シドの国   作:×90

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302話 心の傷

〜カナデヤ一門 麗流州 サンキォン邸 別館会談室〜

 

「さて、次の目的地だが……」

 

 ガルーダ襲撃の翌朝。ハザクラが話を始めたところで、隣にいたサンキォン・ピノー夫人が少し気怠そうに告げる。

 

「平和な国……“愛と正義の平和支援会”に行くのよね? 門の前まではトマとピリを貸してあげる」

「とのことだ。例によって入国手続きはヘレンケルに任せてある」

 

 ボブラが怪訝な顔で尋ねる。

 

「付き添いなんかいるのか? こっちにゃイチルギがいるのによ。ましてやハザクラもジャハルも国のお偉い方だろ?」

「愛と正義の平和支援会は笑顔の国派閥。本来であれば俺やイチルギは訪問許可などまず降りない。身分は隠して行く」

「そりゃあ……メンドクセーな……」

「今までもそんな感じだった。今回は手引してもらえるだけ楽な方だ」

「……ウチはいいとしても、不法入国とかしてねぇよな?」

「された。ラルバに」

「そうか……」

 

 ピノー夫人がシーシャを大きく吸い込んで、不機嫌と一緒に煙を吐き出す。

 

「あなた方も大変なんだろうけど、ウチにはあまり迷惑かけないで欲しいわね」

「申し訳ない。最善を尽くそう」

「詳細はトマに聞いて頂戴。あの子は元々平和な国(あっち)に住んでたから、私らなんかより詳しいわ」

 

 部屋の端で侍女のように静かにしていたトマが静かに頷く。

 

「それは助かる。じゃあ皆、話は聞いた通りだ」

 

 ハザクラは改めて全員に向け語りかける。

 

「ブランハット帝国を発つ際にも話したが、俺の異能を録音していた技術をコラン大尉が解読している」

 

 話始めと同時に、カガチがゾウラを連れて部屋を出て行った。

 

「出発はその解読が済んでから、およそ一年後を目安にしている。手の空いている者は解読の手伝いか、ダクラシフ商工会復興に手を貸して欲しい」

 

 続けてレシャロワーク、デクスが退室する。

 

「特に等悔山(ひとくいやま)刑務所跡地は瓦礫除去の仕事が多く、運搬魔法の使える者が足りていない。ここには誰か1人でも行ってもらえれば――――」

 

 その後、ラルバがラデックを連れて出て行く。

 

「我々人道主義自己防衛軍も尽力してはいるが、いかんせん表向きには敵対国に変わりはない。ここは素性のバレていない人間が――――」

 

 ハピネスが部屋を出ると、シスターがナハルを置いてその後を追いかけて行った。

 

 部屋に残っているのはサンキォン邸の人間と、ハザクラ、ラプー、バリア、イチルギ、ジャハル、ナハル、ボブラのみ。

 

 広くなった部屋を見回してから、ボブラは気の毒そうに尋ねる。

 

「……いつもこんな感じか?」

「バリア先生とラプーを連れて行かれていないだけマシだ」

「そっか……」

 

 

 

 

「ハピネスさん」

 

 人気のないバルコニーに出たところで、シスターがハピネスを呼び止める。

 

「また“気紛れ”ですか?」

「……いや?」

 

 ハピネスは冷笑的な笑みを浮かべる。

 

「意味のある沈黙しかしないわけじゃないよ。単に疲れていただけだ」

「ならいいんですけど……」

 

 シスターは三本腕連合軍で、ハピネスの不気味な沈黙を経験している。心配が杞憂に終わったことで、冷や汗を拭って胸を撫で下ろした。

 

「昨日皆さんの停止命令が解けた時、貴方なら碌でもないことを口走ってイチルギさんを挑発すると思っていましたから」

「まさか。仲間を一方的に貶められた彼女の心中を、私が労わないわけがない」

「はいはい」

 

