ろうと考えた。ならば、それはガルーダにとっての不運であり、それを察知したならば襲撃は中止される。だが実際には襲撃は実行され、迎撃も叶った。しかし両者生存したまま幕は閉じ、互いに不運は訪れなかった。ガルーダの幸運が我々の死であれば、ハピネスかデクス、或いはハイア辺りが死んでいても不思議はない。だが今の全員生存がガルーダの幸運を意味するならば、ガルーダの幸運を叶える一部に我々も組み込まれているのかもしれない。又は、今回の襲撃はガルーダが幸運を選ばなかった結果かもしれない。いずれにせよ、奴が幸運の異能者であることと対処のしようがないことはイコールではないと判明した」
ラルバはイチルギの元へ行き、ハピネスを掴んだままの腕を降ろさせる。
「他にも、色々と考えあっての蛮行だったのだろう。ハピネスの行動は実に有意義なものだった。だが、同時にイチルギの仲間を傷つける横暴でもあった。勝手に命をチップにされたことに怒っているんだろう、お前は」
イチルギは何も言わない。ラルバには目もくれず、ほんの少しだけ震えた呼吸をゆっくりと深く繰り返している。
「だが、その怒りは正当なものじゃない。ハピネスが行動をして起こさなければ、デクスは疎かシスターやゾウラ、レシャロワークもボブラもジャハルも死んでいただろう。ラデックとハザクラはギリギリ生き残れるかもしれんが、カザンの変質は使奴をも殺しただろう。あの状況で打てる最善手だったと言える」
下ろさせたイチルギ手とハピネスの手を取り、無理やり握手をさせる。
「言うべきは文句じゃなくて感謝だ。博打であったことに変わりはないが、代打ちとしては充分な働きだったと思うぞ?」
イチルギはされるがままにハピネスの手を握るが、すぐに離して背を向ける。すぐ後ろで、デクスが歯を見せて笑っていた。
「イチルギ、デクスが起きたぜ。もう寝ちまったけど、俺のこと友達だってさ! 生きてた甲斐があったぜ!」
「デクス……」
「あん時、デクスを拾ってくれてありがとよ。このまま平穏で暮らせるよう頼むぜ」
イチルギはデクスの髪をそっと撫でると、何かを堪えるように部屋を出て行った。デクスはそれを見届けた後、ハピネスの方に向き直り歩み寄る。
「よお」
「…………」
そして無言のハピネスに、正面から正拳突きを喰らわせた。
「おらぁ!!」
大慌てでジャハルとハザクラがデクスを止めるが、デクスは構わず魔法を乱発して怒り狂う。
「やめろデクス! お前の言い分も尤もだが――――」
「うるせぇ!! 俺はイチルギみてーに我慢しねぇぞ!! よくもデクスを危険に晒してくれたな!!」
「ハピネスがお前を連れ出さなかったら、俺たちも危なかった! ラルバも最善手だったって言ってただろ!」
「知るかクソカス!! なーにがあの世で謝るだ!! 今謝れ!! 泥啜って溺れ死ぬまで顔を上げるな!! ラプー!! テメーもだボケ!! 元はと言えばテメーがさっさと――――」
見兼ねたボブラとラデックもハザクラ達に手を貸し、一緒になってデクスを宥める。とばっちりが来ないうちにナハルはシスターを連れて避難し、カガチとゾウラはいつのまにか姿を消していた。レシャロワークは相変わらずゲーム機に夢中で、バリアは呆れた顔でラルバに問いかけた。
「……止めないの?」
「え、なんで?」
「さっきハピネスに感謝をとかなんとか言ってたから」
「まあ、普段の我儘とで差し引きちょいマイナスかなって。腕の二本や三本我慢してもらわないと」
「ふーん。そう」
かくして、カナデヤ一門を襲った未曾有の大事件は幕を閉じた。
突如発生した巨大クレーターに、数々の目撃証言。しかし映像記録は全て破損しており、詳細は闇に葬られた。不安を掻き消すために真実を求めた民衆は憶測を生み出し、希少な事実に水増しして垂れ流した。無意識のうちに理想の事件像を作り上げ、継ぎ接ぎだらけの陰謀論は金のメッキを帯びていく。
後にカナデヤ一門には呪いのダイヤに次ぐ新たな噂話“闇の宇宙人襲来”が発生し、新たな観光地の誕生にオタアは小躍りした。
その日の晩、ラルバがサンキォン邸のバルコニーで晩酌をしていると、エグアドラがやってきた。
「ダメ」
「隣、いいかな」
「ダメ」
エグアドラは拒絶を気にせず近くの椅子に腰をかける。
「境界の門以来だね」
過去に、この2人は会っている。ラルバが笑顔の国に行くよりも前、ラルバがパスポート作成のために書類を記入しているとき、近くで別の手続きをしていたのがエグアドラである。
「まさか名前まで持っていかれると思わなかったけど」
「私だってクアッドホッパーがこんなケッタイなやつと知っていたらテキトーにでっち上げたさ。今からでも改名しようか……」
「そうしてくれると僕も助かるよ。身に覚えのない親戚があっちこっちで暴れてるって嫌な気分。みんなにも散々怒られたし」
「やっぱこのままで行く。クアッドホッパーを傍若無人の代名詞にしてやる」
「勘弁してよ……こっちはもう200年これでやってるのに……」
それから暫く他愛もない話を続け、エグアドラがそれとなく話題を切り替えた。
「ところで、今回の戦闘はハピネスさんの独断? それとも君が?」
「何故お前に言う必要が?」
「君はあの戦いの肝を、半分しか理解していないように見えた。だから、ハピネスさんが1人で企てたんじゃないかなーって」
「…………そうだ。私はハピネスの策を後押しするために駆けつけた。停止信号を喰らっている間も意識はあったからな」
「やっぱり。じゃなきゃデクス君じゃなくてハピネスさんの方に行っちゃうもんね」
「一つ、確認したいことがある」
「何?」
ラルバは暫く思案した後に、酒を一口含んでから静かに嚥下する。
「ゼファー・クリープランドの妹の、最後の目撃情報は?」
「…………? 僕らが誘拐犯から助け出した後、ゼファーが僕の病院に預けたのが最後かな……。大戦争の時あっちの地域はゼファーが担当してたし、多分助かってたんじゃないかな」
「黄乃薔薇大学の附属病院か」
「ゼファーの妹のことまで聞いてたの? もしかしてカザンの復讐の話とかも?」
「ローウォード王国は……」
「“狼の群れ”があるとこだね。跡地に行くの? 今はもう住宅地になっちゃってるけど」
「いや、いい」
ラルバの不審な問いにエグアドラは首を捻る。
「何か思うことが?」
「いい」
「何でさ。聞かせてよ」
「あっちに行け。いや、私が出て行く」
ラルバはバルコニーから飛び降り、そのまま下の階の窓から中に入っていった。
「……ゼファーの妹か。そう言えば、僕も会ったことなかったな」
ラルバの残していった酒の残りを飲みながら、エグアドラは暫く夜空に昔を思い浮かべていた。