 いつもの剽軽さを取り戻したハピネスに安心して、シスターは背を向け立ち去ろうとする。

 

「……少しだけ本当だ」

 

 思いもよらぬ弱音が、彼の足を止めた。

 

「私がデクスを嵌めて危険に晒したのは事実。だが、そうしなければならなかったのも事実。とやかく言われる筋合いはないが、調子に乗るのも憚られる」

「……じゃあ毎回憚られてください。どうせ気を遣ったのも打算でしょう?」

「勿論。……と言いたいところだが、さっきも言った通り少しだけ本当だ」

「どの辺りがですか?」

「大切な人を亡くすことについて、少しだけ(こた)えた。私は今おセンチなんだよ」

「……何があったんですか?」

「それは言わない。どうしても知りたいなら記憶でも読み給え」

 

 余裕そうに微笑む彼女は、どこか無理しているように見えた。診堂クリニックで臓器を抜かれても楽しそうに笑って見せた彼女が、傷心を隠しきれていない。

 

「君は、イチルギがデクス達をラルバに(けしか)けた理由を知っているかい?」

「……破条権によるラルバさんへの挑戦。自分を勝ち取って見せろと仰っていましたが……私は少し違うと思っています」

「ほう? どう違う?」

「…………イチルギさんは、デクスさん達を(いた)く気にかけています。そんな彼らをラルバさんにぶつけるというのは、まるで……宝物で鉄扉を叩き壊すようなものに見えます。幾ら彼らが対使奴用に育成された異能者の精鋭達とは言え、ラルバさんは第四世代の使奴。到底無傷では敵うはずがない……下手をすれば、致命的な傷を負ってしまうかも知れない」

 

 そこまで聞くと、ハピネスは小さく吹き出して笑った。

 

「なんだ。分かってるわけじゃないのか」

「どう言うことですか?」

「教えてあげない」

 

 そう言って背を向けたハピネスを、今度はシスターが引き止める。

 

「ちょっと待って下さい」

「なんだい? これ以上は何も教えてあげないよ」

「いえ、そちらではなく……。ハピネスさんは今、気を病まれているんですよね?」

「慰めてくれるのかい? それとも何か仕返しでもするかい?」

「いや、少々弱みに漬け込んでみようかと」

「……シスター君みたいな人はタイプじゃないんだけど、どうしてもって言うなら抱かれてあげなくもないよ。お尻はNGね」

「私、妹がいるんです」

 

 唐突にシスターは思い出話を始めた。するとハピネスは、少し驚いたような顔をしつつもすぐに微笑みを浮かべる。

 

「ああ、“見たことある”よ」

「父を早くに亡くして、母と、妹の3人で暮らしていました。母が追われる身になってからは各地を転々として、友達もろくにできませんでした。それでも私は構いませんでした。母と一緒にいれるなら、妹と一緒にいれるなら……それで……」

「だが、母親は君を置いて逃げた」

 

 ハピネスの言葉に、シスターは微笑みを返す。

 

「そう見えましたか?」

「…………そう見えた。だが……そうか。そう言うってことは、違うんだね」

「はい。母は、私を見捨てませんでしたよ。だから、見捨てさせたんです。あの日、初めて異能を使いました」

 

 当時9歳だったシスターは、自分が母の足枷になっていると思っていた。3歳の妹と違い、自分はもう1人で歩ける。着替えも、食事も、寝ることも。それなのに、転んだら母は手を引いてくれる。背負ってくれる。自分の食事を分けてくれる。妹の世話で大変なはずなのに、追手から逃げることで精一杯のはずなのに。

 

「今となっては分かります。私は枷ではなく、母を元気付ける希望だった。……でも、私は気付かなかった。なんて馬鹿なことをしてしまったんでしょう」

 

 家の外には追手が。母の両手には荷物と、背中には妹が。「おいで!! スイレン!!」トランクを脇に抱えて手を伸ばした母を見て、彼は罪悪感に苛まれた。そして思ってしまった。自分さえいなければ、母は幸せになれるのではないか、と。

 

「私は母の手を取り、私に関する記憶を全て消しました」

 

 母は少しの間呆然とし、その間に彼は物陰に隠れた。背負われた妹だけが彼を見ていた。そして、母は家を出て行った。この一部始終を異能で覗き見ていたハピネスには、母が子を見捨てたように見えてしまった。

 

「追手の狙いは母でしたから、私が見つかることはありませんでした。……その後にナハルと会えたのは奇跡だったんでしょうね」

「………………」

「私を脅す一番の材料はこれでしょう? 私の母はきっと、あの後不幸に陥った。そしてそれを貴方は知っている。私が最も見たくない現実を、貴方は脅迫のネタとして持っている」

「………………」

「脅迫ではなく、今、教えて下さいませんか? 私の母が、あの後どうなったのか。妹は無事なのか」

 

 真っ直ぐ向けられた瞳に、ハピネスは暫く考え込む。

 

「ハピネスー、シスター、ハムカツ作ったけど食べるかー」

「食べる!!」

 

 遠くからラデックの声がする。ハピネスは即答で返事をし大きく手を振る。今にも走り出しそうなハピネスに、シスターは慌てて声をかける。

 

「あ、ちょっ!」

 

 それでも走り出したハピネスは、一度だけ振り返る。

 

「教えない。妹に聞きな」

 

 遠くなっていく背中を見つめながら、シスターは呆れたように微笑んだ。

 

 

 

 

 

 そして、一年後。

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の話を聞いていなかったのか? ラルバ」

 

 ではなく、翌日。

 

「聞いてなかったよ」

 

 サンキォン邸の庭で大量の食料を運びながら、ラルバは顔も向けずに答える。

 

「出発はコラン大尉の解読が済んでからと言っただろう。早く行きたいなら解読に参加してこい」

「どうして私が言うことを聞くと思ってるの?」

「あのなあ……。向こうには俺の異能の録音があるんだぞ。不意打ちを喰らったらブランハット帝国の二の舞――――」

「命令受諾は任意にしたんデショ? じゃあいいじゃん別に」

「それで防げるか分からないから解読しているんだ……!」

「ふーん。ゾウラちゃーん! これ運んでー!」

 

 ラルバの呼びかけでゾウラが姿を表す。

 

「これも魔工馬車でいいですか?」

「うん。奥の倉庫入れといて。赤い袋のはお肉だから冷蔵魔法忘れずに」

「はい!」

「ゾウラ、ちょっと待て」

「はい?」

 

 ハザクラがゾウラを呼び止めると、ラルバはムッとして声を荒らげる。

 

「ウラらん早く運んで!」

「はい!」

「運ばなくていい」

「はい!」

「ハザクラの言うこと聞いちゃダメ!」

「はい!」

「ラルバを無視しろ」

「はい!」

 

 どこからともなく現れたカガチが2人をぶん殴った。

 

「あだぁーっ!?」

「ぐおっ……」

「死ね。ゾウラ様行きましょう」

「はい!」

 

 ラルバは頭を摩りながら顔を上げ、頭から滴る血を舐めとってハザクラに吹きかける。

 

「ぶーっ! お前のせいでバカガチが怒っちゃったじゃん」

「お前が訳のわからない我儘を言うからだ……!」

 

 ハザクラはよろよろと立ち上がるが、すぐに膝をついて壁に凭れ掛かる。

 

「はあっ……はぁっ……それで……? 先を急ぐ理由は……?」

「特にないけど……」

「はあっ…………はぁっ…………クソ…………」

 

 論理的会話が望めないことが早々に判明し、ハザクラは痛みを堪えるのをやめて倒れ込んだ。丁度そこへ、ラデックがやって来る。

 

「ラルバー。ピリとトマが準備できたって……何でハザクラが死んでるんだ?」

「カガチが殴った」

「何で?」

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